第38話:これまでの努力が仇となりました
「ほう、さっきから胸元に何かあるとは思うておったが、魔石か」
しゃがみこんだ先生は鎖を掴んで魔石を垂らしながらしげしげと眺めた。木漏れ日を受けて魔石が煌めく。見ただけでおびただしい数の術式とかなりの魔力が込められているのがわかった。
「さ、触るなぁ!!」
フィンに足で抑えられても男は必死に手を伸ばして魔石を取り返そうとした。だけど先生の術式とフィンの足はそれを許さなかった。抵抗すればするほど拘束が強くなる術のせいか、男の呼吸が荒くなっていた。暴れることで締め付けられて呼吸すらもままならなくなっているようね。
「ギレスベルガー殿」
先生が呼ぶと術者の絶叫が森を揺らした。どこかで鳥が飛び立つ音がする。先生が傍に落ちていた石を拾い、魔石をその上に載せる。フィンが男を踏みつけたまま、首に当てていた剣を魔石に狙いを定めた。
「や、やめろぉお……!!」
男の音にならない叫びが空気を揺らす。必死な様子からそれが彼にとってかなり重要なものらしい。彼の身体に掛けられた術に何らかの関係があるのでしょうね。これだけ重ね掛けするのは危険だから。憎々しげに赤く染まった白目を向けてきた。白目が赤くなるのはフィンと変わらないのね。
「だったらすべてを吐くか? そうじゃな、例えば、ギレスベルガー殿の解呪方法や、寿命が短くなった理由などな。そうすれば魔石は許してやろう。元々ギレスベルガー殿の呪いを解くのがわしらの目的じゃからな」
剣を振り下ろそうとするフィンを手で制して先生が告げた。そうね、フィンの呪いさえ解ければそれでいいわ。今は。そう思っていたのだけど……
「……その呪い、はとけ、ん……お前、らが、中、半端、に解い、たから、な……」
途切れ途切れの声は聞きづらかった。その内容を頭で繰り返し意味を成して……頭を殴られたような気がした。解けないって言った? 解いたからって、私がこれまで解いたもののことを言っているの? そ、そんな……身体中のすべての血が引いていく気がした。
「どういうことじゃ?」
「掛け、た術、は……延命、のも、の……」
「解いた術が延命のものじゃと?」
先生の問いに男が笑った気がした。そんな……じゃ、私がやったことは……怖くてフィンの顔が見られない。地に足が付いているのに、今にも穴が開いて引きずり込まれそう……
「そう、か……お前も同じだったな。だったら……」
「な、にを、す……」
「こうしてやる」
フィンが一気に剣を振り下ろした。
「やめろぉおお!」
男が必死に叫ぶ。フィンの剣は魔石を砕くかに見えたけれど……硬い音が響くも、魔石は剣の暴力に耐えていた。
「クソっ!」
舌打ちした後何度試みても魔石は小さな傷すらも寄せ付けなかった。フィンの表情に焦りが滲む。何かしらの細工がされているらしい。
「どうやら、並の剣では敵わんようじゃな」
「クラウス卿、魔術を!」
「いや、それは危険じゃ。こちらに跳ね返ってくるやもしれん」
先生が腕を組んで黒光りする魔石を見下ろした。悔しい、これさえ砕ければ呪いは解けるかもしれないのに……
「はは、ッ……そう、簡単に、は、割れ、ぬわ……」
「その様じゃな。仕方がない。この魔石はわしが預かろうて」
「ふ、触れるなっ!」
男が叫ぶも、先生はフィンに鎖を切る様に願い、魔石に向けていた切っ先を鎖へと向けたけれど……
「切れない?」
「鎖にも細工をしよったか」
鎖からも術式が幾重にも掛けられているのが見えた。かなり強化してあるのね。これだけの長さがあれば頭から抜けるけれど、今は角のようなものがあってそれも無理だわ。角を切ればなんとかなるかしら? でも、フィンの爪にも血が通っていたわ。無理に切れば出血して死ぬかもしれない。さすがにまだ殺すわけにはいかないわ、まだまだ聞かなければならないことがたくさんあるもの。
「仕方がない、術を解くか。アリー、鎖を頼む」
「はい」
先生は術者本人に掛けられた術の解呪を始めたので、私は鎖の解呪を始めた。術数は多いけれど一つ一つは難しいものじゃないわね。
「……ま、さか……妖せ……が……」
どうやら目のことを気付かれてしまったようね。だけど知られたところで構わないわ。この者を捕らえてしまったし、何を言っても先生が庇ってくださるから。それに、今はこの魔石を手に入れる方が先よ。フィンの寿命が私のせいで……だけど絶望している暇なんかない。呪いさえ解ければいいのだから。
「あ、あと少し……」
「や、やめろ!! やめろと言っている!!」
男が必死に止めようと叫ぶ。だけどそんな命令、聞く義理なんかないから無視して解呪を進めた。
「どうやらこの魔石を壊せばギレスベルガー殿の呪いは解けるようじゃな」
先生の一言に男の動きが止まった。図星だった? だったら……おびただしい術式を全力で解いていった。目に痛みが出てきたけれど躊躇している暇なんかないわ。あと少しなのだから……そう自分を奮い立たせたその時だった。
「伏せろ!!」
フィンの鋭い声がして、咄嗟に身を低くしていた。先生が咄嗟に防御魔術を展開すると何者かの攻撃を防いだ。何? 何が起きたの?
「まったく、何をしているのですか、叔父上」
「……ウド……」
「大口を叩いた割に地面に転がされているとは、情けない」
呆れを多大に含んだ声からは叔父を労わる気配は微塵もなかった。むしろその逆に見える。
「隊長!?」
フィンが鋭い声を上げた。フィンの視線の先にいたのは、術者を肩に担いだ中年の騎士だった。隊長って……フィンの? ではこの術者の甥の……
「なんだ、まだ生きていたのか。しかも呪いが消えているじゃないか」
男の顔が歪み、蔑むような声に驚きが交じっていた。重いだろうに、術者を肩に担いでも平然としていた。騎士としてもかなり優秀なのかしら? それとも魔術のせい? 彼にもたくさんの術がかけられているけれど。
「どういうことです、隊長」
「どう、とは?」
「この一連の件についてです」
どこから問えばいいのかわからないほどの疑問があるわよね。いえ、疑問しかないわ。そしてそれを一言で表すのは難しい。
「ははっ、簡単なことだ。お前が目障りだった。そして実験体としてもちょうどよかった。それだけのことだ」
「実験? 何のことだ?」
今度はフィンが驚く番だった。実験ってどういうこと? 最初からフィンが狙われていた?
「叔父の研究のだよ。光栄に思えよ。成功すりゃ不老不死も夢じゃないそうだからな」
「不老不死だと?」
長寿のためだとは言っていたけれど、そんなものを望んでいたの? そのためにフィンを? 目障りなんじゃなかったの?
「ああ、お前は魔力量や質、その他諸々が被験者としてちょうどよかったんだとよ」
「馬鹿な……」
「少なくとも叔父は本気だったがな。まぁ、なかなか条件が合う奴がいなくて人間じゃなくなっちまうんだがな」
「な……!」
それじゃ、これまでもこの術式を掛けた相手がいると? じゃ、あの獣はその為の実験?
「皆死んじまって生き残ったのはお前と叔父の二人だけだった。まぁ、完全じゃないがな」
「二人だけ……」
では、これまでも呪いで死んだ者がいると?
「まさか生き延びられる奴がいるとは思わなかった。ははっ、大抵は人間じゃなくなって死んでいったからな」
「まさか、最近頻繁にあった魔獣討伐は……」
「ははっ、さすがは優秀なギレスベルガー。その通り、あいつらは実験の失敗作だったよ」
「そ、んな……」
フィンたちが対峙した魔獣は人間だったってこと? そんな……じゃ、同胞を実験体に使って、思うようにいかなかったら始末していたと……なんて酷いことを……あまりの悪辣さに吐き気がしてきた……
「き、貴様ぁ!!」
「フィン殿、待て!」
フィンが上司目掛けて駆け出し、先生が鋭く制した。次の瞬間、その空間が爆発したかのような風が生じた。何が起きたの? 砂や小枝が飛んできて目も開けられない。
「クソっ!」
フィンの悔しそうな声に目を開けると、その先には無傷の二人の姿があった。術の残像であの二人に掛けられた防御魔術が発動してこちらに攻撃魔術が飛び、それを先生が寸でのところで防いでくれたらしい。早過ぎて付いていけなかった……
「今日のところはこれで失礼しよう。精々足掻くことだな」
「待て!!」
フィンが追おうと手を伸ばした次の瞬間、目の前が突然光ってそれは爆発する勢いで広がっていった。眩しすぎて目を開けていられない……瞼に感じた光が見えて目を開けた時には、二人の姿は既に消え、辺りには静かな森が広がっているだけだった。




