第37話:ようやく核心に手が届きそうです
「なんと愉快なことか。最強と恐れられたザクサーの魔人を出し抜けたとは」
優越感と歓喜が交じった物言いはどこか芝居がかっていて、同時に彼の自身の研究への強い自負が現れているように感じた。それだけのものを作り上げたと言いたいのね。悔しいけれどその通りだわ。先生と私、お祖父様の知識をもってしても最後の呪いは解けなかったのだから。
「そうじゃな。残念ながらわしでは解呪出来んかった」
「おや、意外にも潔いのですね」
「事実じゃからな」
解呪したのは私だけど先生は何も仰らなかった。その方が好都合だとお考えなのね。確かに魔力量も少ない私がやったなんて言っても鼻で笑われそうだもの。とにかく今はフィンの呪いの情報がほしいわ。
「それで、どうされます? はは、このままでは彼の命は半年と持ちませんよ」
フィンがはっと息を呑んだ。術者の声は掠れて聞き取りにくいけれど、その言葉だけははっきり耳に残った。半年って……思ったよりもずっと短いわ。嘘でしょ? 呪いが進んでいるの?
「決まっておるじゃろ。こうするんじゃ」
そう言うと先生の魔力があっという間に術者を包んだ。凄い……早さといい強さといい、無詠唱なのにこれだけのものを……魔力に包まれた術者は先生の放った術に絡めとられてその場に膝を付いていた。あれは、拘束魔術ね、凄いわ、一瞬で捕えてしまうなんて……
「……くっ」
抵抗を試みる術者だったけれど、先生の拘束は彼でも解けるものではなかったらしい。暴れるどころか立っていることも出来ず、地面に転がって呻き声をあげていた。フィンが身体をずらして隣に立った。思わず見上げると表情がこれまでにないほどに険しくなっている。
「暴れん方がいい。この術は暴れれば暴れるほど拘束を強めていく。無理に抗えば死んでしまうからな」
先生はゆっくりと術者に近付き、術で拘束された男のフードに手を伸ばした。一気にそれを捲る。
「っ!」
無音の悲鳴が人数分上がった。そこにあったのは……捩れて枝分かれする短い角らしきものが頭から二本生えた頭らしいものだった。異形のそれに自ずとフィンの爪を思い出された。髪も髭も伸び放題で目元も表情もはっきり見えなかったけれど、肌は黒く、唇も……灰黒に見えた。凡そ人間とは思えない容貌に心臓が嫌な音を立てる。暗い森の中にいるせいか、恐ろしげな物語にでも入り込んだよう……それほどに現実味がなく、悪夢に囚われたような気がした。
ロイが数歩後ずさった後、こちらに向かって駆けてきた。フィンの元に真っ直ぐに向かい抱き付く。怖かったでしょうね、こんなの、子どもが見るものではないわ。
「……自分に、呪いを掛けたか」
先生の呟きでようやく我に返り、暗かった視界が少しだけ明るくなった気がした。危なかったわ、今は恐怖に呑まれている場合じゃない。
「呪いとは失礼な。これは寿命を超えて研究を続けるために生み出した術式。その辺の私欲にまみれたものと同じにしないでいただきたい」
術者の強い口調にフィンが息を呑む音がした。呪いじゃない? 寿命を超える? どういうこと? いえ、処刑されたのに生きているってことは、死を免れる術を作り出したってことよね? じゃ、フィンに掛けた術って……
「なるほど、処刑されたはずが生き永らえたのはそのせいか」
「さすが、物分かりがお早い」
先生の言葉にさっきまでの憤りが鳴りを潜めていた。自分の研究を認められたと感じたことで気をよくした? よくわからない人ね。いえ、研究にしか興味がないってことかしら?
「大したもんじゃな、これだけの術式を操るとは」
「お褒めいただき光栄至極。ですが、まだ十分ではないのです。身体が異形化するのは止められないので」
やっぱりこの術者がフィンに……じゃ、フィンにも寿命を超える術がかかっているのよね? なのにどうして死期が近付いているの?
「どういうことじゃ?」
「この術は操るのが難しくてね。魔力量やその質、耐性、また得意とする属性など、あらゆるものに影響を受けるのです。それを調和させて制御せねばならないのですよ」
「……異形はその副産物というわけか……」
先生の指摘に術者の黒い唇の端があがった。だったらフィンの呪いも彼に合わせて掛けられたの?
「では、術が解けないのもそのせいか」
「な……」
口が開いて濃紫とも黒とも見える歯と舌が現れた。どうやら先生の指摘は当たっていたようね。でも、どういうこと?
「あの術式、あれは大量の術を練り上げた際に出来た術式の余り、もしくは崩れた術式が生み出した澱みではないか? そうでなければ貴殿ほどの術者がその状態に甘んじているとは思えんからな」
思いもしなかった可能性に鳥肌が立った。そんな可能性があったなんて、思いもしなかった。だけど……それなら納得だわ。あの少ない文字数でこの状況を生み出すなんて、あり得ないもの……だけど……
「さすがは魔人、その発想はありませんでしたよ! 素晴らしい! なるほどなるほど……だったら術式を見直せばこの不便な身体もどうにかなると」
先生の指摘は術者にとって思いもしない助言になってしまったらしい。囚われている状況なのにすっかり気持ちは自身の術式に向いていた。
「そういうことじゃ。どうじゃ、わしが解析してやろうか?」
「先生?」
思いもしない提案に思わず声を掛けてしまった。何を仰るの? フィンを呪った人に協力するというの?
「なるほど……ザクサーの魔人の協力を得られるとは!」
「お主にとっても悪い話ではなかろう?」
先生の背しか見えないけれど、その声はどこか面白がっているようにも感じられた。先生も珍しい術式を見つけると夢中になられていたわね。
「確かに、あなた様ほどの方の助力があれば解明は簡単でしょうね」
「だったら……」
「ですが」
先生に同意するかに見えた男が、強い口調で鋭く区切った。
「このような面白いこと、誰かに手出しされるなど愚の骨頂というものです」
「そうか。ならば強制的にやるしかないようじゃな」
先生が手をかざすと、術者の身体を縛る様に刻まれていた術式の幾つかが消えた。さすが先生、早いわ。話している間にも解呪の準備をされていたのね。しかも複数なんて……
「な、何をする?」
「人の親切は素直に受けるもんじゃ。その呪いから貴殿を開放してやろう」
「や、やめろっ!!」
先生の拘束で何も出来ないのか、男が初めて焦りを見せた。それほどに先生の拘束魔術は強いらしい。いえ、今まで抗えた人を見たことはなかったけれど。相手の抵抗がないのをいいことに先生が解呪をしていく。
「アリー、お前さんも手伝え」
先生が振り向いて声を掛けた。わ、私も? いえ、それで何か手掛かりが得られるかもしれないわ。先生の方に駆け付けるとフィンもそれに続き、手にしていた剣を術者の首に当てた。
「フィン?」
「何かおかしな動きをしたら、このまま首を刎ねる。動くなよ」
その口調はいつもの温かみが消えて冷え冷えとしたものだった。目には見たことのない怒りよりも強い感情が、おそらくは殺気が籠っているように見えた。そんな姿に彼の怒りの深さを感じた……術者が顔を歪めて抵抗を試みるも、先生の術は指一本動かすことも許さなかった。フィンが警戒する中、先生と解呪を進める。凄いわ……おびただしい数の術式はフィンのそれを上回るわ。
「大したものよのう、この数にこの精度」
呆れながらも先生はその力量を褒めることは忘れなかった。
「しかし、ここまでしてお主は何をしたかったんじゃ? こんな異形では不便極まりないじゃろに」
「……」
「こんなに術を掛けては魔力の浪費も甚だしいじゃろうに。自分で自分の首を絞めているようなもんじゃ」
先生の指摘にも術者は答えない。それでも目が、頬の動きで指摘が間違いないことが伺えた。先生の仰る通りだわ、何のためにこんなことを……
「そ、そこは触るなぁ!!」
先生が次の解呪を試みようとした瞬間、男が激昂した。そのせいでフィンが当てていた剣が男の首の皮膚を裂いて赤い線が出来る。暴れる身体をフィンが足で踏んで地面に押さえつけた。
「なるほどのう、興味深いことよ」
先生の視線の先にあったのは、首から下げた鎖に繋がれた……真っ黒な魔石だった。




