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行き倒れを拾ったら騎士でした。しかも呪いつきです  作者: 灰銀猫


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第36話:悪夢のような邂逅に死を感じました

「さぁ、こっちじゃ」


 先生が向かった先には騎士や魔術師の姿が見えた。その後を追って先生はさっさと歩き出してしまったため、私たちは慌ててその後を追った。身体能力強化をかけているから足取りが軽くて森の中だというのにさくさく進んでいかれる。待ってほしいわ、ロイだっているのに……って、ロイも先生のすぐ後ろを進む。ちょ……先生、ロイにも身体強化を? 酷いわ、だったら私にも……


「ルカ、大丈夫か?」


 早くも遅れ始めた私にフィンが声をかけてくれた。その気遣いは嬉しいのだけど、ロイにまで負けている姿を見られたのは情けないわ……フィンは視えないから身体能力強化のことは知らないでしょうし。


「ありがとう。大丈夫よ」


 それ以外に答える言葉なんかなかった。残るなんて、待っているなんて嫌だもの。フィンの呪いを絶対に解くんだから。その気持ちだけを頼りに足を前に出し続けた。


 ただただ無言で足を前に出す。フィンが時々気遣わしげにこちらを見てくる。その度に心配してくれるのが伝わってきて心が温かくなって足が上がる。辛いけれどフィンと過ごせる時間だと思えば大切なものに思えてくる。今は辛くても解呪出来ればきっと素敵な想い出になるわ。


 最後尾でフード付きのローブを着ているのもあって、時々目に魔力を込めて周囲を確認した。あちこちに術式が見えるけれど気にするほどのものはなかった。幸いにも術式だけは妖精眼のお陰で視ることが出来た。




 前を進む騎士たちの一行が止まった。どうやらこの先に認識阻害がかけられている場所があるようね。幾つかに分かれているから多分、こちらを惑わせるための偽物なのでしょうね。先生がこちらを選んだということは本物の可能性が高いのでしょうけれど……


「ルカ、フィン、こっちじゃ」


 先生が示したのは騎士たちが対峙しているのとは別方向だった。そっちに何があるの?


「先生?」

「この先におかしな反応があるんじゃ」


 おかしな反応? それって……


「行ってみよう」

「フィン?」


 意外だわ、フィンは慎重でこんな時は様子を見てからと言うのに。相手は狙われていることは理解しているだろうから何かしらの細工をしている可能性が高い。この四人で行って大丈夫なのかしら? 先生とフィンは戦えるけれど、私とロイは足手まといになってしまうのに。


「行ってみなければ得られないものもあろうて。あやつも騎士や魔術師がこの森に来たことは気付いているじゃろうからな」


 それなら万が一に賭けて飛び込んでみるのもありかもしれない。騎士や魔術師も動いているから他の場所は対処してくれている。それに先生は変に勘が働くところがおありだから何か勘付かれたのかもしれない。


「わかりました」


 ここまで来たなら当たって砕けるしかない。気を引き締めて先生の後ろに付いていった。近付けば近付くほど術式が目に飛び込んできた。これって……


「先生、術式が」


 声を掛けようとする前にロイが先生に声をかけた。ロイの特性って妖精眼のことのようね。だったら先生が預かっているのも正解かもしれない。視えることでいわれのない苦労をして先生のもとに預けられたのかもしれない。


「うむ、これは……どうやらこちらが本命だったようじゃな」


 近付くごとに術式が複雑に、しかも厳重になっていく。防御系や認識障害系、そして罠も見えるわ。先生が危なそうなものを解呪していく。


「先生、私もお手伝いします」

「今はわしに任せるんじゃ。この後お前さんの手を借りねばならんかもしれん」


 先生の声に緊張があった。視線を感じて振り向くとフィンが私を見ていた。いつもより険しい表情は先生の緊張を感じ取ったから? 先生お一人では対処出来ないことが起きると? それほどの術者なのね。いえ、この術式を視ればわかるわ。


「ルカ……」

「かなりの術式が見えるわ。かなりの手練れだと思う。気を付けて」

「ああ」


 フィンの険しい表情を久しぶりに見た。手を鞘に伸ばしてその感触を確かめているけれど……


「フィン、どうかした? もしかして違和感か痛みがある?」

「いや……」

「そこは隠さないで。術を掛けた者から何らかの影響を受けるかもしれないから。隠されては対処出来ないわ」


 私と先生が視ても残り二つ以外の呪いは見当たらなかった。だけど、掛けた術者しか知らない何かがあるかもしれない。あの解析出来ない文字列に一層不安が増す。あの中に何かが仕掛けられていたら? フィンを連れてきたのは、失敗だったかもしれない……


「今のところは何も感じない。本当だ。もし何かあったら、真っ先に言おう」

「お願い、そうして。ここで何かあったら解けるものも解けなくなるかもしれないから」


 祈るように、乞うようにそう告げた。ここまでやってきたことが無駄になることだけは避けたいもの。何よりもフィンに無事でいてほしいし、早く呪いを解いてしまいたい。


「アリー!!」


 先生の鋭い声が森に響いた。振り返って、心臓が止まるかと思った……


「何奴じゃ?」


 珍しい先生の鋭い声にただことではないと察した。先生がロイを背に隠し、フィンが剣を抜いて構えて私の前に立った。フィンの、先生の向こうにいたのは、全身黒ずくめの何か、だった。フード付きのローブを着ているけれど頭に何か被っているのかフードの輪郭には丸みがなく、肩は細く高く盛り上がっている。とてもじゃないけれど、人間に見えない……


それに……おびただしい数の術式が絡まり合って全身を覆い尽くしていた。フィンも凄かったけれど、これはそれと同じくらい……いえ、それ以上だわ。ぱっと見ただけでも認識障害や身体強化、物理魔術双方の攻撃を防ぐ結界が視える。数が多すぎてこの距離で読み解くのはさすがに厳しい。これが、この者が、フィンに呪いをかけた、術者?


「これはこれは、ザクサー副魔術師長ではいらっしゃいませんか」


 しゃがれた、潰された蛙のような声はその様相もあって一層不気味に聞こえた。いつの間にか周囲からすべての音が消え去り、風も止んでこの周囲だけ夕暮れが訪れたように暗くすら感じる。それほどに目の前からは禍々しい空気が漂ってきていた。じわりと伝わってくる恐怖が背を濡らし、頭に警鐘が鳴り響く。


「こんなところまで、何の御用ですかな?」


 僅かに動いた手に恐怖が増して、フィンが剣を手に構えを取った。ローブで隠れているから手は見えないけれど、一瞬でも気を抜いたら術が飛んできて切り裂かれそう……じとりと手が汗ばみ、死の恐怖が大きな口を開けて迫ってくる……逃げることなど不可能な気がした……


「……お主、ヒューゲルか? コード=ヒューゲルではないか?」


 先生の発した名に一層嫌な汗が背を流れた。それって……あの禁忌の魔術で処刑された魔術師の名じゃ…… 嘘でしょ? そんなこと……い、生きていたの? そんな……


「ほほう、よく見破られた。この形で私だと?」


 思わず息が詰まった。本人で間違いないと? この形でって、彼の身に何が……


「一度会った者の魔力は覚えておるのでな」


 驚いた様子の相手に対して、先生は既に冷静さを取り戻していた。さすがは百戦錬磨の先生……それにしても、信じられないわ、処刑されたのではなかったの?  目の前の人物も否定しなかった。それに先生は人の顔を覚えられない代わりに魔力で覚えていて、それで間違えたことはないと仰っている。


「さすがはザクサーの魔人と恐れられた方だ。年を取られても実力は健在と見える」

「いやいや、寄る年波には勝てんよ」


 表面上は穏やかで礼儀正しい会話が繰り返されたけれど、不気味な様相との差が大きすぎて現実味を感じられなかった。丁寧な物言いが余計に不気味に感じられて、底抜けに悪い夢を見ているよう。フィンの横顔に汗が流れ落ちるのが見えた。


その時、先生が後ろに回した手で私を指さした。その瞬間、はっと我に返った。この会話は先生が作ってくださっている時間稼ぎで、今のうちに術式を追えということ。慌てて彼の者に絡みつく術式を追った。術式は術者の性格を表すと言うけれど、これはなかなかに几帳面で理路整然としていて、先生のそれとは大違いだった。先生の場合、解呪させないためにわざとそうしている部分もあるのだけど。ほしいのは彼を捕らえるのに邪魔になる術式、そしてフィンの解呪に繋がるもの。膨大な量に絶望が迫ってくる。時間がないわ、このまま時間が止まってくれたらいいのに……


「おやおや、こんなところで再会するとは」


 術式を視るために凝視していた相手が微かに動いた。フードで隠れて見えないけれど男の視線がフィンに向かったのを感じて忘れていた恐怖が蘇り、咄嗟にフィンの前に立った。これ以上フィンに術を掛けさせるわけにはいかない。防御術の準備は既にしておいたから一撃だけなら防げるはず。


「おやまぁ、可愛いお嬢さんまで。相変わらず女性に人気ですな、ギレスベルガー殿」

「な……!」


 フィンが息を呑む音が後ろから聞こえた。フィンを知っている? いえ、誰かに呪えと頼まれたのなら名前と顔くらいは知っていても不思議じゃないけれど。


「しかしまぁ、あんなにたくさん掛けてあげたのに、殆ど残っていないじゃないですか」

「な、なにを……」


 フィンの掠れた声が後ろからやってきた。やっぱりこの人があの呪いを、あのおびただしい呪いを掛けたのね。


「酷いなぁ、僕の最高傑作だったのに。もう欠片しか残っていないなんて……」

「っ!」


 フィンが声を詰まらせる音がした。しゃがれた声にはどこか面白がる響きと賭けに負けたような悔しさが滲んでいるように感じられた。この状況で危機感はないの? それに最高傑作って……どういうことなの?


「ああ、でも、最後のそれは解けなかったようですね」


 男が喜んだように見えた。最後のって、死と鉤爪の呪いを言っているの?





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