第4話:新しい目標が出来たので旅立つことにしました
投げかけられた言葉に息を呑んだ。どうしてわかったの? 今の会話で気付かれる要素なんかなかったはず……
「あ、やっぱりね。ただ者じゃないと思ったのよね~ふふっ、勘がね、働くのよ。この辺がざわざわするの」
そう言って頭の上の方を指で示したけれど、意味が分からないわ。でも……気付かれてしまったのなら隠しても意味がなさそう。大丈夫、よね? 女将さんも信用している人だから。
「それで、それ、呪いでもかかっているとか?」
軽い口調だったけれど、どこか試すような響きがあった。見定められているような、見透かされているような視線が怖く感じたけれど、有無を言わせない何かがあって頷くしか出来なかった。
「やっぱり~」
軽いノリで、しかも嬉しそうに肯定されて、さっきまであった緊張感が和らいだ。
「まぁ、これまでに何人も怪我してるのよね~さすがに重なればわかるわよ」
なるほど、そうなれば警戒するし、勘がいい人なら気付くわよね。
「あの、今日のお礼に解呪しても、いいですか?」
「え? 解呪って、呪いを消すってこと? そんなこと出来るの?」
「多分」
パッと見た感じだけど、難しい術式じゃなさそうだから出来るはず。
「うそぉ! 本物? マジで?」
なんだか随分驚かれてしまったけれど……もしかして珍しいの?
「あなたみたいな女の子が? え? 魔術師だったの?」
「いえ、そうではないのですが……」
魔力量が足りなくて魔術師の資格は貰えなかったのだけど。
「出来るならお願いしたいわ。ああでも、危険ならやめてちょうだいよ。可愛い女の子に怪我なんかさせられないから!」
「ええ。でも、大丈夫です」
それから奥の作業場を貸してもらった。剣を手にするとじわじわと呪いがこちらに伝わってこようとする。幸い私は魔力耐性が強いし、それに対抗する術も使えるから呪いに侵食されることはないけれど、一般の人が抗うのは容易じゃないわね。
剣を机に置き、手をかざして術式の中を流れる魔力を感じる。解呪は掛けられた術式を読み解いて術の起点と終点を見極め、終点から魔力を流して無効化していく。簡単なものなら直ぐに終わるけれど、複雑なものだと何重にも術が掛けられているし、罠が仕込まれていることもあって、読み解くだけでも大仕事になる。三日三晩かかったものもあったわね。あれも今ならいい思い出だわ。あら、この剣って……
思わず手が止まった。この剣、呪いだけじゃ、ない……途端に難易度が上がったわ。慎重に進めないと……
「出来ました」
「え? もう? っていうか、何かやっていたの?」
驚かれてしまったけれど、一般の人だとそう見えるわよね。魔力や術式が見える人は珍しいし、攻撃魔術や治癒魔術と違って解呪は目に見えないから。
「呪いの術式を無効化しました。これで怪我をする人はもう出ません」
「ちょっと信じられないわね……あ、でも、嫌な感じが消えた?」
もしかしてアマーリエさん、魔力がある? 変な勘みたいなのが働くと言っていたけれど、それって魔力の影響なんじゃ……
「あ、私に魔力はないからね。子どもの頃に検査したら皆無だったから」
「そ、そうですか」
心を読まれた? なんだかこの人、鋭いというか、ちょっと怖いわよ……
「へぇ、誰かに売って確かめてみようかしら?」
「もし売るなら、それなりに力量のある方がいいかと」
「何で?」
「この剣、加護が付いています」
「加護!?」
驚くのも無理はないわよね。加護付きの剣なんて国宝並みの希少品だもの。だからこそ、簡単に見えた解呪は思ったよりも緊張したわ。一歩間違えると加護まで消えてしまう可能性があったから。
「ふ~ん」
アマーリエさんが顎に手を当てて考え込んでしまった。何かあったかしら?
「わかったわ。この剣、店に出すのはやめておくわ。私も我が身が可愛いもの」
「ええ、その方がいいと思います」
下手に知られたらアマーリエさんが危険かもしれない。加護は既に滅んだ古代魔術が生み出したものだと言われている。そんな希少なもの、危なくて置いておけないわよね。出来れば国に渡した方がいいけれど、アマーリエさんが盗んだとか言いがかりをかけられそうだし、それもお勧め出来ないわよね。
「さ、これからどうするのか、し~っかり考えるのよ。困ったらいくらでも相談にのってあげるから」
そう言って片目を瞑った。強引だけど心配してくれているのよね。その気持ちが嬉しい。二日目にしてまた素敵な知り合いが出来たわ。女将さんにお礼を言わなきゃ。
宿に戻ると女将さんが出迎えてくれた。新しい服を似合うと褒めてくれて、これで絡まれる心配が減ったと喜んでくれた。あの服はやっぱりここでは浮いていたのね。部屋に戻って小窓を開けると街の喧騒が一際増した。この賑やかさが心地いい。少し疲れたわ。お行儀が悪いと思いながらもベッドに転がった。
それにしても……この先どうしたらいいのかしら? 王都にいてもいいけれど、どうせなら外の世界も見てみたい。特に会いたい人も……
「いるわ!」
懐かしい顔が記憶の奥から出てきて、思わず起き上がっていた。魔術師の養成所にいた時、指導官として色々教えてくださった恩師。私が解呪師になった後で指導官を辞して、今は領地に戻って魔術の研究をしながらお暮しだと聞いた。何度か手紙のやり取りをさせていただいて、困ったことがあったら訪ねてくるといいと仰ってくださったわ。だったら会いに行ってもいいかしら? 先生は家庭の事情も考慮してくださって、本当にお世話になったもの。何なら先生の研究のお手伝いをするのもありよね。
「何だって、ザクサーに行く?」
その日の夕食時、女将さんに相談したところ、大変驚かれてしまった。でも気持ちはわかるわ。ザクサーは我が国の最北端ともいえる辺境で、ここからは馬でも半月、馬車だと二十日から一月はかかるらしいし。
「まぁ、街道があるから行けないことはないけれど……何をしに行くんだい?」
「祖父の友人だった恩人がそこに住んでいて。お元気なうちに会いに行こうかと」
いい案だと思ったけれど女将さんはあまりいい顔をしなかった。街道があっても安全とは言い難く危険だからと。だけど、恩師の仕事の手伝いをしたいと言ったら渋々認めてくれた。知り合ったばかりなのに心配してくれるなんて……胸が熱くなる。
そこからは話が早かった。女将さんがザクサー向けの辻馬車が出ていると教えてくれて、それで向かうことにした。ただ……
「街道沿いのローグから乗った方が安上がりだよ」
「ローグですか?」
「歩けば三日かかるけど、ローグから乗ると運賃が半分で済むんだよ」
「半分?」
それはありがたいわ。辻馬車も決して安くないもの。
「だから皆そこまで歩くんだよ。人が多いから昼間は安心だよ」
いいことを聞いたわ。体力を付けなきゃいけないと思っていたからちょうどいいわ。どうせ急ぐ旅じゃないし。
「歩くんなら靴を買い足しときな。アマーリエの店で買うと安く済むよ」
そういうことならとアマーリエさんの店に行って事情を話すと、二足は持って行った方がいいと言われた。サイズが合うものがなくてこれから作るってくれるという。二日ほしいと言われたので、その間にザクサーの情報を集めて回った。
二日後、アマーリエさんの店に行くと、革で作られた頑丈そうな靴が出来上がっていた。
「ありがとうございます。あの、お代は……」
「う~ん、だったら一つ、頼まれてくれないかしら?」
「頼み事、ですか。私に出来ることでしたら」
ここまでよくしてくれたのだから、お返しがしたいわ。
「こらこら、女の子がそんなこと言うものじゃないわ。私がやばい奴だったらどうするのよ」
「え?」
そんな、疑うことなんて考えもしなかったわ。
「甘いわねぇ。私が人買いだったらどうするのよ? 即売っちゃうわよ」
「ええっ?」
「信じてくれるのは嬉しいけど、信じ切るのは止めなさい。いいわね?」
「は、はい……」
突き放すように言われてしまった。釈然としないけれど、きっとこの人の言う通りなのでしょうね。気を付けないと。
「ああ、それでね。こいつを見てほしいのよ」
出てきたのは古い指輪だった。繊細な細工で大きな宝石もついているけれど……
「ね? 呪い、かかっている?」
「……ええ」
禍々しい空気を放っているわ。これは……持ち主を不幸にする呪いね。かなり強力だわ。
「お代の代わりにこの呪いを解いてくれる?」
「ええ、それは、構いませんが……」
術式は単純だったのであまり時間をかけずに解呪出来た。強力だったからそれなりに疲れたけれど。
「ありがと~ふふっ、これ、行商人が持ってきたやつなのよ。曰く付きで売れないらしくってね。銀貨1枚でいいから買ってくれって頼み込まれちゃって。でも、これで三倍、いえ五倍で売れるわ」
ええっ? 五倍で売るって……そんなことして大丈夫なの?
「あ~あ、ザクサーに行っちゃうなんて惜しいわ~ねぇ、うちで働かない?」
「え? でも……」
それもいいかもしれないけれど、今は王都にいたくなかった。どうしても、家族のことが思い出されてしまうから……
「ふふっ、冗談。だけど、行く当てがなくなったらうちにいらっしゃい♪」
躊躇ったのを気付かれたかしら? どこまで本気なのかわからないけれど……それにしても商魂逞しいわ。私も見習うべき? そもそも解呪をこんな風に使うなんて想像もしなかったわ……って、待って、五倍で売ったら私の靴が何足買えると……女将さんが値切れって言っていたのって、こういうことなのね?




