第3話:怪しい店で曰く付きの剣を見つけてしまいました
狭くて硬いベッドじゃ眠れないかと思ったけれど、気が付けば朝だった。夢も見ずに眠っていたわ。凄いわ、こんなに眠れたのは何年ぶりかしら……ちょっと感動してしまったわ。ずっと無理難題を押しつけられていたものね。頭痛もないし頭がすっきりしているなんて嘘みたい……朝日に照らされた街並みが神々しくすら見える。感動してしまってその風景をしばらく眺めていた。
いつの間にか階下が賑やかになっていた。冒険者たちは朝が早いのは本当のようね。彼らと鉢合わせると絡まれるかもしれないから、静かになってから降りてくるようにと女将さんが言っていた。その気遣いが嬉しい。職場では、いえ、実家でも誰もそんな風に気にかけてくれなかったもの。
ふと、窓越しに見た母の姿が思い出された。ため息をついて窓から消えた母。追いかけてきてくれるかと期待したけれど、馬鹿よね、そんなわけないのに。今までだって私を見てくれたことなんかなかったもの。罵倒されることはなかったけれど、何も言われないことの方が辛かったわ……どうして母は私を見てくれなかったのかしら。魔力がなかったから? 母の望む娘じゃなかったから? ずっと考えていたけれど、わからないわ……
……考えても仕方がないわね。もう娘ではないと、捨てられてしまったのだから。家族よりもここの女将さんの方がずっと親身にしてくれた。だったら外の世界も捨てたものじゃないかもしれない。いえ、実家なんかより百倍マシだわ。もう自由なのよ、たくさんの知り合いを作って私なりの幸せを見つければいいのよね。
そう考えたら信じられないくらい心が楽になった。途方に暮れていたのが嘘みたい。人生ってどこでどう変わるかわからないものなのね。もう私に命令する父も上司もいないのよ。これからは好きなことをして生きていけばいいのよね。
通りが騒がしくなって、冒険者らしい人たちが店から出ていくのが見えた。誰も彼も体格が立派で荒々しそう。確かにあんな人たちに絡まれたら困るわ。女将さんの気遣いにまた心の奥が温かくなった。
「ああ、おはよう! よく眠れたかい?」
食堂に入ると人の姿はまばらで、すぐに女将さんが声をかけてくれた。笑顔が眩しいわ。
「ええ、おかげ様でぐっすり。夢も見ませんでしたわ」
「そりゃあよかった。人間、食べて寝て歩けるうちはどうにでもなるからね!」
なるほど、確かにその通りね。だって今はこんなにも身体が軽いもの。食事は美味しく、雑談は楽しいだけじゃなく私にとっては貴重な情報源だった。
「これからどうするんだい?」
すぐには答えられなかった。まだ何も考えていなかったから。魔術院で一生を終えるか、父が決めた相手と結婚するものだとしか思っていなかったもの。
「実は、まだ何も決まっていなくて……」
「そうかい。だったら暫くここでゆっくりしたらどうだい? あの部屋でよければ安くしておくよ」
本当に? 随分破格な金額で泊まれたけれど。
「いいのですか? だったら正規の料金をお支払いしますわ」
「そこはいいよ。あんた訳ありっぽいし。お金は使わずに取っておきな。それとも、誰か頼れる相手がいるのかい?」
「それは……」
答えられなかったし、誰の顔も浮かばなかった。何があっても父は私を助けたりはしないでしょうね。勘当ってそういうことだもの。
「聞く気はないけど、人生は長いし生きるには金が必要なんだ。節約出来るところはやっておくもんだよ」
「ありがとうございます」
その言葉の温かさに目の奥が熱くなった。申し訳ないけれどお言葉に甘えていいかしら? これからどうするかもちゃんと考えないと。でも、その前に……
「あの、この辺で服や生活に必要なものを買える店はありますか?」
女将さんが目を瞬かせた。
「服? 確かにその恰好だと目立って危ないねぇ。だったら近くにいい店があるよ。店主はちょっとばかり変わり者だけど目は確かだから。『白鹿亭』の女将の紹介だって言えば悪いことはしないよ」
そう言って豪快に笑った。明るくて大きくて、まるで夏のお日様みたいな人だわ。旦那さんは殆ど喋らないけれど、いつも一緒にいるから仲がいいのね。
女将さんに教えてもらった店に向かった。ほしいのは旅をするための服。今着ているのは丈の長いワンピースだけど、これで街の外に出るのは難しい。あと靴やマントかコートもほしいわね。野営するなら薄手の毛布もいるのかしら。ああ、だったらもっと大きな鞄も必要かしら……どうお金を使っていいのか、さっぱりわからないわ。
「いらっしゃいませー!」
店に入ると野太い元気な声が飛んできた。声の主はカウンターにいた女性店員……のように見える男性だった。えっと……男性、よね? 肩幅もあって筋肉隆々だけど着ている服は女性のそれだった。ちょっとってレベルじゃないと思うのだけど……女将さんの基準ってどうなっているのかしら……
「あっら~やだ、ようこそかわい子ちゃん♪ 私はここの店主のアマーリエ、よろしくね。で、何をご所望かしら?」
思いっきり女性言葉だけど、声は普通の男性よりも低い方よね。い、違和感が……
「あら、固まっちゃったかしら? 嫌ねぇ、人を外見で見るなんて」
そう言われてようやく我に返った。
「ご、ごめんなさい。あの、私、『白鹿亭』の女将さんに紹介していただいて……」
「あら、リーさんの紹介? だったら無下には出来ないわねぇ」
機嫌を損ねたと思ったけれど、女将さんの名を出したら態度が変わったわ。それにしても……
「……リーさん?」
「ああ、女将さんのことよ。リーゼッテって名前だから、リーさん」
なるほど、愛称ね。女将さん、リーゼッテさんってお名前だったのね。
「それで、可愛い子ネコちゃんは何をお望みかしら?」
艶のある流し目に何故か蛇に睨まれた蛙の気分になったわ……
「やだ、完璧♪」
そう言ってアマーリエさんが手を打った。ご本人の基準に達したようでご満悦だ。ちなみに私は今、冒険者用の服に身を包んでいる。生成りのシャツの上には革のベスト、ズボンと革の編み上げ靴、そしてフード付きのマントは膝下まである長いタイプで、アマーリエさん曰く野営時には毛布代わりになるという。旅人や駆け出しの冒険者には定番のスタイルだとか。確かに動きやすいわ。革のベストは思った以上に軽いし。
「着替えもシャツとズボン、二着は必要よね。幸い同じサイズのものがあるわ。運がよかったわね」
既に買う前提で話が進んでいるけれど……お金、足りるのかしら? さすがに金貨は要らない、わよね?
「あの、おいくらでしょうか?」
「そうねぇ……今着ていたあの服、あれと交換はどう?」
「え? あれを、ですか?」
もう二年も前に買ったもので着心地がいいから重宝した分、生地も傷んでいるけど……
「これ、貴族向けでしょう? 少々生地は傷んでいるけれどこれくらいなら修正可能だし。この手の生地は貴重なのよね」
そういうものなのね。気にしたことがなかったけれど。だったら……
「あの、だったらこちらもいかがですか?」
鞄に入れてあった着替え用を取り出した。よく考えたらこの先この服を着ることはないわ。だったら邪魔なだけ。それよりも今着ている服の着替えやこれから旅をするための道具がほしい。
「あら、いいの? こっちはありがたいけれど、こういう服を着る生活をしていたんでしょう?」
「いいんです。もう着ることはないので」
あっさりそんな言葉が出た。今までの生活で惜しいと思えるものが見当たらなかった。ため息や罵倒に気を揉まなくてもいい生活はこんなにも快適で、もう戻りたくないもの。
「そう? だったらサービスしちゃうわ♪ これとこれと……ああ、あれも持って行きなさい」
そう言って渡されたのは、麻のロープに寝袋、小型のナイフと砥石、薄手の大きな布と包帯、布の鞄と地図、魔石で灯る小さなランタン、木の食器とスプーンなどこまごまとした品だった。どれも旅をするのに必要なものだわ。それに地図ってかなり貴重なはず。貰ってしまっていいのかしら?
「あはっ、地図は知り合いの冒険者に人気なの。だからそれなりに正確なはずよ。またいい品が手に入ったら融通してあげるわ」
「あ、はい。お願いします。それで、お代は……」
「も~話聞いていた? 要らないわよ。このワンピースで十分♪」
そういうものなの? いえ、有り難いけれど。それにしてもこのワンピース、ご自身で着る、とかじゃないわよね?
「他に必要なものはない?」
「え? そう、ですね。特には。でも……」
店内を見渡してみる。気になったのは……隠れるように置かれている長剣だった。呪い、かかっているわよ。
「これって……」
「あら、それが気になるの? 目聡いわねぇ。これ、物自体は凄くいいんだけど、誰が手にしても持ち主が怪我をしちゃうのよねぇ……」
やっぱり。だって持ち主が怪我をする呪いがかかっているもの。でもそれを話していいものかしら? 呪いを認めない人も少なくないし、場合によっては詐欺師扱いされることもある。
「へぇ……あなた、もしかして魔術師?」
「……え?」
灰青の瞳がじっとこちらを見ていた。




