第31話:予想以上に大きな話になっていきます
「お、叔父上、それは……」
「お前さんが思っている通りじゃ」
動揺などしないように見えたフランツ様の声が震えていた。心なしか茶器を持つ手も揺れているようにも見えた。初対面だけど意外だと思えるほどには、先ほどの様子とはかけ離れて見えた。
「馬鹿な。あの研究はあの時すべて消し去ったはずです」
「わしもそう思っておった。フィン殿を見るまではな」
先生の視線がフィンに向かい、フランツ様のそれが追った。お茶を飲んでいたフィンが居心地悪そうに茶器を戻す。
「では、あの甥ですか? だがあの者に魔力はなかった。だからこそ助命されたはず」
「そうじゃ。だが、どこかに隠されていたのだろうな。託されたのが甥とは限らんだろう」
「それは、そうですが……」
フランツ様が大きな身体をソファに預けて額に手を当てると、ソファが軋む音を立てて先生の身体も揺れた。フランツ様の様子からして他人事ではないように見えた。もしかして、何かあったの?
「アレッサとフィン殿はザクサーに来る道中、呪われた牛を退治したという」
「呪われた牛?」
音を立てる勢いでフランツ様が身を乗り出した。
「本当ですか、エドゥアルド卿」
「本当です。角などが変形して異形と化していました。住民は魔獣だと思っていたようですが……」
「魔獣だと?」
今度こそフランツ様が立ち上がった。その顔は驚きに染まり目には疑惑と困惑が入り交じって見えた。
「待ってください、叔父上。では、最近王都周辺で起きている魔獣騒ぎは……」
「そんな騒ぎがあったか」
「……ええ」
「なるほど。まぁ、とりあえず座れ。客人の前じゃぞ」
「あ……」
先生の指摘にフランツ様は「申し訳ない」と恐縮しながら座った。礼儀作法にも厳しそうな方が意外よね。それだけ驚かれたのでしょうけれど。
「魔獣騒ぎか。詳しく話せ」
「……ここ半年ほどのことです。王都より少し離れた森や山で魔獣が出たとの訴えがあるとか。魔術師や騎士が出ていると聞いています」
「なるほど」
半年前から? 知らなかったわ。そう言えば……デリウス侯爵は狩りをしていて魔獣に襲われたと言っていたわね。だったらあの人もその被害者だった?
「ただ、討伐しても数日もすると再び現れることもあるとかで、苦戦しているとも」
「うむ。魔獣として退治しても浄化せねば復活することはありそうじゃな」
そうね、魔獣は絶命させればいいけれど、死んだ後も呪いで動いているのなら浄化しなければ消えることはないわ。あの牛のように。
「これは慎重に動かねばな。フランツ、その魔獣について詳しく聞かせろ」
先生が身を乗り出した。いつもの好々爺とした明るさは消え、笑い皺で優しく見える目はフランツ様と変わらない厳しさがあった。
その後フランツ様から聞いた話は途方もなく、私たちに関係があるのか疑問に思えるものだった。フランツ様の仰る通り、半年前から魔獣が出たとの報告があちこちから上がっていたという。その数はゆっくりと増え、騎士団や魔術師が出動して対応に当たっているとか。討伐したものも含めると二十ほどで、中には何度倒してもしばらくするとまた現れるものもあるという。
王都を守る結界が緩んだのかと大々的に結界の見直しが行われたけれど、小さな綻びはあってもその影響は微々たるものだったため、何故魔獣が出るのかと議論になっているとか。
「騎士と魔術師の間で見解が分かれているようで……」
「呪いだと気付かねばそうなるじゃろうな。そもそも獣に呪いをかけて異形にしようなどと考える者などおるまいて」
魔獣と呪われた獣は似ているようでまったく違う。魔獣は魔力を得た獣で魔力を放出して簡単な魔術に似た術を使う。
一方で呪われた獣は術が使えないし、意志というか自我があるかも疑わしい。あの牛は毎日同じ場所を回遊しているようだと村人が言っていた。呪いによって操られたのが、生前の何らかの思いが残っていたのかはわからないけれど、魔獣のように自律しているようには見えなかった。多分、あの牛は既に死んでいたからだとは思うけれど……
「それにしても……被害が出ている領地、殆どが第一王子派じゃな」
「叔父上もそう思われますか」
「うむ。今の両者の力関係はどうなっておる?」
先生が腕を組み、クラウス様が茶器をテーブルに戻した。
「最近は第一王子が優勢ですね。昨秋の舞踏会で第二王子が隣国の王女を粗雑に扱った件で大きく名を落としていらっしゃる」
「ああ、あれか。まぁ、考えるより先に身体が動いてしまう彼の御仁らしかったがな」
「外交の失態は看過出来ませんからね。陛下も重視されていると聞きます」
なるほど、武より文に優れた第一王子殿下と、その反対に文よりも武に勝る第二王子殿下。性格も謹厳実直で穏やかな兄王子と、即断即決で大胆な弟殿下、年子な上それぞれに長所と短所がおありだから両者の力関係は拮抗していたけれど、今その天秤は兄王子に傾いているようね。
「弟君が焦って……の可能性もあるやもな」
「まさかと言いたいところですが、否定は出来ませんね」
先生とフランツ様は事も無げに仰ったけれど、待って、それじゃあの呪われた獣は第二王派が?
「先生……」
「アレッサ、フィン殿も。その呪い、もしやすると政争が絡んでいるやもしれんな」
「まさか……」
さすがにそこまで話が広がるとは思わなかったわ。フィンも同じ思いらしく戸惑っているように見えた。
「ギレスベルガー家は第一王子派、しかもフィン殿はザックスの監視を命じられていたんじゃ。ギレスベルガー家の名を貶めるため、ザックスが監視を疎ましく思って、はあり得そうではないか?」
質問の体をした問いかけは確信が多大に詰まっているように感じられた。まさか第二王子が……信じられないけれど、先生とフランツ様がそう仰るのなら私が知らない様々な理由がおありなのでしょうね。周りにいる方々もあまりいい印象はないし……そう言えば室長もデリウス侯爵も第二王子派だったわね。
「私の方でもう少し調べてみます」
「うむ、頼んだ。ああ、あとフェルザー伯爵に使いをやってくれんか」
「フェルザー伯爵に?」
部屋の端に控えていた使用人を手招きしたフランツ様が怪訝な表情を先生に向け、その後私を経由して先生に向かった。
「フィン殿の呪い、どうしても解けない術式があるんじゃ。先代のロルトが古代文字の研究をしていたから手掛かりになるやもしれんと思ってな」
「フェルザー伯爵ですが……」
「何じゃ? 何か不都合な点でも?」
言い淀むフランツ様に嫌な予感がした。父は「業突張り」と呼ばれるほど欲深だから、何か見返りを要求するかもしれないと思われたのかもしれない。権威に弱いから二つ返事で受けて、自分はザクサー辺境伯家と繋がりがあると吹聴しそうだけど。ああ、そっちを心配されているのかもしれないわね。
「いえ、ちょうどよろしいかと。伯爵は魔獣調査の一員に選ばれています。詳しい話が聞けるやもしれません」
「なるほど、それは僥倖じゃな」
先生が人の悪い笑みを浮かべた。あの見栄っ張りで欲張りな父のことだもの、先生の手にかかれば容易に掌で転がせるわよね。話し合いはそこで一旦終わり、フランツ様は本邸へと戻られた。色んなことが明らかになって情報が整理しきれないわ。まさか王子殿下の争いに絡んでいたなんて思いもしなかったし。
「思った以上に根が深そうだな」
それはフィンも同じ思いのようで、何となく戸惑いが隠しきれていないように感じられた。
「ええ、驚いたわ。まさか、王位継承争いが絡んでくるなんて」
出来ることなら無関係であってほしいわ。そこまで話が大きくなったら解呪が一層困難になる気がするから。それに謎も増えたわ。今は解呪に集中したいのに……
「ああ。実家とは距離を置いていたから気にもしていなかった」
「そうね。私もよ」
私はともかく、フィンの実家は由緒正しい侯爵家で第一王子派に名を連ねていた。相手からしたら疎遠だろうが関係なかったのでしょうね。第一王子派の、ギレスベルガー家の名を貶められれば誰でもよかったのかもしれない。そこに偶々フィンがいただけで。
「政治なんて難しいことは遠慮したいわ」
「そうだな。俺も継承争いに巻き込まれるなんてお断りだ」
どうやら本当に嫌のようで、珍しく表情から嫌がっているのが伝わってきた。今は痛みもなく鉤爪が不便なだけだと言っているけれど、それがどこまで本当なのかはわからない。フィンのことだから多少のことなら我慢してしまいそうだし、これまでに比べたら楽になったとすら思っていそう。だけど、こうしている間も命は確実に削られている。早く、一刻も早く解呪したいわ。それでこの距離が遠ざかってしまうとしても……
「難しいことは先生やフランツ様にお任せするわ。今はフィンの呪いを解くことが最優先だもの」
胸の痛みを無視して笑みを向けた。ちゃんと笑えているわよね。




