第27話:あと一歩なのに手が届きません
先生の言葉通り、翌日からフィンの呪いの解析が始まった。先生の隣で先生が紡ぐ言葉を紙に記していく。もう隠す必要もなくなったから目に魔力を込めて術式を視ながら先生の言葉を当てはめていくと、今までわからなかったことが明らかになっていく。凄いわ、さすが先生……
「ルカ、ここはどうなっておる?」
「そこですか? これは……」
先生が視えないところは私が代わりに見て、その術式を紙に書き写して先生に見せる。文字は少しの違いで意味が変わる可能性もあるから凄く神経を使う。幸いにも先生はおぼろげには見える様で、それが障害になることはないように感じられた。
フィンの死の呪いが、あの厄介な鉤爪がもう少しで解けると思うと気が急いてしまう。元の姿に戻ったフィンはどんな感じなのかしら。今だって物凄くかっこいいけれど、髪や目の色が変わったらまた印象は変わってくるのかしら? これ以上かっこよくなったら女性が寄ってきそう……そう思うとなんだか気分が悪くなった。ダメダメ、何を考えているのよ、私。ついそんなことに思考が向かってしまう自分を叱咤して呪いに向き合った。
先生の解析は順調に進んでいるように見えた。私が解析した部分もあるから答え合わせを兼ねている部分もあるけれど、幸いにも間違っている部分はなかった。ホッとしたわ。さすがに先生の前で間違いたくなかったから。だって先生、こんな風にほんわりしているけれど、魔術に関すると途端に厳しくなるから。
「こことここは、どうにもはっきりせんのう……」
先生が眉間に皺を寄せて見ていたのは、フィンの心臓の辺りと手だった。死の呪いと、鉤爪の部分、よね。それ以外の呪いはほぼ解析が進んで呪いの内容が分かったから。私もここは何度も解析を試みたけれどさっぱりわからなかった部分。古代文字のようにも見えたけれど、先生にもわからないということは、違うの?
「先生? これは古代文字ではありませんの?」
「……古代文字のようにも見えるが、ここに記されている内容だけでは何の意味も成さんのじゃ」
「意味を成さない?」
そんなことがあるの? 術式は言葉と数字の組み合わせで、起こしたい事象について記すのが定番。例えば火を熾す術だと「火の強さや長さ、大きさ」などを細かく指定して魔術の法則に乗ってそれを魔力で練り上げていくし、場合によっては物に魔力で書き記して定着させて効果を引き出す。複雑になればなるほど難しく長くなるのだけど……確かにこの術式は内容の割には短すぎるわ。
「短すぎて、これだけでは何の効果も成さない。妙な術式じゃな」
先生が珍しく険しい表情を浮かべ、一層不安が増した。一体何が起きているの? 気は急くのに肝心の呪いの手掛かりに辿り着けない苛立ちが募った。
「そうじゃな……何か、術式の肝心な部分が隠されている、とでもいうか。どちらにも同じ文字が書かれている。これが関係していると思うんじゃが……」
先生が気にしているのは二十文字ほどの文字のように見える部分だった。魔術で使う言語でもなければ古代文字でもないという。そんな……
「まさか……それ以外の文字が存在しているとか?」
「それはあり得ん、と言いたいところじゃが……その可能性を考えてもよさそうじゃな。この文字列が何なのかがわかれば、手も打てるじゃろうから」
急いていた心が一気に萎んでいくのを止められなかった。今日こそはフィンの呪いが解けると、約束が果たせると思っていたのに……
「クラウス卿、ありがとうございます。ルカ、そんなに気落ちしなくていい。まだ時間はあるんだろ?」
「フィン……」
明るい声でそう言ってくれるフィンに余計に申し訳なさが募った。一方で、これでまだ暫くは傍にいられるとの浅ましい思いが勝手に湧いてくる。そんな自分に嫌気がさすのに、それが事実なことが情けなかった。
「この術式、もう少し調べさせてくれ」
「もちろんです。お願いします」
先生の言葉に、まだ諦めるのは早いと自分を叱咤した。そうよ、まだ先生のところに来たばかり、それに解析をしたばかりだわ。これから調べて行けばきっと何か解決策があるはず。先生の伝手を使えば他の魔術師から情報を得ることも出来るわよね。
「さぁ、アレッサ、解除出来る部分はしてしまおうか」
「あ、はい」
そうね、出来ないことを嘆くよりも出来ることを終わらせるのが先ね。それだけでフィンの負担を減らせるのだから。先生の助言で術式の始まりと終わりを見つけられた術を紐解いていく。残っていた三つの呪いは古代文字を使ったものだった。ちょっと手間はかかったけれど先生の助言のお陰で無事に解呪出来たわ。出来たのだけど……
「フィンの色って……」
それ以上の声が出なかった。だって……解呪後の淡い光が消えた後に見えたのは、ため息が出そうなくらいに綺麗な銀髪だった。こんなに綺麗な色の銀髪、初めて見た……灰色っぽいものはよく見るけれど、青みがかったこんな色もあったなんて……髭の色まで同じだし。これじゃ、髭を伸ばす意味がないわ。かえって目立ってしまうもの……
「ああ、髪が戻ったのか?」
「え、ええ」
目が見えないのが幸いだったわ。きっと直視出来ないわ、顔が赤くなってしまうのは間違いないもの。これから、どうしたらいいの……
「ルカ?」
「か、身体の感じはどう? 何か変わった?」
早口になってしまって余計に焦ってしまった。見とれてしまったのがバレてしまったかしら? 嫌だわ、変に思われていたらどうしよう……
「ああ、凄く、軽くなったな」
「軽く?」
「いつも身体が重くて、ずっと関節なんかも痛かったんだが……それがまったくなくなった」
「まったく? って……」
まだ痛みが残っていたの? そんな風には見えなかった。時々顔を顰めていることもあったけれど、大したことがないと言っていたわ。前の解呪で消えていたと思っていたけれど、まだ残っていたなんて……無理をさせてしまっていたのね。申し訳ない……
「い、痛みと言っても大したことじゃない。前に比べたらずっと楽になっていたんだからな」
「そ、そう」
気遣ってくれるのね。でも、気付けなかったことが、平気だって言われて真に受けていたことが申し訳なくも情けない……そこで肩を掴まれた。目の前にフィンの顔があった。前髪の間からちらっと瞳が見えた。その色に息を呑んだ。な、なんて綺麗……
「何を考えているのかはわからないけど、ルカが気に病むことなんてない。あなたは俺の恩人だ」
「そうじゃぞ、アレッサ、お前さんは十分にやった。わしの弟子でここまで解呪出来る奴はいなかっただろうよ」
瞳の色に気を取られていたけれど、フィンと先生の二人にそう言われて我に返った。嫌だわ、私ったら、こんな時なのに……だけど、この銀髪にあの瞳の色なんて、反則だわ……
「ルカ、あなたと出会って俺は九死に一生を得たんだ。前にも話したが、あの時は本当に死ぬと思ったんだから」
「え、ええ」
「出会った頃に比べたら、今は比べ物にならないほど快適だ。それは本当だ」
「わ、わかったわ」
勢いに負けてついそう答えてしまったけれど、よかったのかしら。いえ、フィンがそう言うのならそうなのかもしれないけれど、でも、まだ何か隠しているかもしれないと思うと、素直に承服しがたいわ。
「まったく、アレッサの自己評価の低さは困ったもんじゃな」
先生ったら、買い被り過ぎです。第一私は妖精眼のお陰で他の人よりも少しはマシなだけで、魔術師としても解呪師としてもまだまだ新人だもの。
「はい、そう思います」
フィンまで……いえ、最初に解呪するなんて言ったのは私よね。まったく、あの時の私をぶんなぐってやりたいわ。こんな呪い、簡単に解呪出来るはずもなかったのに。
「まぁ、無駄に自己評価が高いのも困りもんじゃがな。そういう奴に限って出来もしないことを出来ると言い張る」
うう、耳が痛いわ。ごめんなさい、先生。それ、私もやっていました。もう二度としません。
「同感です。少しはルカを見習ってほしいものですね」
フィン、それは間違っているわ。現に解呪出来てないもの。本当にあの時の私が恥ずかしい……
「さて、わしは調べ物をしてくる。アレッサ、フィン殿も、しばらくゆっくり過ごされよ」
「先生、私もお手伝いします」
先生は目が見え辛くなってきたと仰っていたわ。だったら……
「いやいや、ルカも少し休め。ここは王都に比べて寒い。無理をすると風邪を引いて痛い目に遭うぞ」
「そうだな。この半月余りの旅はルカにはきつかっただろう?」
「それならフィンだって同じでしょう? 呪いがあった分、フィンの負担の方が大きかったはずよ」
なのに私という世間知らずを連れて旅をしてきたのだから。お荷物になっていた自覚はあるだけに居たたまれない……
「俺は騎士で体力はあったし、あの程度大したことはない」
「でも……」
「そこまで。二人とも、しっかり休むんじゃ」
先生にそう押し切られてしまったわ。だけど、本当にいいのかしら? 今はフィンの解呪の手掛かりが、どんな小さなことでも欲しいのに……




