第22話:隠し事がバレて溝が出来ました
「ルカ、どういう、ことだ?」
視線に痛みを感じたのは罪悪感があったからかもしれない。低い、これまでに聞いたことのない低い声に静かな怒りを感じた。声を荒げない方が怒りの深さはずっと深いのかもしれない。前髪と髭で表情はわからないけれど、きっとそれがなくても今のフィンからは表情が抜け落ちているような、気がした。あくまでも、気がしただけだけど……
「なんじゃ、アレッサ、言っておらなんだのか」
力みのない、いつもと変わらない師匠の声が酷く遠く聞こえた。
「は、はい。読めない術式もあったので、その、まだ確定出来なくて……」
「相変わらずお前さんは慎重じゃなぁ。せめてその欠片でもあのクレーゲに合ったらよかったんじゃが……」
先生が綺麗な頭を撫でながらぼやいた。先生、今は室長のことはどうでもいいのですが……
「いい判断じゃ、アレッサ。不確定な判断は大事な何かを見落とす。フィンとやら、アレッサを責めんでやってくれ。この子に悪気があったわけではないんじゃ。解呪は命にもかかわるもの、慎重にとうるさく言ったのはわしなのでな」
「い、いえ、そんな、責めるつもりは……」
フィンにはそんなつもりはなかったと思う。むやみに人を責めるような人じゃないもの。だけど、隠されていたことを不審に思い不満を感じるのは当然のことだと思う。私が同じ立場だったら、きっとそう思っただろうから。
「すまんのう。呪いというだけで過剰に反応する者が多くてな」
「そ、それは……確かにクラウス卿の仰る通りです」
にこにこと邪気を感じさせない笑顔で正論を吐く先生にフィンも戸惑っているように見えた。実際、同じような反応をする人を今までたくさん見てきた。それでも筆頭魔術師にもなった先生の言葉に抗える人はいない。特に呪いを扱っている魔術師は少ないから。
「フィン殿、ご心配召されるな。貴殿の解呪にはわしも出来る限りの協力をしよう」
「あ、ありがとうございます」
声に少しだけ力が戻った気がした。先生がそう仰ってくださるのなら安心だわ。先生にはどこまで術式が見えているのかしら? 妖精眼はお持ちではないけれど、魔術を視ることが出来るわ。もしかして……
「先生、もしかして、解呪方法に当てがおありなのですか?」
先生ほどの識者なら、古代文字を研究されているのなら、あるいは……沈んだ心に希望の灯がともった。
「いやいや、さすがに今すぐどうにかしろと言われても無理というものじゃ。お前さんのように妖精眼を持っているわけではないからな」
「……妖精眼?」
せ、先生――!! 叫ばなかった私を誰か褒めてほしい……フィンの呟きにまたしても秘密を暴露されてしまった。フィンには先生の診断の後、期限のことと一緒に話をしようと思っていたのに……二重の裏切りだと思わせてしまったかもしれない。いえ、確実にそう感じたわよね。もしかしたら騙されたと失望されてしまったかしら?
「おお、おお、すまんな。ロルトから口止めされておったわ。これも内緒じゃったか」
「……いえ、いずれ話すつもりでしたから……」
今更言っても言い訳にしか聞こえないかもしれないけれど、先生、さすがに口が軽すぎます……いえ、元からそういう方だったけれど。だからこそよく筆頭魔術師になれたと言われていたし、在任期間が短かったのもそのせいなのだけど……悪気がないのはわかっているから何も言えないわ。それ以上の恩がたくさんあるし。
「呪いの方は初見でどうこう出来る量ではないぞ。だが、これほどの複雑な呪い、術者の腕が鳴るというもんじゃ。是非とも調べさせてもらいたい」
先生の目に火が灯った気がした。根っからの研究者というか術式馬鹿と現役時代は影で呼ばれていた先生だもの、こんな術式を見逃すわけはないわ。だからこそここにどうしても来たかった。解呪師になってまだ二年ほどの私と、魔術師を四十年余り務めて国の最高位も務めた先生ではその力量など比べるのもおこがましいもの。
「それは、俺からもお願いします」
フィンが深々と頭を下げた。後ろめたい思いもあるけれど、先生が受けてくださったことに心から安堵した。仮にフィンが私を疎ましく思っても、先生が解呪してくださるのならきっと大丈夫、解呪は約束されたようなものだわ。だけど、どうして胸が痛むのかしら……
その後、先生が解析は明日からにしようと仰った。ロイという少年が私たちの部屋を用意してくれて、一旦それぞれの部屋で休むよう勧められた。この別邸には先生が魔石を使って作った湯殿があるという。それを勧められたので先にフィンに入るよう勧めたのだけど……
「こういうことは女性優先だろ。俺は後でいい」
そう言って頑として引かなかった。
「いえいえ、ここは身分も立場も上のフィンが先に。それに髪が長い分時間がかかるから」
私も引かなかったし、罪悪感もあって引けなかった。これまでも何かと優先してくれたけれど、今の私にはその資格がないと思えたから。なのに……
「仕方ないのう。ではアレッサが先に入れ」
「せ、先生?」
「上がったらロイと一緒に夕食の準備をしてくれ」
先生がそう仰って今に至る。ロイに案内された湯殿は思った以上に広くて、中に入って暫く立ち尽くしてしまった。こんな立派なものがこの別邸に隠されていたなんて……先生、絶対認識阻害の術を掛けていらっしゃるわね。外見と中身が全く別物だもの。
「凄いわ……お湯が途切れないなんて……」
湯殿は広く、人が二人足を伸ばしても余裕があるわ。お湯がいくらでも出てくる湯殿を作ってしまうなんて……先生の魔力と辺境伯家の財力の賜物ってことかしら。お湯に浸かりながら耐えることなく出てくるお湯を眺めて感動してしまった。後で先生から窺った話では、辺境領にあるザクサー山脈は火の山らしく、そのせいでこの辺りではお湯が湧き出てくるそうで、そのお湯をここまで引いているのだという。どんな仕組みになっているのか、是非とも教えていただきたいわ。
「フィン、お先にありがとう。次どうぞ」
「あ、ああ」
フィンの部屋に行って湯殿に入る様に勧めた。うう、気まずい……後でちゃんと謝らなきゃ。許してもらえないかもしれないけれど、黙っていると決めたのは私だから。
その後、ロイの元に向かうと既に夕食の準備が始まっていた。この子一人で食事の準備を? まだ十歳くらいよね。先生ったら、せめて料理人くらい雇えばいいのに……そう思ったのだけど……
「ここは自分がしますから。お客人は部屋で休んでいてください」
三枚目のお皿を割ったところで冷然とした眼差しと共にそう告げられた。悪気はなかったのだけど、やってしまったことは事実だから返す言葉もなかった。
「ご、ごめんなさい……」
「貴族の方ですから出来なくても仕方ないでしょう。準備が出来たらお呼びします」
こちらを見ることなく告げられた言葉に不甲斐なさが増すけれど、邪魔になっている自覚があるだけにその場を去るしか出来なかった。これ以上被害を増やすわけにはいかないもの。あのお皿、高価なものでなければいいのだけど……後で先生に弁償を申し出なきゃ。お湯に浸かって軽くなったはずの足が重かったけれど、それは部屋の近くで止まった。
「ルカ……」
目の前にはお湯から上がったばかりのフィンがいた。肩にタオルをかけ、髪を拭いている。気まずさが一気に競り上がってきた。ちゃんと話をしなきゃ。
「フィン、話をしたいのだけど、少しいいかしら?」
逃げたくなる気持ちを叱咤する。逃げるわけにはいかないから。
「あ、ああ」
躊躇いながらも拒絶されなかったことに安堵した。
「じゃ、私の部屋に」
「……ああ」
歯切れの悪さにこれまでの関係が壊れてしまったのを感じた。胸が痛むけれど自分がしたことの結果だから嘆く資格なんかない。フィンの方がきっとずっと傷ついただろうから。まだ荷解きも終わっていない部屋は余所余所しさの方が勝る。部屋には二人分の椅子とテーブルが一つ、小さな棚、そして部屋の奥には一人用の寝台。内装と調度は落ち着いた色合いでまとめられていて、貴族向けの立派なものだった。フィンに椅子を勧め、テーブルに用意されてあったコップに水差しの水を注いでフィンの前に出し、その向かい側に座った。沈黙が、重い……だけど、逃げるわけにはいかない。
「フィン、ごめんなさい。呪いのことも、妖精眼のことも黙っていて」
自分の決断が間違っていたとは思わない。それでも、深い後悔が重く胸に圧し掛かった。




