第13話:手配書の次は呪われた宿でした
門番の二人が近付いてくる。認識阻害の術が効かなかった? あれからそれなりに魔力は回復したからこの程度なら問題ないはずなのに……そう思っていたのだけど、男たちが向かってきたのは私の方だった。どうして? 近付かれて思わず一歩下がってしまった。じわりと手が汗ばんでくる……
「な、何か?」
声が上ずってしまった。怪しまれてしまうわよね。前はこんなことはなかったのに……
「ああ、あんた。ちょっといいか?」
「わ、私ですか?」
意外にも彼らが呼び止めたのは、私だった。どうして? いえ、フィンじゃなかったのはよかったのだけど……
「あんた、どっから来た?」
咎めるような、試すような問いに緊張が走る。一瞬上司や父の顔が浮かんだ。彼らが私を追ってくる可能性を恐れていたけれど……だけど、正直に答えないとローグの街にでも問い合わせをされたら余計に怪しまれてしまうわよね。
「ローグからですが?」
「ローグ?」
「ええ。そこで破落戸に絡まれて……自警団の方が助けてくださいました。不審であれば問い合わせしていただいても構いませんが」
そう言うと男たちは顔を見合わせた。何か、マズかったかしら? 手がまた汗ばんできた。最近心臓に悪いことばかり続くわね……
「マージュに行ったことは?」
「マージュ、ですか? いえ、初めて聞きました」
マージュに関係しているようだけどそんな町は知らないわ。王都から出たことがなかったから。
「どこへ行く予定だ」
「ザクサーです」
「ザクサーだと? 何をしに?」
驚かれてしまったわ。そんなに珍しいの? いえ、そういえば女将さんも驚いていたわよね。
「祖父の友人だった方に会いに。その、仕事も首になって行く当てがなくなってしまったもので……」
嘘は言っていないけれど、もっと違う理由の方がよかったかしら? 失敗したわ、その辺りもちゃんと考えておけばよかった……
「あの、何か?」
こうなったら呼び止められた理由が知りたいわ。今後のためにも。
「あ~いや、スリの手配書に似ていたんでな」
「スリの?」
「ああ、くすんだ灰茶の髪と緑瞳の女だ。年は十代前半でマージュから手配書が出ている」
くすんだ灰茶の髪って……それに十代前半って……
「汚れているけれど、これ金髪です。それに私はもう二十です!」
なんだか腹が立ってしまって思わず言い返したら、男性たちが気まずそうに見合った。
「あ、ああ……そうか、すまねぇ、行ってくれていいぞ」
向こうも失礼だと思ったのかすんなり通してくれたからよかったわ。だけど……私ってそんなに子供っぽく見えるの? そりゃあ背は低いけれどもう成人して二年も経っているのに…… なんだかショックだわ。
その後、通りを歩いている人に尋ねて道具屋に向かった。まずはフィンの服が先ね。靴や手袋も替えがあった方がいいわよね。今は騎士団に支給されたものを使っているけれど、それで身元が怪しまれては困るし……
幸いにも町の規模の割に道具屋は充実しているように見えた。フィンの話ではここは冒険者のためのギルドがあるからだと教えてくれた。なるほど、だから冒険者風の出で立ちの人が多いのね。
道具屋ではフィンのシャツとズボン、下着類を二セットずつ、革の手袋二双と編み上げ靴を二足、革のベストと薄手のフード付きマントを買った。それ以外ではフィン用の寝袋と厚手の敷布、小型の斧と調理用のナイフを買った。これで当面はどうにかなるかしら? これだけ買って銀貨二枚で済んだわ。相当ぼったくられたのだと気が重くなった。いえ、フィンのためなら、仲間のためなら惜しくないわ。
「あとは食料かしら?」
「そうだな。だが、その前に宿を取ろう」
「あ、そうね」
買い物が楽しくてつい夢中になってしまった。だけど、物珍しい物がたくさんあるから時間を忘れてしまう。だめね、余計なものまで買ってしまいそうだわ。気を付けないと。
道具屋にお勧めの宿を聞くと、二区画先にある『白猫亭』という宿を教えてくれた。一階は食堂になっているし値段も良心的だという。だったら大丈夫かしら? 直ぐに一杯になるから急いだほうがいいと言われたので宿に向かった。
「え? もう空いてない?」
どうやらほんの僅かな差で部屋は埋まってしまったらしい。残念だわ……買い物に時間を取られたせいね。
「この時期、どこも早くしないと埋まっちまうよ」
「どこか、空いていそうなところはありますか?」
闇雲に歩き回っても土地勘がないと間に合わないかもしれない。
「そうだねぇ……泊まるだけなら心当たりはあるけれど……」
「それでも構いません」
食べ物は露店で買って持ち込めばいいわ。その方が顔を見られなくて済むし。
「だったら、東側にある『黒羊亭』に行ってみな。ちょっと訳あって食堂はやっていないけれど、宿は使えるはずだから」
「訳ありって……」
破落戸がいるとか、質が悪いのなら遠慮したいわ。それなら野宿した方が安心だもの。フィンを見ると同じように思っているようで頷いた。
「ああ、あそこの店、井戸が枯れちゃってねぇ。そのせいで呪われているって噂が立って。それで客が来なくなっちゃったのよ」
「呪い……」
「まぁ、そういうのが苦手ならやめときな。実際、体調が悪くなったって人もいるらしいから」
またしてもフィンと顔を見合わせてしまった。呪いの井戸って……
「行ってみるか?」
「いいの?」
「気になるのだろう?」
気には……なるわ。職業病ってやつかしら? それに困っているなら助けたい。一般の人が呪いを解くのは簡単ではないもの。店員に場所を聞いてフィンと共に向かった。東の方に少し行った先に古びた建物があり、看板に黒い羊の絵が描かれていた。ここでいいのかしら?
「あの、すみませ~ん」
宿の扉を開けて中に入っても人の気配がなかった。仕方なく大きな声を上げると奥の方で物音がして、暫くすると中年のくたびれた感じの男性が出てきた。
「なんだ? 客か?」
顔色がよくないけれどその理由はすぐに分かった。だって、呪いを感じるもの。
「はい、一泊させていただければと」
「そりゃあ構わんが、いいのか? 聞いたんだろう? ここは呪われていると」
自嘲的に返された言葉から心無い言葉に苦しんでいるのが窺えた。人気商売でもあるものね。変な噂が立てば客足は遠のいてしまう。
「はい、構いません。何ならその呪いとやらを見せてくれませんか?」
店主の茶の瞳が一層大きくなった。
案内された部屋は広くて古いながらも質が良かった。ベッドが二つ並び、その反対側には机と椅子が二脚、隣の部屋には浴槽までついていた。王都ならともかく、地方で浴槽付きは珍しいらしい。だけど今は井戸が枯れているので使えないと言われた。もったいないわ、お湯に入りたかったのに……呪いを解けば使えるのかしら? だったら……
「本当に行くのか?」
「ええ、呪いが解ければお湯に浸かれるようですし」
それは大きいわ、もう何日も湯浴みしていないから。馬車から飛び降りてからは一層汚れて気持ち悪い。夏ならまだしもこの時期では水浴びするのも寒くてずっと我慢していたのよ。
「だが……」
「大丈夫よ。フィンのものに比べたらずっと弱いもの」
実際、感じる呪いは弱い。実際は見てみないとわからないけれど、何とかなると思うし何とかしたい。
店主の話では店のすぐ傍にある井戸が一年ほど前に突然枯れたという。それから店主一家は体調を崩すことが増え、食堂も水がないから十分な料理を出せなくなった。そうしてゆっくりと、でも確実に客足が減ったという。ある冒険者から井戸が呪われていると言われたけれど店主は信じておらず、また体調が悪いせいで開店休業状態なのだという。
「井戸を、見せてくれますか?」
「あんた、正気かい?」
「ええ。魔術師の勉強をしたことがあります。もしかしたらお役に立てるかと」
店主は疑いの目を向けて来たけれどそれでも井戸に案内してくれた。店の裏にある小さな井戸は禍々しい雰囲気を放っていた。井戸を覗き込む。暗くてよく見えないけれど、底に呪いの元があるのは間違いないわ。これを取り出さないと解呪出来ない。だけど無理に引き上げて失敗したら井戸は二度と使えなくなるかもしれない。だったら……
「どうだ?」
「多分、出来るかと。ただ……」
フィンが心配そうな声で話し掛けてきた。ここにいても誰も気に留めないのは術が効いているせいね。よかったわ。
「ただ?」
「誰かの協力が必要です」
「だったら俺が協力しよう」
フィンは即答してくれたけれど……大丈夫かしら? 既に呪われているフィンに手伝ってもらって……
「何か、問題か?」
「……呪いの元に触れると、どうなるか予想がつかないの……」
呪われた身で呪いに触れて干渉し合ったりしないかしら? こんな経験は初めてだからまったく予想が付かない。それでなくてもフィンの寿命は……これ以上悪化させるようなことはさせたくない。
「どういうことだ?」
「魔術で呪いの元を引き上げます。でも、私の力はかなり弱いから引き上げるだけで精一杯かと……だから、手に届くところまで来たらすぐに取り上げてほしいの」
正直、そこも自信がないわ……物理的に何かを動かすのはかなりの魔力量が必要になるから。
「そんなことなら……」
「ただ、今のフィンが呪いに触れたらどうなるか……干渉し合って悪化する可能性もあるから……」
まだ解析が十分じゃないし、読めない部分もあるから大丈夫だなんて言い切れない。もし解けるはずの呪いが解けなくなったら? それでフィンの寿命が縮んだら? それでなくても今のままじゃ一年もつかどうかなのよ? 取り返しのつかないことになるかもしれないと思うと、お願いなんか出来ないわ。




