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行き倒れを拾ったら騎士でした。しかも呪いつきです  作者: 灰銀猫


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第11話:呪われたあの日から(フィン視点)◆

「あ……いや、怒鳴ったつもりは……」


 あまりの剣幕にたじろいで情けない声が出てしまった。だが、彼女の言う通りだ。言い過ぎた。彼女の金だからどう使おうと俺が口出しすべきじゃない。それはわかっているんだが……買ったのが俺の服だと思うと申し訳なく、つい口調がきつくなってしまった。気を付けなければ……騎士団の連中とは違うのだから。


「すまなかった」


 彼女の気持ちを無下にする気はない。有り難いのは間違いなかったからすぐに謝った。


「……いえ、私も言い過ぎました。フィンは心配してくれたのに……」


 目を伏せて謝られてしまった。こんなところで育ちと人の良さが露になる。しっかりしているかと思ったら道具屋にぼったくられていた。しかもその自覚もあったらしい。とんだお人好しだ。


「さぁ、腹も膨れたし、あんたはもう寝るんだ」


 今後の方針も決まったし飯も食った。既に夜も更けて真夜中を過ぎているだろう。彼女も今日は色々あったらしいから相当疲れているだろうし神経も昂っているはず。外で過ごしたことがないと言っていた。体力がないだけに休める時は少しでも休ませないと。それに、今の俺は彼女の助けが必要なんだ。


「ええ? フィンは……」

「俺は寝ずの番をする」


 既に真夜中を過ぎて夜明けも近い。獣は日暮れと夜明けが最も活発だから、番をするなら俺の役目だ。


「寝ずの番って……だったら私が……」

「獣が襲ってきてもあんたじゃ対処出来ないだろ? 明るくなったら交代だ。その方が安全だし、呪いを見るにもいいだろう?」

「それは……」


 まだ躊躇しているが二人しかいないんだ、適材適所で動かなければ効率が悪い。そう言ってさっさと穴の奥へと押し込んだ。俺は入口で馬と共に夜明けを待つ。


 火を焚くことは出来ないが、幸いにも月が出ているせいで森の様子は見える。それに、俺だって魔術師ほどじゃないが魔術は使える。認識阻害の結界もこの狭い範囲なら何とかなるだろう。使える術は初歩のものばかりだが幸いにも魔力量は多いから長時間でもどうにかなる。


「……っ」


 結界を張ると身体に痛みが走った。呪いにかかってからは魔術を使うと痛みを感じるようになった。特に治癒魔術は酷い。多分、俺が自分を癒せないよう、呪いがそうさせているんだろう。まったく、どこまでも質の悪い。痛みを追い出すように大きく息を吐いた。くそっ、早く静まれ……ルカに気付かれるわけにはいかないんだ。知れば彼女に無理をかけてしまう。じわじわと痛みが身体の中を蝕んでいくが、まだ大丈夫だ。耐えられるし、耐えてみせる……


 呪いのことは門外でよくわからない。ただ、段々悪化しているのだけはわかる。身体の奥にどす黒い何かが浸食してくるのを感じる。今は何とか食い止めているが……俺の体力か魔力か、とにかく何かが呪いに負ければ死に至るのだろう。


 急に馬が鼻を鳴らした。様子を窺うと闇を見つめている。なんだ? 獣か? 剣に手を伸ばし、目を凝らし、耳をそばだてて周囲の様子を窺った。認識阻害の術は便利だが万能ではないし、馬には掛けていない。馬の匂いを感知した狼か? 警戒をするも、暫く経っても動きはなかった。鼠でもいたか。馬は臆病だからな。


「イテテテテ……」


 剣を置こうとしたら爪が痛んだ。呪われて一番厄介なのが鉤状に変形した爪だった。伸びるのが早いし、固いし、切れば血が出る。だが切らないと手袋を突き破る。それを見られたら化け物だと言われて殺されるかもしれないから切っているが、地味に苦痛だった。解除するからこれを一番にしてくれないだろうか……


 森で倒れた時、薄れ行く意識の中で死を覚悟した。ずっと口にするのは木の実や兎や鼠などの小動物の肉で、爪がこうなってしまってからは弓も剣も十分に使えなかったから狩りもままならなかった。腹は減るし、呪いで全身が痛み、森での野営は気が休まらず十分に眠れない。人目を避けるために街道を避けて森を進んだのも悪かった。体力は奪われるし進みも遅くなる。馬を失ったのも痛かった……まさかあれから二月も経っていたとは……しかも、敵前逃亡罪で追放されていたとは想定外だった。


 目覚めた時、誰かの優しい声がして、ああ、死んだんだと思った。耐えずあった痛みが和らいでいたのもあった。実際はルカが行き倒れていた俺を見つけて介抱してくれていた。痛みが減ったのはいくつかの呪いを解いてくれたおかげだった。あの時の驚きは……言葉に出来なかった。とても魔術師に見えなかったからだ。こんな若い女性が? しかも呪いを解くのはかなりの技術が必要じゃなかったのか? 戸惑う俺に彼女は名乗った。


「あの、『魔術院の業突く張り』の娘だったとはなぁ……」


 無意識に本音が漏れてしまったが、騎士団の連中なら異を唱える奴はいないだろう。彼女の父親のフェルザー伯爵は悪い意味で有名だった。騎士団はあの男に散々煮え湯を飲まされてきたのだから。魔獣討伐となれば魔術師の同行は欠かせないが、一番人気がないのがフェルザー伯爵だ。実力は確かにあるのだが騎士を下に見る言動を隠しもせず、こちらのミスは声高に責めるくせに、自分たちのミスは口を噤んで知らん顔。おかげで大怪我を負った騎士も少なくなく、何度か陛下を介して苦情を申し上げてきた。だが、陛下も数少ない魔術師に頭が上がらず強く言えない。それをわかっているから余計に図に乗っている。


 伯爵には娘が二人いて、跡取り娘はかなりの魔力量を持ち、可憐な容姿らしい。まだ学生だがいずれは父をも超える優秀な魔術師になると噂されている。姉がいるが魔力量が足りなかったから魔術師にはなれなかったと聞いている。その動向は聞いたことがなかったが、まさか魔術院で働いていたとは……しかも上司の失敗を押し付けられて首になり、実家からも放逐されていた。まぁ、あの伯爵ならやりそうだよな、というのが正直な感想だ。


 しかし、魔力量は少なくとも彼女は優秀だということはこの短い間でもよくわかった。呪いを解く技術は相当なものに思える。そもそも解呪出来る者が少ないんだ。騎士も時々魔獣の呪いを受けることがあるが、解呪依頼をしても施術を受けられるまでに時間がかかるのが常だった。俺だって事前に王都に連絡しておくからと言われて安心していたが……


 今となってはその言葉を鵜呑みにするべきではなかった。王都へは馬で十日、本来なら従者を付けるべきだったが、俺の従者も副官も乗馬はあまり得意ではない。無理に連れて行くよりも単身走った方が楽だろうと言われてそうかもしれないと思ったが……それ自体が既に罠だったのだろう。甘かったと言わざるを得ないが、あの時はそこまで考えが及ばなかった。


 彼女はこの呪いが解けるという。出会った時、『解呪してあげましょうか?』と確かに言っていた。どうせこのまま死ぬよりは……と彼女の申し出を受けたが、彼女の為人からして出来ないことを出来るとは言わないだろう。今すぐでなくていい、時間がかかっても構わない。せめてこの爪と肌、痛みを軽くしてくれたら……いや、さすがに欲張り過ぎか? だったら爪と肌だけでもと願う。そうすれば町にも入れるようになって、彼女を宿に泊めることが出来る。多分、彼女は自分一人で泊まるのは拒否するだろうから。





 目を閉じて周囲を窺っていると辺りが白くなり始めた。夜明けが近付いている。そろそろ獣が起き出してくる頃だろう。昼行性も夜行性もこの時間は活発に動く。狼や猪は群れになって襲ってくるし、熊もこの時間帯は餌を求めてよく動く。この手では剣も思うように使えない。なるべく遭遇しないように願う。


 ぴく、と馬が身体を強張らせて一点を見つめていた。何だ? その視線の先を追うと、そこにいたのは……兎か。しかもこっちには気付いていない。だったら……懐からナイフを取り出した。投げやすいように作られた特殊な形状のそれ。この爪では命中度は半分以下だが、もし仕留められたらルカに肉を食わせてやれる。そう思ったら絶対に仕留めてやらないと。


 息を殺して狙いを定める。兎は馬に気付いたが逃げる素振りはない。爪のせいで安定しないナイフを持ち直して……投げた。


 微かな悲鳴を上げて兎がその場に倒れ込んだ。幸いにも急所に当たって苦しませずに済んだ。血抜きをしている間に火を熾し、水を汲んでおいた鍋を火にかける。干した豆を入れてから兎の肉の半分を放り込んだ。辺りにいい香りが漂い始めるが、ルカが起きる気配はない。かなり疲れたんだろう。無理をして熱を出されても困る。もう少し寝かしておくか。


 肉はまだ半分残ってるし、これ以上煮込んだら固くなってしまう。肉はまだ半分あるから先に食事をした。昨晩あんなに食べたはずだがもう腹が減っていた。久しく食事をしていなかったせいで身体が欲しているのかもしれない。呪いで体力を奪われている感覚はある。食うことで何かが補えるのなら従わない理由もない。


「う~ん、味気ないな」


 豆だけの兎鍋は味が薄くてイマイチだった。この兎は味が薄いんだよなぁ。だったら干し肉を加えるか。僅かに香辛料をまぶしてあるから味はつく。さっきよりはマシだろう。残り半分の肉を加えて煮込む。これが煮えたら起こすか。いや、やはり起きるまで寝かしてやろう。鍋は火からおろしておけばいい。


 日が昇ったのか、白かった森の中が鮮明な色を取り戻した。鳥のさえずりが増し、シカの群れが遠くに見えた。馬が騒ぎ出す。水を寄こせと言っているのだろう。幸い見える範囲に小川があったので、その傍の木に馬を繋いで好きにさせると、水を飲んだ後で草を食み出した。気難しいと言っていたが、なかなかにわかりやすい奴だ。長い付き合いになるだろうから仲良くしないとな。


「フィン?」


 後ろから俺を呼ぶ声がした。ああ、起きたか。朝日の下では髪色が一層明るくなり、若葉色の瞳が鮮やかさを増して俺に向けられていた。今日はこれから呪いを見てくれるという。その結果がいいものであることを、身体の奥底から感じる死が気のせいであることを切に願った。






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