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信濃の修羅〜現代人の俺、存在しないハズの真田の三男坊として転生す〜  作者: ギュネイ山本
第八章【来るなら来やがれ!源四郎対『会津国衆合議連』の段】

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其之七

――春日山城を発ち二日――

――米沢城、謁見の間――

源四郎は米沢城へ戻り、伊達輝宗と政宗の御前で膝を突いていた。

「……源四郎、『信濃の飛び領地化』の話、上手くまとめたようだな! 大義である!!」

輝宗の弾むような声が広間に響く。

今回の交渉が、伊達家の版図戦略においてどれほど大きな意味を持つか、輝宗も政宗もその顔に満足の色を浮かべていた。

しかし、その場に不釣り合いな空気が漂っていた。

源四郎の背後に控える藤五郎と左衛門が、なぜか青ざめた顔で床板を見つめ、極度の緊張に震えていたからだ。

その様子に、隣にいた政宗が眉をひそめる。

「おいおい……どうした藤五郎、左衛門? 報告の最中だぞ。越後を抜けたと聞いたが、道中悪いものでも食ったか?」

政宗の訝しげな問いに、源四郎は表情を変えず、静かに二人の様子を伺う。

(……そりゃそうだよなぁ。なんたって伊達の思惑とは無関係に、勝手に新発田をぶっ潰す約束、景勝公と結んじまったんだからなぁ)

源四郎は腹の底でニヤリと笑い、凍りついている二人に「顔を上げろ」と視線で釘を刺す。

二人の青ざめた面構えなど、輝宗と政宗には「忠義ゆえの緊張」とでも映っているだろう。

源四郎は平然と視線を主君たちへと戻した。

「なれば御屋形様、先ほど申した通り……今頃は窮地に追いやられておりましょう田村家の救出の件、どうか!」

「うむ! 愛姫(めご)の実家の窮地なれば動かぬ道理はない!!」

輝宗が力強く膝を叩く。

その即断即決の勢いに、源四郎はまずは胸をなで下ろした。

田村家救出という大義名分さえ得れば、この後の「逸脱」も全て伊達の武威として正当化できる。

しかし、ここからが源四郎の真骨頂だった。

わずかに間を置き、場の空気を張り詰めさせる源四郎。

「なれば、田村家救出が上手く行った後の話をしてもよろしいですかな?」

「ほう?」

政宗が興味深げに身を乗り出す。

源四郎は、まるで天気を語るような淡々とした口調で、これから投下する【爆弾】の導火線に火をつけた。

「御屋形様には……新発田を袖にして頂きたく存じます」

「なっ!?」

広間の空気が、音を立てて凍りついた。

政宗が信じられないものを見る目で源四郎を凝視する。

新発田重家といえば、伊達の奥州制覇において、今は「味方につけるべき要衝」であり、あるいは「伊達の威を借りる先鋭」として位置づけられていたはずの男だ。

その新発田を切り捨てるなど、政宗の計算にはなかった。

対照的に、輝宗はその眼光を鋭く尖らせ、沈黙のまま源四郎の真意を測りかねていた。

その瞳には、単なる驚愕ではなく、源四郎の背後に潜む「謀略に長けた真田の血筋」への警戒が渦巻いている。

(ほれ、言わんこっちゃない! 御屋形様まで驚いてしまわれておるではないか!)

(おいおい、大丈夫なのかよ源四郎! いきなり『袖にしろ』なんて言い出して!この場でお役御免、いや切り捨て御免になっちまうぞ!)

背後の左衛門と藤五郎が、顔を蒼白のまま激しく視線を交わし、喉を鳴らす。

冷や汗が床に滴る音が聞こえそうなほどの緊張感。

源四郎は、その二人の焦燥などまるで関知せぬかのように、泰然と畳に手をついたままである。

輝宗がゆっくりと立ち上がり、重厚な体躯で源四郎を見下ろした。

その肩は怒りか、あるいは長年抱え込んできた呪縛か、微かに震えている。

「……源四郎、おぬし上杉と我が伊達の五十年近くに及ぶ遺恨を知らぬか? その血と火の歴史を、ただの『盤上の駒』の如く扱う気か!」

輝宗の詰問は鋭く、重い。

伊達家の根幹を成す誇りや怨嗟を無視するような源四郎の提案は、本来であれば即座に不敬として斬り捨てられてもおかしくない暴言だ。

だが、源四郎は顔色一つ変えない。

藤五郎が「もうだめだ……」と目を閉じる横で、その背筋を伸ばしたまま、あえて刃に自らの首を差し出すかのようにして言い放つ。

「……知りませぬ。ですが……それを抱えたままでは今後、佐竹、相馬、最上とは戦えぬかと」

言い切った。

背後の左衛門が息を呑み、政宗が息を止める。

源四郎の言葉は冷徹そのものだった。

伊達家が代々積み上げてきた「上杉との確執」という歴史的重圧が、今の合議連との戦いにおいて、どれほど政宗の足かせになっているかを、新参の部外者であるからこそ容赦なく指摘したのだ。

(この……この馬鹿者めが……!)

政宗は、源四郎のあまりの不遜さに腹の底で毒づき、同時に戦慄を覚えていた。

「遺恨」という伊達の歴史の背骨を、この男はあろうことか「足かせ」と言わんばかりに切り捨てたのだ。

源四郎の放った「冷徹な現実」の刃は、輝宗の逆鱗を正確に貫いた。

「なれば源四郎! わしが『否』と言ったら如何する! おぬしは景勝めとの約束を反故にした事となり……先ほど上杉が人質となったと聞いたおぬしの兄、源次郎の命はないぞ!!」

輝宗の怒号が謁見の間に炸裂する。

それは一国の主の威圧であり、同時に源四郎の最大の弱点を握る残酷な通告だった。

その瞬間。

源四郎の背後に控えていた藤五郎と左衛門が、本能的な恐怖で地面に平伏した。

源四郎の纏う空気が、一変した。

温和な、あるいは冷徹な策士としての面影は霧散し、そこに現れたのは、幾多の修羅場を潜り抜け、ただ「任務完遂」のためだけに呼吸する……【死を纏う精鋭】…レンジャーの姿だった。

「「「「!!!!」」」」

その場にいた伊達家の家臣たちが、言葉にならない圧迫感に喉を締め上げられ、言葉を失う。

政宗でさえ、一瞬だけ背筋を凍らせた。

源四郎は、怒りに震える輝宗の目を真っ直ぐに見据えたまま、平然と、しかしこの上ない重苦しさで言い放つ。

「なれば、この源四郎!伊達家を出奔し……景勝公との約束を果たすべく、日向の我が【魂の片割れ】!島津又七郎が実家たる家久公の元へ走るのみ!!」

それは伊達への忠誠の否定ではない。

「目的(約束)」のためならば、主君も、己の命も、伊達家の存亡さえも、全てを天秤にかけるという【狂気】の宣言だった。

その場が、死よりも冷たい静寂に包まれる。

輝宗の怒りは、驚愕の向こう側へと達し、凍りついた。

だがそれでもなお輝宗は続ける!

「しゅ、出奔だと!? それをこの輝宗が許すと思うたか!」

輝宗の激昂に、障子が震える。

しかし源四郎は一歩も引かない。

むしろ、その瞳の奥にはギラリとした殺気が宿った。

「なればここでそれがしを斬りまするか!? それこそこの米沢が血の海に沈みましょうぞ!!」

「何っ!?」

傍らで聞く政宗は指が折れんばかりにその拳に力を込め、藤五郎と左衛門は恐怖のあまり床板に爪を立てていた。

主君に対し「米沢を血の海にする」と脅し返すなど、狂気の沙汰だ。

だが、源四郎の語り口には、微塵の迷いもない。

「もしここでそれがしが果てたと、真田伝いに島津に伝われば……以前話した通り! 【あの馬鹿】は! 又七郎めは!! 例え圧倒的少数だろうとこの米沢へと攻め込みましょう!! そしてその命に代えても………御屋形様の首を取りましょうぞ!!!」

源四郎の一喝が、謁見の間の空気を切り裂く。

ただの脅しではない。

島津又七郎という男の理外の狂気と、自身との【絆】を知るからこそ発せられる、呪いにも似た宣言だった。

広間は完全に静まり返った。

一時の静寂の後、輝宗はゆっくりと腰を落とし、虎のような眼光で源四郎を射抜いた。

「……青臭い小僧めが! 『魂の片割れ』? かようなものが、この裏切り裏切られの乱世に……存在すると思うのか」

その問いかけには、かつて己も抱いたかもしれない若き日の理想と、それを打ち砕かれてきた冷酷な現実への皮肉が混ざっていた。

源四郎は、輝宗が言葉を終えるよりも早く、食い気味に言い放った。

「ありまする!!」

源四郎が輝宗をその視線で射抜き返し、叫ぶ!

「あの馬鹿とは命を賭けての殴り合いもしました! 更に共に【武の高み】、その頂に近しい男に日々揉まれました! そんなアイツとの間に……あいつとの絆に!! それがしは一片の曇りも感じてはおりませぬ!!」

何とも青臭い宣言。

しかし、その言葉はただの甘い戯言ではなかった。

戦国という修羅の道を、時に鎬を削り合い、時に笑い合い、共に高めあってきた男にしか持ち得ない、あまりに純度の高い「証明」だった。

それは、『都合のいい、薄っぺらい親戚関係』や『利害で結ばれた冷淡な同盟』を重ね続けた奥州に、伊達家に、烈風として吹き荒れた。

輝宗の老練な眼差しが、源四郎の瞳の奥にある「一切の虚飾なき真実」を鋭く抉る。

広間を包んでいた殺気は、今は形容しがたい静寂へと姿を変えていた。

家中の者たちは誰も息をできない。

ただ、源四郎という男が放つ熱量だけが、米沢の重い空気をかき回し、伊達の誇り高き歴史に風穴を開けている。

(……この馬鹿、本気だ)

政宗はその固められた拳を解き、静かに笑みを深めた。

これまで政宗が冷笑してきた「絆」という言葉が、この男の口から出た瞬間、これほどまでに暴力的な説得力を帯びるとは。

輝宗が、ゆっくりと……本当にゆっくりと、源四郎から視線を外し、天井を仰ぐ。

その表情には、激昂の残滓もなく、ただ「予測不能な化け物」を前にした歴戦の将の、諦念にも似た乾いた笑いが浮かんでいた。

「……島津又七郎、か。日向の…薩摩の地に、そのような()()()がいたとはな」

輝宗は鼻を鳴らし、再び源四郎を射抜く。

その眼光は先ほどまでの怒りとは違う、もっと根源的で、かつての自分をも投影するような深いものだった。

「良かろう。……源四郎、おぬしのその青臭い絆とやら、伊達の利害を越えてどれほどの嵐を呼ぶか、この輝宗が見極めてやろう……新発田が件、好きにするがよい!!」

「はっ……!!」

源四郎が深々と頭を下げる。

その背後で、藤五郎と左衛門が腰の力が抜けたようにへたり込む。彼らにとって、それは「生還」の宣告だった。

そんな二人に「はっ!軟弱者め!」と毒づきつつ、政宗が身を乗り出して源四郎に問う。

「時に源四郎?……お前が言っていた『武の高みが頂に近しい男』、それは誰だ?? お前とその又七郎なるお前の相棒、恐らくお前と並ぶ武辺者であろう?そんな両名を同時に相手取って、かような言葉を吐かせるとは……俺には信じられん」

当然と言えば当然の質問だ。

源四郎の語る「武」の基準が常軌を逸していることは、伊達家の重鎮たちも源四郎自身の強さから察している。

だが、その名前を聞いた瞬間、源四郎の顔色が豹変した。

鬼の形相を通り越し、胃を抉られるような苦々しさを滲ませて、口を開く源四郎。

「はっ! それは……それがしと又七郎を………日々! コテンパンの! ケチョンケチョンの! ギッタンギッタンに!! ノシてくれた………常に美丈夫気取りの! 鼻持ちならない!! 態度のデカい!! くそみてぇな天才肌の……」

「「「「まてまてまてまて!!」」」」

輝宗、政宗、藤五郎、左衛門の四人が、驚くほど息を揃えて源四郎を制した。

広間が再び静まり返る。あまりの罵詈雑言の密度に、政宗は眉間を押さえ、輝宗は呆れを通り越して深いため息をついた。

「……源四郎。お前がそこまで熱く、かつ執拗に罵詈雑言を浴びせる男だ。ただの天才でないのは分かった!なればどこのどいつなのだ!?」

勿体つけるなと言わんばかりに、政宗が身を乗り出し源四郎をせっつく。

その無邪気な好奇心が、次の瞬間、米沢城の空気を一変させることになる。

源四郎は一度大きく息を吐くと、まるで猛毒を吐き出すかのように、その名を告げた。

「……大友が重臣。高橋主膳正が嫡男、高橋……いや、今は立花に婿に行っているはずですので……立花統虎!」

瞬間、米沢城の謁見の間から全ての音が消えた。

「統虎」という名が響いたその刹那、伊達家の面々は氷水を浴びせられたかのように総毛立ち、顔色を変えて弾かれたように立ち上がる!

「「「「た、立花統虎ぁっ!?」」」」

輝宗の目が見開かれ、政宗の顔から笑みが消える。

藤五郎と左衛門は、もはや恐怖というよりも「畏怖」に近い面持ちで震え上がっていた。

「……源四郎。お前、今なんと言った?あの大友が猛将……高橋主膳正が嫡男だと!?」

政宗の問いに、源四郎はどこか遠い目をして肩をすくめた。

後の【西国無双】、立花宗茂こと統虎(弥七郎)。

その名はすでに奥州の猛者たちの間でも、恐るべき軍才として囁かれ始めていた。

「ど、どういうことだよ源四郎!? なんで薩摩に身を置いていたお前が、筑前の高橋が嫡男と!?」

「そ、そうだ! 委細教えてもらわねば納得出来ぬ!!」

流石の藤五郎、左衛門も、かつてないほど前のめりになって食いつく。源四郎は「はぁ〜」と深く、これ以上ないほど苦々しい溜息をついた。

「……思い出したいのか、そうでないのか分かんねぇけど。話して進ぜましょう」

源四郎が語り始めたのは、戦国でも類を見ない「異端の青春」の記憶だった。

佐土原は石崎川。

又七郎と命がけの喧嘩をしていた最中、唐突に乱入し、二人まとめて圧倒したこと。

それ以来、又七郎とは今日に至るまで決着がついていないこと。

その後、薩摩で更なる見聞を広めようと滞在していた所に再会し、又七郎共々連日連夜、弥七郎が庵へ夜襲を仕掛けたこと。

そして、そのたびに寒気を覚えるような弥七郎の圧倒的【武】の前に…ボコボコにされて谷山の宿舎へ這い戻ったこと。

「……又七郎共々、伊東方の浪人どもを相手に初めて人を斬った時、俺たちは震えていた。そんな俺たちに、統虎は…弥七郎はただ静かに【死生観】を説いたんです。……いつの間にか、俺たちはあいつを【あんちゃん】と呼んで慕うようになっていた」

淡々と語る源四郎の表情に、微かな熱が宿る。

「最後は……あんちゃんが立花への婿入りの為、筑前へ帰る前夜。俺たちは最後の勝負を挑んだんです。又七郎の捨て身の踏み込みに俺が渾身の一太刀を合わせ……ようやくあんちゃんの首筋に這わせた……その瞬間です。あんちゃんは一言だけいったんです『…見事』って」

源四郎は語り終え、自身の顎をさすった。

あの夜、本気の…

「神速の一太刀」を叩き込まれ、意識が刈り取られた感覚は、今も肌に残っている。

輝宗は言葉を失い、政宗は目を見開いたまま固まっている。

藤五郎と左衛門に至っては、口を半開きにしたまま、ただただ呆然と源四郎を見つめることしかできない。

「……源四郎。お前、九州で一体どんな化け物たちに磨かれてきたんだ」

政宗のその問いは、もはや感嘆を通り越し、得体の知れない「畏怖」の域に達していた。

そんな中……突如として、張り詰めていた空気を払いのけるように、輝宗が腹を抱えて笑い出した。

「はっはっは! なんたる【奇縁】! 目の前で起こることは御伽草子より奇なり……とでも言わんばかりの【縁】よな、源四郎! かっかっか! これではおぬしが【絆】だ何だのと言い募るのも頷けるわ!!」

輝宗の豪快な笑い声が米沢城の謁見の間に響き渡る。

怒りも、驚愕も、すべてをその笑いの中に溶かし込んでいくような、歴戦の将ならではの度量の広さだった。

それに呼応するように、政宗もまた喉を鳴らして笑う。

「ですなぁ父上! はっはっは! 全く……源四郎! お前は【人と縁を結ぶ才】をも持っておるか!! げに恐ろしくも……頼もしき才よ!!」

天下を狙う伊達の双璧が、一人の家臣の「奇妙な出自」を認め、その狂気じみた人脈さえも伊達の力として呑み込もうとしている。

親子揃ってのその豪放な姿に、先ほどまでの「殺伐とした詰問」は跡形もなく消え去っていた。

源四郎は、二人の笑い声に背中を押されるように、深く、重々しく畳に頭を擦り付けた。

「お褒め頂き恐悦至極!」

その声には、先ほどまでの「死を纏う者」としての冷徹さではなく、伊達の重臣として、この主君たちと共にどこまで駆け上がれるかという、静かな闘志が宿っていた。

政宗が笑いを収めると、ポンと源四郎の肩を叩いた。

「では源四郎。その立花統虎という化け物と、島津が又七郎を唸らせたその『才』とやらで……まずは田村家を拾い上げ、会津の連中を我らの手のひらで踊らせてみせよ。無論新発田の奴らもな。その手腕、期待しているぞ!」

「はっ! ……過分なご期待、この源四郎、身命を賭して応えましょう」

源四郎は顔を上げ、かつて「あんちゃん」から教わった戦場の理と、前世で培った生存術、そして今、伊達の猛者たちから授かった「覇道」を、自身の胸の中で一つに結び合わせていた。

謁見の間に広がった狂気と熱気を切り裂くように、輝宗が軍配を打ち鳴らすかの如く声を上げた。

「なれば政宗! おぬしと藤五郎、左衛門は急ぎ兵を率いて三春城へと急げ! 田村家の救出、遅れは許さぬぞ! 源四郎、おぬしは一度向羽黒山城へ向かうがよい!」

突然の采配に、源四郎は一瞬だけ首を傾げる。

「向羽黒山城……? 我が留守は源十郎と大叔父上、それにここにいないことを見るに、小十郎様が守っておられることと存じますが……。この期に及んで、それがしが戻る必要が?」

真田の特務隊がいない今、向羽黒山城は伊達の精鋭と真田に帰参した元蘆名の兵が守りを固めているはずだ。

源四郎が今戻れば、田村救出の出足が遅れる懸念がある。

しかし、輝宗は含みのある笑みを浮かべて続けた。

「なぁに、小十郎に預けた黒脛巾組くろはばきぐみよりの伝令めが言うには……『おぬしを尋ねるものあり』とのことだ!」

その言葉を聞いた瞬間、源四郎の脳裏に、父・昌幸に比肩する…真田の血筋を体現する男の顔が浮かび上がった。

「!!! ………信尹叔父上!!!」

源四郎は確信を持って叔父の名を口にした。

輝宗は、源四郎の瞳の奥に潜む狂気と合理性が、実の叔父・信尹という最高級の毒をどう調理するのかを値踏みするように見つめた。

「ほぅ、真田信尹か。安房守に並ぶ稀代の策士として、その名は聞き及んでおる。なれば源四郎、その叔父を如何にして使う?」

その鋭い眼光を一身に受け、源四郎は一歩も引かずに言い放つ。

「決まっております、御屋形様。会津の国衆共の背後にいるであろう【佐竹】、【相馬】、【最上】……それら外からの圧力を、叔父上の謀略を以て切り崩すのみ!!」

源四郎の表情から、先ほどまでの「青臭い小僧」の面影は完全に消え去った。

そこにいるのは、数多の死線を越え、戦場を支配するために最適解のみを求める【地獄の指揮官】そのものだった。その冷徹なまでの覇気に、謁見の間の空気がビリビリと震える。

「はっは! 実の叔父すら使い倒すか? なんと人使いの荒い童よ!」

輝宗は、そのあまりの徹底ぶりに呆れ、そして何よりその頼もしさに、笑うしかなかった。

この若者の前では、老練な己の策すら古めかしく感じられる。

「では皆のもの! 各々抜かるでないぞ!」

輝宗の号令とともに、謁見の間には緊張と興奮が満ちた。

「「「「はっ!!」」」」

政宗の獰猛な笑み、藤五郎と左衛門の引き締まった表情、そして真田の血筋としての使命を全うせんとする源四郎の背中。

こうして【会津国衆合議連】への反攻作戦、その第一段階たる【田村家救出戦】の戦端が今、まさに切って落とされようとしていた。

「なれば政宗様!それがしは叔父上と今後の指針を話した後、出陣致します故……【郡山】で合流は如何でしょう?」

源四郎の問いに、政宗は独眼の奥で青白い情熱を燃やし、悠然と頷く。

その眼光は、すでに遥か先の郡山を射抜いていた。

「うむ!畠山めは恐らく多勢を率いて三春城へ向かっておろう。なれば我らに対処出来る数は限られておる。俺と藤五郎にて先陣を切り二本松を突破し……我らを全力で止めるべく陣を張っているであろう【郡山】!これを二方向から叩くぞ!遅れるなよ源四郎!!」

政宗は力強く言う。

そこには迷いも、敵を侮る油断もない。

あるのは愛する妻、めごの実家たる田村家を救うための…剥き出しの闘志のみ!

「御意!!」

源四郎は短く、だが地鳴りのような響きで応えた。

謁見の間から退出しようとする源四郎の背中を、政宗の声が呼び止める。

「源四郎よ。……二本松を抜ける頃には、畠山の馬鹿どもめは青ざめておるはずだ。お前はその恐怖の『仕上げ』を頼むぞ!!」

「承知致しました政宗様!……真田の仕掛ける戦の恐ろしさ、奴らばに存分に味わわせてやりましょう!!」

――数刻後――

――米沢城、城門前――

鈍色の空の下、伊達家が誇る精鋭6000が整列し、静かな殺気を放っていた。

先頭には政宗、藤五郎、左衛門が馬上にあり、その横で源四郎が向羽黒山城への帰還に向け、馬に馬具を着けさせていた。

そこへ、城内から小さな影が二つ、駆け寄ってくる。愛姫めごと、小次郎だ。

「政宗様!どうか……どうか父上を!父上をお救い下さいまし!!」

愛姫は愛する夫の出陣を見送りながら、伊達の軍勢が動く安堵と、夫の身を案じる不安が入り混じり、瞳に大粒の涙を溜めていた。

政宗は手綱を引いたまま、愛妻をその隻眼でしっかりと見据える。

「泣くでないめご!田村のおやじ殿は必ず俺が救ってくるわ!!」

力強い政宗の言葉に、愛姫は涙を拭い、精一杯の笑顔を作った。

「………はい!ご武運を!!」

周囲の家臣たちが気恥ずかしさを隠せないほど、二人は互いの絆を確かめ合う。

その空気を切り裂くように、小次郎が源四郎をつぶらな瞳で見上げてきた。

「げんしろぉ〜」

源四郎は腰を折り、目線を合わせて首を傾げる。

「ん?なんでありまするか、小次郎様??」

小次郎は周囲の威圧的な鎧武者たちとは対照的な、子供らしい純粋な好奇心に満ちた声で問いかけた。

「……特務隊服はぁ?」

その言葉に、一瞬だけ場の空気が止まった。

源四郎が以前披露した、真田特務隊の面々が着用するODグリーンの正装。

政宗や三傑からは「地味ぃ!」と散々に揶揄されていたアレのことだった。

源四郎は一瞬呆気にとられた後、ふっと目元を和らげた。


「あ〜!申し訳ありませぬ小次郎様!!あれは向羽黒山城におります我が弟、源十郎めに預けてしまっておりまして」

源四郎は申し訳なさそうに頭を下げた。

特務隊の機能美を理解する小次郎の感性に、少しばかり驚きつつも、どこか誇らしげな笑みをこぼす。

それを聞いていた政宗は、愛弟を見やり、面白がって茶化すように問いかけた。

「ほほぉ、小次郎、お前は真田特務隊をいたく気に入っておるようだな? もしや入りたいのか??」

「うん! 入りたいです兄上!」

屈託のない、淀みのない返答。

政宗は肩を揺らして快活に笑った。その響きは、戦を前にした軍勢の殺伐とした空気さえも和らげる。

「はっはっは! 小次郎よ、それは真田の家臣となるか……『真田家へ養子へ入らねば』叶わぬ! そうであろう源四郎?」

政宗の軽妙な問いかけに、源四郎は一瞬だけ表情を強張らせ、困ったように眉を下げた。

「う〜ん……そうなりますなぁ〜。小次郎様を特務隊に入れるとなれば、源十郎もさぞかし腰を抜かすことでありましょう」

「ちぇ〜。げんしろうのけちぃ〜」

小次郎は頬を膨らませ、愛らしく唇を尖らせて悪態をつく。

その幼い姿を見て、源四郎は「こればかりは如何ともしがたく」と、申し訳なさそうに肩をすくめて見せた。

だが…。

三人はまだ知らない。

この何気ない、冗談のような会話が、数年後に現実となりこの三人を…

伊達の英傑と【未来】、真田が誇る【地獄の指揮官】を……

繋ぎ合わせることになるなどとは。

小次郎の真田家養子入り。

政宗の口からこぼれたその言葉は、まるで運命の伏線が静かに音を立てて繋がったかのように、歴史の隙間を埋めていく。

三人はただの他愛のないやり取りとして笑い合っているが、その背後では、既に運命の歯車が静かに、かつ確実に回り始めていた。

小次郎はまだ知る由もない。

自分が将来、この「地味な特務隊服」を着て、戦国の世を駆けることになるとは。

そして、自分が兄・政宗の次に憧れた「げんしろう」と共に、伊達と真田の血をより深く和合させる楔となることなど、今の…

この稚児には想像すら及ばない。

政宗は、ただの冗談としてその場を収めると、鋭い眼光を郡山の方角へと戻した。

「……行くぞ源四郎! 戯れはそこまでだ。郡山で、その知略、武力を唸らせて見せろ!」

「はっ!!」

重厚な甲冑の音が響き渡り、伊達の軍勢がゆっくりと動き出す。小次郎の「けちぃ」という呟きは、遠ざかる馬蹄の音にかき消されていった。



源四郎の啖呵に次ぐ啖呵、いかがでしたか?

さて!次回は真田が誇る謀略の外交役、信尹が登場予定!

それでは次回を刮目して待て!

※作者からのお願い※

幸いなことに今や本作は平均PV(日間)900を超えるようになりました!これもひとえに読者の皆さんのおかげ…ですが!

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