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信濃の修羅〜現代人の俺、存在しないハズの真田の三男坊として転生す〜  作者: ギュネイ山本
第八章【来るなら来やがれ!源四郎対『会津国衆合議連』の段】

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其之一

――米沢を発ち十日後――

――小県、真田の郷近郊――

米沢を離れ、向羽黒山城を伊達勢に引き継いで十日。

真田の郷へと続く険しい山道に、ようやく懐かしい景色が見えてきた。

「あ! 郷が見えたよ兄様! ………あれ? 物見櫓にいるの、兄者だ!」

供を連れた源十郎が、道の先にある見張り台を指さして声を弾ませる。

そこには、義兄・茂誠が自ら監視の任に就いていた。

茂誠もこちらに気付いたようで、目を見開いて大仰に手を振り返してくれた。

だが、茂誠が取った行動は、源四郎にとって最悪のものだった。

茂誠はひとしきり手を振ると、慌てた様子で櫓から飛び降り、家臣たちに指示を飛ばしながら、急ぎ屋敷の方へ駆けていってしまった。

……おそらく、源四郎の帰還を源三郎たちに伝えに行ったのだ。

(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! いいよ兄者あ゛あ゛あ゛あ゛! そんな律儀に報告しなくてええええぇ!)

源四郎は馬上で引き攣った笑みを浮かべ、内心で絶叫していた。

兄・源三郎が、千五百の食客を押し付けられた怒りを滾らせて、今か今かと待ち構えている姿が容易に想像できる。

(いや、違うんだ。蘆名の連中はただの厄介払いじゃなくて、将来的な真田の兵力の礎になるんだってば! 兄上は合理的だから、開墾の成果を見せれば納得してくれるはず……いや、あの…拳骨だけは勘弁してくれ……!)

源四郎の顔色は、先日の米沢城での笑い話が嘘のように、急速に青ざめていく。

小県という安息の地が、今や彼にとっての「断頭台」への入り口へと変貌していた。

「兄様、兄上がお出迎えだなんて…愛されてるね♫」

源十郎の屈託のない言葉が、源四郎の心に深々と突き刺さる。

源四郎は死んだ魚のような目で遠くを見つめ、せめてもの悪あがきとして「言い訳のシミュレーション」を高速で脳内に展開し始めたのであった。

そしてかかる後…

三つの影が、陽光を背にこちらへと駆け寄ってきた。

満面の笑みを浮かべた源三郎、目を泳がせ…節目がちなみお。

そして……源十郎の目当てである、しのの姿があった。

「しぃのおおおおおおおおおおお♡」

源十郎は即座に馬から飛び降りると、一目散に駆け出していく。

その姿には微塵の迷いもなければ、道中の疲労も感じられない。

まさに「ブレない」という言葉を体現する男の突撃であった。

郷の入り口で再会した二人は、周囲の目など意に介さぬ様子。

源十郎は涙ながらに「ただいまぁしのおおおお♡」と叫び、迷うことなくその胸の谷間へ顔を埋める。

対するしのの方も、まるで聖母か菩薩のような慈愛に満ちた表情で「……お帰りなさいませ、源十郎様♡」と呟きながら、恍惚とした表情の源十郎の頭を優しく撫でているのだ。

(……あいつ、今後毎回こうなるんかな? 結局、女人を惹きつける『何か』が備わっているとしか思えねぇ)

源四郎は呆れつつも、今のうちにこの場を離れるのが賢明だと判断した。

今、源三郎の視線が源十郎の痴態に釘付けになっているこの隙しかない。

源四郎は息を殺し、音もなく馬を寄せて、そーっとその脇を抜けようとした。

……その瞬間だった。

「……逃がすと思ったか?」

背後から低く、しかし確かな殺気を含んだ声が響く。源四郎が反応するよりも早く、鋼のような強靭な指が源四郎の首根っこをガシッと掴み上げた。

源四郎が恐る恐る振り返ると、そこには完璧な笑顔を浮かべた源三郎がいた。

だが、そのこめかみには、怒りでピクピクと波打つ太い青筋が鮮やかに浮かんでいる。

「……………おかえり、源四郎♫」

「ひぃいいいいいい!?」

源四郎の悲鳴が真田の郷に高く響き渡る。

源十郎の甘い再会劇とは対照的に、源四郎の前には「兄という名の激流」が今まさに決壊しようとしていた。

「蘆名の敗走兵千五百、ご丁寧に送りつけてくれたな? 帳簿の山で俺と三十郎がどれだけこの目の下のクマを濃いものにしたか、……まずはそこから、じっくりと話させてもらおうか」

源三郎の手がその力を強める。

源四郎にとっての「地獄の説教タイム」が、いよいよ開幕しようとしていた。

「ま、ままま、待ってよ兄上! はい、これ!!」

源四郎は首根っこを掴まれたまま、あわてて懐から政宗が直々に認めた書状を引き抜いて突き出した。

源三郎の動きが一瞬止まる。

「ん? これは伊達が若君の書状か??」

「そうそう! ささっ! 早く読んで!!」

必死の命乞い代わりの書状を受け取り、源三郎が眉をひそめながらその文面に目を走らせる。

「ふむ……なんと。源四郎、よくぞここまで伊達の懐に飛び込んだものだ。政宗殿の馬廻りとな? よくやった♫」

兄の口から漏れた称賛の言葉に、源四郎は「へへっ、どうだ」と鼻を高くした。

だが、その油断が命取りだった。

兄の表情から怒気が消えることはなく、むしろ「利用できるものは徹底的に利用する」という真田の血が、別の形で煮えくり返っていたのだ。

「……ってなるか、こんダボぉおおおお!!」

源三郎の怒号が郷の空を切り裂く。

「それはそれ、これはこれ…だぁあああ! 」

と咆哮すると同時に、源四郎の体は宙に浮いた。

華麗な体さばきで源四郎を肩に担ぎ上げると、源三郎はそのまま源四郎の背骨を極限まで反らせる…いわゆる「タワーブリッジ」の体勢へと持ち込む。

「え!? タワーブリ………いででででで!」

「お前を絞め倒すために編み出したんじゃ! くらえええええ!!」

「いっでええええええええ!? 兄上、これは伝説の超人(ロビン○スク)の必殺技たる締め技だ! 殺す気かぁ!?」

「あぁ源三郎様!? 源四郎様が死んでしまいます! どうかおやめくださいまし!」

みおが悲鳴を上げつつしがみつき、必死に止めようとするが、源三郎の怒りは物理的な負荷となって源四郎を襲い続ける。

「うるさい! この馬鹿は、千五百の蘆名が兵を押し付けた報いとして、いっぺん死なんと治らんわぁああああ!!」

「いでぇええええええ! 兄者の筋肉、前より硬くなってねぇか!? ぎぃいいいい!」

郷の入り口はまさに地獄絵図。

騒ぎを聞きつけた真田の郷の皆が、慌てて駆けつけてくる。

「源三郎様、やりすぎです!」「源四郎様が折れてしまいます!」と、総出で源三郎の腕にぶら下がり、強引にそのブリッジを解体する。

ようやく開放された源四郎は、へなへなと地面に崩れ落ち、背中をさすりながら青白い顔で天を仰いだ。

「……帰ってきた途端、これだよ。我が家の歓迎は、いつだって筋肉の暴力から始まるんだからな……」

小県の地には、騒がしくもどこか温かな真田の日常が戻っていた。

が…

――その夜――

――真田屋敷、昌幸執務室――

夜の執務室。

灯火が揺れる中、真田家の中枢を担う面々が居並ぶその空気は、先ほどまでの歓迎ムードとは一変した、戦場のような緊張感に包まれていた。

源四郎は、背骨に残るタワーブリッジの痛みをこらえつつ、覚悟を決めてその場に居並ぶ重臣たちを見渡した。

岩櫃より視察から戻った昌幸をはじめ、出浦昌相、高梨内記、頼綱、そして三十郎、茂誠といった主だった者たちが、注目している。

(兄様が……いない。まぁいい、ほぼ全員揃っている。そのほうが話は早い)

昌幸が、当主として重厚な声を響かせる。

「源四郎、伊達家仕官……それも嫡男・政宗の馬廻りとは大義である!」

続いて、昌相が目を細めて頷いた。

「うむ。『男児三日会わざれば刮目して見よ』を地でゆくとは。この昌相も感心したぞ」

内記も、源四郎の肩を叩かんばかりの勢いで微笑む。

「流石は殿のご子息! この内記も誇らしいですぞ♪」

口々に称賛の声が上がるが、源四郎の顔に笑みはない。

冷や汗が頬を伝うのを隠しきれず、彼は床を見つめたまま固まっていた。

「……どうした源四郎?」

源三郎の低い問いかけが、部屋の空気を震わせた。

源四郎は、肺の中の空気をすべて吐き出すように大きく息を吸い込み、顔を上げる。

「……実は皆様に話さねばならぬことがございます」

一同の空気が、一瞬にして凍りついた。

昌幸の鋭い眼光が源四郎を捉える。

「この源四郎……小県、信濃を『伊達が飛び領地に』と、輝宗公に宣ってまいりました!」

その瞬間、執務室から音が消えた。

真田の重臣たちが硬直する。

一瞬の静寂。

それは、嵐が来る前の凪だった。

「…………」

源三郎がゆっくりと腰を上げた。

その顔は、先ほどのタワーブリッジの時とは比較にならないほど冷徹で、この世の全てを灰燼に帰さんとするほどの怒りに満ちていた。

ブンッ!

空気を切り裂く鋭い音と共に、源三郎の足が弧を描く。

それは物理的な攻撃というよりも、真田の家法を汚された怒りそのものだった。

「ガハッ!?」

源四郎は反射的に首を蹴りが向かってくる方とは逆に捻る。

前世においてボクシング観戦で見知ったスリッピングアウェー、それを咄嗟に実践する!

わずか数ミリの差で致命的な直撃を回避したものの、蹴りの風圧だけで源四郎の体は無様に吹き飛んだ。

壁に背を打ち付けて止まった源四郎に対し、源三郎は歩み寄ると、感情を殺した声で告げる。

「…………………立て」

執務室の空気が張り詰め、源三郎の荒い息遣いだけが響く。

「…………」

源四郎は顔を伏せ、地面に膝をついたまま動かない。その姿を、怒りに震える源三郎が鋭く睨みつける。

「…立たぬか、貴様ぁあああああ!!」

源三郎は源四郎の胸ぐらを無造作に掴むと、力任せに引きずり上げる。

源四郎の足が宙を浮き、床に叩きつけられそうになったその時だった。

「源三郎!」

「源三郎様!!」

騒ぎを聞きつけた女性陣……

薫、松、おこう、そして源四郎を心配して駆けつけたみおが、慌てふためきながら室内に雪崩れ込んできた。

「「源四郎を殺す気なの!?(殺す気ですか!?)」」

「早まってはなりませぬ、源三郎様! 何があったか知りませんが、まずは落ち着いてくださいませ!」

「源三郎様! どうかお怒りをお収め下さい! 源四郎様が今度こそ死んでしまいます!」

みおが泣きそうな声で縋り付き、薫や松、おこうも必死の形相で源三郎の腕に食らいつく。

殺気だった執務室は、一瞬にして家族の修羅場と化した。

だが…その混乱を切り裂くように現れたのは真田家の長老であり、誰もが頭の上がらないおとりであった。

皆を見回し、低い声で命じるおとり。

「皆のもの、源三郎の好きにさせなさい」

「「「「ばば様!?」」」」

いつもは源四郎に甘く、何をやらかしても「源四郎には考えがあるのです」と庇い続けていたはずの祖母の言葉に、女性陣は目を見開いて硬直した。

「ばっ……ちゃま……」

おとりは源四郎の顔を一瞥し、源三郎の掴む手を冷徹に見つめる。

「それに……源四郎にも言い分がありましょう。……源四郎、立ちなさい。そして、その命をかけて何を賭したのか、皆にその口で語るのです」

おとりの鋭い眼光は、単なる庇護者ではなく、真田の血筋を統べる者としての威厳に満ちていた。

源四郎はふらつきながらも源三郎の腕から解き放たれ、床に足を着く。

執務室の中には、重苦しい沈黙と、源三郎のむせび泣くような怒号だけが渦巻いていた。

「源四郎……貴様、この小県を! 真田が所領を、何と心得る!」

源三郎の瞳からは、殺意ではなく、耐え難い無念の涙が溢れ出していた。

その拳を震わせながら、壁の向こう側……

亡き祖父・一徳斎が命を懸けた郷を、その歴史を指さす。

「じじさまが生涯をかけ! 浪人の身に堕ちてまで泥水を啜り、ようやく取り戻した……この小県をなんと心得ると聞いておるのじゃ!」

源四郎は、ただ黙っていた。

「じじさまが……じじさまが、孫のなかで一番愛したお前が……なぜ! なぜだ源四郎!? 答えぬか…答えぬかこのアホンダラがぁあああああああ!」

源三郎の叫びが、部屋の隅々まで木霊する。

それは、一族の重みを背負い続けた兄の、嫡男の切実な悲鳴だった。

昌幸達は押し黙り、薫は口元を抑えて嗚咽を漏らした。

源四郎は、喉の奥にこみ上げる熱いものを必死に押し殺し、ゆっくりと、しかし確実に顔を上げた。

その瞳は揺らいでいなかった。

兄の怒りを、家臣の失望を、全て受け止める覚悟を決めた、静かな眼差しであった。

「……………じっちゃまがこの小県を愛したからだよ、兄上」

源四郎の呟きは小さかったが、不思議と全員の耳に届いた。

「じっちゃまは、この山野や田畑を守るためだけに泥を啜ったんじゃねぇ。この地で生きる真田の民が、二度と誰かに踏み荒らされない強さを持ち、豊かに生きる未来を夢見て戦ったはずだ。……俺は、そのじっちゃまの夢を『終わらせない』ために、賭けに出たんだ…!」

源四郎は震える拳を握りしめ、かつてないほどの熱量を込めて言い放った。

「そもそも伊達は! 政宗様は!! きっと小県を真田に返す!」

「「「「「!?」」」」」

そのあまりの断言に、執務室の空気が凍りついた。

即座に源三郎が食ってかかる。

「ば、馬鹿かお前は! 一度所領として掌中に収めた地を、そうそう返す訳なかろうが! 領地とは武士の血であり骨だぞ!」

源三郎の真っ当な指摘を、源四郎は視線一つ逸らさずに遮った。

「俺が! この源四郎が()()()()()()!!!」

「「「「「!!!」」」」」

またしても驚愕に言葉を失う一同。

源四郎の瞳には、狂気とも、あるいは完璧に計算された未来図ともつかない、形容しがたい強い光が宿っていた。

そんな緊迫した静寂の中……不意に、部屋の主である昌幸が、肩を震わせて笑い出した。

「……くっくっく! はっはっは! 源三郎、拳を収めよ」

「父上!? 正気でございますか!」

源三郎は信じられないものを見る目で父を見る。

しかし、昌幸の目は笑いつつも、恐ろしいほどの鋭さで源四郎の奥底を見抜いていた。

「向羽黒山城陥落、そして伊達家嫡男が馬廻りとしての仕官。これほどの【実績】をわずかな間に積み上げた源四郎が、あえて『俺がそうさせる』と宣うのだ。……なんぞ、我らの想像の斜め上をゆく策があるのだろう」

昌幸の一言に、先ほどまで怒りに満ちていた執務室が、今度は底知れぬ「期待」と「戦慄」で静まり返った。

源四郎は深く息を吐き、静かに続けた。

「……父上、確かに策は有りまする。しかしそれは秘中の策なればその委細、ここで話す訳にはいきませぬ」

その言葉に、執務室が二度目の凍結を起こした。

一同は耳を疑い、次に源四郎の顔を疑う。何しろ、ここは真田家の中枢。

当主である昌幸に対してすら情報を隠すなど、通常ならば不敬罪どころか、謀反の疑いをかけられても文句の言えない言動である。

「……この昌幸にも、か?」

昌幸が静かに問いかける。

その眼光には、息子に対する慈愛と、軍略家としての厳しい追及が同居していた。

「父上であっても、です。(くっ!?…将来起こる『輝宗公拉致射殺』と、それに続く『小次郎様の悲劇的な処断』……その悲劇を未然に防いで、政宗様に死ぬほど恩を売りつけるなんて計画、歴史を知らない人間にどう説明すりゃいいんだよ!?今の段階で言ったら『呪術か何かか』って思われるのがオチだ!)」

源四郎は顔色一つ変えずに、内心で激しい葛藤を繰り返していた。

一度口を滑らせれば、父や兄は自分を「怪異か、狂人」として排除するかもしれない。

ここは沈黙を守り抜くしかない。

内記や三十郎が「源四郎様、それはあまりに無礼!」と憤慨し始めたその時だった。

静かに座していたおとりが、ポツリと言う。

「……源四郎がそこまで言うのです。源五郎、任せてやってはどうです?」

「ば、ばば様まで!?」

一同が再び驚愕に目を見開く。

「そもそもこの子は昔から皆の考えを遥かに超えるような事を成してきたではありませんか。薩摩への修行然り、安土から松と茂誠を連れ帰ったこと然り。そして此度の伊達仕官然り…」

そう言うとおとりは源四郎にだけ分かるような、極めて穏やかな、しかし全てを見通すような微笑を向けた。

(ナイス! ばっちゃまぁあああ!!ありがとおおおおおおおおおお!)

源四郎は内心で激しくガッツポーズをした。

この一言で昌幸の追求は完全に封じられたのだ。

昌幸はしばらく源四郎を見つめていたが、やがてふっと力を抜き、苦笑を浮かべた。

「……ばば様がそう申すならば、致し方あるまい。源四郎、この信濃、小県の命運…おぬしの腹の中にあるその『秘策』と共に好きにいたせ。ただし……」

昌幸の表情が、一瞬だけ戦国の雄としての厳しいものに変わる。

「失敗した暁には…血で贖う覚悟はしておけよ?分かっておるな???」

「……御意」

源四郎は平伏したまま、深く頷いた。

その背後で源三郎がまだ納得のいかない様子で拳を握りしめているのが気配で分かったが、今はこれで十分だった。

(これで、俺の『歴史介入』の舞台は整った。……待っていろよ、政宗様。次は俺の番だ。伊達と真田、そして奥州の運命を、この手で完全に書き換えてやる)

そんな折、再び執務室の空気が再び張り詰める。

今度は、家中の重鎮である矢沢頼綱からの強烈な「拒絶」という形で。

「……して源四郎? 小県を差し出すとは、もしや沼田や岩櫃を差し出す、という事ではあるまいな?」

頼綱の額に青筋が浮かぶ。

頼綱にとって沼田と岩櫃は、真田が泥水を啜って守り抜いてきた、文字通りの心臓部である。

それを若造が「飛び領地」として伊達に明け渡すと言えば、怒るのも無理はない。

源四郎は、今にも飛び掛からんとする大叔父を前に、申し訳なさそうな顔で肩をすくめた。

「う、うん。そーいうことだよ、じーちゃん」

「嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ! わしは認めんぞバカモン!!」

途端に頼綱は子供のように駄々をこね始めた。

老練な武将の面影はどこへやら、又従兄弟、いや孫同然の源四郎が家宝を勝手に売り飛ばしたかのような剣幕で、頼綱は足早に執務室を飛び出していく。

「あぁ父上!? ……こうなったら父上は頑固ですよ、源四郎様…」

後を追う三十郎もまた、頭を抱えながら溜息交じりに告げる。

親子揃っての「強固な拒絶」に、源四郎は呆然と二人を見送るしかなかった。

二人が去った後の静寂の中、昌相がやれやれと首を振りながら口を開く。

「……一難去ってまた一難、ぞ源四郎? 真田の屋台骨を支える頼綱殿を敵に回すとは、軍師としての前途多難ぶりも筋金入りだな」

「たはは……」

源四郎は乾いた苦笑を浮かべるしかなかった。

先ほどまで気迫で場を支配していたが、頑固な肉親の突きつける「情」の前では、戦略論など無力に等しいことを痛感させられる。

(じーちゃんたちの気持ちもわかる……沼田や岩櫃は、真田の魂そのものだ。だが、今のままじゃ徳川の軍門に下って、あそこを失うか、あるいは家ごと潰される未来しかないんだよ……!)

源四郎は、先ほどとは違う種類の冷や汗を流していた。

歴史を書き換えるという大それた計画よりも先に、身内の説得という、この家特有の「最大の難関」を乗り越えなければならない。

その事実に途法に暮れるのであった。

――数日後――

――真田屋敷、広間――

「伊達藤五郎成実様、鬼庭左衛門綱元様。お見えになられました」

弥五郎の堂々とした呼び込みが、静まり返る真田屋敷の広間に響き渡る。

入り口には、伊達軍の若き精鋭、伊達藤五郎成実と、辣腕の外交役・鬼庭左衛門綱元が、威風堂々とした立ち姿で現れた。

「伊達御一門、伊達藤五郎成実でありまする」

「同じく伊達家家臣、鬼庭左衛門綱元でございまする」

二人の武将が、真田家の家長である昌幸に向かって深く頭を下げる。

対する昌幸も、決して侮れない相手として、重厚な所作で礼を返した。

「真田安房守昌幸にござる。遠いところようこそ参られた。道中、骨を折ったでございましょう。ささっ、座を設けてありまする。こちらへ」

昌幸の招きに応じ、二人が進み出る。

そのとき、左衛門の鋭い観察眼が、上座で腕を組み、明らかに不機嫌な面持ちで藤五郎らを睨みつける頼綱の姿を捉えた。

左衛門は、傍らに控える源四郎の元へ歩み寄ると、さりげなく身を寄せ、扇で口元を隠しながら耳打ちする。

「……源四郎。やはり頼綱老の説得は、難航しているようだな?」

「……お恥ずかしながら。未だに『嫌じゃ嫌じゃ』と頑として聞き入れてくれませぬ」

源四郎が情けなそうに頭をかきながら苦笑すると、左衛門はふっと妖しく笑った。

「……フッ、よかろう。これは【貸し】だぞ、源四郎?」

「は……?」

源四郎が戸惑うのも束の間、左衛門は昌幸の正面へと向き直り、平然ととんでもない爆弾を投下した。

「早速ですが安房守殿。虚空蔵山、もしくは岩櫃へ入る予定の藤五郎はともかく……沼田へ入ろうと思うていまするそれがしは、数多の軍勢を連れて入るつもりはございませぬ」

「……何?」

昌幸が眉をひそめる。

沼田は真田にとって命にも代えがたい重要拠点。

そこに敵か味方か分からぬ男が、ほぼ軍勢なしで入るというのか。

左衛門はニヤリと笑い、続けた。

「それがしとその手勢は【留守居】……いや、むしろただの【居候】で構いませぬ。一介の食客として、沼田の風土と、そして頼綱老の御機嫌を……この左衛門、身をもって取りなしてみせよう」

「「「「「はあぁ!?」」」」」

広間にいた全員が、思わず間抜けな声を漏らした。

広間の空気が、左衛門の淡々とした言葉によって凍りついた。

「留守居……とな? 左衛門殿、貴殿が沼田に入って、この老骨を何処に追いやろうというのじゃ!?」

頼綱が椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がり、詰め寄る。

先ほどまで「居候」発言で呆れかえっていた場が、今度は困惑と緊張に支配された。

しかし、左衛門は眉一つ動かさず、頼綱の眼を真っ直ぐに見つめて言い放った。

「左衛門で結構でありまする。なれば頼綱老。……貴殿は源四郎の手勢ではなく、真田本家の重鎮なれど…再び向羽黒山城へ入って頂けませぬか?」

「……何だと?」

その場に居た全員が耳を疑った。

源四郎が真っ先に食いつく。

「は? 左衛門様、意味がわかりませぬ。蘆名は最早風前の灯火。わざわざ真田が主力のじーちゃんを、なぜまた向羽黒山城へ送るのです?」

源四郎の問いに、左衛門は懐から一通の書状を取り出し、昌幸の前に広げた。

「うむ。……実はな、我らがここへ来る道中、蘆名は完全に伊達の軍門に下った。当主盛隆の降伏は確定だ」

「なれば、なおのこと蘆名の旧領など放置して会津を安定させるべきでは……」

「だが、時を同じくして……二本松が畠山義継を中心に、蘆名方の旧臣や仙道の有力国衆どもが手を組み、『会津国衆合議連』を名乗って立ち上がりおったのよ!」

「…………は?」

頭が一瞬にして真っ白になった。

蘆名が降伏した直後に、畠山を中心に「合議連」が蜂起し、会津における【対伊達の最大の火種】になっているだと?

(なんだよ……それ!? 父上ですら、あの気難しい信濃の国衆共を完全に纏め上げることは叶わなかったんだぞ!? それなのに…なぜ会津ではそれができる……!?)

混乱する源四郎に対し、ここまで黙って状況を観察していた藤五郎が、呆れ混じりに大きく息を吐き出した。

「………かぁ〜。やっぱり源四郎、お前『奥州の血縁』てモン、根っこのところじゃ分かってなかったか」

「??? どういうことです、藤五郎様?」

源四郎は食い下がる。

前世で読んだ歴史書や書物には、奥州の国衆たちの抗争の記録はあれど、彼らがいかなる論理で動いているかなど、細かな人間関係までは載っていない。

藤五郎は呆れたような視線を源四郎に向けた。

「ようは奥州はな、『右をみても左をみても、皆親戚』なんだっての!」

「……は?【親戚】…??」

そのあまりに単純、かつ理不尽な言葉に源四郎は口をあんぐりと開けた。

「……マジ……かよ」

源四郎は、崩れ落ちるような感覚を覚えながら、膝をつきそうになるのを必死に堪えた。

ただの勢力図や経済の論理で動いていると思っていた奥州の国衆たち。

しかしその実態は、数代遡れば誰もがどこかで血の繋がった、巨大で閉鎖的な「家族の集まり」だったのだ。

畠山義継がその「家族の、親戚の仇を討つ」という大義名分を握り、親戚間の絆を補強する糊となってしまった。

合理的な経営戦略や軍事論など、このドロドロとした血縁の呪縛の前では、無力にも程がある。

源四郎は、今になって自分の計算が甘かったことを突きつけられた。奥州という土地の「血と言う名の楔」が今…

まさに源四郎自身の喉元にその鋭い刃先を向けていた。



なんと言う面倒くさい親戚の繋がり(;・∀・)

現代人の作者からすれば面倒この上ない(←失礼!)

さて、源四郎はどう動くのか!?

次回を刮目して待て!

※作者からのお願い※

幸いなことに今や本作は平均PV(日間)900を超えるようになりました!これもひとえに読者の皆さんのおかげ…ですが!

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