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信濃の修羅〜現代人の俺、存在しないハズの真田の三男坊として転生す〜  作者: ギュネイ山本
第七章【いざゆかん奥州!源四郎、伊達家仕官へ動くの段】

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其之八

――向羽黒山城郭内――

向羽黒山城の仮陣屋前。

兄・源三郎の恐るべき帳簿チェックという名の断頭台を想像し、魂が半分抜けてしまった源四郎は、政宗と伊達の重臣たちを前に、覇気のない足取りで立ち尽くしていた。

横には、どこか不敵に笑う頼綱と、相変わらず飄々とした態度の源十郎が控えている。

源四郎は喉の奥で小さく溜息をつくと、投げやりな口調で口を開いた。

「………政宗様、小十郎様、藤五郎様、左衛門様。これなる老爺と女人の乳房が大好きなクソガキが、我が大叔父矢沢頼綱と義弟源十郎にございます」

「…………は?」

陣内に一瞬の静寂が訪れる。

その瞬間、紹介された当人たちが爆発した。

「誰が老爺じゃ!! この口の減らぬひよっこが! 貴様、戦で手柄を立てたからとて調子に乗るなよ!」

頼綱が白髪の髭を逆立てて怒鳴り散らし、同時に源十郎が顔を真っ赤にして源四郎の脇腹を小突く。

「乳房大好きなんて言わなくてもいいでしょ兄様! しかも何その紹介! 俺の戦場での活躍はどこいったのさ! むしろ兄様の、今さっき政宗様の裾にすがって泣きわめいてた様の方がよっぽど酷いよ!」

「ああっ!? 源十郎、それ以上言うな! 兄上への言い訳で今から胃がいてぇってのに……このっ!」

源四郎と源十郎が取っ組み合いの喧嘩を始めようとし、それを頼綱が「これこれ!」と杖で叩きながら仲裁(?)する。

先ほどまで「血の沼」を作り出し、千五百の兵を掌の上で転がした「戦場の悪魔」たちの、あまりに情けない日常風景。

それを見た政宗が、まず耐えきれずに吹き出した。

「ふ、ふはははは! 堪らんな! まさか真田の『戦場での外道ぶり』と、この『一家の収拾のつかなさ』がここまで落差があるとはな!」

政宗が笑い出すと、常に冷静な小十郎までもが肩を震わせ、藤五郎と左衛門も腹を抱えて笑い転げた。

「おいおい源四郎!お前の策の半分でも、この身内の手綱さばきに使えれば、くだんの兄の雷も避けようものを!」

藤五郎が涙を拭いながら茶化すと、源四郎は天を仰いだ。

「藤五郎様……それは言わぬ約束……。帳簿と兄上の怒りだけは、私の算術が通用しない『定数』なのです……」

笑い声が陣屋の外まで突き抜けていく。

蘆名を滅ぼし、数千の兵を従えた男たちの陣所とは思えぬ、あまりに平和で騒がしい光景。

政宗は笑いを収めると、涙目で必死に弁解する源四郎の肩をポンと叩いた。

「よい! 気にするな源四郎! 帳簿がどうなろうと、お前が伊達のために蘆名を葬り、千五百の兵を手勢にすべく小県へ送った事実は変わらん。……兄貴殿には、俺からも『お前は伊達に不可欠な武士だ』と直々に文を認めてやろう」

「………っ! 本当でございますか、政宗様!」

源四郎の目に、再び生きる希望の光が宿る。

笑い飛ばしながらも、政宗はしっかりと源四郎を伊達の懐へと引き込んでいく。

沼田街道の地獄絵図とは裏腹に、伊達と真田は、こうして笑いと絆の中にその結びつきを深めていくのであった。

そんな折、陣屋の空気が、一瞬で変わった。

陽気な爆笑の余韻が残る中、頼綱の目から流れた一筋の涙が、険しい老人の頬を伝って顎先で震えている。

「……あん? どーしたじーちゃん、目にゴミでも入ったか? それとも、俺の紹介がそんなに悲しかったか?」

源四郎がからかうように尋ね、政宗もまた、そのただならぬ空気に笑みを収めて身を乗り出した。

「おぉ、どうなされた頼綱老。戦勝の報の最中だぞ。何やら悩みでもあろうか」

頼綱は、源四郎の若く、まだ何者にも染まりきらない顔を直視し、次に政宗というこの時代の荒波そのものを見つめた。老将の肩が、抑えきれない悔恨に大きく震える。

「な、何……真田に、兄上(幸隆)の元にかような天才……いや、鬼才が生まれた嬉しさ半分、悔しさ半分の涙よ……」

言葉を紡ぐほどに、頼綱の声は掠れ、震えた。

源四郎は「へへっ、買い被りすぎだぜじーちゃん」と軽口を叩こうとしたが、頼綱の眼差しがあまりに重く、喉の奥で言葉が詰まった。

「源四郎。おぬしが…おぬしが、あと十年、いや! 五年……! 五年早う生まれておれば!!」

頼綱が杖を強く地に叩きつける。

その音は、戦場の砲の音よりもずっと切実で、哀切に満ちていた。

「勝頼公は……武田は!! 穴山に、小山田本家までもが……!! あのような無様な最期を遂げずに済んだはずなのじゃあぁぁ!!」

「………………っ!」

「おおおおぉ……!」

頼綱はそのまま、枯れ木のような体を崩し、仮陣屋前の地面に突っ伏した。

彼の脳裏には、武田という巨大な城が音を立てて崩れ落ち、かつての仲間たちが裏切りと疑心暗鬼の中で消えていった、あの忌まわしい記憶が渦巻いているのだろう。

もし、源四郎がもっと早く戦場に、この戦国乱世に現れていれば。

その「合理性」と「理不尽なまでの破壊兵器」があれば、武田の滅びを止めることも、あるいはその崩壊を最小限に抑えることもできたかもしれない。

源四郎は、崩れ落ちた大叔父の背中を見下ろしたまま、動くことができなかった。

自分が今の時代に持ち込んだ「未来の技術」と「合理的思考」。

それが単なる【就活】のための手段ではなく、歴史という巨大な奔流に対する、あまりにも遅すぎた「抗い」であったことを突きつけられたからだ。

仮陣屋前は、今度は爆笑ではなく、耐えがたいほどの沈黙に包まれる。

政宗もまた、その光景を静かに見守っていた。

自身が求めたのは「最強の部下」としての源四郎であったが、その身内たる老人が嘆いているのは「歴史そのものの理不尽さ」である。

源四郎は、膝をつき、震える頼綱の背中にそっと手を置いた。

その手は、先ほどまで蘆名兵を吹き飛ばす合図を送っていたとは思えないほど、穏やかで……

しかし、同時に誰よりも重い責任を背負った小年、いや青年の手であった。

「……じーちゃん。過去を嘆いても、戻れやしねぇよ」

源四郎は少し困ったような、それでもどこか温もりを感じさせる笑顔を向けた。

「言い方はわりぃが……勝頼公が果てたから、まず俺はこうして政宗様の元で家臣になれた。それにな……」

源四郎はふと、遠く小県の方角へ視線を移す。

その眼差しは、盤上の駒を見極める鋭さではなく、帰るべき場所を想う愛おしさに満ちていた。

「穴山はともかく、小山田ならまだ残ってんじゃねぇか! 兄者(茂誠)と……みおがさ!」

ニッコリと、心からの笑みを浮かべる。

それは愛する家族の無事を確信し、明日への希望を見出したかのような、嘘偽りのない表情だった。

「…………」

源四郎のその素直すぎるほどの言葉に、政宗と三傑は意表を突かれたように目を見開く。

武田という強大な存在の崩壊の果てに、なお繋がっている「個人的な幸福」を語る源四郎の姿は、彼らにとってあまりに人間味に溢れていた。

「全く……この青臭い童と、戦場での鬼神の如き姿、どちらが本物のおぬしなのだ源四郎?」

小十郎が呆れ半分に笑うと、藤五郎が同意する。

「かぁ! まったくだ! なぁ左衛門??」

「ははっ。言うてやるな小十郎、藤五郎。恐らくどちらも……嘘偽りなき、源四郎という男なのだろうよ」

左衛門の言葉に、二人は顔を見合わせ、苦笑しながらも源四郎という危うい青年の人間味と苛烈さが同居する様を認めざるを得なかった。

政宗は、その温かい空気の中で源四郎をじっと見つめ、問いかける。

「ふっ。源四郎、どこまで行ってもお前の根っこにあるのは『家族や女房への情愛』、と言うわけか?」

「はい、政宗様♪」

源四郎は、先ほどまでの血の匂いが嘘のように、曇りなき屈託のない笑顔で即答した。

その横で、頼綱が袖で涙を拭い、居住まいを正して政宗に向き直る。

「……茂誠にみおがおる、か。政宗殿」

「む?」

「こやつはこのように童なのか、あるいは人の世の理を外れた【化生】なのか分からぬ所がありまするが……必ずや伊達の力になりましょうぞ。どうかよくこやつの手綱を取られますよう、こやつの祖父……亡き兄・一徳斎に代わりお頼み申す」

頼綱が深々と頭を下げる。

その声には、真田という血筋が背負ってきた戦国の世の過酷さと、それでも未来を信じたいという切なる願いが込められていた。

「……心得た」

政宗の返答は短かったが、その表情は将来の武門の棟梁としての静かな慈愛と覚悟に満ちていた。

真田の【家族の情愛】という、戦場では最も脆く、しかし何よりも強い絆を目の当たりにし、政宗は自らの覇道の中に、この「家族」という重みを共に背負うことを誓ったのであった。

「さて! 湿っぽい話はここまでと致しましょう!!」

源四郎はパンと乾いた音を立てて両手を打ち合わせ、その場の空気を一気に切り替えた。

「政宗様、後の始末は我が真田の者に任せて……米沢へ戦勝報告に戻りましょうぞ。小次郎様も待っておられますゆえ!!!」

「……そうであったな! 皆のもの! 支度をせよ!! 米沢へ凱旋じゃあ!」

「「「「「おおおおおおお!」」」」」

政宗の号令とともに、仮陣屋が活気づく。

血の匂いに満ちた向羽黒山城に、勇壮な鬨の声が響き渡った。

伊達兵団は、蘆名討伐の勲章を携え、一路米沢へと馬首を並べる。

その先頭には、自信に満ちた政宗と、その傍らで何食わぬ顔で手綱を操る源四郎の姿があった。

(……まずは輝宗公の前で、どう『伊達の英雄』を演じ切るか、父上が佐竹と結んだ事はとうに知れてんだろうし。そして、兄上にどう言い訳して帳簿を押し付けるか……いや、それ以前に、この千五百の『新たな手勢』をどう配置して、いかにして『真田の基盤』として組み込むか)

頭の中では、既に着々と次の盤面が組まれていた。

この凱旋は、単なる勝利の帰還ではない。

源四郎が思い描く「壊して、創る」革命の、長きにわたる壮大な序章の始まりであった。

――二日後――

――米沢城門前――

米沢城の正門前。

早春の風が吹き抜ける中、城内を視察していた小次郎が、街道の彼方から立ち上る土煙に気づき、目を輝かせた。

「あっ! あねうえ!! あにうえとげんしろうだよ!!!」

小次郎が指さした先では、政宗を先頭に、精悍な伊達兵団が誇らしげに向かってくる。

その騎馬の隣には、どこか爽やかな顔の源四郎が並んでいた。

めごは小次郎の小さな手をしっかりと握り、穏やかな眼差しでその列を見守る。

「えぇ。……無事に戻られましたね」

安堵の溜息が、夫である政宗の無事を願っていた妻の口からこぼれた。

戦場という死と隣り合わせの地から、こうして再び米沢の地へ足を踏み入れたという事実だけで、めごの胸の内は静かな喜びに満たされていた。

一行が門前に到達するや否や、政宗は手綱を引いて馬を止め、小次郎へと視線を送る。その眼光は、先日ほどまでの「覇者」のものから、一人の兄としてのそれへと和らいでいた。

源四郎もまた、政宗の後方で軽く一礼し、めごたちへ向けていつもの愛嬌のある笑みを浮かべる。

「戻ったぞめご! 小次郎!!」

「ただいま戻りました、めご様! 小次郎様!」

政宗と源四郎が声を揃え、満面の笑みで帰還の挨拶を告げる。

戦の重圧から解き放たれた彼らの顔には、今この瞬間だけは、年相応の青年の活気が宿っていた。

「あにうえ〜♪ げんしろぉ〜♫」

小次郎が弾けんばかりの笑顔で駆け寄り、政宗の馬の傍へと飛び込む。

「小次郎♫息災であったか!」

政宗は即座に手綱を預け、愛しい弟をひょいと抱え上げた。

高い高いと持ち上げられた小次郎が声を上げて笑う。政宗の瞳の奥から、冷徹な戦場の覇気は完全に消え去り、ただの温かい兄の顔がそこにあった。

(やっぱりいいもんだな、この兄弟……)

源四郎は馬上でその様子を穏やかに見つめ、心の底でそう呟いた。

彼らが分かち合っている「肉親の絆」や「日常の平和」。

それは源四郎がこの時代に持ち込んだ技術や知略とは対極にある、何にも代えがたい温かな風景だ。

自分がこれから壊そうとしている「封建的な世」。

その先で、こうしたささやかな幸福が当たり前に守られる場所を……

そんな願いを胸のうちに抱えていると、政宗の視線が源四郎へと向けられた。

「源四郎、お前も降りろ。今日は戦勝の宴だ。遠慮は無用ぞ」

「はっ! 承知いたしました!」

政宗は小次郎を抱いたまま、めごに向かって満足げに微笑む。

めごもまた、夫の無事を確かめるように優しく微笑み返す。

伊達の一族の絆がその場に満ちていた。

――かかる後――

――米沢城、謁見の間――

甲冑を脱ぎ、礼装へと整えた源四郎は、政宗や小十郎らと共に輝宗の到着を待っていた。

張り詰めた空気が漂う中、障子が開け放たれ輝宗が悠々と歩み入る。

輝宗は主座にドガッと豪快に腰を下ろすと、家臣たちを見回して声を張り上げた。

「皆のもの! 此度の戦、大義である! がっはっは!!」

豪放な笑い声が、城の広間を震わせる。

黒脛巾組により、蘆名討伐の報はすでに輝宗の耳にも入っていたのだ。

「源四郎よ。真田の若き才、この目で見たわけではないが、見事な采配であったと聞いておる。ようやった!」

輝宗の言葉に、源四郎は平伏する。

「過分なるお言葉、恐悦至極にございます」

源四郎が頭を下げたその瞬間、輝宗の瞳から笑みが消え、その眼光が鋭い刃となって源四郎を射抜いた。

「だがな源四郎……おぬしに問い質さねばならぬことがある」

(ほら来た……)

源四郎は喉の奥で小さく息を飲んだ。

当然の追及である。

輝宗は、戦場での武功よりも、伊達の存亡に関わるこの懸案を何より重視しているのだ。

「おぬしの実家……安房守めが佐竹と結んだと聞いたが、何か聞いておるか?」

謁見の間に、重苦しい静寂が落ちる。政宗や小十郎らも、輝宗の次の言葉を固唾をのんで見守っていた。

源四郎は一瞬の迷いもなく、至極当然のように言い切った。

「……いえ。存じませぬ」

「………ならば良い」

「……は?」

源四郎は我が耳を疑い、顔を上げた。面食らう源四郎を尻目に、輝宗は不敵な笑みを浮かべる。

「どうせおぬし以上の策を用いると聞く安房守のこと、佐竹との同盟もおおかた北条に対してのみのことであろう。何よりおぬしがここ、伊達にいる以上、こちらに弓引くことはせぬであろう」

輝宗は膝を叩くと、ニヤリと老獪な笑みを深めた。

「そんなことをして……最悪、おぬしが打ち首になろうものなら、島津との繋がりも失せるからの。……そうであろう、政宗?」

「ははっ。父上の仰る通り。源四郎の首を飛ばすなど、伊達にとっても真田にとっても損でしかありませんな」

政宗もまた、父の狙いを瞬時に理解し、楽しげに笑い返す。

さらに輝宗は、髭をさすりながら声を潜めて続けた。

「何より……おぬしの首を斬ったという報が真田伝いに島津に伝われば……島津本家はともかく、話に聞いたおぬしの【終生の友】、島津又七郎は軍勢を率いてこの米沢に乗り込んでこよう」

輝宗の言葉に、謁見の間の空気がわずかに冷えた。

「あの戦狂いと評判の島津、その若君率いる軍勢を相手取るなど……。ましてやおぬしが伝えた【古土法】を用いて、山のような火薬を携えておると聞けばなおのこと、な! はっはっ」

輝宗は愉悦すら滲ませるような口調で、イタズラっぽく笑う。

「………あの馬鹿ならやりかねませんな」

源四郎は肩をすくめ、呆れ混じりの苦笑を浮かべる。

それが単なる謙遜ではなく、又七郎の荒々しくも純粋な気性を知る者特有の、腹を割った証言であることを、その場の全員が直感的に悟った。

源四郎と又七郎の間に流れる、共に血と汗にまみれた者同士の【固い絆】の強さが、言葉の端々から滲み出ている。

そんな源四郎の様子を見て、政宗が面白そうに口角を上げた。

「なれば源四郎?」

「はい?」

「もし……我が伊達と島津が事を構えし時は如何する??」

政宗は、虎のような瞳で源四郎を射抜くように問うた。

実直に答えるか、それとも巧みに躱すか。

試すような意地悪な響きに、周囲の空気がわずかに緊張する。

源四郎は、たじろぐこともなく、しれっと答えた。

「……そうならぬよう常日頃から政宗様の手綱を、小十郎様達共々引きます故ご安心くだされ♪」

その場に数秒の静寂が流れ……次の瞬間、謁見の間にどっと笑いが起こった。

「はっはっは! してやられたな政宗!」

輝宗が腹を抱えて笑い、小十郎達も「これは一本取られましたな」と肩を揺らす。

政宗自身もまた、己の喉元に「制御不能な暴れ馬」という烙印を押されたことに腹を立てるどころか、その大胆不敵な答えに愉快そうに声を上げて笑った。

(ふふ、この俺に『手綱』がどうと言えるのは、今のところお前ぐらいだ)

源四郎は屈託のない笑みを浮かべながら、内面で冷ややかに現状を分析する。

(いい空気だ。だが、今はまだ『手綱を引く忠臣』を演じているに過ぎない。この調子で信頼の貯金を積み上げ、やがては政宗様という強大な『動力』を使って、この封建制を根底から粉砕する……その時まではな)

軽妙な冗談の裏で、源四郎はさらなる「革命の布石」をどこに打つべきか、静かに思案を巡らせていた。

だが、ここで空気が一変する。

「なれば源四郎……この戦勝の報と『信濃を伊達が飛び領地とする』話、早う小県に届けねばなるまい?」

輝宗の何気ない提案に対し、源四郎は「ゔ」と喉を鳴らし、一瞬にして顔を青ざめさせた。

先ほどまで政宗と軽妙なやり取りをしていた余裕はどこへやら、その顔面は恐怖で引きつっている。

「ん? どうしたというのじゃ?」

輝宗が不思議そうに眉を寄せると、事の顛末を知る小十郎が、困ったような苦笑を浮かべて代わりに説明を始めた。

「御屋形様。源四郎は……実家の真田家に断りも入れぬまま、召し抱えるつもりで蘆名の敗走兵、約千五百を小県へ送りつけたのです」

「……あ、あの、小十郎様。そんな露骨に言わんで……」

源四郎が弱々しく抵抗するが、小十郎は畳み掛ける。

「ゆえに今、小県に帰れば兄である嫡男源三郎殿に、雷を落とされることが確約されておりますゆえ」

それを聞いた輝宗は、一瞬呆気にとられた後、今日一番の……

いや、ここ数年で聞いた中で最も激しい大爆笑を謁見の間に響かせた。

「がっはっは! ひぃ〜腹が! 腹が! まったく、戦場では鬼神の如き采配を見せると聞くに、実の兄の拳骨が怖いとは! ひぃ、ひぃ〜!」

輝宗は涙を流しながら膝を打ち、笑い転げる。

政宗もまた、源四郎の情けない表情に耐えきれず「ぷぷっ」と顔を覆って肩を震わせた。

(笑い事じゃねぇっての! あの三〇平〇クラスの筋骨隆々ゴリラの拳骨、マジで痛ぇんだからな!?)

源四郎の脳裏に、怒りに震え、極限まで青筋を立てた兄・源三郎の恐ろしい形相が過る。

想像しただけで、こめかみが痛む気がした。

輝宗は笑いをこらえつつ、源四郎の青ざめた顔を眺めてニヤリと笑った。

「………まぁよい。それは今宵の宴を楽しんでからでな。ようは一晩覚悟を決める時を与えてやるわ。……ぷぷっ」

その言葉は慈悲というよりは、明日への憂鬱を長引かせるための意地悪な遊戯に他ならなかった。

そうして、その夜。

――米沢城、広間――

米沢城内では蘆名討伐の祝勝を祝う盛大な宴が催された。美酒に美食、戦の勝利を謳歌する伊達の家臣たちの高らかな笑い声が、広間に満ち溢れている。

政宗も上機嫌で杯を傾け、小十郎や藤五郎らも今日の戦果を肴に大いに語らっていた。

だが、そんな華やかな熱気から少し離れた席で、源四郎だけはどこか上の空であった。

(明日の今頃、俺は小県の屋敷で正座して、兄者の説教を拝聴してるのか……いや、説教ならまだいい。あの筋力で殴りかかられたら、肋骨が一本くらい持っていかれるぞ)

源四郎はため息を押し殺す。

周囲から見れば「戦の余韻に浸る若き軍師」に見えるかもしれないその背中は、実際には「明日という名の地獄」を憂う一人の弟の孤独な哀愁を漂わせていた。

宴の賑わいとは裏腹に、源四郎の心はすでに小県の屋敷の畳の上で、冷や汗を流しながら兄の拳骨を回避するシミュレーションを繰り返していたのであった。

――翌日――

――米沢城、門前――

「………では藤五郎様、左衛門様。数日後にこちらを発たれますよう」

源四郎は、まるで死刑台に向かう罪人のようなげんなりした面構えで、見送りの列に告げた。その前には、政宗、三傑、そして何故か心配そうにこちらを覗き込むめごと小次郎の姿がある。

「………あにうえ、げんしろうはなんで元気ないの?」

小次郎が無邪気に政宗の袖を引いて問う。そのあまりに純粋な疑問に、政宗は苦笑しながら弟の頭を撫でた。

「……小次郎、武士の情というやつだ。聞いてやるな」

「???」

小次郎が首を傾げるその傍らで、藤五郎と左衛門が、不安そうに顔を見合わせる。

「本当に大丈夫なのか源四郎? 本当に一人で兄と父…実家を説得できるのか?」

「そうだぞ? それがしと藤五郎が追いついて、事が済むまでに家中をまとめておくのだぞ?」

二人の訝しむ声に、源四郎は一瞬だけ遠い目をしたものの、すぐにキリッと眉間に力を込めた。

「………勿論でございまする。伊達家家臣の威信にかけて、必ずや」

源四郎は気合を入れ直し、言葉に力を込める。

(そうさ……ここで父上や兄上、じーちゃん達の首を縦に振らせないと、話にならねぇ! 蘆名の残党千五百を小県にぶち込み…『小県、信濃を伊達の飛び領地に』なんて宣った責任、ただじゃ済まされねぇんだ。気合いれろよ、俺!!)

胸中で自らを奮い立たせ、源四郎は再び馬に跨る。

小県の空に響くであろう兄の咆哮を脳内でシミュレートしつつ、彼は一路、向羽黒山城を経由し、運命の故郷・小県へと向かうべく馬を走らせた。

伊達の未来、そして真田の行く末……。

源四郎という名の「革命の火種」を乗せた馬は、静かな決意を秘めて米沢を後にした。

一方、その頃。

――小県、真田屋敷――

屋敷の帳場は、まるで戦場よりも凄まじい熱気に包まれていた。

源四郎が事前の相談もなく送りつけた千五百の「蘆名敗走兵」という名の爆弾。

その処理に追われ、源三郎と三十郎の顔には、もはや隠しようもないほど深く、黒々としたクマが刻まれていた。

積み上げられた山のような帳簿の隙間から、源三郎が血走った目を剥く。

「三十郎ぉ! 蘆名より流れてきたあの曲者ども、食い扶持から素性から、ようやく台帳が上がったぞ! そちらの進捗はどうなっている!」

「はっ! 源三郎様、蘆名よりの連中をただ食わせるわけにはいかぬと、北側の里山を芋畑に変えるべく検地を進めておりまする! ……しかし、あの連中、鍬を持たせると異常なほど手際が良いのが不気味で……!」

三十郎が憔悴しきった表情で頭を抱える。

源四郎が送りつけた連中は、ただの農兵ではない。

源四郎が上手く()()()【唐芋】と言う甘くて美味い【餌】に釣られた、妙に統率のとれた集団だった。

彼らを管理し、食わせ、そして労働力として組み込むという無理難題を、真田の家中の皆が連日徹夜でこなしていたのである。

そんな二人のすぐ傍らで、騒がしさとは裏腹に、当主たる昌幸が淡々と算盤を弾いていた。

本来ならば、こんな雑務は家臣に任せるか、あるいは息子を呼び出して厳しく叱責すべき事案である。

しかし、昌幸はその表情を崩さず、手元の数字を追うことに集中していた。

(蘆名の残党を我が懐刀として吸収し、開墾と防衛の要にする……か。源四郎め、相変わらず荒っぽい真似を仕掛けてきおるわ)

算盤の珠を弾くたび、小県の地が経済的に潤い、軍事的に強固になっていく数字が浮かび上がる。

昌幸は、息子が持ち込んだ「千五百の兵」という名の大きな負荷を、あえて真田家の「地盤」へと練り上げようとしていた。

「全く……源四郎め。どこでそのような奇策を学んできたのか。恐るべき熱量で、我が郷を肥やしてくれよるわ」

そう言って一人、満足げにほくそ笑みながら独りごちた。

昌幸にとって、源四郎の行動は「真田家をより大きく、強固な存在にするための忠誠心」の裏返しにしか見えない。

まさか、その「肥沃になった郷」の先で、息子がこの封建社会そのものを【民主主義】の名の下に葬り去り、【自衛隊】という名の国を挙げての軍事組織設立を夢見ているなど、露ほども思っていないのである。

静かな笑みを浮かべる昌幸の背後で、源三郎の「帰ってきたら絶対に痛い目を見せてやる」という怒号が、遠く響き渡っていた。

――第七章、完――


あぁ、相変わらず哀れなり源三郎、三十郎(´・ω・`)

さて!物語は更に加速!

次章では『新たなる敵』も登場します!乞うご期待!!

次回を刮目して待て!

※作者からのお願い※

幸いなことに今や本作は平均PV(日間)800を超えるようになりました!これもひとえに読者の皆さんのおかげ…ですが!

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