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信濃の修羅〜現代人の俺、存在しないハズの真田の三男坊として転生す〜  作者: ギュネイ山本
第七章【いざゆかん奥州!源四郎、伊達家仕官へ動くの段】

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其之七

――会津への街道――

会津へ続く米沢街道を、伊達兵団はまるで遠足にでも向かうかのような、ゆったりとした速度で進んでいた。

馬の蹄の音が規則正しく響くばかりで、戦場へ向かう緊迫した空気は薄い。

「………だぁああああ! 源四郎! 藤次郎!! なんでさっさと会津へ走らん!? こんなゆっくりで大丈夫なのか!?」

ついにしびれを切らした藤五郎が、手綱を乱暴に引いて先頭の二人に詰め寄る。

その顔には、敵を目の前にして逸る闘争心が露わになっていた。

政宗は手綱を握ったまま、動じる様子もなく空を見上げ、薄く笑う。

「はっ! 何を言うか藤五郎。……向羽黒山城の堅牢さと矢沢頼綱という『牙』、そして源四郎の弟たる源十郎の【千里眼】があらば……そうそうかの城は落ちはせん。そうであるな、源四郎?」

政宗の確信に満ちた問いかけに、源四郎は馬上で背筋を正し、力強く言い放った。

「もちろんでございまする、政宗様! 矢沢の大叔父上が守るあの城は、蘆名の連中がどれだけ足掻こうとも、ただの『墓場』でしかありませぬ。むしろ、敵が死体で城の周りを埋め尽くしてくれるのを、我らはゆっくりと『収穫』しに行くだけでございますよ」

源四郎の冷徹な言葉に、左衛門はあきれたように苦笑しつつも、どこか安堵した表情を見せる。

「なるほど、藤五郎。私たちが会津に到着する頃には、敵は既に疲弊しきって、骨と皮だけになっている……という算段だそうだぞ?」

「ちっ……相変わらず、食えん男だぜ」

藤五郎は悪態をつきつつも、ようやく収まりがつき、再び行軍の列に戻った。

兵団がゆっくりと進むその裏で、源四郎の胸中には計算が渦巻く。

(……本当は、早く行ってじーちゃんたちの様子を見たいし、蘆名を叩き潰したい。だが、ここで軍を急かして疲弊させれば、本番の会津攻略で政宗様の手足が鈍る。何より、この『余裕』を見せつけることこそが、蘆名側にプレッシャーをかける最高の毒になるんだ)

蘆名軍は、伊達本隊の到着を今か今かと待ち構え、焦り、自滅していく。源四郎は、この「行軍」という名の一手で、既に敵の心理を支配していた。

会津の山並みが、少しずつ近づいてくる。

伊達という巨大な獣は、その爪を研ぎながら、飢えた蘆名の軍勢が自ら喉元を差し出すその瞬間を、静かに、そして確実に待っていた。

――その頃――

――向羽黒山城――

向羽黒山城の仮陣屋は、もはや戦場というより「死の収穫祭」の会場と化していた。

ドォオオオオオン!!

城門前に突っ込んだ蘆名兵の先頭集団が、【竹龍】の砲撃でかくも無惨に霧散する。

肉片が雨のように降り注ぎ、広場は赤黒い血と泥の海へと変貌した。

しかし、そんな断末魔の叫びを尻目に、頼綱と源十郎はのんびりと鴨の塩引きを炙っていた。

「やっぱり芋ばっかじゃ飽きるよね、じーちゃん♫」

「ほうじゃのぉ、鴨の脂ののり具合は絶品よのぉ」

二人の間には、戦火の緊張感など微塵もない。

対照的に、弥五郎は死人のような顔色で薬研を動かしていた。

目の下のクマは深く、もはや感情というものが磨り潰されたかのように、ただ機械的に炭を粉砕している。

「………もういいです。爆ぜるのも、殺すのも、どうでもよくなりました……」

諦めという名の悟りを開いた弥五郎の呟きを無視し、外では再び惨劇が幕を開ける。

「ぎいやぁああああああああ!」

「かえしてくれ! かかぁのところへ……ぐぎゃあああああ!」

手足を失った兵が地面を這いずり、仲間を求めて血の海に沈んでいく。

そのあまりに凄惨な光景の中、源十郎は鴨の焼き加減を確認するように串を回しながら、世間話でもするように尋ねた。

「時に、じーちゃん?」

「ん?」

「俺たち、日に何人ぶっ殺してんのかな?」

頼綱は塩引きに箸を伸ばしながら、まるで農作物の収穫高でも数えるかのように答える。

「さぁ……正確な数は分からんがの。敵の兵列を乱し、戦意を削ぎ、逃げ出した連中の数まで含めて計算すれば……〆て【八百】、と言ったところかのぉ?」

その言葉は、あまりに軽く、そして絶望的な響きを帯びていた。

源四郎が「六百」と予想した損耗率は、この二人の前では甘い見積もりに過ぎなかった。

城守の達人・頼綱の配置した罠と、千里眼・源十郎の射撃タイミング。

この二人が組んだ時点で、蘆名軍は「戦術的な敗北」ではなく、「物理的な絶滅」へ向かって転がり落ちていたのだ。

陣屋の外では、逃げ惑う蘆名兵が、自らの死を急ぐかのようにキルゾーンへと足を踏み入れ続ける。

彼らはまだ知らない。

この城にいるのは「武士」ではなく、戦場を管理する「処刑人」たちであることを。

(あぁ、兄様が来たら驚くだろうなぁ。八百……千に届くのも時間の問題か)

源十郎は、また一つ火薬が爆ぜる音を耳にしながら、鴨の皮目に浮いた脂を眺めて小さく笑った。蘆名という大名家が、一人の老人と二人の若者によって、着実に「地図から消されようとしている」ことを、この日の会津の陽ざしだけが静かに見つめていた。

――源四郎が会津を発って四日目の未明――

――向羽黒山城近郊――

闇を切り裂くような未明の薄明かりの中、会津へ到着した伊達兵団の精鋭たちは、馬上で一様に息を呑んだ。

「……こ、ここは地獄か?」

小十郎が思わず呟く。

そこには戦場という枠組みを遥かに超えた、異様な光景が広がっていた。

黒川城下から流布された「真田が金山を見つけた」という虚偽の情報(流言)に踊らされ、死に物狂いで突撃を繰り返した蘆名兵の屍が、城門の前で文字通り「山」を成していた。

止むことのない轟音……

【竹龍】の弾頭が絶妙のタイミングで炸裂するたび、生き残った蘆名の兵たちは恐怖に支配され、次なる一撃を恐れて泥の中を這いずり回っている。

伊達の猛者たちが凍りつく中、源四郎だけは軍馬の上で目を細め、上機嫌に笑った。

「おぉ! こいつは重畳♫ 俺の予想をも上回る戦果だな! ……さて!」

源四郎は迷いなく軍馬の荷から龕灯を取り出し、手際よく開閉させて光の明滅を作り出した。

闇に浮かぶ不規則な光のサイン。

それは「モールス信号」であった。

向羽黒山城の仮陣屋で、ちょうど鴨の塩引きを片付けていた頼綱が、ふと黒川城下方面を見やる。

「んぁ!? 源十郎! 源四郎めが帰ってきたぞ!! ほれ、かの……モールス信号? とかいうもんじゃ!」

「!! 分かったじーちゃん……よし!」

源十郎の目が、射るような鋭さで輝く。

光の点と線を瞬時に解読し、脳内で意味へと変換する。

その内容は至極簡潔かつ冷酷な指令であった。

『街道(沼田街道)沿い、【籠】、着火準備』

「兄様……了解!」

源十郎は即座に、沼田街道沿いの掩体壕に潜伏させ、かつモールス信号を履修させていた真田の精鋭たちへ、同様に光の信号を送る。

街道沿いの草むらに潜んでいた兵たちが、一斉に支度を整え、道端に設置していた三十個の『真田籠』の細引きを手にした。

敗走する蘆名の残党たちが、逃げ場を求めて吸い込まれていくその先は、すでに「死出の旅へと誘う三途の川のほとり」と化していた。

源四郎は背後の政宗と三傑を振り返る。

その瞳には、勝利への確信と、すべてを支配しているという歪んだ充足感が満ちていた。

「さて……詰みの一手と行きますか!!」

「あい分かった源四郎! 者共、隊を二つに分かつぞ! 先発隊は俺と源四郎、藤五郎に続け! 後発隊は小十郎、左衛門共々、種子島の準備じゃ!!」

政宗の命が飛ぶと同時に、伊達の精鋭たちが風のように動き出した。

二千の兵がが裂けるように展開し、戦場に一つのうねりを生み出す。

「源四郎!!」

小十郎が鋭い声で呼び、愛馬を駆って並走しながら、一本の槍を力強く投げ渡した。

「おぬしの愛刀は打刀! 馬上ではその刃届かぬであろう!! 槍の心得はあろうな!?」

宙を舞う槍を、源四郎は迷いなき手つきで掴み取る。

前世にて【銃剣道】に【銃剣格闘】を修めた自身にとって、槍の扱いはその延長に過ぎない。

重心を確認し、軽く振るうと、空気が裂けるような鋭い音がした。

「かたじけない小十郎様! ……なればいきましょうぞ、政宗様! 藤五郎様!!」

「「おう!」」

政宗と藤五郎が呼応し、愛馬の腹を蹴り上げる。

伊達家の若き獅子たちが、蘆名軍の本隊へと牙を剥いた。

先発隊が巻き上げる土煙が、夜明けの冷気を切り裂く。

蘆名の軍勢が、混乱の最中に現れた「伊達の精鋭」に気づき、右往左往と狼狽し始めた。

源四郎の策で精神を削りきられた蘆名兵に、今さら陣を組み直す余裕などない。

政宗、藤五郎、源四郎の三人が、槍と太刀を天に掲げて吠えた。

「「「もの共! 【鬨】あげえええええええ!!」」」

その咆哮は、会津の山々を揺るがし、蘆名軍の敗北を決定づける宣告となった。

「「「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」」」

大地を揺らす伊達兵団の怒号。

源四郎は、槍の穂先に朝日を反射させながら政宗、藤五郎共々勇猛果敢に突っ込む!

そうして蘆名兵たちが上げた悲鳴は、もはや戦の号令ではなく、ただの末期の叫びであった。

「だ、だだだ……【伊達】じゃああああああ!」

「さ、真田め! こしゃくにも【伊達】と結びよったかぁ!」

「言うてる場合か! 逃げろおおおおおお!」

金山という幻想に釣られ、既に心身を磨り減らしていた蘆名の残党にとって、伊達政宗の黒備えは死神の化身に等しかった。

蜘蛛の子を散らすように背中を見せる敵に対し、政宗と藤五郎は鬼神の如き笑みを浮かべて突っ込む。

「おらぁ! 死んどけええええ!」

政宗が振るう槍が、逃げ惑う兵を容赦なく串刺しにし、続く藤五郎が荒ぶる太刀で逃げ遅れた者の首を跳ねる。

「そっ首おいてけやぁ!」

血飛沫を浴び、戦場の業火に照らされて笑う二人の姿。

それを見つめていた源四郎の脳裏に、ふと、かつて薩摩の地で汗と泥にまみれ、共に研鑽に明け暮れた()の顔が過った。

(………あー、ダメだこれ。この二人、又七郎と気が合う。絶対に合う!!!)

薩摩で絆を結んだ終生の友、又七郎。

戦場を庭とし首という手柄を肴に酒を呑むであろう脳筋…

もとい【魂の片割れ】と、いま目前で踊り狂う伊達の二人が重なる。

(もしこの三人、一箇所に集めたら……日ノ本中が焼け野原になるぞ。……いや、間違いなく。)

源四郎は、又七郎の荒々しい笑い声を思いだしながら、自らの槍を突き出し、蘆名の兵を容赦なく討ち取る。

かつての友と、今の主君。

狂気がつながった瞬間、源四郎は胸の中で、この混沌とした乱世を焼き尽くしかねない危険人物たちがまた目の前に現れた…その確信を抱いていた。

そうこうする間に、戦場の空気を切り裂くように、低く太い法螺貝の音が響き渡った。

戦の合図…いや、それは伊達兵団が用意した「掃除の時間」の通告である。

「! 藤五郎、源四郎!! 散れ!! 種子島が火を吹くぞ!」

政宗の咆哮に、源四郎と藤五郎は一切の躊躇なく馬の首を転じた。

「「はっ! 者共、散れええええええ!!」」

先発隊の精鋭たちが、まるで訓練された獣のように、一瞬にして左右へ見事に散開する。

先ほどまで蘆名勢と入り乱れていた戦場に、ぽっかりと広大な空白地帯が生まれた。

その中央、陣を敷いていた左衛門が、無数の銃口を蘆名軍へと向ける。

冷徹なまでの静寂が支配する中、左衛門の号令が戦場を支配した。

「放てぇえ!!」

その瞬間、地獄の蓋が開いた。

一斉に放たれた数百挺の種子島が、早春の青空を硝煙の黒い雲で覆い尽くす。

ドォォォォォォンッ!! という、雷鳴にも似た銃声の連鎖。

先ほどまで伊達の騎馬に怯えていた蘆名の兵たちは、何が起きたのかを理解する間もなく、鉛の雨にその身を砕かれた。

源四郎は、散開した先で馬を止め、物憂げにそれを見やる。

轟音と硝煙の裏側で、無数の命が泡のように消えていく。先ほどまで生きていた者たちの断末魔は、今や静寂の中に溶け込み、ただ死臭だけが残る。

源四郎は、その冷え切った戦場へ向かって、静かに一礼した。

(……すまねぇな。あんたらになんの恨みもねぇ。本当は、こんな惨たらしいこと、やりたくもねぇんだ……)

源四郎の瞳から、戦場を支配していた「冷徹な策士」の仮面が剥がれ落ちる。彼の本質にあるのは、血を好む狂気ではなく、より良き未来を信じるための「責任感」であった。

(……けど、これは俺たちが進むべき道なんだ。この腐りきった戦国という泥沼をひっくり返して、誰もが等しく生きられる【民主主義】……そんな未来へ進むための、避けては通れねぇ踏み石なんだよ)

背負っているのは、単なる軍功ではない。

未来という名の重い荷物だ。

そんな戦場に誰となく「最早これまで!」という悲痛な叫びが。

それらは瞬く間に伝播し、生き残った蘆名の兵たちは我先にと逃走を始めた。

彼らが死に物狂いで目指したのは、唯一、視界の開けた『沼田街道』であった。

「はっ! 逃げおおせるつもりか! 野郎ども、首を狩れ!」

政宗が愛馬を躍らせ、勇んで追撃に打って出ようとしたその時、源四郎がスッと横に並び、手綱を引いて制した。

「お待ちくださいませ、政宗様。……追う必要はございませぬ。既に『罠』は張ってあります」

源四郎の涼しい声に、政宗は勢いを殺して手綱をさばく。その瞳には、冷徹なる武将特有の鋭い光が宿っていた。

「ふっ、くだんの『爆ぜる籠』か。数は?」

「三十ほど、街道の脇に仕掛けてあります」

源四郎の淡々とした報告に、政宗は一瞬だけ眉をひそめた。

火薬の力は理解しているつもりだが、三十個の籠で何ができるというのか。

「……一つでどれほどの兵を殺れる?」

源四郎は指を五本立て、静かに言った。

「……五十は、確実に」

「五……十……!?」

政宗の口から、掠れた声が漏れた。

武士の常識で考えれば、一つ火薬が爆ぜて二十人巻き込めれば「大したもの」だ。

それが五十。

三十個あわせれば、単純に【千五百】という単位の命が、一瞬にして散ることを意味する。

「……源四郎、お前は戦場を単なる【帳場】と見ているのか?」

政宗の困惑と驚愕は、単なる兵力の損失という次元を超えていた。

目の前のこの若武者が抱えているのは、技術や戦術といった枠組みを遥かに超えた、人間という存在そのものを削り取る()()()()だ。

「……その答えは、これよりお見せいたしまする」

源四郎の言葉は、まるで冷たい刃のように戦場の空気を切り裂いた。

政宗と藤五郎が、戦慄を隠せないままその背中を見つめる。

源四郎は腰の龕灯を高く掲げ、正確なリズムで明滅させた。

その光は闇を渡り、郭内で控えていた源十郎の瞳に飛び込む。

「! 兄様がまた……よし!」

源十郎が読み取ったのは、単純かつ無慈悲な殺戮の指揮命令。

『郭からの統制で城側より【籠】、順次着火』

それは、逃げ惑う敗走兵の列を、文字通り「線」でなぞるように刈り取るための殺戮の合図であった。

源十郎の指先が、流れるような手つきで龕灯を操る。

それと同時に沼田街道という一本の血管に、蘆名兵という名の「膿」が溜まりきる瞬間を、千里眼さながらに見極めるべくその眼光は鋭さを増す。

そして光の合図は、街道沿いの掩体壕に潜む兵たちへ、寸分の狂いもなく届く。

(((((……源十郎様からのモールス!『郭からの統制で城側より【籠】、順次着火』…よし!)))))

掩体壕の真田本隊が【真田籠】を着火させる細引きを持ち()()()を待つ。

その緊張感の中、源十郎はもう一度、確かなリズムでモールス信号を闇へと放った。

『【籠】、着火』

源十郎の合図が届いた瞬間、最後尾側からその道の端に仕掛けられた【真田籠】が咆哮を上げる。

ドォォォオオオオン!!

その轟音は、沼田街道を死地へと変える合図だった。

先頭から最後尾まで、逃げ惑う蘆名兵の横腹に鉄礫の嵐が襲いかかる。

「は? ……ぐぎぃああああああ!」

叫び声すら上げる暇もなく、最後尾を走っていた兵たちが横から衝撃を受け、弾け飛ぶ。

爆風の余波が前を行く味方を突き飛ばし、密集していた軍列は瞬く間に壊滅した。

「な、後ろで……にぃぎゃああああああ!」

「かかぁ! かかぁああああああ!」

逃げていたはずの兵たちが、側方から襲い来る鉄礫に次々と刈り取られていく。

振り返ればそこには四肢、そして命を失った仲間たちが転がっている。

ドミノ倒しのように後方から順次、蘆名の命が消えていく。

一人、また一人と折り重なるように街道に叩きつけられる兵たち。

かつては誇り高き大名家の軍勢だった彼らも、今はただ、炸薬と鉄礫によって「硝石の元たる屍」とされるに過ぎなかった。

三十あった【真田籠】が、最後の一発まで全て爆ぜ終える。

街道を支配していた轟音が止み、むせるような硝煙と生々しい死が混ざり合った匂いが立ち込めた。

煙が晴れた沼田街道は、もはや道とは呼べなかった。

それは、この世のものとは思えぬ地獄……

血と屍肉が混ざり合い「血の沼」と化していた。

その惨状を眺めていた伊達政宗は、槍の柄を強く握りしめたまま、言葉を失っていた。

が。

流石は奥州に覇を唱える伊達が嫡男、即座に「数字の違和感」に気付く。

「……源四郎。敗走した蘆名兵はおおよそ三千。だが……今しがた仕掛けた【籠】で刈り取ったのは、精々千五百といったところか。つまり、隊列の後ろ半分だけを消したに過ぎん」

政宗は鋭い視線を源四郎に向けた。

「残る前半分の千五百は無傷で街道の先へ突き抜けた。……まさか、これらを生かしたままお前の実家、小県へ誘い込むつもりか? 越後の上杉を刺激するような真似は、今の真田には無益なはずだが??」

政宗の訝しむ言葉に、源四郎は血の海を眺めていた目をゆっくりと戻すと、こともなげに、そしてあまりにあっけらかんと答えた。

「いえ、召し抱えます」

その言葉の意味を咀嚼するまで、数秒の静寂が政宗を支配した。

「………………は?」

政宗の冷徹な顔が「何言ってるんだこいつ?」という驚愕に歪む。

「召し抱える? 誰をだ? 今しがたこの地獄と言える戦場を潜り抜けて、死に物狂いで逃げ惑っている蘆名の残党を……か?」

「左様です」

源四郎は、まるで道端で拾った木の実について語るような軽さで続けた。

「あいつらは、今の会津ではもう『死んだ者』も同然です。城を失い、敵を前に逃げ出し主家からの【信頼】を失い、恐怖で魂まで磨り潰された。……そんな連中に、裏切り者すら受け入れる『新しい主家』を与えてやるんです。そうすれば、誰よりも忠実な真田の兵に……いや、俺の『道具』になりますよ」

政宗は思わず声を上げて笑い出した。

乾いた、そして心底面白がるような笑い声が、地獄の沼のほとりに響く。

「はっはっは!……なるほど。地獄を見せてから、救済という名の餌をやるか。ただの血に飢えた化生かと思えば、底抜けの謀者(はかりもの)よな」

謀者(はかりもの)などと人聞きが悪うございます。……これは真田が戦力増強が為の【策】でごりますれば」

(こ、こやつ…)

源四郎の涼しい顔を見て、政宗は身震いしつつ確信した。

この男はただの信濃が生んだ風来坊ではなく…正真正銘の【()()()()()()()()()】、なのだと。

「………いいだろう。が、お前の言う『召し抱え』、どうやってやるつもりだ? 自らの手で傷つけた兵をどう手懐ける?」

政宗の問いに対し、源四郎は口角を吊り上げ、見る者をゾクッとさせるような特大級の【悪い】笑みを浮かべた。

「先ほどご自身で言ったではありませぬか、政宗様。『餌』、つまり【食い扶持】でありまする。それと……【流言】」

――その頃――

――向羽黒山城よりしばし下った沼田街道上――

【真田籠】の爆炎を奇跡的に潜り抜けた先頭集団……

およそ千五百の蘆名兵が、恐怖に震えながら街道の先で足を止めていた。

「……う、後ろに残るはこれだけか。俺たちの仲間は……皆、あの音と共に消えたのか?」

「とはいえ中々残ったな。……俺たちは運が良かっただけか」

「なかなか残ったとて、これからどうするんじゃ!? 戻るにも本城(黒川城)へ回り込めば…既に伊達が触れ回っとるであろう……落ち武者狩りの餌食じゃ!」

「そうじゃそうじゃ! それに儂らは戦場を背にして逃げた身。本城へ戻れば、伊達の軍勢に立ち向かわなかった罪で、打ち首にされるのは目に見えておるわ!」

帰る場所も、戦う理由も失った敗兵たちが、街道上で醜い言い争いを繰り広げている。

その絶望のどん底へ、ひょっこりと二人の農夫が近づいてきた。

「お武家さまぁ、どうなされたぁ? 街道の向こうで凄まじい雷鳴が聞こえましたが、何が起きたんです?」

「……お城(向羽黒山城)はどうなったんで? あっちからも煙が上がってるようですが」

怯えきった様子の、どこにでもいそうな農夫。

だが、その背筋は微塵も曲がっていない。日焼けした顔の裏側に隠された、獲物を待つ獣の鋭い眼光。

そう、こいつらは源四郎が送り込んだ真田本隊の精鋭であった。

「……誰だお前ら。……戦の邪魔だ、失せろ!」

兵の一人が凄むも二人は飄々として言う。

「まぁまぁ、お武家様。そんなに血気盛んになさらずとも」

「そう怒りなさるな。……戦が終わって腹でも減っているんでしょう? せめてここにいる皆様だけでもこれを……」

二人はそう言うと、ボロ布に包まれた懐から、ゴロリとした塊を取り出した。

焚き火の灰を被った、黒ずんだ【焼き芋】である。

「「「「「な、なんじゃそれ!?」」」」」

周囲の兵たちが、目を丸くしてそれを見つめる。

戦場の泥沼の中で、武士の主食である米ですらままならない状況。

そこで差し出された【焼き芋】の甘く香ばしい匂いが、飢えた兵たちの鼻をくすぐる。

二人は気に留める様子もなく、手際よく芋を割りながら語り始めた。

「なんでも信濃は真田の郷から来た商人が言うにはですよ……真田のご三男様が、遠く薩摩の『島津』って家と、えらく仲よぅやってるそうで」

「そうそう! そんでその薩摩から、この芋……なんでも『唐芋からいも』というそうで、これが真田にたんと送られて来てるんだとか」

「戦で死ぬのも、腹を空かせて倒れるのも選ぶのは自由ですけどもね。……ささっ! ひとまずお上がんなされ。温かい……と言いたいところですが、冷えててすみませんな。でも腹にはたまりますぞ」

二人は山積みの芋を、飢えた野犬のような蘆名兵たちの前に気前よく放り投げる。

「……こ、これを食っていいのか?」

「……毒じゃあるまいな……」

疑念を抱きつつも、一人がその芋を口に放り込む。

ねっとりとした甘みが、飢えきった体に染み渡る。

「「「「「……なんじゃああああああこりゃああああああ!?」」」」」

………お前ら松○優◯か?

死の淵にいたはずの敗走兵たちが…まるで信じられない物を見たかのような、それでいて魂が揺さぶられるような悲鳴にも似た声を上げた。

戦場で文字通りの冷や飯しか口にしていなかった彼らにとって、その芋の甘さはあまりに非現実的だった。

「なんて甘さじゃ! これは蜜芋ぞ! 喉が焼けるほど甘い!」

「これ…薩摩の黒糖より甘いんじゃなかろうか!? こんなもん、殿様だって滅多に口にできんぞ!」

口々に騒ぎ立てる兵たちを見て、真田兵の二人は顔を見合わせ、わざとらしく困ったように笑った。

「そ、それよりもあんた方…これが『たんとある』ってか、真田には!?」

「そ、そそそそ、それにかの島津と繋がりがあるって本当か!?」

兵たちの瞳には、恐怖ではなく強烈な「渇望」が宿り始めていた。

蘆名という崩れかけの偶像など、今の彼らにとっては既にどうでもいい。

ただ、この『美味い食い物』と『強者との繋がり』を持つ者へ食らいつきたいという、生存本能に直結した欲求が溢れ出していた。

兵たちが動揺し、思考が飽和しかけているその瞬間、真田の二人は淡々と、しかし場を支配する重みを持って()()()()()()を放った。

「「あ、そうそう。……その真田、今まさに【兵】を募ってるそうでして。」」

静寂が訪れた。

沼田街道に吹く風すら止まったかのような、恐ろしいほどの静寂。

そして次の瞬間…

「「「「「何ぃいいいいいい!?」」」」」

地鳴りのような咆哮が響く。

先ほどまで「打首になる」「落ち武者狩りに遭う」と嘆いていた者たちの顔から、迷いが完全に消え去っていた。

「……真田へ、信濃へ行くか?」

「ああ、行くとも! こんな甘くて美味ぇ薩摩の芋が食えて、おまけにあの恐るべき()()()を扱う連中の配下になれるんだ! 蘆名なんぞに義理立てして死ぬより、ずっとマシだ!」

「そうじゃそうじゃ!それに伊達に攻められし今、蘆名の命運は尽きた!かかぁ達も処罰されることはなかろう!あとからこっそり信濃に呼んだらええ!!」

源四郎が仕込んだ【罠】は、【真田籠】だけではなかった。

【食】という根源的な欲求と、圧倒的強さをみせた【真田】への憧れ。

それを冷徹なまでに活用し敗残兵を実家の、そして自らの兵へと「換装」していったのである。

――向羽黒山城、城門下広場――

屍の片付けが進む広場に、政宗の高笑いが響き渡る。

「はっはっは! 所詮、人は腹の虫に勝てぬ! そこに唐芋という餌をぶら下げ、更に兵を募っているなどと!!……源四郎、お前はやはり底なしの謀者よ!」

政宗が膝を打って笑う。

源四郎もまた、毒気を含んだ笑みを浮かべて肩をすくめた。

「まあまあ政宗様。綺麗事ばかりでは世は動きませぬ。こういう時こそ、人は自身の『腹の虫』に素直に従うものなのですから♫」

二人の間には、強者同士の奇妙な共犯関係が生まれていた。

しかし、その甘美な笑いの渦に冷水を浴びせたのは、傍らで控えていた小十郎であった。

「……しかし、源四郎」

「はい? 何です小十郎様? 策に何か不備でも?」

源四郎は勝ち誇った表情のまま、小十郎を振り返る。

しかし、小十郎の瞳は一切笑っておらず、極めて冷静に事実を突きつける。

「急に最大千五百もの食い扶持が増えるとなると……おぬしの実家は大丈夫なのか? 」

「……大丈夫ですって小十郎様! いざとなったらまた島津家に泣きついて唐芋を送ってもらえば……」

「私が心配しているのは、そこではない」

「……???」

源四郎の思考が停止する。

こともあろうにこの男、小十郎に指摘されるまで()()()()()()()()()()()()

「それだけの人と物が動けば……【帳簿付け】が大変ではないのか?」

そう、武家にとってもう一つの戦とも言える【帳簿付け】。

小十郎は淡々と、しかし追い詰めるように続けた。

「おぬしの実家には、我ら伊達のような手練れの蔵奉行や、数千の兵を管理する者共などおらぬのではないか? 一体誰が、その千五百人分の飯と給金を帳簿に記載し、食糧消費の算盤を弾くのだ?」

「……………………………………………………………………」

一瞬の静寂の後、源四郎の全身から滝のような汗が噴き出した。

脳裏を過る、鬼の形相。

極限まで青筋を立て、算盤を握りしめて仁王立ちする長兄・源三郎の姿。

『げんしろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! お前は戦場で好き勝手暴れておるだけかぁああああああああ! 誰がこの帳簿を片付けると思っておるのだぁあああああああ!!』

「ふっ、さしずめお前の兄たる嫡男がやるのだろう、源四郎?」

政宗の無慈悲な指摘に、源四郎の仮面が剥がれ落ちた。

「おぉ政宗様! そこまで分かっておられるなら話が早い!! …………助けてくだされ! このままでは! この源四郎!! 小県に戻りし時に兄・源三郎に死ぬ寸前まで張り倒されまするぅううううううう!!」

先ほどまでの【人の形を成した化生】の面影はどこへやら。

源四郎は政宗の裾にすがりつき、情けなく全べそをかいて泣き叫ぶ。

政宗は、その姿をこれ以上ないほど面白がり、満面の笑みでトドメを刺した。

「……あまんじて張り倒されて来い♫ それもまた、好き勝手やってる末子の務めというものだ」

「いやぁああああああああああ!」

こうして会津の空に源四郎の()()()が響くのであった。

哀れ源四郎…

合掌Ω\ζ°)チーン

さて、源四郎の【血染めの終活】のお話も残るところあと少し!

次回を刮目して待て!

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