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信濃の修羅〜現代人の俺、存在しないハズの真田の三男坊として転生す〜  作者: ギュネイ山本
第七章【いざゆかん奥州!源四郎、伊達家仕官へ動くの段】

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39/43

其之六

――米沢城広間――

朝餉の香りが漂う広間へと足を踏み入れると、そこには凛とした空気を纏いながらも、朝の陽光を受けて輝く可憐な女性が立っていた。

「あら、藤五郎に左衛門。おはよう」

「あ、めご様。おはようございます」

「これは奥方。おはようございます」

藤五郎と左衛門が手慣れた様子で深々と頭を下げる。その所作の自然さに、源四郎は思わず目を丸くした。

(うわぁ……綺麗と可愛いのバランスが絶妙な方だな。……って、めご様!?)

源四郎が内心で絶叫するのも無理はなかった。真田のような小さな国衆の食卓であれば家族総出で支度もするが、ここは奥州に覇を唱える大名・伊達家である。

ましてや嫡男の正室ともあろうお方が、家臣たちのために自ら配膳を整えているなど、常識では考えられない光景だ。

「驚いたか、源四郎?」

背後から掛けられた楽しげな声に振り返れば、政宗が小十郎を従えて立っていた。

二人とも朝稽古を終えたばかりのようで、汗の匂いと火薬の硝煙にも似た熱気が纏わりついている。

「……おはようございます、政宗様。なぁに、少し面食らいましたが……真田の家も、飯の支度は家族総出で行っておりましたゆえ。お目にかかれて光栄です」

源四郎が冷静を装いつつ頭を下げると、めごは花が綻ぶような笑みを浮かべて近づいてきた。

「まぁ! あなたが信濃は真田の風来坊、源四郎ね! わたくしはめご、殿の正室です。どうぞよしなに」

「……これはこれはめご様、ご丁寧に。こちらこそ、未熟者ですが……」

源四郎は深く礼を返しつつ、内心で激しく困惑していた。

(なんだこの空気は……? 歴史書にあった『不仲説』とか『暗殺嫌疑』の影なんて微塵もねぇぞ。むしろ、政宗様も小十郎様たちも、このお方様を中心に回っているような……?)

政宗は満足げに腰に手を当て、小十郎は「やれやれ」と小さく肩をすくめている。

この光景の中に、伊達という巨大な獣が抱える「歪だが温かい核」を見たような気がした。

「さあ、食うぞ! 源四郎、昨日言った『硝石の話』の続き、もっと詳しく聞かせよ。めごも、真田の面白い話を聞きたがっておってな」

「えぇ、殿。源四郎、信濃の山々は本当に美しいのでしょう? 是非聞かせくださいな」

政宗の無邪気な好奇心と、めごの穏やかな眼差し。

源四郎は、この伊達家という場所が、想像以上に一筋縄ではいかない「強固な共同体」であることを、朝餉の湯気の中で痛感していた。

(……この夫婦、もし俺がヘマをしたら、一瞬で消されるかもしれないな。とびきり笑顔で)

源四郎は引きつりそうな頬を無理やり笑みに変え、食卓の席についた。

伊達家の平和な朝餉は、実は冷徹な権力争いの延長線上にある……

それを悟ったのは、箸をつけた後のことであった。

広間の空気が、突如として冬の蔵王の吹き下ろしのように凍りついた。

襖が開けられ、そこに現れたのは輝宗の妻、義姫であった。

その身のこなし、纏う気品は紛れもなく奥羽の名門・最上家の血筋を感じさせるが、同時にその瞳には、周囲をねじ伏せるような鋭い刺が宿っている。

「……おはよう、皆の者」

その声が響いた瞬間、政宗が僅かに眉をひそめ、小十郎がわずかに視線を逸らした。

藤五郎と左衛門も、先ほどまでの活気が嘘のように、彫像のように硬直する。

「「「………おはようございます、御母堂様」」」

「……おはようございます、母上」

「おはようございます、大方さま」

皆一様に頭を下げるが、その挨拶には、どうしようもない距離感………

あからさまに言えば「厄介なのが来た」という隠しきれない倦怠感が混ざり合っていた。

源四郎も素早く箸を置き、丁寧な所作で頭を垂れる。

「御屋形様の御台様とお見受けしまする」

義姫が、鋭い視線を源四郎へと向けた。

「む?」

「それがしは信州信濃は小県が国衆、真田安房守が三男、源四郎と申しまする。この度、政宗様の馬廻りを拝命致しました故、以後お見知りおきを」

源四郎は顔を上げず、努めて従順な下級武士を演じる。しかし、義姫の反応は冷淡そのものだった。

「……殿から聞いております。武田の遺臣の三男……信濃の山猿かと思えば、これはなかなか。……殿をよく支えるのですよ。では、私は部屋で朝餉を取りますゆえ……」

それだけ言い捨てると、義姫は政宗を一瞥することもなく、広間を後にした。

去り際の背中からは、「この場の全員が気に入らない」という無言の圧が漂っている。

(……ったく! 誰が山猿だ、このクソババアが!!)

源四郎は内心で毒づき、噛み殺すように奥歯を鳴らした。

(何だよあの態度は。政宗様へのあの視線……歴史書の定説通り、この家は『火薬庫』っていうより『毒ガス室』に近いな。下手に近づけば、俺まであのババアの機嫌次第で消し飛ばされかねないぜ)

静まり返った広間で、再び箸を手に取る源四郎。

しかし、先ほどまでの和やかな空気は霧散し、伊達家の内情という、戦場よりもタチの悪い「泥沼」を垣間見てしまった。

政宗が「……気にすることはない」と小さく呟き、再びめごの方へと視線を戻す。

その横顔には、母に対する複雑な感情と、それ以上に深い「諦念」が滲んでいた。

(……やれやれ。俺が火薬の配合より先に学ばなきゃいけないのは、この屋敷の『生存術』かもしれないな)

源四郎は、冷めかけた飯を口に運びながら、伊達家という巨大な権力の綻びを冷ややかに見つめていた。

「……ったく、態度わりぃよな。伊達に嫁に来たくせに、まだ『妾は最上が姫君ぞ!』ってか?()()がたったババアがよ!源四郎、お前もそう思うだろ?」

隣に座っていた藤五郎が、こともなげに物凄い暴言をボソリと漏らした。

「ぶっ!?」

そのあまりの無防備な愚痴に源四郎は思わず箸を落とし、吹き出しそうになり…血の気が引く思いで慌てて藤五郎を小突いた。

「ちょ、藤五郎様!? 口を慎んでくださいまし!ここは広間ですよ!?」

源四郎は必死に視線を泳がせる。

いくら藤五郎が政宗の従兄弟とはいえ、将来の主君が母である御台所を公然と「態度が悪い」、「とうがたったババア」と罵るなど、本来であれば即打ち首になっても文句は言えない。

ましてや、その母から生まれた当の政宗が目の前にいるのだ。

「……聞こえておるぞ、藤五郎。ま、いつものことではあるがな」

政宗は涼しい顔で汁を啜り、何事もなかったかのように付け加えた。

「源四郎、そう泡を食わんでよい。こやつは口から先に生まれたような男だ。放っておけ」

政宗の反応は、拍子抜けするほど淡泊だった。

怒るどころか、母の振る舞いを「天気の話」でもするように受け流している。

(……あれ? おかしいな)

源四郎は混乱する。

(史実だと、政宗様って母君に愛されたくて空回りしてるマザコン気質って話じゃなかったか? 毒殺未遂事件まで起きるくらいの……。でも、目の前の政宗様は、母に対して執着も未練も感じてないみたいだぞ?)

歴史書や後世のドラマでは「悲劇の親子」として描かれがちな二人の関係。

しかし、今の政宗の瞳には、母への情愛など欠片もなく、ただ「コントロール不能な困った親戚」を見ているような、冷めた諦念だけが宿っていた。

(やっぱり、歴史書なんてアテにならねぇな……。現場に来てみりゃ、現場の空気は全く別物だ)

源四郎は、政宗のその「冷めた眼差し」に背筋が寒くなるのを感じた。母を愛していないのではない。母の愛を端から諦め、政治的な駒として、あるいはただの厄介者として切り離すことで、自分を守っているのだ。

「……ははっ、ご無礼をいたしました。どうも、奥州の風習にはまだ慣れぬものでして」

源四郎が引きつった笑みで返すと、政宗はニヤリと不敵に笑った。

「慣れる必要もない。……源四郎、俺が欲しいのは『()()()()()()()()()()()()()()()()』ではない。俺がこの奥州で、どういう生き様を刻むのか。……それを隣で見て、必要なら俺の背中を蹴り飛ばすような男だ。お前ならできるだろう?」

政宗の言葉は、母への嫌悪を飛び越え、源四郎の「冷徹な本性」を鋭く突いていた。

この朝餉の食卓は、ただの食事の場ではなく、伊達という巨大な怪物による「忠誠の確認」の場であった。

源四郎は箸を握り直し、改めて政宗と視線を合わせた。

「……御意。それがしの外道、政宗様のためならば、地獄の業火にでも捧げましょう」

その言葉に、政宗は上機嫌に笑い、めごは静かに茶を勧める。藤五郎に左衛門、小十郎もいつの間にか会話に戻り、朝の柔らかな日差しの中で、何事もなかったかのように食事を再開した。

そんな折、朝餉の場に突如として、トテトテという足音が響いた。

「あにうえ〜♪あねうえ〜♪」

襖の隙間から現れたのは、あどけない顔立ちの稚児であった。

その姿が見えた瞬間、先ほどまでの義姫による「毒ガス」のような重苦しさが嘘のように消え去り、広間は一気に春の陽気のような華やかさに包まれる。

「おぉ小次郎!おはよう!!」

「おはようございます、小次郎♫」

政宗は先ほどの冷ややかな表情を完全に捨て去り、満面の笑みでその小さな身体をひょいと抱き上げると、自分の膝の上に座らせた。

藤五郎も左衛門もそして小十郎も、どこかデレデレとした表情で、「おはようございます、小次郎様」と声をかけている。

(小次郎……伊達小次郎!?見たところまだ五歳ってところか……。天正六年生誕説、マジだったのかよ!?)

源四郎は目を丸くしてその光景を眺めていた。

歴史書通りならば、この愛くるしい小次郎は、やがて政宗との間で骨肉の争いを繰り広げ、悲劇的な最期を遂げるはずの弟だ。

だが、今のこの空間に漂うのは、あまりにも無垢で幸福な兄弟の絆であった。

小次郎は政宗の膝の上から、不思議そうな顔で新入りの源四郎をじっと見つめ、幼い声で問いかけた。

「……誰?」

源四郎は慌てて膝をつき、恭しく頭を下げた。

「あぁ!これは失礼つかまつりました。政宗様が弟君、小次郎様とお見受けします。それがしは信州信濃より参った新参の家臣、真田源四郎と申します。以後、お見知りおきを」

「……しなの!? あの山々が綺麗でお蕎麦の美味しいところ!?」

小次郎の瞳が、宝石のようにキラキラと輝き出す。

伊達家の男児として米沢の城内に厳重に守られ、まだ広い世界を知らぬ少年には、「信濃」という響きが、果てしない冒険の地のように聞こえたらしい。

「ははは。すまぬな源四郎。小次郎はまだ、この米沢より出たことがなくてな。……めご共々、信濃の話を聞かせてやってくれぬか?」

政宗の目尻が、幼き弟を見つめる兄のそれとして柔らかく下がっている。

「ははっ。……(そりゃ、これだけ歳が離れてりゃ、政宗様も猫っ可愛がりするわけだ)」

源四郎は内心で、またしても歴史の記述との「温度差」に納得していた。

ドラマなどで描かれるような血なまぐさい政宗と小次郎の対立の影など、ここには微塵もない。

あるのは、一人の優しい兄としての政宗の姿だけだった。

源四郎は信濃の蕎麦の話をしながら、膝の上の小次郎の愛らしさと、それを慈しむ政宗の眼差しを交互に見ていた。

その光景は、源四郎の心の奥底にある「真田の兄弟」の記憶を強烈に呼び起こした。

(俺も末っ子だから痛いほど分かる……。普段は兄上と喧嘩して、ドロップキックの応酬やキーロックやキャメルクラッチの掛け合いだので泥だらけになってるけど、やっぱり兄弟ってのはいいもんだよな)

源四郎の脳裏には、故郷で揉み合った源三郎やいつも優しい眼差しを向けてくれる源次郎、茂誠の姿がよぎる。

そして同時に、歴史の記憶が冷や水を浴びせる。

このままでは、この穏やかな時間がいつか「悲劇」によって引き裂かれるという残酷な未来が、確かに存在していることを。

(この【兄弟の情愛】が、戦国乱世の露と消えるなんてこと、あってたまるかよ!)

源四郎の胸中で、一つの昏い、しかし熱い【決心】が固まった。

(……よし! 輝宗公の「拉致・射殺事件」を未然に防ぐのはもちろん……小次郎様の「処断」も、俺が必ず阻止してやらぁ! それを成し遂げれば、政宗様にとって俺は一生頭の上がらない「命の恩人」になる。行く行くは……小県を丸ごと返してもらうための、【政宗様への最大の恩の押し売り】にしてやる!)

真田の知恵と外道の極意をすべて、伊達家の未来を「書き換える」ために使う。

それは伊達家への忠誠などではなく、自身の未来を切り開くための、極めて計算高い、しかしどこか人間臭い野望であった。

「……源四郎、どうした? 蕎麦の話が止まったぞ」

政宗の不思議そうな声に、源四郎は我に返った。小次郎が期待に満ちた目で源四郎を見つめている。

「……ははっ、申し訳ございません。あまりに小次郎様が愛らしく、つい我が弟のことを思い出しておりました」

「そうか。小次郎も源四郎の話が気に入ったらしい。また暇を見つけて話してやってくれ」

「仰せのままに」

源四郎は深く頭を下げた。

その顔は、先ほどまでの「山猿の従者」のそれではない。

伊達という巨大な駒を、自身の思い描く盤面へと誘導するための、「策士」の顔へと変貌していた。

(見てろよ政宗様。アンタが失うはずだったもの、俺が全部守り抜いてやる。その代わり、伊達の力は全部、真田のために使わせてもらうからな……!)

戦国最強の「お節介」かつ「外道」な守護神として、源四郎の伊達家攻略は、今まさに本当の意味で幕を開けた。

――二刻後――

――米沢城、謁見の間――

米沢城の謁見の間は、先ほどまでの穏やかな朝餉の空気とは打って変わり、重苦しい軍議の気配に包まれていた。

中央には輝宗が泰然と座している。

その傍らには政宗、そして藤五郎、左衛門、小十郎の三傑が控え、源四郎は一歩前へ進み出る。

「さて源四郎。まずは蘆名が手勢、その数は如何ほどと心得る?」

輝宗が射抜くような鋭い視線を投げかける。

ただの若造であれば気圧されて言葉に詰まるであろう威圧感。

しかし、源四郎はその視線を真正面から受け止め、肩をすくめてあっけらかんと答えた。

「1万1千……と言うところでしょうか。周辺の国衆の寄せ集めを含めてその程度かと。まぁ、黒川城の守備と各所の防衛を考えれば、向羽黒山城の奪還、あるいは我が方の進軍を阻むために動かせる兵力は、実質七千、でしょう」

即答であった。輝宗の眉がわずかに跳ね上がる。

「ふっ。流石はあの武田が謀将、真田安房守の倅というところか。その戦力の見立て、なかなか面白い」

輝宗は愉悦を含んだ笑みを浮かべる。

「して、勝算はあるのか?」

「もちろん♫」

源四郎は迷い一つなく胸を張る。

その表情には、朝餉で見せた道化のような雰囲気は微塵もなく、戦場の死臭を嗅ぎ分ける「冷徹な策士」の顔が浮かんでいた。

「まずは今頃……我が大叔父、矢沢頼綱と弟の源十郎が日に……そうですなぁ、六百は敵を削っておりましょう」

源四郎の淡々とした報告に、謁見の間が静まり返った。

「「「「六百!?」」」」

政宗が思わず身を乗り出し、藤五郎と左衛門は目を疑うように顔を見合わせ、小十郎でさえも眉をひそめて数字の真偽を測る。

向羽黒山城で防戦を担うわずか一隊が、一日で蘆名の兵を600も減らすなど、常識では考えられない。

そんな騒然とする家臣たちとは対照的に、当主・輝宗は余裕の笑みを浮かべていた。彼は源四郎を値踏みするように、深く頷く。

「……ほぉ。なるほどな」

輝宗のその態度に、源四郎は「流石は伊達の当主」と内心で評価を下す。

輝宗は既に、真田という異端が持ち込んだ「破壊の技術」について、黒脛巾組から報告を受けていたのだ。

「黒脛巾組より報告があった……『竹筒砲』に、『爆ぜる籠』……か?」

輝宗がニヤリと笑い、源四郎の懐を探るような眼差しを向ける。

「……いかにも」

源四郎もまた、隠そうともせず不敵な笑みを浮かべた。

――その頃――

――向羽黒山城――

向羽黒山城の郭内は、本来であれば敵の猛攻に晒される死地であるはずが、まるで別世界のような空気が流れていた。

ドォオオオオオン!!

城門下の広場に、【竹龍】の榴弾が突き刺さる。

続いて炸裂した【真田籠】が、無理に門を突破しようと門前へ延びる坂へと密集していた蘆名兵を、一瞬にして鉄の雨と熱風の渦へと叩き込む。

「ぐ、あぁぁぁッ!? 足が、俺の足がねぇぇぇ!!」

「痛い!痛い痛い痛いぃいいいい!臓物は……俺の臓物は何処にぃ……!」

悲鳴と肉の焼ける臭いが城壁を越えてくる中、陣屋の軒先では、源十郎がホクホクとした焼き芋を突き、頼綱がそれを肴に茶をすするという、あまりに不穏な光景が広がっていた。

「……じーちゃん。やっぱ兄様の言うように蘆名の連中、馬鹿なのかな? あんなに綺麗に門の前に集まってくれるなんて、礫打ちで野鳩落とすより簡単だよ??」

源十郎はのんびりと芋の皮を剥きながら、外の惨状をまるで人ごとのように評した。

「ほぉじゃのぉ。源四郎の言う通り、あの連中の頭の固さは戦の邪魔になるだけじゃ」

頼綱もまた、達人特有の泰然自若とした面持ちで、熱い芋を口に運ぶ。

敵がいくら攻め寄せようとも、この二人の守る郭内には一兵の雑兵すら足を踏み入れさせないという、絶対的な自信がそこにはあった。

そんな二人を尻目に、陣屋の作業台では、青ざめた顔の弥五郎がせこせこと弾頭の作成に追われていた。

「二人とも! のんきに焼き芋かじってないで、榴弾作り手伝って下され! 源四郎様が残してくれた玉薬(炸薬)の在庫がもう空なんです!アレつくれるの、源四郎様以外だと私しかいないんですから!!」

弥五郎の手元では、竹と紙で成形された弾頭が次々と組み立てられている。

中身は、まず弾尻の穴に火薬を噛ませた長いこよりを通し、次いでその上にすり鉢のように凹ませたペレット状の炸薬(造粒火薬)。

その上に、貫通力を高めるための銅と鉛の合金製ライナーを配置し、更に鋭利な鉄礫を敷き詰める。

最後に漆喰で丁寧に目張りをするその手つきは、もはや武士のそれではなく、凄腕の職人のようだった。

「弥五郎よ、そんなに焦ると爆ぜるぞ?」

「じーちゃん、それが爆ぜるのが兄様の狙いなんだから!」

弥五郎の叫びは、またしても城門外で響いた爆発音にかき消される。

蘆名の猛攻は続く。

しかし、向羽黒山城に鎮座するこの「真田の特殊部隊」は、敵の命を削るたびに、まるで工芸品でも作るかのような冷静さで地獄の兵器を量産し続けていた。

外の戦死者が増えるほどに、仮陣屋の中では、次世代の破壊兵器が着々と積み上がっていく。

源四郎の描いたシナリオ通り、この要塞は今や、蘆名軍にとっての「巨大な死刑台」と化していたのである。

――米沢城、謁見の間――

源四郎がさらりと語った「向羽黒山城の現状」……

敵兵の断末魔を肴に焼き芋をかじっているであろう身内の姿。

それを聞き終え、輝宗は数瞬の沈黙の後、腹の底から湧き上がるような哄笑を上げた。

「かっかっか! かっかっか!!」

その笑い声には、若き日の輝宗が奥州の覇を競った時のような、血肉踊る愉悦が満ちていた。

「げに恐ろしきは真田の(まこと)の武具、即ち【人】というわけか! 堅牢を極める【城守の達人】に、戦場を隅々まで見抜く【千里眼】ときたか! はっはっは、面白い!」

輝宗は膝を打ち、満足げに政宗を見やった。政宗もまた、父の反応に同調するように、眼光を鋭くして源四郎を射抜く。

「源四郎。お前が連れてきたのは、単なる火薬使いの一団ではないな。戦そのものを盤上の駒として支配する、紛れもない『毒』だ」

「過分なるお言葉。ですが政宗様、毒というのは使い方次第で良薬にもなりまする」

源四郎は涼しい顔で、さらなる追撃の一手を打つ。

「現に今、蘆名の兵どもは、城門前で互いに重なり合って『肥やし』となっておりますゆえ。……さて、この肥やしを次の『収穫』に活かすため、伊達の精兵を動かす準備……整えていただきましょうか?」

その言葉は、もはや提案ではなかった。

伊達家という巨大な猛獣の舵取りを、自分が握るという宣言に等しい。

謁見の間に漂うのは、血と硝石、そして権謀術数をごちゃまぜにしたような濃密な空気。

輝宗は、そんな源四郎の不敵な態度を全く嫌うことなく、むしろ愛おしそうに目を細めた。

「政宗。聞いての通りだ。この真田の若造に、我らの兵を預けるのも悪くないかもしれんぞ」

「御意。……藤五郎、左衛門、小十郎! 源四郎の指示を聞け。これより、我らは蘆名の本隊を食い尽くす!」

「「「御意!!!」」」

政宗の号令とともに、伊達の重臣たちが動き出す。

源四郎という名の()()が混入したことで、伊達家はかつてない速度で、奥州の頂点へと駆け上がろうとしていた。

――かかる後――

――米沢城門前――

伊達家の家紋が揺れる広場に、オリーブドラブを基調とした特務隊服を身に纏った源四郎が立った。

実戦を重ねた汚れが馴染んだその姿は、源四郎にとっては最高の勝負服であった。

しかし、華やかな伊達の装束に見慣れた面々には、どうしても物足りなく映るらしい。

「「「「源四郎、お前地味ぃ」」」」

政宗、藤五郎、左衛門、小十郎の四人が揃いも揃って肩をすくめる。

藤五郎は「もっと派手な陣羽織とか羽織らねぇのかよ!【特務隊】ってなぁ皆そんなんなのか!?」と笑い飛ばす始末。

だが…空気を一変させたのはめご、輝宗の傍らで見送りに来ていた小次郎の純粋な歓声だった。

「か、かっこいいい!」

その瞳は、まるで名刀を見つけたかのように輝いている。

「おおおおぉ……小次郎様! 分かっていただけますか!」

源四郎は顔を綻ばせ、藤五郎たちを横目に「ほら見ろ!」と言わんばかりにニンマリと笑った。

そして、小次郎がトテトテと小走りで駆け寄ってくる。

「あにうえ、げんしろぉ〜」

その幼い声に、政宗と源四郎は示し合わせたようにその場で膝を折り、小さな小次郎と視線の高さを合わせた。

三つの瞳が、無垢な幼子の顔を見つめる。

小次郎が、小さな両手を伸ばして、並んだ二人の頬を同時にペタ、と包み込んだ。

「……生きて帰ってきてね?」

約束というにはあまりに重く、祈りというにはあまりに純粋な言葉。

「「…………おう!(はい!)」」

二人の声が重なった。

政宗の力強い響きと、源四郎の少し柔らかい誓い。

その瞬間、二人の間に確かな「結束」が生まれた。

単なる主従や同僚ではない、同じ約束を守るための【同志】としての絆である。

源四郎は立ち上がり借り受けた軍馬に跨ると、背後に控える伊達兵団へ向かって短く告げた。

「各々方行きましょうぞ。……此度は少しばかり、会津の景色を真っ赤に染めてやりますぞぉ!!」

「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」

湧き上がる【鬨】の声。

重苦しい空気は消え去り、代わりに士気が爆発的な勢いで高まっていく。

小次郎の小さな手の感触を頬に残したまま、政宗と源四郎を先頭にした伊達兵団は、会津へ向けて凄まじい勢いで駆け抜けていった。

その背中を、輝宗は満足げに、そしてめごは微かな不安を隠すように見守っている。

小次郎という名の「神聖な楔」を打ち込まれた政宗と源四郎。

この約束が、果たして今後の歴史をどう歪めていくのか。会津へ向かう道中、源四郎の脳裏には、既に蘆名の首を掻き切る手順と、その先の輝宗の命を守り抜くための「外道の布石」が整いつつあった。

(待ってろじーちゃん! 源十郎! 弥五郎!)

源四郎の脳裏には、向羽黒山城の仮陣屋で、焼き芋をかじりながら不敵に笑う頼綱と源十郎、そして忙しなく弾頭を組み立てているであろう弥五郎の姿が浮かんでいた。

そんなみんなが築いた【蘆名兵の屍の山】という圧倒的な【戦果】の上に、自身は伊達家での足場を完璧に固めた。

(俺は伊達家仕官を成した! あとは、この蘆名を完全に叩き潰して……小県へ凱旋だ!!)

故郷を、小県を離れての薩摩への修行旅から始まった野望と硝石の匂いにまみれた日々。

しかし、すべては愛する家族と故郷、そしてみおのためにある。

政宗が先頭で馬を操り、源四郎はその後ろを影のように従う。

二人の背中には、先ほど交わした「生きて帰る」という約束の熱が、まだ肌に焼き付いていた。

蘆名の勢力を会津の地で根こそぎ刈り取り、その手柄を以て真田の名を天下に知らしめる。

源四郎の【血染めの就活】は、今まさに最終局面へと突入した。

そんな源四郎達が駆け抜けた先には、蘆名軍の断末魔と、新たな時代への火蓋が待っている。

瞳に宿る昏い光は、もはや迷いなどない。

伊達と真田、二つの獣が今、会津の地でその牙を剥く!!!


遂に対蘆名は最終フェーズへ!

次回を刮目して待て!!

※作者からのお願い※

幸いなことに今や本作は平均PV(日間)1000を超えるようになりました!これもひとえに読者の皆さんのおかげ…ですが!

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