其之二
――物資搬入より数日――
――真田の郷入り口――
平左衛門たち御用商団からの物資を運び入れ、必要量を支度し今日が向羽黒山城へ向けての出立の日。
が!
郷の入り口ではまたしてもと言うか、いつもの事と言うか…
一悶着起こっていた。
見送りに来ていたみお、そしてしのを前に…
「しぃのちゃああああああああん!」
源十郎の若き咆哮が響いたかと思うと、ためらいもなく、しのの柔らかな双丘に全精力を込めて顔を埋めた。
この僅かな間に随分と仲良くなったもんである。
対するしのも全く嫌がっておらずむしろ慈しんでいる節すらある。
…源十郎には母性をくすぐる何かがあると言うのだろうか?
「寂しいよぉ〜…やっぱり、しばらくしのちゃんと会えないの、寂しいよぉおおおお!」
しのの胸に顔を埋め、甘ったれる源十郎の姿。
これには源四郎も、苦笑いを通り越して乾いた笑いを漏らす。
(おいおいおいおいおい……! 俺はみおと薩摩へ赴く時に、別れを惜しんで半刻も互いの名を呼び合ったって甘酸っぱい歴史があるから、弟のこの直球勝負には何も言えない……と思っていたが、やっぱり見てるこっちが恥ずかしいな……げっ!)
源四郎が心中で盛大に身悶えし、顔を覆いたくなるのを堪えていると、横では源三郎がカッと目を剥いて拳を固めていた。
「……源十郎。貴様、戦へ行く前にその頭を冷やしてやろうか?」ワナワナ
源三郎の低く、殺気立った声が響く。
そんな中でも、しのは微動だにせず涙目で源十郎の髪を優しく撫でた。
が!次の瞬間、その瞳に「真田の女」としての冷徹な光を宿す。
「ぶ、文七ちゃん……いえ! 【源十郎】様!」
「へっ?」
唐突に引き剥がされた源十郎が、間抜けな声で顔を上げる。
しのは、お諏訪様(諏訪大社)に連なる神職の娘として、戦へ赴く男に相応しい厳格な視線を源十郎に叩きつけた。
「武士たるもの!出陣の際には、凛々しくあらせられませ! このしの、男らしくない殿方は嫌いです!」
「んなぁあああ!?」
言葉の刃に、源十郎はガクリと崩れ落ち、大号泣。
だが、そこは真田の女。
突き放すだけではない。
しのの指先が、源十郎の涙を拭い、耳元で甘い吐息を落とす。
「……帰ってきたら、こんな胸でよければ、またいくらでも顔を埋めて下さいませ♡」
その瞬間、源十郎の顔が沸騰したように真っ赤に染まった。
先ほどまでの泣き顔はどこへやら、鼻息を荒くして立ち上がる。
「……うおおおおお! 分かったよ、しの!! 俺頑張る!! 俺、向羽黒山の城壁なんて一発で吹き飛ばしてやるからな!」
アメと鞭を見事に使いこなすしのの手腕に、源十郎は完全に骨抜きにされ、やる気に満ち溢れた【おっぱい星人】として覚醒した。
その光景を見ていた源四郎は、みおと視線を合わせ、苦笑いを浮かべながら心の中で呟いた。
(……真田の女はチョロいのが多いらしいな。いや、チョロいというか、なんというか……結局はこうして男を転がしているんだから、真田の血筋そのものが一番の食えない策士かもしれない)
などと胸の内で吐露する源四郎とて…みおに頬を撫でてもらっていた。
お前ら、目くそ鼻くそか?
「源四郎様も、何故呆れ顔なのです? 先ほどから私に頬を撫でられて少し顔が緩んでいますよ?」
みおの鋭い指摘に、源四郎は「うっ」と言葉を詰まらせた。
「……いや、なんでもない。とにかく、俺は必ず勝って…伊達家家臣になって戻る!」
そんなやり取りを尻目に…
今回会津に赴く特務隊(弥五郎含め)総勢31名と昌幸が貸し与えた真田家本隊200名、総勢231名の兵達を源四郎共々率いるハズの矢沢頼綱、じーちゃんはうつむいていた。
「げんしろ〜」
「……ん?」
源四郎が振り返る。
そこにいるのは、かつて戦場で幾千の敵を震え上がらせたはずの老将・矢沢頼綱だ。
しかし今のその姿は、完全に「村の竹細工師の爺さん」そのものだった。
「……なにが悲しくて、儂ら農民だの竹細工師だのに扮して会津に向かわにゃならんのじゃ? 真田の精鋭だぞ、これ? 儂の腕は、敵の喉元を槍で突くためにあるのであって、竹の棒を束ねるためにあるのではないわ!」
頼綱は腰の竹かごを力任せに揺らし、ガラガラと鳴る音にさらに不満を募らせた。
「こんな格好で、道中の関所を通るのか? 『へいへい、竹細工いりませんか〜』とか抜かすと思うと、儂の腹の虫が収まらんのじゃ!」
源四郎は呆れつつ、小声で囁いた。
「敵に気取られるからに決まってんだろ! ちゃんと籠に入れたり荷車引いたりして武具や【火薬】も持ってくんだから気合入れろよじーちゃん!!」
「気合の問題じゃないわ! 武士の誇りの問題じゃ!」
「誇りなんて捨てろ! 戦場へ向かう時、一番の武器は殺気じゃない、誰の目にも止まらない『背景に溶け込む力』だ。レンジャーの教えだよ」
源四郎は頼綱の肩を叩き、強引にその背中に竹籠を食い込ませる。
「じーちゃんが最高に哀れな竹細工師になればなるほど、俺たち特務隊の説得力が増すんだ。じーちゃん、あんたの役作り次第で、この二百の軍勢が『ただの百姓の集団』に見えるかどうかが決まるんだよ」
頼綱は暫く、源四郎の顔と、手に持たされた竹細工の棒を交互に眺め、やがて鼻を鳴らした。
「ふん!お主がよく言う『れんじゃー』なるモンはよう分からぬが……竹の束ね方一つにも、真田の魂を込めろと言うわけか」
「そういうこと。……頼むよじーちゃん。会津の地で薩摩の火酒が美味く飲めるかどうかは、この『演技力』にかかってるんだからさ」
頼綱は観念したように、わざとらしく背中を丸め、よろよろと歩き出した。
その演技の完璧さに、周囲の特務隊員たちは思わず息を呑む。
「……ほれ、源四郎。儂のこの背中を見てどうじゃ。どこからどう見ても、腰の曲がった竹細工師じゃろ?」
「……完璧だよじーちゃん。その哀愁、本物だ」
源四郎は親指を立てる。
真田の郷の門前、華やかな別れと甘い恋路の裏で、老将の渋い農民ごっこが幕を開けた。
そうして「行ってくるぞー!」と二年と少し前、薩摩に赴く際にみおに掛けたのと同じ言葉で遂に一路会津へ向かう一団。
それを源三郎と並び見送る昌幸。
だがそんな父に怪訝そうな顔で源三郎が問う。
「……しかし良いのですか、父上?」
昌幸は飄々として、懐から取り出した干し柿を齧る。
「何がじゃ、源三郎?」
「な・に・が・じゃ……ではありませぬ! 出浦様を使い、佐竹と結んだこと、この源三郎が知らぬとお思いですか!?」
源三郎の詰問に、昌幸は「ほう」と僅かに口角を上げるだけで、驚く気配すら見せない。
そう、源四郎には「流言で佐竹を封じる」などと大層なことを言わせておきながら、昌幸は裏で昌相を密使として走らせ、佐竹義重との間で秘密裏に誼を通じさせていたのだ。
源四郎が蘆名を討ち、伊達の懐へ飛び込む【表の策】。
そして、伊達が源四郎を訝しみ仕官交渉が破綻した時、そっくりそのまま向羽黒山城ごと佐竹に源四郎を仕官させる【裏の保険】。
そうして昌幸は枯れ木のような指で顎髭を撫で、源四郎達が向かうであろう山々を見つめた。
その瞳には、すでに何里も先の奥州の盤面までが見えているかのような不気味な落ち着きがある。
「かっかっか! 何を言うか源三郎! あやつが向羽黒山城を落とせぬと言うことはあるまい。……問題は、あやつが城を落とした後に伊達家が向羽黒山城の功ごと源四郎を受け入れるか否かよ」
「……! つまり伊達が受け入れし時はそのまま佐竹との約定を反故にし、受け入れぬ時は源四郎を佐竹に仕官させる……と!?」
源三郎の問いに、昌幸は愉快そうに目を細めた。
しかし、意外にも返ってきた言葉は否定だった。
「……少し違うな」
「? どういうことです?? 蘆名を討ち、伊達の脅威を取り除いてやったとなれば、伊達も源四郎を拒む理由など……」
「源三郎、おぬしは物事を真正面から考えすぎる。佐竹との同盟はあくまで北条に対してのみのもの。伊達とのいざこざには、この儂も首は突っ込まん。源四郎の伊達仕官にしても佐竹には叔父上を唆し勝手にやったとでも言えばよい。」
昌幸はふっと冷笑を漏らす。
「源四郎とて、仮に首尾よく伊達家仕官をした後にそれを輝宗公あたりから『おぬしら、佐竹とも通じておったな?』と突きつけられた時は、わしの意図を汲んで……のらりくらりと躱すじゃろうて。あやつは、その辺りの立ち回りの汚さだけは、誰よりもわしに似ておるわ」
「……」
源三郎は、言葉を失った。
父は源四郎を信じているのではない。
源四郎という男の「底知れぬしたたかさ」を誰よりも理解し、それを前提として盤面を組んでいるのだ。
失敗しても成功しても、真田が利を得るように。
あるいは、真田の血がどこに流れても生き残れるように。
「……ははっ。敵いませぬな、父上にも源四郎にも」
源三郎は、先ほどまでの自分の義憤が、いかに青臭いものであったかを悟り、自嘲気味に苦笑した。
自分は真田の嫡男として「家の維持」に心を砕いているつもりだったが、目の前の父と、山道をゆく弟は、もっと深い、戦国乱世そのものを手玉に取るような……狂気の中にいる。
「心配するな源三郎。あやつが伊達の懐に入れば、伊達はもはや輝宗公とその倅、政宗だけの家ではない。真田の影に食い荒らされる家となる。……それはそれで、面白い眺めじゃろ?」
昌幸は踵を返し、郷の中へ向かっていく。
その背中はあまりに大きく、同時にあまりに冷徹だった。
残された源三郎は、弟たちの姿が見えなくなった山道を眺め、静かに呟く。
「……源四郎。死ぬなよ。父上の掌の上だろうと何だろうと、お前が帰らねばこの家は本当に……冷え切ってしまうのだから」
その頃…
――会津へ向かう山道――
一団の先頭で、源四郎は背後の山々を振り返ることもなく、ニヤリと口角を吊り上げた。
(今頃、兄上は父上に問い詰めてる頃だろうな。あの真面目な兄上のことだ、父上の『ダブルスタンダード』に胃を痛めてること間違いなしだぜ)
源四郎の脳裏には、史実という名の「地図」が広がる。
真田が生き残るために裏で佐竹と通じることなど、現代から転生した自身にとっては織り込み済みの予定調和だ。
(まあ、父上も狡猾だが……伊達家の連中だって食えない。もし輝宗公か、あるいはあの切れ者・片倉小十郎殿に『貴様の実家、佐竹とも通じているそうだな?』なんて詰問されたら……)
源四郎は竹細工の籠を背負い直し、空を見上げる。
(『おやおや、それは誤解でございます。父上のことですから、佐竹との約定は北条を牽制するためのみ。伊達家と佐竹家の事には、我が家は首を突っ込みますまい。……なにせ、真田の敵は北条、徳川、上杉と周り中にいますので』とでも言っておけばいい。……こんな涼しい顔をしていれば、いくらでも誤魔化せるさ)
そうふてぶてしく思考する源四郎の姿は、どう見ても「行商の竹細工師」ではなく、一国の運命を弄ぶ策士であった。
その横を歩く頼綱が、ふと源四郎の顔を横目で見る。
「……源四郎、おぬし、顔が締まっておるぞ。まるで『自分が全てを操っている』かのような、腹の立つ面構えじゃ」
「ん? 気のせいだろ、じーちゃん。俺はただ、会津で飲む火酒が楽しみで仕方ないだけだよ」
「馬鹿を抜かせ!元服もまだなおぬしになど飲ませるものか!!……まあ良い。真田の男がそのように不敵に笑っておれば、敵はそれだけで怯むというものじゃ」
頼綱が短く笑い、腰を叩く。
源四郎は内心でほくそ笑む。
父・昌幸は、息子たちが自分の掌の上で踊っていると思っている。
しかし、源四郎もまた、その父の【盤面】を、【歴史】という知識を持って攻略しているのだ。
(さて、父上。俺が伊達家でどんな【災厄】を振る舞うか……存分に期待しててくれよ。父上の想定すら超える【真田の華】、見せてやるからさ)
まさに、この親にしてこの子あり。
親子三代にわたる食えない化生たちの駆け引きが、蘆名・伊達・佐竹を巻き込む北の戦場へと、猛烈な勢いで収束していく。
一行は歩みを速める。
会津からの冷気が、これから始まる狂乱の宴を告げるように、源四郎たちの頬を鋭く撫でた。
そうして精強なる一団は歩を進め…
――小県出立より4日――
――蘆名領入口、関所――
蘆名領の玄関口たる関所に辿り着いた一行は、誰の目から見ても「長旅で疲弊しきった、うらぶれた行商人集団とそれにくっついてきた流民」そのものだった。
実際、精鋭中の精鋭たる真田特務隊の面々、真田本隊の兵たちは、泥にまみれながらも目の奥に冷たい光を宿し、まだまだ余裕を漂わせている。
だが、物理的な「足の速さ」と「農民演技の慣れ」という点では…源十郎と頼綱の二人が悲鳴を上げていた。
源十郎は、しのの胸を思い出して精神力だけで歩いてきたようなものだし、頼綱は「耄碌した竹細工師」を演じすぎて、腰の痛みと演技疲れが限界に達していた。
「げ、源四郎……そろそろ関所じゃが……ほんにおぬしに任せとけば……大丈夫……なんじゃろうなぁ……」
頼綱が、竹籠を地面にドサリと下ろし、肩で息をしながら怨嗟の籠もった眼差しを向ける。
「そ、そうだよ兄様……大丈夫なの?……関所の役人に見つかったら、俺たち竹細工師の格好のまま、真田の郷まで逃げ帰るんだよ……?」
源十郎も青ざめた顔になり、おぼつかない足取りで縋り付いてくる。
そんな二人の不安を余所に、源四郎は鼻歌まじりに懐から、又七郎が妙の手を借りて書いた、完璧な筆致の書状を取り出した。
それを軽く空中で踊らせ、源四郎は妖しくも自信に満ちた笑みを浮かべる。
「でーじでーじ♫ ……俺の薩摩弁、見せてやるって。」
「「……薩摩弁?」」
頼綱と源十郎の顔に、明確な「?」が浮かぶ。
真田の領土から出てきて、なぜ奥州の関所で薩摩の言葉を使うのか。
頭がどうにかなったのではないか、という疑念が二人の眼に宿った。
そんな二人を尻目に源四郎は検分役の蘆名が手勢の前に躍り出て言う。
「ご苦労さんでごわす、お武家どん。」
「むっ……その訛り、貴様、薩摩者か?」
「へぇ。よくご存じですとな、お武家どん」
源四郎は薩摩で島津豊久と過ごした日々を思い起こし、喉の奥から絞り出すような独特の抑揚で応える。
二年の歳月は、その血肉に確実に【薩摩】を刻み込んでいた。
「見たところ薩摩からの流れの竹細工師、それに……途中の信濃で加わった流民と言ったところか。会津へは何ゆえ?」
「へぇ。島津ん殿様ば命でよか籠ば編んでこと言われたとです。それに会津ん山はよか竹が生えちょると聞きもうして。あ、そうそう……」
源四郎は芝居がかった手つきで、背負っていた竹籠の奥から一瓶の酒を取り出した。
薩摩の火酒(焼酎)。
その強烈な香りが、検分役の鼻をくすぐる。
「薩摩ば火酒ですとよ、お武家どん。一杯やるとよかよ♪」
「なにぃ……薩摩の火酒? ほう、ならば飲ませてみよ」
検分役は怪しみながらも、喉を鳴らして一口あおった。
「かぁッ……! つよき酒よ! 間違いない、これは火酒だな!!!」
火酒の強烈なアルコールが、役人の警戒心を霧散させる。源四郎は畳み掛けるように、ニヤリと笑った。
「時にお武家どん。わいらん編み物ば技は【口伝】の技ですとに……」
「あ〜よいよい! 【口伝】なれば見られて困る仕事道具もあろう! 義久公とも知己の一団ともなれば疑いようもなし! 通ってよいぞ!」
あっさりと門が開かれる。
蘆名の関所は、南の島津という威光と、強烈な酒の力に屈した。
(……単純すぎ。ザル警備か、ターコ。こりゃこの先も余裕だな)
源四郎は心中でそう毒づきながら、深々と頭を下げる。
「へぇ。かたじけなかとな、お武家どん!」
一団は、他の関所番たちの羨望と呆れが入り混じった視線を背に受け、堂々と会津の地へと足を踏み入れた。
――更に三日後――
――向羽黒山城脇の山腹――
まだまだ冷たい日差しが降り注ぐ昼下がり。
向羽黒山城を俯瞰する城脇の山の中腹に、真田の一団は到着した。
「……ここだな。城を監視しつつ、街道への退路を一手に見下ろせる場所は。…多分本丸は使ってねぇだろ、城代どもの主な居場所はその下、城下にほど近い郭かな。」
そう言って源四郎が辺りを見回すと、源十郎は即座に周囲の地形、及び郭までの距離を確認し、頼綱はすでに周囲の木々や岩の配置を確かめ敵がこの陣へ攻め入る際の経路を予想し始めていた。
【高所に陣取る】。
これは現代戦でも通用する高低差のある戦地での常法だ。
源四郎は弥五郎たち特務隊員を呼び寄せ、簡潔に指示を飛ばす。
「いいか、弥五郎。城下に入り込み、城代の連中が俺の予想通り郭内にいるか、どんな兵数で守りを固めているか、徹底的に洗ってこい。俺たちはここに陣を張る。……いいな、夜までに完璧な仕掛けを完成させるぞ」
「了解!事後の行動に掛かります!」
弥五郎たちが敬礼した後、城下へ向かったのを見送り源四郎たちは斜面の、開けた一角で小屋掛けを開始した。
源四郎は竹細工師の商い道具を広げ、源十郎は手際よく竹材を組み上げていく。
頼綱は源四郎から借りた【竹龍】の弾頭を竹にあてがい、それが通る内径の竹を同じ長さで切り詰めていく。
これが【竹龍】の砲身となる。
「兄様、この配置なら郭に至る道の曲がり角まで完全に視界に入る。敵がどんな連中だろうと、どこに潜んでいようと、俺の【眼】からは逃げられない」
源十郎は汗を拭いもせず、無心に竹龍のパーツを組み上げている。
まだまだ数え10の幼子とは思えぬ手際の良さだ。
「ああ、頼んだぞ。弥五郎たちが戻るまでは、この【竹細工屋】の看板を崩すな。城代の連中が油断して船こぎ始める頃には、この山城全体があいつらにとっての墓穴に変わんだ…」
真昼の陽光の下、真田の面々はただの職人を装いながら、死の罠を一つずつ静かに支度していった。
山中には、竹を切るかすかな音と、時折吹く風の音だけが響いている。
すべては、夜の帳が下りるその瞬間のために。
――数刻後、夕暮れ時――
日が傾き、向羽黒山城の周囲が急速に闇に飲み込まれていく。
斜面の中腹に潜ませた即席の小屋の中では源十郎が、陶器製焼夷弾頭に菜種油を染み込ませたボロ布を入れ、蓋を漆喰で固める作業を終えたところだった。
頼綱は【竹龍】の砲身、その接続部の漆喰の硬化具合を最終確認し、無言で源四郎の傍らに控えている。
「……弥五郎、報告を。敵の総力はどれほどだ」
手勢共々、情報収集から戻った弥五郎が答える。
「敵兵の総数は500程度。源四郎様の予想通り、本丸は使っておらず麓近くの郭内に陣を張っている模様。ここ最近大きな戦もなく緩みきっています。攻め込むなら今夜が好機かと」
その言葉を静かに受け止めた頼綱と源十郎が、互いに顔を見合わせる。
この総勢231名で本当に倍以上の500の敵を制圧できるのか?
二人の表情には、僅かながら迷いと緊張が滲んだ。
「で、実際どうなんじゃ源四郎? 本当に勝てるのか?」
「そうだよ兄様?」
(まぁそういう反応するよなぁ〜…けど、心配いらねぇよ二人とも)
そう心中でごちると…源四郎は小屋の隙間から、篝火に照らされる城下の陣地を冷徹な目で見つめていた。
その視線には、戦場の高揚感も迷いも一切ない。
ただ、淡々と計算を済ませた者の瞳だけがあった。
「やれるさ」
短い断定。
しかし、その声は確信に満ちていた。
「……蹂躙となるけどな」
源四郎のその言葉が、夜の山間に吸い込まれるように響いた。
小屋の中の空気が一変する。
それは勝利の宣言ではない…ただの狩りへの合図だった。
そして夜の闇が深まる中、小屋の外へ出た源四郎は、会津の空を見上げながら、激しく脈打つ鼓動を抑え込んでいた。
(蘆名なんぞに、これっぽっちの恨みもねぇ。盛隆がどうなろうが、あの家の廃嫡騒動など俺の知ったことじゃねぇ。……だが)
源四郎の脳裏をかすめたのは、小県の温かな風景、第二の故郷とも言える薩摩の肌を焦がすような日差し、そして在りし日の安土の街並みだった。
敬愛する源次郎の優しい眼差し。
気心知れた親友、又七郎の笑い声。
そして、この乱世で出会い…同じ方向の未来を語りあった信長の、あの力強い言葉。
(兄様が大阪で散るなど、許せるか。又七郎が関ヶ原の露と消えるなど、あってはならねぇ。何より……)
源四郎の瞳が、静かに、しかし凄まじい熱量を帯びて燃え上がった。
(おっちゃん……信長公の掲げた民の解放、兵農分離という夢。その更に先……【民主主義国家樹立】と【自衛隊設立】。この国がただの殺し合いの果てに疲弊するのではなく、誰もが平穏に生きられる世を作る。その第一歩が、ここで挫けるわけにはいかねぇんだよ!)
未来の悲劇を塗り替えるための、これは必要不可欠な痛みだ。
今夜、500の軍勢を葬り去る行為は、単なる殺生ではない。愛する家族、この国の民、そして日ノ本そのものの「生存」を勝ち取るための、冷酷かつ論理的な処置。
だが、そんな源四郎の脳裏に「三河の狸」の面構えが過った。
途端、論理の仮面が剥がれ、滾る殺意が全身を駆け巡る。
(…盛隆だの蘆名だの、そんなものは時代の濁流の一部に過ぎねぇ。だが、その濁流を支配し、兄様の命を、友の命を、みおとの未来を、陰湿な算段の果てに踏みにじる……あの男だけは!)
不俱戴天の敵、徳川家康。
かつて浜松で言葉を交わした際、源四郎はその底知れぬ陰湿さを肌で感じてた。
共存などあり得ない、これは【決定事項】だ。
(父上に蟄居を命じ弱らせて死に至らしめ、兄様や又七郎を殺し、邪魔者を排除した奴が天下人としてふんぞり返る未来など、断じて認めねぇ…あの腐れキンタマダヌキ……いずれこの手で、地獄の業火にぶち込んでやる!!)
冷え切った夜風が頬を撫でるが、源四郎の体内では未来を焼き尽くさんばかりの熱い血が渦巻いていた。
今夜、ここで消すのは500の蘆名兵ではない。
徳川が支配する江戸の世の訪れに、断固たる【否】を叩きつける最初の一戦である。
源四郎は深く息を吐き出すと、殺気すらも消し去った「無」の表情へと切り替えた。
家族を想う少年の眼差しはもうない。
そこにあるのは、血染めの道を征くと決めた一人の「漢」の貌。
頬を強かに叩き、あどけなさを捨て去る。
未来を創るための「装置」へと自身を書き換える儀式。
(覚悟を……決めろ、真田源四郎。ここで手を汚さねぇ奴に、信長公の背中は追えねぇ)
小屋へ戻ったその瞳には、もはや一切の揺らぎがない。
頼綱と源十郎を振り返り、平然とした声で命じた。
「じーちゃん、源十郎。……夜襲を始める。蘆名の500、残らずここへ引きずり込むぞ」
その声は一人の小年、いや若武者が未来のために、自らの魂に火をつけた合図だった。
そんな源四郎の【覚悟】が伝播したのか…
二人が源四郎に応じる。
「………よかろう!!なんぞ思い詰めておったが覚悟は決まったようじゃな!!この老骨を使いこなしてみせぃ!!」
「いよいよだね兄様…。俺も!俺も精一杯頑張るから!!」
頼綱の力強い宣言と源十郎の決意に満ちた声が小屋の中に心地よい緊張感となって響いた。
源四郎は二人を見やると、ゆっくり竹龍に近づき……その砲口を指先でなぞった。
「ああ。二人とも、頼りにしてるぜ…さぁ!皆の者!支度をせよ!!【開戦】である!!」
源四郎は、愛する者たちを守るため!
また信長公の描いた未来へ繋がる第一歩として……あえてその手で血塗られた歴史を切り拓くことを誓った!
こうしてここに…
向羽黒山城攻略戦の火蓋が切って落とされる!!!
遂に始まる向羽黒山城攻略戦!
次回は凄惨な描写になるかも知れませんがお付き合い下さい。
次回を刮目して待て!
※作者からのお願い※
幸いなことに今や本作は平均PV(日間)1000を超えることも増えて来ました!
これもひとえに読者の皆さんのおかげ…ですが!
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