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信濃の修羅〜現代人の俺、存在しないハズの真田の三男坊として転生す〜  作者: ギュネイ山本
第六章【雌伏の時。源四郎、郷にて力を蓄えるの段】

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其之二

――【き章】作成開始より十日ほど後――

――真田の里、広場――

真田の郷の広場は、静寂に包まれていた。

しかし、それは緊張を孕んだ、研ぎ澄まされた静寂である。

「【部隊長】臨場。部隊気をつけ」

司会を務める繁蔵が、珍しく公的な口調で告げる。

今日は、郷の女衆が総力を挙げて仕上げた【レンジャーき章】の授与式である。

来賓には、真田家の家長たる昌幸と、嫡男の源三郎が揃って列席していた。

こういう変なところで格式を重んじ、軍隊の様式を郷の日常に持ち込むのが、良くも悪くも源四郎の癖であった。

だが、その滑稽さの裏にある「本気」を、真田の男たちは理解している。

「気をつけぇ!」

助教たる弥五郎の張り上げた号令が響く。

その瞬間、整列していた三十名の隊員たちが、一糸乱れぬ動作で不動の姿勢をとった。

広場に、大地を叩く乾いた音が一つだけ響き渡る。

その立ち姿からは、個々の足軽の面影は消え去り、鋼の意志を持った組織としての「圧」が漂っていた。

部隊長たる源四郎が、ゆっくりと隊列の正面へ歩を進める。

かつて安土で地獄を見たその眼差しは、今は静かな湖面のように澄んでいる。

源四郎は隊員たちの前で立ち止まり、深く息を吸った。

背後から昌幸が見つめる視線を感じる。源三郎が腕組みをして、その規律の高さに眉を上げているのも分かった。だが、今の源四郎に迷いはない。

「【部隊長】にた〜いし……かしら〜なか!」

弥五郎の号令が、夏も近い小県の風を切り裂いて響き渡る。

バッ!

三十の視線が、一点の狂いもなく源四郎の顔に吸い付く。その眼光は鋭く、獲物を狙う鷹のようであった。源四郎は背筋を正し、力強く答礼を返す。その動作には、かつて第一普通科連隊で叩き込まれた【練度】が、そのまま色濃く反映されていた。

「なおれ!」

バッ!

再び、乾いた音が一つ重なる。

瞬時に正面へ戻る動きは、まるで一体の巨大な生き物が動いたかのような錯覚を覚えるほどだ。

その一糸乱れぬ規律ある光景に、昌幸は満足げに目を細め、顎髭をゆっくりとなでた。

対する源三郎は、これまで見てきた「手のかかるやんちゃ坊主な弟」のイメージを覆され、目を見開いて硬直していた。

真田の郷に、軍隊以上の「組織」が完成していたことに、彼が抱いたのは驚愕という名の賛辞であった。

「【レンジャーき章】授与」

繁蔵が声を張り上げる。

「せいれーつ……休め!」

号令とともに、隊員たちがわずかに足を開き、力を抜く。それでもなお、彼らの背筋には一本の鋼の芯が通っていた。

源四郎は一歩前へ出た。

その手には、かかぁたちが夜なべをして刺繍を施した、真新しい【き章】の山が乗った盆が抱えられている。

一人、また一人と、隊員が源四郎の前に進み出る。

「……弥五郎、お前からだ」

「……はっ!」

弥五郎は震える声で応える。

源四郎がき章を手渡す。

周囲の隊員たちも、自分たちの番が来るのを、戦士としての静かな高揚感と共に待つ。

ただの布切れではない。

これは、自分たちが何者であるかを証明し、何のために死ぬことも厭わぬのかを示す、魂の紋章だ。

一人の授与が終わるたび、き章を手にした隊員が整列休めの態勢へ戻る。

彼らの顔つきは、授与前よりも遥かに重厚なものとなり、かつ誇りに満ちていた。

広場に隊員たちにき章を授与する為歩む源次郎の静かな足音と、男たちの熱い呼吸だけが満ちていた。

そうしてき章の授与が済むと…

「来賓、祝辞。部隊気をつけ」

繁蔵の声に続き、弥五郎の号令が大地を鳴らす。

「気をつけぇ!」

バッ!

三十名の隊員が、再び鋼鉄のごとき不動の姿勢へ戻る。

その様を見て、昌幸は一歩、また一歩と隊員たちの前へ歩を進めた。

昌幸が広場の中央に立つと、そこには領主としての圧倒的な覇気が満ちた。

弥五郎が精悍な敬礼を捧げ、昌幸がそれに応える。

「休ませよ」

「せいれーーつ、休め」

号令とともに隊員たちが再び「休め」の姿勢へ移行する。しかし、その動きに気の緩みは一切ない。

昌幸は隊員たちの顔を一人ひとり、値踏みするように舐めるように見回した。

その瞳の奥には、息子が持ち込んだこの異質な軍事文化に対する、深い興味と期待が渦巻いている。

昌幸はゆっくりと口を開いた。

その声は低く、しかし広場の隅々にまで届く朗々たる響きを持っていた。

「……源四郎より、おぬしらの在り方について話は聞いておる。己を極限まで追い詰め、技を磨き、仲間を守るためにその身を捧げる……まこと、狂気の沙汰よ」

昌幸は不敵に笑うと、隊員たちに向けて言葉を継いだ。

「だが、この戦国という乱世において、狂気こそが道を開く鍵となる。おぬしらがその手に受け取ったのは、単なる布切れではない。真田の郷を背負う、【牙】の矜持ぞ」

その言葉の重みに、隊員たちの表情が引き締まる。

源四郎の語るレンジャーの思想と、昌幸が戦場で見出した真田の流儀が、今この瞬間、完璧な調和を見せていた。

「この先、どのような激戦が待っていようとも、おぬしらはただの【駒】ではない。自ら考え、自ら動き、勝利を掴み取る【牙】となれ。以上である」

昌幸の言葉は祝辞というより、【命令下達】に近いものだった。

だが、その言葉を聞く隊員たちの瞳には、源四郎が伝えた「レンジャー」としての誇りと、領主に対する忠誠心が真っ直ぐに灯っていた。

真田の郷において、歴史上類を見ない、最も危険で、最も頼もしい精鋭部隊が、ここに正式に認められたのである。

――翌日――

――真田の郷内――

源四郎は、特務隊服に身を包み縄張りを終えたばかりの平地の前に立っていた。

そこでは額に汗をかき真新しい木材を運び入れ、土を突き固める特務隊員たちが。

そう、源四郎指揮のもと、ここに【特務隊詰所】を普請するのである。

傍らで、兄・源三郎がその光景を静かに見つめていた。

源四郎は少しだけ肩をすくめ、申し訳なさそうに視線を泳がせる。

「……ごめんね、兄上。こいつらにも武具の手入れや、まとまった蔵が必要でさ。また帳簿付けで父上や三十郎共々迷惑かけちゃうけど」

そう言いながら源四郎はつい昨日、胸に付けさせたばかりのき章を撫でしおらしくする(無論みおに縫ってもらった)。

自ら組織したレンジャー部隊【真田特務隊】という異質な集団。

その運用に要する経費が、いくら【石鹸】や【羽毛どてら】で儲けているとはいえ、真田の台所を圧迫するのは重々承知しているからだ。

源四郎のモジモジとした沈黙を破ったのは、兄の低く、穏やかな声だった。

「……あれほどの鍛錬を積んだ者共だ」

源三郎は、昨日の授与式で見た光景を回想していた。

号令一つで一糸乱れぬ動作を見せ、何よりその瞳に宿っていた、猛禽のごとき鋭さと源四郎と真田への忠誠心。

「戦場において、武具とは命そのもの。それらを守り手入れする為の場を整える金であれば、これは『迷惑』などという類のものではない」

兄は源四郎の肩にそっと手を置き、せっせと普請に勤しむ隊員たちを見やる。

「源四郎、お前が育てたこれなる者たちは、これからの真田の【背骨】になる。……【き章】をしつらえる以上に必要な金だ。遠慮などするな」

その言葉には、ただの兄弟としての情愛を超えた、次期当主としての信頼と、弟の才覚への確かな期待が滲んでいた。

「へへっ、ありがとう兄上……!」

源四郎の顔に純粋な笑みがパッと広がった。

それまで背負っていた【部隊長】としての面構えが抜け落ち、年相応の少年に戻る。

「うむ。時に源四郎……そろそろ繁蔵のところへ顔を出した方がよいのではないのか? なんぞ新しい武具を作ると、あ奴が息巻いておったぞ」

「あ! そうだった!!」

源四郎は掌をポンと叩いた。

【自衛隊設立】という巨大なパズルのピースが、また一つ噛み合ったような高揚感。

「じゃあ兄上、そろそろ大工も来るだろうから……」

「よい、立ち合いは任せよ」

兄の頼もしい背中を見届け、源四郎は「頼んだよぉ!」と言うと、地面を強く蹴った。

土と木材の匂いが混じる郷の道を、源四郎は疾風のごとく駆け抜けていく。

目指すは、【天才】にして【浮気と土下座の名手】たる繁蔵の工房!

――繁蔵の工房――

「おっ。お待ちしておりましたよ、源四郎様」

繁蔵はニコリと微笑み、片手で愛想よく手を振った。

その足元には、数枚の書き損じの図面と、昨晩の不始末を詫びた際にでも使ったのか、綺麗に擦り切れた膝の跡がついた袴が転がっている。

「おぅ。で……【試作】は出来たか?」

源四郎は問いかけながら、工房の奥へと視線を走らせた。

そこには、戦国期の鍛冶師が作る武具とは明らかに一線を画す、無骨な【筒】が横たわっていた。

前世、第一普通科連隊で厳しい検閲等を超えてきた源四郎にとって、それは見慣れた、そして懐かしい友の形——携行迫撃砲のプロトタイプだった。

「ええ、見てくださいよ。この肉厚の鉄筒てっとう。重さは……まあ、【特務隊】の連中なら、担いで走るくらい朝飯前でしょうな」

繁蔵は鼻を鳴らし、誇らしげにその筒を撫でた。

「弾の安定、それと速さ。おっしゃっていた『弾を投げるように撃ち出す』ための計算、あっしのやり方で強引に合わせましたよ!」

「……その中でまた女絡みでやらかしてふみに土下座かぁ?こりねぇな繁蔵ぉ。」

「あっ。わかります?」

源四郎は呆れつつも、その鉄筒に手を伸ばした。

ひんやりとした鉄の感触。

それは、真田の郷に、そしてこの戦国という時代に「曲射」という名の理不尽な死をもたらす、最強の暴力の具現化だった。

「……これだ。これがあれば、城壁も、敵の陣地も、屍の山に成り下がる」

源四郎の瞳に、レンジャーとして培った戦術的な冷徹さと、現代知識を戦国で解き放つ高揚感が宿る。

「繁蔵、最高だ!よくやった!!早速、練兵場で『射撃試験』を始めよう!!!」

――しばし後――

――真田の郷内、練兵場――

練兵場に轟いた、湿った重い発射音。

放物線を描いて飛翔した試作榴弾は、狙った標的の中心、その上空で木っ端微塵に炸裂、上手くエアバーストした。

「なーはっはっは!最高だなぁ、繁蔵ぉ♫」

…まるでタ●●●ロスのような笑い方で上機嫌に笑う源四郎。

薩摩仕込みの火薬調合は完璧だった。

かつて自衛隊の演習場で耳にしたあの轟音と震動が、この信濃の山中に再現されている。

だが、その高揚感は、射撃後の静寂とともに冷や水を浴びせられたように消し飛んだ。

「……待てよ」

源四郎の脳裏に、かつて任務で叩き込まれた【敵情分析】と座学の時間に学んだ【情報保全教育】がフラッシュバックする。

ここは演習場ではない。

密偵と影がうごめく戦国乱世の真っただ中だ。

「マズい……」

源四郎は顔色を変え、足元の「鉄筒」を睨みつけた。

第一普通科連隊で扱っていた装備品は、運搬時には厳重なカバーに覆われ、移動中も「何を持っているか」は秘匿されるのが鉄則だった。

ましてや、今のこの時代。

こんな特徴的な鉄の塊を背負った集団が街道を歩けば、各地の間者どころか、通りすがりの行商人ですら異変を嗅ぎつける。

「繁蔵……。俺たちは、とんでもない間抜けになるところだった!」

「……源四郎様?」

「こんなもんを背負って敵地に向かい闊歩してりゃ、一日も経たずに敵の耳にも、あちこちの間者の耳にも届いちまう。『真田に怪しげな筒を運ぶ者たちあり』とな…」

源四郎は頭を抱えた。

自衛官としての【運用】に頭がいきすぎて、この時時代の世相…

即ち【領地を一歩出れば民草に至るまで敵だらけ】と言う現実が抜け落ちていた。

現代なら車両にでも載せれば済む話だが、ここは馬と徒歩の時代だ。

「……弱ったなぁ」

源四郎は頭を抱え、重苦しい溜息を吐いた。

せっかくの火力も、敵にその正体が割れてしまっては奇襲もへったくれもない。

「鉄の塊、それも筒状のものを背負って歩く」というのは、軍事的な自殺行為に等しかった。

そこへ、騒がしい足音が近づいてきた。

「「「げんしろ〜さまぁ、何やってんのぉ〜!」」」

郷の子供たちが数人、野原を駆け抜けてくる。

扱ってるものが扱ってるものなので険しい表情を作り、子供たちを制そうと声をかける源四郎。

「こら! 今は火薬を使ってんだ。不用意に近づ……ん?」

言いかけた言葉が止まった。

子供たちが手にはしゃいで持っているもの。

それは、源四郎が以前娯楽用にと、この郷の竹を使って作ってやった【水鉄砲】だった。

「おぉ……お前ら、それ、まだ持ってたのか。大事にしてんだな♫」

「「「うん! すっごい勢いで水が出るから面白いんだ! ありがとう、源四郎さま!!」」」

子供たちは無邪気に笑い、勢いよく水を噴き出して駆け回る。

その屈託のない光景を見つめながら、源四郎の脳裏に閃きが走る!

(……待て。竹筒、か)

源四郎の眼光が鋭く変わる。

竹。

それは軽量で、どこにでもあり、そして何より【ただの農具や日用品の材料】にしか見えない。

源四郎が第一普通科連隊で叩き込まれたレンジャーの真髄は、現地調達と極限の隠密性だ。

「……そうだ。なんで全部を鉄で造ろうとしてたんだ?」

源四郎は地面に転がる鉄筒と、子供たちの竹製水鉄砲を交互に見比べた。

強固な圧力に耐えなければならないのは、薬室、つまり基部だけだ。

それさえあれば、肝心の砲身部分は……。

「繁蔵! !」

「へ? なんでございますか源四郎様?」

「基部だけを鉄で造り、砲身は【竹筒】にする! 敵地に入ってからその辺の竹林で切り出した竹を砲身として差し込み、使い終わったらその場で破棄する! これなら移動中はただの鉄の鉢…いや、籠にでもしまっちまって運びゃ誰にもバレねぇ!!」

源四郎の言葉に、繁蔵は目を見開き、やがて笑い出した。

「はははっ! さすがは源四郎様、相変わらず悪知恵が回りますな! ……いや、これは素晴らしい。戦場で捨てられる大砲ならぬ【使い捨て竹筒砲】……! どこの間者や敵兵が、竹林からそんなものが飛び出してくると想像できますか!」

源四郎は目を輝かせ、先ほどまでの沈鬱さを吹き飛ばした。

【レンジャー】の、【自衛隊】の戦術は、この戦国という時代において、既存の武士たちの常識をことごとく粉砕する。

「よし !繁蔵!!今夜は徹夜だ!!」

「え゛…」

「露骨に嫌そうな顔すんな!」

こうして真田の郷に、少年の遊び心と、古強者の冷徹な戦術が混ざり合った、新たな武器が産声を上げようとしていた。

――更に幾日か後――

――繁蔵の工房――

「っつしゃあ! 出来ましたぞ!!」

繁蔵が連日の徹夜、夜更かしで血走った目で叫び、作業台からその重厚な『基部』を持ち上げた。

見た目はただの大きめの…鉄製の【茶筒】のように無骨だが、その中心には精密な計算に基づいた燃焼室が設えられている。

源四郎は震える手で、その基部を手に取った。

「見事だ……。これなら、見た目はただの茶筒くらいにしか見えねえ…さっそく燃焼試験だ!」

――練兵場――

源四郎が向かったのは、練兵場の端、もっとも地盤が硬くい一角だった。

「ここでいい。……掘るぞ」

手にした鋤で迷いのない動作で土を突き崩していく源四郎。

レンジャーにとって、いや陸上自衛官にとって穴を掘ることは、呼吸をするのと同じほどに優先順位が高い生存行為だ。

ただの穴ではない。

「んでこれを載せて…」ドサッ

基部と同時進行で作らせた掩蓋(ありていにいえば蓋)を被せその入り口用と監視穴用の前後に作った大小切れ込みの周りに練兵場に作って置いておいた土嚢を乗せる。

身体をすっぽりと隠し、かつ覗き穴から射場を完璧に観測できる、精密なタコツボ陣地(どちらかと言うとトーチカ)が完成する。

「いいか繁蔵。火薬を使う以上、事故は【不可抗力】じゃねぇ。俺たちが【怠慢】をした結果だ。……その代償が【命】ってんなら気は抜けねぇ」

「えぇ、源四郎様の【安全管理】ってやつですね♫」

「……笑い事じゃねぇよ」

源四郎は表情一つ変えず、百メートルは先に据え付けた【基部】まで走る。

そこには、鉄製の台座と、火打石をセットしたフリントロック式の起爆装置が組み込まれている。

「へへっ♪これなら雨も湿気もお構いなしってね。」

源四郎は基部の角度を調整し、そこからタコツボまで、一直線に細引きを這わせた。

準備を終え、タコツボへと戻った源四郎は、掩蓋の覗き穴から射場を睨む。

距離、風向き、そして何より、周囲に誰もいないことの再確認。

更に繁蔵を安全地帯としてしつらえた土嚢の後ろに退避させる。

「……よし。準備完了だ」

源四郎はタコツボの中で腰を下ろし、指先に細引きを巻き付けた。

心拍数は一定。かつて異国の演習場で、実弾射撃を控えたときと同じ、静寂が支配する感覚。

「繁蔵、合図を出す。……いいか、これより燃焼試験を開始する。絶対に土嚢の後ろを離れるな」

「承知しました!」

源四郎は息を止め、一気に引き紐を引いた。

カチリ。

乾いた硬質な音が響く。

直後、空気が震えた。

ドォォォォン!!

タコツボの覗き穴から見える先で、基部からオレンジ色の火柱が天を衝く。

土煙が視界を遮るが、源四郎はその煙の向こうで、鉄の基部が衝撃に耐え、微動だにしていないことを確認した。

「……ッ、よし!!」

タコツボの中で、源四郎の拳が硬く握られた。

爆発の圧力と爆風はすべて基部の口側に逃げている。

基部の構造、チョーク火薬の量、そしてこの退避陣地の設計。

すべてが完璧に噛み合った。

そこへ…

「源四郎様ぁ〜。」タタタッ

弥五郎が【焼いたごく小粒の石灰石】を持ってやってくる。

「……言われた通り持ってきましたが、こんなものどうするんです、源四郎様?」

怪訝そうな顔で見つめる弥五郎。

源四郎はニカっと笑い、その無骨な鉄の基部を指差した。

「あ? 【漆喰しっくい】よ、漆喰。これがないと、この兵器はただの【鉄くずとそこらへんの竹筒】になっちまうんだ」

「しっくい……なんと、【漆喰】とはこう作るですか?」

「ああ。鉄と竹じゃあ、どうしても隙間ができる。火薬の爆発力は想像以上だ。この目地を完全に塞いで圧力を逃がさねえようにしねえと、発射の瞬間に竹筒が『スポッ』と抜けて、砲弾ごと空へ飛んでっちまうからな」

源四郎はそう言うと、持参したおいた石臼と重い磨り棒を手に取った。

ガラガラ、と小気味よい音を立てて、小粒な石灰石が砕けていく。

カルシウムと炭酸塩の結晶が、源四郎の執念で白く滑らかな粉末へと姿を変える。

そこに少量の水とこれまた持ってきてあった【漆】を加えると、粘り気のあるペーストが完成した。

「へえ、ただの石がこうも粘土のようになるのですか……」

弥五郎が感心したように覗き込むのを横目に、源四郎は手際よく鉄基部の隙間にその特製漆喰を塗り込んでいく。

現代の自衛隊で扱うような精巧なパッキンやグリスはない。

だが、戦国時代の素材を組み合わせ、物理的な理屈で隙間を埋め、気密性を確保する。

これもまた、自衛官が身につけるべき【創意工夫】の極みだった。

「これでよし。少し乾かせばカチカチに固まる。……弥五郎、これからは敵地で竹を切るたびに、現地でこの【目地材】を作れるようにしとけ。俺たちの砲の命は、この泥と貝殻に懸かっていると思え」

「……水と焼いた石灰石を挽いた粉、それに漆ですか。心得ました」

弥五郎は真剣な面持ちで頷き、その灰色のペーストを丁寧に塗り広げる。

ただの料理の残りカスが、戦局を覆す兵器の心臓部を固定する【接着剤】へと変わる。

その光景を見ていた繁蔵も、感嘆の吐息を漏らした。

「いやはや……源四郎様は本当に、【そこらへんにあるもの】で【武器】を作る天才だ」

「天才じゃねえよ。……生き残るための、ただの【知恵】さ」

源四郎はそう吐き捨てると、漆喰が乾くのを待つ。

真田の郷に、小さな、しかし確実に世界を変えるための【調整】が完了しようとしていた。

そしてしばし後…

「よし、乾いたな。したら……次はこれだ」

源四郎は持参した腰の袋から、繁蔵が丹精込めて叩き出した【鉄製の巻き簾】と、異様な形状をした【クリップ式の鉄輪】を取り出した。

竹筒の外側にその薄い鉄の巻き簾をピタリと添わせ、さらにその上から鉄輪を被せようとする源四郎。それを見た弥五郎は、困惑の表情で眉を寄せた。

「? 源四郎さま。その鉄輪、竹筒に巻き簾を重ねた厚みよりも、明らかに径が細いのではございませぬか? ……それでは、強引に嵌めようとすれば竹が割れてしまいます」

「まぁまぁ、ほれ」

源四郎はニカっと笑い、クリップ部分を指先でクイッと摘み上げた。

バネ鋼のような絶妙な弾力を持つ鉄輪は、その動作に合わせてグニャリと広がる。

「なっ……なるほどぉ! 鉄のしなりを利用し、輪を広げた状態で嵌め込むのでありますな!!」

「ご明察。これなら竹筒を傷つけずに強固に圧着できる。爆発の衝撃で竹が裂けるのを防ぐ、いわゆる【タガ】よ」

源四郎は広げた鉄輪を竹筒の所定の位置へスライドさせ、クリップから指を離した。

ガチリッ! と硬質な金属音を立てて、鉄輪は竹筒と巻き簾を食い込むほどの力で締め上げる。まるで最初から一体成型されていたかのように、竹筒は鋼鉄の鎧を纏った。

「すげぇ……。ただの【竹筒】が、まるで銃砲の砲身のような堅牢さを纏いやがった……」

繁蔵が感嘆の声を漏らす。

物理法則を味方につけ、あり合わせの素材を【兵器】へと昇華させる源四郎の手際は、すでに真田の家臣や民たちの度肝を抜くのに十分だった。

「これで心置きなく火薬を突っ込める。……さあ、弥五郎。準備はいいか? お前がレンジャーとして最初に目にする【迫撃砲】の運用だぞ」

源四郎の瞳に、かつて第一普通科連隊で見た【東富士】の景色が宿る。

単なる竹筒と鉄のタガが、真田の山に新たな時代の号砲を響かせようとしていた。

「んで弾薬! とりあえず今回は榴弾。これだ」

源四郎が取り出したのは、和紙を幾重にも重ね、丹念に油紙でコーティングされた風変わりな弾頭だった。

見た目は無骨だが、その手触りには計算し尽くされた硬度がある。

「んで、本来の最大射程は約百六十間。今日は練兵場の安全圏、その半分くらいで試したいから……よっと」スッ

源四郎は、弾尻に装着されたドーナツ状の【増強薬】を二つ、器用に指先で引っ剥がし併せて弾尻から延びる導火線も詰めた。

「弥五郎! そこに空の壺あんだろ? 取ってくれ」

「あっ、はい!」タタッ

蓋付きの壺をもって駆け寄る弥五郎。

源四郎はそこに、今剥がしたばかりの火薬の塊を丁寧に収めた。

「へぇ~、随分としっかりしてますな。余った分なんてその辺に放り捨てても良さそうなもんですが」

繁蔵が面白そうに眺めながら言うと、源四郎は鋭い視線を向けた。

「当たり前だろ? 火薬を扱ってんだぞ。特務隊にも教えたが、これは【しつけ事項】って奴だ。これが徹底できねぇ軍は、敵と戦う前に自滅する。な、弥五郎?」

源四郎の問いかけに、弥五郎は胸を張り答えた。

「えぇ。肝に銘じております。……【整理、整頓、清潔、清掃】。これが肝要でありますよね♫」

その言葉は、まるで軍隊の教範のように、練兵場の空気に凛とした規律を吹き込んだ。

ただの武芸に励む者共とは一線を画す、真田のレンジャーたち【真田特務隊】の規律。

それは、火薬という猛獣を飼い慣らすための、徹底した【管理能力】そのものだった。

源四郎は再び砲口へと目を向け、周囲に緊張を促す。

「弾薬装填。……俺たちが扱うのは武器じゃねえ、真田の命運だ。一粒の火薬、一滴の油にも、敬意を払え」

そうして弥五郎と繁蔵の二人は土嚢の陰へ、源四郎はタコツボの中へ。

「退避よいか〜!」

源四郎の鋭い声が、練兵場に緊張を走らせる。

「「退避よし!」」

弥五郎と繁蔵が、土嚢裏へと回り込み、身を潜める。

源四郎もまた、竹筒砲の横に設えたタコツボへ滑り込んだ。

「点火よ〜い……点火!」

源四郎が細引きを引き、フリントロックのハンマーを叩き落とす。

火打石から散った火花が口薬を捉え、鉄の基部で短い圧縮音が響いた瞬間。

ドーンッ!!

重厚な発射音と共に、竹筒から弾頭が天高く射出された。

ヒューン……という、どこか空を切る涼しげな風切り音。

弾頭は放物線を描き、練兵場中央に立つ敵陣の指揮官に見立てた藁人形かかしの頭上へ、吸い込まれるように舞い降りた。

バンッ!

空中で乾いた炸裂音が響く。

続いて、バリバリという小気味よい音を立てて、弾頭内に仕込まれていた鉄礫代わりの小石たちが、雨あられとなって周囲へ撒き散らされた。

「……ッ!」

爆炎が収まり、土煙が晴れる。

そこに立っていたはずのかかしは、もはや見る影もなかった。

胸部から頭部にかけて、小石の雨に抉られ、ズタボロの残骸となって地面にへたり込んでいる。

「よっしゃあああああ!」

誰よりも先に飛び出したのは、一番の被害者かかしを見ていた繁蔵だった。

続いて弥五郎が駆け寄り、無残に砕け散ったかかしの残骸を指差して笑う。

「見事! 見事です、源四郎様! まさかこれほどの精度で『空』から攻撃を降らせるとは……!」

源四郎は立ち上がり、安堵の息を吐きながら、まだ温もりを残す鉄筒の基部を愛おしそうに撫でた。

「ああ……完璧だ。弾の重さ、火薬の量、そして打ち上げる角度。すべてが噛み合った」

源四郎の脳裏には、第一普通科連隊で叩き込まれた【間接照準射撃】の基本が鮮明に蘇っていた。

目の前にいるのはかかしだが、次にこれを使う時は三河の狸(家康)や北条の陣か…はたまた()()()()()、あるいは強固な城壁の向こう側だ。

「よし、弥五郎。全隊員にこの【曲射】の感覚を覚えさせろ。真田のレンジャーは、もうただの野伏せりじゃない。……戦場の支配者になるんだ」

真田の郷に響いた最初の咆哮は、来るべき戦国乱世を震撼させる「革命」の産声でもあった。

「なれば源四郎様……」

そんな中、繁蔵が目を輝かせて問いかけた。

「ん?」

「これなる竹筒砲、名はなんと称しましょう? この破壊力、容易な運搬と陣の構築……只者ではありませぬ。歴史に名を刻む武具となること間違いなしでございましょう!」

源四郎は少し考え、ニヤリと口角を上げた。

「そうだな……竹の龍、【竹龍ちくりゅう】つーのはどうだ?」

「おぉ!」

「なんと勇壮なる響き! 格好がつきますな!」

弥五郎と繁蔵は顔を見合わせ、興奮を隠しきれない様子で声を揃えた。

自分たちが今、どれほど恐ろしい【技術】を生み出してしまったのか、その興奮に酔いしれている。

二人が新しい玩具を手に入れた子供のように竹龍を撫で回しているのを尻目に、源四郎はふっと視線を遠い空へ向けた。

(……これで一歩、俺は【屍の山】に近づいたんだけどな)

心の中で吐き捨てた言葉は、誰にも届かない。

かつて平和な時代でレンジャーとして訓練を積んでいた時、目標としていたのは【任務の遂行】と【仲間の生存】だった。

だが、この血塗られた時代において、自分が作り出したこの「竹龍」が撒き散らすのは、血と内臓と、数えきれない【死】だ。

(まあ……戦国の世の常ではあるがな)

源四郎は自分に言い聞かせるように、短く息を吐いた。

この時代に生を受けた以上、誰かを守るためには、誰かを殺す【兵器】が必要になる。

もし真田の血族を、この郷の民を、そしてみおを護り抜くという目的を果たすのなら、自分自身が【死を纏う者】になろうと、手を汚す覚悟はできているし、実際安土からの退き口でもうこの手は()()()()()()()()

「……さて」

源四郎は再び二人へ向かい、努めて明るい声で言った。

「感傷に浸ってる暇はねえぞ。次は【竹龍】専用の運搬用籠の設計だ。行軍後、いかに迅速にこれを取り出し、組み立て、射撃態勢に入るか。レンジャーの真価はそこにあるんだからな」

源四郎の背中は、すでに次の戦場を見据えていた。

竹龍という名の龍が、真田の郷から戦乱の世へ向けて、牙を剥き出しにして唸りを上げようとしている。






※ちなみに種子島(火縄銃)の有効射程(甲冑ぶち抜いて致命傷与えれる距離は)せいぜい27間半、約50m。

…そこ!チート兵器とか言わない(#・∀・)

さて、源四郎の軍拡(?)話はまだ続きます!

次回を刮目して待て!!

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