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信濃の修羅〜現代人の俺、存在しないハズの真田の三男坊として転生す〜  作者: ギュネイ山本
第五章【待っていろ家族よ!民よ!そしてみおよ!源四郎、信濃へ帰還すの段】

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其之二

――翌日――

――内城、謁見の間――

又七郎、妙へ帰郷の意思を伝え一夜明け…

島津四兄弟が内城に集うと聞きお目通りする源四郎。

そこには、薩摩の命運を握る四つの影があった。

島津義久、義弘、歳久、家久。

彼らが揃う場所には、平時であっても人を寄せ付けない重圧が満ちている。

源四郎は深く頭を下げ、昨夜の又七郎たちとの対話を経て研ぎ澄ました覚悟を胸に、信濃からの報せ……武田家の滅亡を淡々と、しかし一点の曇りもなく語り上げた。

静寂。

報告を終えた源四郎が顔を上げると、四兄弟は微動だにせず彼を見つめていた。

その眼差しは、情報の真偽を量る以上に、この若者が「なぜ我らに伝えたのか」という深淵を探っているようだった。

最初に沈黙を破ったのは、島津家の当主、義久だった。

彼は扇を膝に置き、深い慈悲と冷徹な政治眼を併せ持つ瞳で、源四郎を静かに射抜く。

「……よくぞ話してくれた、源四郎。」

その声は、蔵人佐が漏らすような情ではなかった。

遠くの嵐を眺めるような、あるいは盤上の駒の配置を悟った者が放つ、厳かな響きだった。

「武田という巨星が消えたことは、いずれ天下を大きく動かす。この薩摩の地まで届かぬ報を、おぬしが真っ先に持ち込んだ意味は重い。我らを信じ、この事実を共にせんとしたその心根、義久、しかと受け取った。」

義久の言葉には、客分に対する態度を越えた、一種の「同志」への敬意が混ざっていた。

彼は源四郎がただの真田の倅ではなく、戦国の世の奔流を一身に受けて立つ者であると直感しているようだった。

義弘、歳久、家久もまた、表情を崩さず、しかしその眼光に源四郎への評価を新たにする光を宿している。

「……武田が滅びた今、おぬしの帰るべき場所もまた、修羅の巷となろう。信濃の真田、そしておぬし自身の行く末……。源四郎、おぬしはこの報せを持って、我らに何を求めておる?」

義久の問いかけは、逃げ道をすべて封じるような、それでいて未来を委ねるような鋭さだった。

源四郎は背筋を正し、島津の長に真っ直ぐに向き合う。今、この瞬間から源四郎の「薩摩の客人」としての立場の終わりの始まりを告げていた。

その義久の問いに源四郎は四兄弟を見据え言う。

「さすれば………この源四郎のみならず【真田の家そのもの】との【(えにし)】をば。それがしの望みはそれだけにござりまする。」

それを聞いた義弘は豪放に笑い言う!

「【(えにし)】とな???がははは!!!何を今更!!おはんがこん島津ば伝えてくれた【古土法】、今やこの島津で花開き…ゆくゆくは伴天連どもから硝石ば買わんで済みそうな程ぞ?それほどのモンば教えてくれた恩人…今後とも付き合わん訳なかろが!だいたいおはんの家になんぞあったらそん時は家族連れ立って薩摩ば落ち延びて来るとよか!!歓迎すっど!!!」

義弘の豪快な笑い声が、内城の奥の間に響き渡る。

そのあまりの朗らかさに、張り詰めていた空気が一気に弛緩した。義弘は隣に座る義久に視線を向け、それからまた源四郎へと向き直った。

「……家族連れ立って、でございまするか。いやはや。」

源四郎の声が、かすかに震えた。

自身の知識で島津の兵站を支え、自らの剣で領内の治安を守ってきた。

その日々は、単なる【手土産】と【恩返し】のつもりだった。

だが、今の言葉はどうだ?彼らは自分の知識だけでなく、真田源四郎という男の行く末までを案じてくれている。

ここには、薩摩の風がある。

ここには、血の繋がりを超えた【信頼】がある。

源四郎の頬を、熱いものが一筋、伝った。

現代からこの戦国に産み落とされ、孤独と迷いを抱えて生きてきた自身にとって、それは【二度と戻れぬ故郷現代日本】に対する悔しさよりも、【この時代で得られた唯一の拠り所】に対する安堵の涙だった。

「………そのお言葉…この真田源四郎、生涯忘れませぬ」ツゥー

そして義弘の豪放な笑いが去った後、今度は歳久が、静かな口調で言葉を継いだ。

「あにょどんば言う通りよ、源四郎」

歳久は、扇を軽く広げ、その端で源四郎を指した。

その眼差しは、義弘のような情熱とはまた違う、冷徹な算盤を弾く者の光を湛えている。

「おはんのおやっどん、真田安房守の勇名はこん薩摩まで届いちょる。あの乱世を生き抜く老獪な才と、おはんの持つ異形の知恵……。そん安房守と島津が合力が得られれば、この日ノ本において島津は真に無敵ぞ?」

歳久はそこで一呼吸置き、わずかに口角を上げてみせた。それは戦術家の顔だった。

「遠慮はいらん。信濃が焼け野原になろうとも、真田の家はその才を活かす場所を選べる。……安房守に伝えよ。家族共々、島津ば来いとな。我らが薩摩の地で、思う存分にその才を揮わせてやる」ニヤリ

その言葉は、源四郎の【家族】という概念を、薩摩という領土全体へと拡張させるものだった。

源四郎は言葉を失った。

真田という小さな国衆の家系を、天下の島津がこれほどまでに評価し、迎え入れようとしている。それは、自分が薩摩で過ごした二年が、単なる【客人としての滞在】ではなく、真田と島津を繋ぐ【外交】の礎になっていたことを意味していた。

が…

歳久の提案に対し、源四郎は一瞬の迷いもなく首を振った。

拒絶ではない。

それは、島津への敬意を十分に込めた上での、【真田の決意】の表明だった。

「ありがたき御言葉、痛み入りまする歳久公」

源四郎は頭を垂れ、次いで、四兄弟一人ひとりの目を真っ直ぐに見据えた。その瞳には、薩摩で学んだ戦術や知識ではなく、真田の血に流れる【執念】が宿っていた。

「なれど! !我が故郷、小県は我が祖父・一徳斎が泥水を啜り、生涯をかけて取り戻した所領にございまする!!!」

源四郎の声が、内城の奥の間に力強く響いた。

「真田にとって、土地とはただの領土ではございませぬ。そこは先祖の墓があり、一族の血が染み込んだ場所。そこを捨てることは、父・安房守も決してせぬでしょう。……そして、それはそれがしも同じでありまする!!!」

部屋の中に、張り詰めた沈黙が走る。

弱小の国衆が、天下を狙う島津に対し、自分たちの「根」を否定させまいと宣言したのだ。傲慢とも取られかねないその言葉に、しかし四兄弟の表情は険しくはならなかった。

義久が、小さく目を閉じて満足げに頷く。

義弘は、まるで頼もしい後輩を見るかのような目配せを歳久に送った。

「……小県か。なるほど、真田がなぜあれほどまでに強くあるのか、今の言葉で分かった気がするわ」

歳久は、扇をパチンと閉じた。そこには拒絶されたことへの不快感など微塵もなく、むしろ「選ぶべき男を選んだ」という確信に満ちた表情があった。

「泥水を啜ってでも守る土地、か。真田の強さは、その執念にあるというわけか。……あにょどん、我らはとんだ策を弄しようとしたものだ。この男の魂を、薩摩に縛り付けることなど叶わぬようだな。」

源四郎は、その言葉に安堵した。

自分の誇りを否定されなかった。

むしろ、その誇りこそが島津の認める「真田の価値」であると証明されたのだ。

源四郎は、ここでもう一度、深く平伏した。

「この源四郎、薩摩でのご恩は、この剣と、この生涯をかけて報い奉りまする!!」

信濃へ還る。

その言葉に、もはや迷いはない。

源四郎が言い放った真田の矜持に、静かな余韻が漂う中、それまで黙して事の成り行きを見守っていた家久が、不敵に笑った。

「よくぞ言った、源四郎!!!」

家久は立ち上がり、大股で源四郎の前に歩み寄る。その瞳には、かつて戦場で死線を潜り抜けてきた者にしか宿らぬ、鋭くも温かい光があった。

「それでこそ我が倅、又七郎ば相棒よ! !!【家のために土地ば捨てるな】……今の言葉、わしの胸に痛いほど響いたわ。信念を曲げぬ者にこそ、島津の刃ば貸し甲斐があるというものじゃど!!!」

家久はニヤリと口角を吊り上げると言う。

「なればわしからは、とっておきの【餞別】ばくれちゃる」ニヤリ

「【餞別】……でありまするか、家久公? いったいどのようなものを……」

源四郎が問いかけると、家久は先ほどまでの豪放な空気を一転させ、悪戯を思いついた少年のように口元を歪めた。

「まあ、それはお主の出立の日ば待て。そこで渡しちゃる♫」

軽やかな調子でそう言い放つと、家久は満足げに腕を組んで背を向けてしまった。義久、義弘、歳久の三兄弟も、そんな末弟のやり取りを温かな、しかしどこか含みのある笑みで見守っている。

(なんだ、あの勿体ぶりは……)

源四郎は首を傾げた。

薩摩の者たちは、時としてこういう風に、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐな情を、少しだけひねった形で表現する。

それは照れ隠しなのか、あるいは、最後に源四郎を驚かせて送り出したいという、彼らなりの粋な計らいなのか。

「分かり申した。……出立の朝、必ずやその手を受け取りまする」

源四郎が深く一礼し、謁見の間を辞する。

廊下を歩きながら、彼は自分の胸の中で何かが小さく弾けるのを感じていた。

薩摩に来た当初、ここはただの【異国】でしかなかった。けれど今、この場所は自分の帰るべき、二つ目の故郷になろうとしている。

(又七郎、妙ちゃん。そして島津の四兄弟。……皆の期待、裏切るわけにはいかねえな)

窓から差し込む南国の陽光が、源四郎の頬を照らす。

あと数日で、この地を離れる。

出立の朝、家久が差し出す【餞別】が何なのか。それが単なる物なのか、あるいは自分の人生を変えるような何か大きな【意味】を持つものなのか。

源四郎は、旅路の準備を整えながら、不思議と晴れやかな気持ちで、その時を待つことに決めた。

そこからトントン拍子で帰郷の準備は進み…

――出立を翌日に控えた夜――

――内城広場――

あの日以来まともに話をしなかった又七郎に呼び出される源四郎。

「んだょ又七郎の奴…袋竹刀持ってこいだなんて。」

夜風が、広場の湿った草の匂いを運んでくる。

暗がりの内城広場に源四郎が足を踏み入れた刹那!

ブンッ!

「ぬぉおおおおおおおおおおおおお!?」

空を切る袋竹刀!

又七郎の横薙ぎである!

「…………………………なんのつもりだテメェ?」

突然の横薙ぎを紙一重で避けた源四郎は、即座に間合いを取り、袋竹刀を構えた。

暗闇の中、又七郎の瞳だけが獣のように鋭く光っている。

「あ? おはんとは石崎川の河川敷でん【決着】、あんちゃんのおかげでついとらんと思っての」

又七郎の言葉には、詫びる気配など微塵もない。

むしろ、源四郎の中に渦巻く迷いを、自分の刃で叩き出そうとする荒々しい情愛が満ちていた。

「……………………上等ぉ!」

源四郎が吠える。その声は、薩摩で溜め込んできた迷いを切り裂くような響きだった。

バッ、と踏み込む音。

二人の距離が一気に詰められ、袋竹刀が激しく火花……ではなく、鈍い衝撃音を夜空に響かせる。

ブンッ!! ドゴォッ!!

又七郎の突きは、相変わらず【雑】だ。

だが、その雑さの中に、源四郎の首を狩らんとせんばかりの絶対的な勢いが乗っている。

源四郎はそれを流しつつ、又七郎の懐へ潜り込んだ。今度は源四郎の番だ。

その剣は、軍略家らしく的確に相手の急所を狙う。

「甘いっ!」

又七郎は無駄なれど勢いある動きで竹刀を弾き、強引に距離を潰す。

これまで二人が重ねてきた、幾十、幾百の懸かり稽古。

だが今夜の一撃は、これまでとは全く違っていた。

技を競うのではない。

「おはん、そんな覚悟で信濃へ行って、本当に生き残れるのか!」という問い。

「おいがどれだけおはんという男を認めているか、分かっちょるんか!」という叫び。

それらが、竹刀を通じて直接、骨と筋肉に伝わってくる。

(………………ヤロー!又七郎の奴、分かってやがったんだな)

源四郎は、又七郎の荒い息遣いを聞きながら、口元に笑みを浮かべた。

蔵人佐に指摘された忌避感、武田の滅亡、みおへの誓い。

全てを抱えて、泥水を啜ってでも生きろと、又七郎は全身でぶつかってきているのだ。

「来い、源四郎!! おはんの迷い、今日ここでおいが全部叩き出したんど!!」

又七郎が雄叫びを上げ、渾身の突きを放つ。

源四郎もまた、持てる力の全てを込め、竹刀を振り上げた。

月光の下、二人の影が重なり、混ざり合う。

勝敗などどうでもいい。

ただ、この瞬間だけは、互いの魂の全てをぶつけ合わなければ、明日の出立は迎えられない。

薩摩の夜が、二人の魂の熱で焼き尽くされていく。

鈍い衝撃が、二人の手首から全身へと伝播する。

(……………ったく、また力任せに!)

源四郎が又七郎の振り下ろしをいなした瞬間、その視界の端に、あの日の光景がフラッシュバックした。

初めて佐土原の地を踏み、右も左も分からぬまま又七郎と殴り合い、家久と出会った日。

空挺体操でヒーヒー言っては、硝石蔵で顔を真っ黒にし腹を抱えて笑ったこと。

喉が渇いたと、冷えた松葉サイダーを二人で分け合い、青空の下で「将来、天下に名を轟かせるのは俺だ」と互いに吠え合ったこと。

そして、蔵人佐の道場で、お師さんの厳しい眼差しを背中に受けながら、死に物狂いで型を練ったあの日々。

どれもこれも、地獄のようなこの時代において、奇跡のような温かい時間だった。

「………忘れたとか! おはんが初めておいば竹刀を吹っ飛ばした時んことば!」

又七郎が叫ぶ。

その声の響きは、かつて石崎川のほとりで聞いた、若く瑞々しい少年のような熱を帯びていた。

(ああ、忘れるわけがねえ。俺を『客分』じゃなく、ただの馬鹿な相棒として扱ってくれたのは、いつだって又七郎、お前だった)

竹刀をぶつけ合うたび、二人の間にあった「迷い」という名の垢が、少しずつ、確実に削ぎ落とされていく。

源四郎は、又七郎の竹刀を力強く弾き飛ばす勢いで応じた。

それは攻撃ではない。

薩摩で得た誇り、そして又七郎という友への【感謝】を込めた、最大級の挨拶だった。

「おめぇの雑な太刀筋、一生忘れてたまるかよ!」

汗が飛び散る。

呼吸が荒れる。

だが、二人の顔には、いつの間にか晴れやかな笑みが浮かんでいた。

戦国の世で出会った、分不相応なほどに熱く、騒がしい青春。

それをこの最後の一戦に全て叩き込み、二人は信濃と薩摩という、果てしなく遠い別々の道へ還っていくのだ。

広場を吹き抜ける風が、二人の若武者の背中を、まるで薩摩の神々が送り出しているかのように優しく撫でていった。

そしてどのくらい打ち合っただろうか…

空が白み始めた頃、激闘の広場には静寂だけが戻っていた。

泥と汗にまみれた二人の若武者は、広場の真ん中で無造作に大の字になり、荒い息を夜明けの風に預けていた。

決着などつかなかった。

いや、つかなくて良かったのだ。

二人の命のやり取りは、そのまま互いの存在を確かめ合う儀式だったのだから。

又七郎が、空を仰いだままポツリと言った。

「……源四郎ぉ。生き残れよ」

その声は、いつもとは違う。

薩摩の荒武者としての強がりを捨てた、一人の友としての切実な響きだった。

「相手が三河の腐れキンタマダヌキじゃろうが、相模の汁かけ飯野郎じゃろうが、上杉じゃろうが……絶対じゃっど。俺たちがどれだけ稽古したか、おはんも分かっとるはずじゃ」

頬を伝う汗か、あるいは夜露か。

又七郎の目尻から、一筋の雫がこぼれ、こめかみへと吸い込まれていく。

源四郎は、その隣で小さく笑った。

又七郎が泣いている。

その事実に、胸の奥がぎゅっと締め付けられるような痛みを感じながら、源四郎もまた、瞳を潤ませていた。

「………ったりめぇだろうが、ターーーーーーーーーコ」

源四郎もまた、零れる雫を拭おうとはしなかった。

「お前こそ、俺より先に死ぬんじゃねえぞ。島津の剣として、またいつか……俺が信濃で天下を回した時に、一番槍を預けに来い」

「ははっ……天下、か。おはんらしか。」

暁の光が、二人の横顔を優しく照らしていく。

二人の夢は、薩摩を飛び出し、信濃からこの広大な日ノ本へと広がっていく。

「じゃあの、源四郎」

「ああ……行ってくる、又七郎」

立ち上がる体力さえ残っていないはずなのに、二人は同時に体を起こした。

どちらが先ともなく、拳と拳をぶつけ合う。

それは、ただの別れではない。

二人の魂が、この広場で確かに繋がったという証だった。

薩摩の夜明けは、あまりに眩しく、そして少しだけ、寂しい色をしていた。

――数刻後――

――内城、城門前――

城門前に整列した人々の前に、源四郎の姿があった。

義久、義弘、歳久、家久の四兄弟。

内城での厳しき指導を思い起こさせる蔵人佐と藤兵衛。

そして、昨夜の決闘の余韻をその身に残した又七郎と、静かに涙を堪える妙。

誰もが、源四郎の「信濃への帰還」が、単なる旅立ちではないことを理解していた。

惜別の言葉が次々と投げかけられる。

蔵人佐は「死ぬでない、ただそれだけぞ」と短く言い、藤兵衛は源四郎の肩を力強く叩いた。

又七郎は、あえて何も言わず、ただ噛み締めた唇で源四郎を真っ直ぐに見据えている。

その眼差しこそが、何よりも熱いエールだった。

その時、静寂を破るように家久が前へ出た。

彼の両手には、布に包まれた二振りの長物。

「源四郎、そいに又七郎。おはんらにこいば授ける!」

家久が布を払うと、朝陽を浴びて二振りの【刀】があった。

一振りは、戦場での実用性を極めた打刀。

もう一振りは、重厚な威容を誇る太刀。

家久が差し出した二振りの刀を受け取った瞬間、源四郎の手首が軋みを上げた。

「なんと……! ありがとうございまする、家久こ……って、重ッッッッッッッッッッ!?」

支える二の腕の筋肉を力ませないと保持出来ぬほどの、刀としては異常な重量。

隣にいた又七郎も、太刀の重みに腕全体を力ませ、「げ、源四郎! こっちの太刀もじゃ!」と悲鳴を上げる。

見た目は精々二尺強の打刀と、それより一回り大きい太刀に過ぎない。

しかし、その重さは明らかに常軌を逸していた。

(ば、馬鹿な!? この比重……まさか…!?)

源四郎は、周囲の視線を一瞬忘れ、無意識に刀を抜き放った。

鞘から現れた刃文は、見たこともないほどに硬質で、鈍く、しかしどこまでも深い闇をたたえた銀色をしていた。

(こ、これ…タングステン合金!?馬鹿な!この時代の溶鉱炉じゃ、この融点には絶対に届かない。……じゃあ、こいつは一体、どこから……)

源四郎が戦慄を隠しきれずにいると、家久が不敵な笑みを浮かべて近づいてきた。

「そん兄弟刀はな…鎌倉公の時代に打たれたこと以外、その出自は一切分からぬ【曰く付き】よ」

家久の指が、源四郎の持っている刀の鍔を撫でる。

「普通ん刀より倍はあろうかちう重さに、これまで誰一人として使いこなせる者はおらなんだ。だが、おはんらならば……この狂った重さを相棒ばできると踏んだんど」

家久は二人の目を見据え、その刀に宿る意味を告げた。

「打刀は【不落ふらく】。どれほど追い詰められようとも、決して落ちぬ。そして太刀は【不転ふてん】。敵を滅ぼすまで、決して転ずる(退く)ことなし。それが、我が島津が期待する、おはんら二人の行く末よ」

「不落………」

「不転………」

源四郎と又七郎、二人して息を飲む。

源四郎は、そのズシリとくる重みを、今度はしっかりと抱きしめるように握り直した。

持ち主の力量を試すかのような、傲慢なまでの質量。

だが、この【重さ】こそが、立ち塞がる敵が振るう常識の剣を、一撃で粉砕するための鍵となる。

「家久公……!!! 最高の……最高の餞別にござりまする!!!!!」

源四郎の背筋に、冷たい武者震いが走る。

現代科学すら凌駕する伝説の刀を手に、彼は信濃という名の修羅場へ踏み込む。

又七郎もまた、太刀を腰に帯びた瞬間、その重みに馴染むかのように肩をいからせた。

二人の若者の腰には、もはや単なる武器ではない。歴史の闇を切り裂き、未来を書き換えるための【くさび】が収まっていた。

「不落……か」

源四郎は呟く。

武田は滅びたが、真田は落ちない。

織田がどれほど圧倒的な力で押し寄せようとも、この一振りがその侵攻を物理的にも精神的にも粉砕する。

そうして【不落】を腰に差した源四郎は遂に信濃への帰路へ着く!!!

「では皆様……お達者で!」

源四郎は、喉の奥が熱くなるのを堪え、努めて明るい声で告げた。

薩摩の朝の空気が、彼の背中を力強く押し出している。

一歩、また一歩。

島津の四兄弟、蔵人佐、妙……そして、昨夜の決闘の余韻を背に宿したままの又七郎。

彼らの視線を全身に浴びながら、源四郎はまず堺の港への船が出る佐土原は美々津へと踏み出した。

その時だった。

「……げんしろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

背後から、地響きのような又七郎の叫びが叩きつけられた。

源四郎が驚いて振り返る。その顔には、昨夜の稽古で見せた以上の、ギラつくほどの闘志が宿っていた。

「あんちゃんの首、おいが取っても文句ば言うなよおおおおお!」

それは別れの挨拶ではなかった。

いつか天下の頂で相まみえ、互いの誇りをぶつけ合うための、果てなき約束だった。

源四郎は、腰に差した【不落】の重みを確かめ、口角をこれ以上なく深く釣り上げた。

「………へ! 言ってろ、ターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーコ!!」

再び前を向く。

拳を突き上げ、振り返ることなく歩き出す。

自分の歩む信濃への道は、決して平坦ではない。

しかし、今の源四郎の足取りは、薩摩で得た誇りと、又七郎という好敵手との約束によって、何物にも代えがたいほど力強く、速かった。

暁の光が、二人の背中を影のように引き伸ばす。

薩摩の門を潜り抜けた源四郎は、もはや迷いの中にいた青年ではない。

修羅を呑み込み、伝説の剣を携えた、真田の猛将としての第一歩を刻んでいた。

さあ、征こうか。

遠くで見守る又七郎の影が小さくなっていく。

源四郎はその背中に向かって小さく笑うと、信濃の空へ向かって大きく駆け出した。

薩摩の風が、彼の行く末を祝うかのように、強く吹き荒れる。

(……ったく、最後まで騒がしい奴だなぁ全くよ!!!)

又七郎の咆哮を背中で受け流しながら、源四郎の胸中には、薩摩の空とは異なる、信濃の冷たく澄んだ空気の記憶が蘇っていた。

(……帰るぞ。みんなが待つ、あの場所へ!!懐かしき小県へ!!!!)

自分の歩調に合わせて、腰の【不落】が規則正しく腰を打つ。

その感触が、自分をただの漂流者ではなく「真田の血を引く者」として引き戻してくれる。

(……みお。お前を泣かせるような時代に、俺は負けない!ぜっっっっっっっっっっっっっっったいにな!!!)

源四郎は、視界の先にある空に、今は亡き一徳斎や、信濃で必死に日々を生きる家族の顔を重ねた。

織田の軍靴が迫り、真田という小さな家の灯火が消えようとしている今、自分が持ち帰るのはただの戦術や知識ではない。

「不落」の誓い。

それは、たとえこの身が砕け散ろうとも、愛する者たちの日常だけは守り抜くという、己の魂を担保にした約束だ。

(父上、俺を信じてくれ。俺の手はもう、迷いの中にはない。……家族も、里の民も、そして何よりみおの笑顔も、俺がこの【不落】で守り抜く!!!!)

又七郎との約束。

島津との絆。

そして、何よりも自分を待つ者たちへの愛おしさ。

それら全てが、源四郎の中で渾然一体となり、巨大な熱源となって腹の底に座った。

深く息を吸い込む源四郎。

薩摩の潮風ではない、信濃の山々を越えてくるであろう乾いた風の匂いが、不思議と鼻腔を満たす気がした。

源四郎は、握りしめた拳に力を込める。

(ああ、絶対に負けねえ。誰であろうと俺の愛するものを奪おうとするなら、その心臓をこの【不落】で抉り出してやる……それが、この時代を生きる俺の愛だ!誓いだ!正義だ!!!)

振り返らない。

振り返る必要などない。

守るべき者たちの面影をその瞳の奥に焼き付け、源四郎は、修羅の道を往く覚悟を【愛と正義】で塗り固め、ただ真っ直ぐに駆け抜けた。

暁の光が、源四郎が踏み出したその一歩を、まるで戦旗のように鮮やかに照らしていた。

時に天正10年5月末。

時代のうねりは源四郎を、真田家を【本能寺の変】、そして【天正壬午の乱】へと誘う!!

果たしてこの先、源四郎が征くは【修羅の道】かそれとも【家族、そしてみおとの輝ける未来】か…

今はまだ誰にも、源四郎にすら分からない…

なれど!

源四郎に迷いなし!いざ征かん懐かしの小県!!


遂に信濃路へと歩み出した源四郎!

その行く手にあるのは果たして!?

次回を刮目して待て!!

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