其之一
――天正8年、7月――
――谷山の港――
ミーンミンミンミー
蝉の鳴き声響く薩摩は既に夏真っ盛り!
「あっぢぃいいいい…」
「かぁあ!なっさけないのぉ、これだから雪国育ちは…こんくらい屁でもなかっど??」
「言ってろ。だいたいなんでオメェはピンピンしてられんだ又七郎ぉ………。」
そのうだるような暑さに面くらう源四郎。
それに対し又七郎は「まだまだ暑くない」と言わんばかり。
「だいたいおはんは昨日の夜だって虫が入るちうに障子ば開け放ちおって!蚊帳などないと言うに!!」
「家久公にねだれって言ってんだろ!」
「阿呆か!おやっどんの寝所にもあるか分からん高級品をねだれるか!!」
そうこうするうちに二人は港に停泊中の御用船の横にたどり着く。
「うっはぁ!やっぱでけえな御用船!!」
「こんなんよく見るじゃろ…あ。そうか、おはんの郷里は海なかったの源四郎。」
「おうよ!だから船ってのは良いもんだよな!荷車なんかよりよっぽど早く、多くの物運べてさ!」
二人がそんな話をしていると…
「む?おぉ、又七郎に源四郎!」
「あ!これは歳久公、ご無沙汰しております。」スッ
「ご無沙汰しております、歳久叔父」スッ
荷捌きの陣頭指揮を執る歳久と遭遇する二人。
史実ではこういった交易の陣頭指揮等は家老や島津家お抱えの僧侶達の仕事ではあるが…
「(俺がみおと出会ったように歴史書や社会の教科書に書いてある事だけが真実…って訳じゃねぇもんなぁ。実際兄者に弟妹がいた記録は現代日本にゃなかったし。)」
そう源四郎がしみじみ思っていると…
「歳久公!あちらの品はどちらへ…っておぉ!若様ぁ!」
筋骨隆々、ともすると【海賊】のような風貌の男が又七郎に気付き軽く挨拶をする。
「んぉ!久しいの平左衛門!!息災じゃったか??」
「へぇ!おかげさまで!…ん?そっちの若いのは…あ!ひょっとして歳久公!?」
「うむ。先に話した【信濃よりの客人】…小県が国衆、真田喜兵衛殿が三男の真田源四郎よ。」
「やはり!」スッ
「へ?」
歳久の紹介を受けて源四郎の前まで近づき立膝をつく【海賊風の男】。
「お初にお目にかかりまする真田の若君。手前名を瀬戸平左衛門。この薩摩、いや島津の海運を取り仕切る頭にありまする。以後お見知りおきを。」
「!いや、これはご丁寧に。歳久公より聞いておりましょうが…それがしは武田家家臣にして小県が国衆、真田喜兵衛が三男源四郎にござりまする。」スッ
歳久より聞いているとは言え…家督も継げない、しかも元服もまだな自身に丁寧に挨拶する平左衛門にこちらもしっかりと挨拶し返す源四郎。
その佇まいはこの薩摩に至るまでに出会ったどの商人とも違っていた。
「なはは♫なんじゃ源四郎?普段とはまるで違って借りてきた猫じゃの?」
「うるせぇよ又七郎、これだけ丁寧に挨拶されりゃしっかりと返すわ。」
「ほぉ〜?普段は態度デカく人様を顎で使ったりするくせにのぉ??」
「あぁん!?てめぇこそ稽古となれば人様に遠慮なく打ち込んで来やがるくせに何言ってやがる!?」
「あぁ!?それはおはんの剣の腕がからっきしだからじゃろうて!」
「あー!てめぇそれ言いやがったな!今は丸腰って忘れてんなぁ!やっかコラぁ!」ザッ
「あん!?上等じゃあ!!おはんこそ日々自分でおいのこと【空挺体操】と【柔軟】と【走り込み】でシゴいとるの忘れとるな、そこん海ば放り込んだっど!!」ザッ
言いながら構えを取る二人。
お前ら、ホント山猿か。
「あぁあやめぬか二人とも!」
そんな二人を諌める歳久。
そりゃそうだ、片や弟家久の嫡男。
もう一人は丁稚仕事をさせているとは言え他家からの客人。
こんな人の往来のあるところでむざむざ自身が近くにいるのに喧嘩などされては沽券に関わる。
「「…は〜い。」」
不服そうに、とても不服そうに返事をする二人。
「全く…肝を冷やさすでないわ二人とも。」
「はははっ♫若様は良き友を得られたようですな!」
歳久が肩をすくめ平左衛門が笑いながら言う。
「ふっ、そうじゃの。何だかんだこいのおかげで毎日退屈せんど。」
「…へっ、言ってくれるじゃねぇか。」
そんな平左衛門の言を肯定する又七郎。
それにやや照れながら返す源四郎。
「して?若様と…」
「あっ。それがしは源四郎と呼んでいただいて構いませぬ、その代わりそれがしもお頭と呼んでも?」
「構いませぬ源四郎様。それで此度はお二人ともどのような用向きで?」
「ふむ、砂糖ば貰いにの。」
「そうそう♫」
「そうでありましたか。なればちょうど交易の品の運び出しの最中ゆえこちらに」スッ
そう言って二人を御用船の甲板に案内する平左衛門。
「丁度良かったの源四郎。なれば歳久叔父、これにて。」スッ
「では歳久公。」スッ
「うむ。わしはまだこのあたりで積み下ろしの差配をしておる故、なんぞあればまた言うがよい。」
「「はっ。」」
――御用船甲板――
「うっはぁ!すげー量の品々!!これ全部交易品!?」
「えぇ源四郎様♫」
「はしゃぎすぎじゃっど、全く…」
甲板に並べられた交易品の数々に目を輝かせる源四郎。
どれも信濃では見たこともないような品々ばかり。
「お!これは大陸からの書物に…おぉ!絹の反物!?みおに…」
「…それだけで合戦一回分の硝石と同じ値がしますぞ、源四郎様?」
「げ。」
「だっはっは!流石のおはんも手が出せんなぁ源四郎?」
「うっせ!だいたいオメーは送るような相手いねぇだろ!?」
「あんじゃと!?」
「ははは!」
そうして甲板の品々をみて回る源四郎(又七郎は砂糖を貰いに)。
するとそこに【ある物】を見つける。
それは本来日本にやってくるのはずっとずっと後の代物…
「…………はぁ!?これって!」
「どうなさいましたかな源四郎様…おや、それに目をつけるとは。」
「お頭!これ…唐芋だよな!?」
「おぉ!よくご存じで!!」
「なんじゃなんじゃ?…うっへ!?なんじゃその紫色の根っこは!?」
又七郎がその色合いを気持ち悪がるその根っこ…
即ち【唐芋】とは我々のよく知る【サツマイモ】である。
まぁ当時は今の紅あずま等に代表作される甘いサツマイモなどなく(そもそも本来さつまに伝来するのは江戸時代である)恐らくその味は「ほんのり甘い」程度ではあるが。
「馬鹿野郎!これはなぁ、薩摩の土と凄く相性がよくてすくすく育つんだよ!これがありゃ飢饉知らずだって!!」
「あぁん!?こいな不気味な色した根っこがか!?」
「げ、源四郎様。手前も興味本位で仕入れたモノ故…」
「じゃあ歳久公も交えて味見だ!!」
「「味見ぃ〜?」」
そしてしばらく後…
「で、げんしろぉ〜…」
「んだよ?」
「………なんでこのクソ暑いのに【熾火】なんてこしらえさせよるんじゃあああああ!」
「あ?さっき自分でこのくらい屁でもねぇくらいのこと言ってたよねぇ又七郎く〜〜〜〜〜ん?」ニヤニヤ
港脇の役人詰所の一角で【熾火】を作るべく薪をくべる又七郎。
それを歳久、平左衛門、源四郎が見守る。
「ははは!口は災いの元ぞ、又七郎??」
「そうですぞ若様、かような事を申されたのでしたら流石にこの平左衛門も庇い立て出来ませぬぞ?」
「ぐぬぬぬぬぬ!げんしろぉ!おはん後でおぼえちょれよ!?!?」
「いってろ…さてそろそろかな?」ポイポイ
そう言うとしっかり【熾】となった薪の中に【唐芋】をくべる源四郎。
「(やや細めのとぶっとくてデカいのあったけど…まさかね)」
一人そう思いながらしばし待つと…
「んぉ!?なんぞ甘くて美味そうな匂いしよとぞ!?!?」
「おぉ!?」
「こ、これは…」
【焼き芋】特有の香ばしくも甘い香りが漂い始める!
「(は!?こっちの細長い方…これ【現代日本】の甘い品種…安納芋の祖先かも!!)」
そんな淡い期待を胸に細長い方を割ってみる源四郎。
そしてその期待は(いい意味で)裏切られる!
「…まじかコレ。」
割れた断面をみて…安納芋を知る源四郎すら驚愕する。
それは…
「(このネッチョリ具合、まるで【紅はるか】じゃねぇか!!…やっぱり俺ってイレギュラーがいる時点で色んなところに本筋…史実と違う【歪み】が出来てきてるのか???)」
そんな源四郎を尻目に…
腹っぺらしな又七郎が問う。
「なぁ源四郎!どうなんじゃ!食えるのか食えないの…」
「だぁああああ!うっせぇな!ほれ」ゴスッ!
「もがぁ!?あっづ!!………って!?なんじゃこの甘さは!蜜じゃ!こいは【蜜芋】じゃあ!!」バクバク
「「【蜜芋】!?」」
半分に折られた【紅はるか(仮称)】を口にねじ込まれるも…
それを【蜜芋】と称してバクバク食らう又七郎!
それを見て驚愕する歳久と平左衛門。
「まぁまぁお二方も…うおおお!甘いなぁ♫」バクバク
そう言って二人にも半分にした【紅はるか(仮称)】を手渡し自分もかぶりつく源四郎。
「ぬぅう…」パク
「な、なれば…」パク
そうして歳久と平左衛門も口にすると…
「「あ、甘い!」」バクバク
こうして二人して【紅はるか(仮称)】を頬張るのだった。
「さて、こっちのぶっとくてデカい方は…っと。」パク
【紅はるか(仮称)】を食べ終え更に太めの芋に手を付ける源四郎…が!
「………………うへぇ、こっちは甘くねぇ。」
「あん?同じ芋じゃろ??太くなっただけでそんなに味ば違うとか??」
「ほれ。」ポキ
「んぉ…うへぇ、こっちの細いのと比べっと全然甘くなかぁ…」
源四郎から渡された半分を喰らいげんなりする又七郎。
「そ、そんなに違うか又七郎?」
「歳久叔父、喰ろうてみれば分かるとです。」
「なれば…平左衛門。」パク
「はい歳久公」パク
そうして歳久と平左衛門の二人も半分ずつ喰らうも…
「「う、うーむ」」
やはり同じ反応。
が!ここで源四郎が閃く!!
「ん!?でも甘くないって事は…歳久公!」
「む?」
源四郎が歳久に向き直り進言する。
「先ほど話した通り、これなる【唐芋】はこの薩摩の地でも育ちやすい【飢饉知らずの芋】でありまする。」
「うむ、そしてかなり美味であったな…こちらの細い方は」
「はい!ですが…太い方にも使い道がございまする。」
「ほぅ?その心は??」
「ずばり………【焼酎】の原料でございまする!」
「「なんと!?」」
「あ!?なんばいいよっとか源四郎!?まさか…【米ん代わりに芋ば蒸してそこに麹ぶち込め】とでも言うとか!?」
「おっ?珍しく冴えてるねぇ又七郎く〜〜〜ん??そういうこと♪」
「ぬううう…にわかには信じられぬが……まぁおぬしの【食に関する知識、技法】はあにょどんから聞き及んでおる。なればその言、信じようぞ!」
「…!歳久公!!」
「平左衛門!!」
「はっ!」
「どこぞの【室】にこれなる芋を【種芋】として来年の春先まで貯蔵せよ、くれぐれも腐らすなよ?」
「はっ!」
こうして翌年以降…
これらの【唐芋】は【紅はるか(甘い方)】、【火酒種(ひざけだね、甘くない方)】として島津領で広がるのだった。
――壱刻後――
――内城下――
「いやぁ義久公も【唐芋】、気に入ってくれて良かったな又七郎!」
「ほんにのぉ!」
いつもの【定期報告】がてら内城を訪れたその帰りに語らう二人。
更に谷山にて数本貰ってきた【紅はるか】を義久に食べされると…
「こいは美味かっど源四郎!ほれ、おかわりを持ってこんか!」
と来たのである。
「(…食いしん坊は島津の血なのかなぁ?となると幕末に活躍した斉彬公も………)」
そんな事を源四郎が考えていたその時…
『こと』は起こった。
「何をするのです!離しなさい!!」
「あ?」
「おお??」
二人が歩く道の前方の路地の方から女性の怒声が聞こえる。
「っちぃ!また面倒事か?又七郎!」ダッ
「…わぁっとるわ!」ダッ
二人は一目散に駆け出す。
そうして角を曲がるとそこには…
「あ?あんだ…って…あ。」
「おうどーし…あっ。」
「あ。」
「おい又七郎早えっ………あ。」
そこには浪人風の男が二人して一人の女性(としの頃は源四郎、又七郎の一つ〜二つ上くらいだろうか?)を正に【手籠め】にしようとするところだったのだが………
「「いつぞやの伊東んトコの浪人んんんん!?」」
「「げー!?佐土原の若………と、誰だそっちのは??」」
なんと言う腐れ縁!狼藉を働くは…かつて佐土原で又七郎がボコボコにした三人のうちの二人であった!
「あぁん?俺がどこの誰かは今関係ねぇだろ………ってんん?おめーら三人じゃなかったか?」
そう、源四郎の指摘通りコイツらはかつて三人で徒党を組んでいたが…今日はその三人目が見当たらない。
「あぁん!?てめぇいけしゃあしゃあと!あいつはなぁ…」
「おうよ!あいつはなぁ…」
「「そこの若に目ぇ潰されたのが祟って熱病で死んだわ!!」」
「…ほぉか。【因果応報】、じゃの?」ホジホジ
「!?!?」
鼻くそをほじりながらそう返す又七郎。
対して源四郎は困惑気味に又七郎に問う!
「お、おい…またしちろぉ…?」
「あん?因果応報って言葉知ってたか?とでん言うつもりとか??」
「そうじゃねぇよ!お前人殺したんだぞ!?直に手ぇかけてないとは言え!」
「はぁ〜…ここまで大事に育てられたんじゃな源四郎?」ギロリ
「なっ!?」
殺気をこめ、かつ冷めた眼を源四郎に向けつつ又七郎は続ける。
「殺して殺されてなんぞ世の習いじゃろうて。何を今更…」
吐き捨てるように言う又七郎。
そう、武家にとっては命の取り合いは当たり前。
が…何を隠そう源四郎はまだ『人を斬ったこと』はない(それは又七郎も同じであるが)。
それを差し引いても(間接的に)人を殺めても平然としている又七郎の態度、言い分を聞き改めて源四郎は思う。
「(くっ!やっぱここは【戦国】…現代人の【倫理観】は通じねぇか!ましてや俺も又七郎も武家の人間…)」
「なぁにをごちゃごちゃと!」ブンッ
「…いけない避けて!!」
「「うぉお!?」」
そうこうする間に浪人の一人が斬りかかってくるも…
手籠めにされかけていたお姉さんの声で間一髪その太刀筋を避ける二人。
「くっ!?………!源四郎、ちと一人でどーにかしとれ!!」タッ
「ちょっ!?又七郎!?!?」
そういうなり駆け出す又七郎!
「なぁにをよそ見してやがる!?」ブンッ
「そうじゃあ!!」ブンッ
「うぉっ!?」
そうして二人掛かりで斬りかかって来るのを一人でしのぐ源四郎!
「あんのバッキャロー!どこ行き…」
「誰が馬鹿じゃ!こいば使え源四郎!!」ポイッ
「お!?」パシ
背後から又七郎の声!
そして振り向きざまに又七郎から投げ渡された物を受け取る源四郎。
「真…剣……。」チャ
「そこら歩いてた家中のモンからふんだくって来たわ!………【覚悟】ば決めんかぁ!!!」チャ
「!」
投げ渡された【真剣(刀)】を抜いたものの…
どこか躊躇いのある源四郎に又七郎の一喝が飛ぶ!!
「こんバカタレ共は現に狼藉ば働いとる!斬られても文句ば言えん!!そいはそこな姉さんがあとからくる奴らばに云うてくれるわ!そもそも………ここで斬って捨てなばその姉さん以外の誰ぞが酷い目ばあうとぞ!?」
「!!!」
「殺れ!殺るんじゃ、源四郎!!」
「ガキがごちゃごちゃと」ブンッ
「ッ!」ズバッ
「あっ…」ドサッ
そんな最中斬りかかってくる浪人の一太刀を…
さらりと躱しすれ違いざまの又七郎の一太刀が浪人に入り…倒れ込む浪人。
無論………一太刀でその【命】は断ち切られていた。
「!!!!!」
「や、やや…やってくれたなぁあああああ!」ダッ
そう言いつつ残った一人が源四郎に向かってくる。
「(や、やんなきゃ!け、けど…)」
この期に及んでまだ踏ん切りがつかない源四郎。
「てめぇだけでも…殺してやる!」
「源四郎ぉ!」
「避けてぇ!」
浪人、又七郎、お姉さん…三者三様に声をあげるもその声は源四郎に届いていなかった。
「(これが俗に言う…【走馬灯】?)」
これまでの人生で見た光景が眼前に浮かび周囲の音も遮断される。
所謂【ゾーン】の一種とされる【走馬灯】。
これまでの経験から【生き抜くための最善手】を導くための防衛本能から来るものらしいが…
源四郎の場合は少し、いやかなり…つーか物凄く!違っていた!!
「(…みお?)」
そう、眼前に浮かぶ光景…そのほぼ全てがみおとの思い出となる!
「(そうだ…ここで…ここで俺が死んだらみおは!)」ドスッ
そうして一瞬とも永遠ともつかぬ時間が過ぎると……
「かっ…は。」
「……えっ?」スッ
気がつけば源四郎は…
浪人の懐に飛び込み心臓を一突き、そして刀を引き抜いていた。
プシャーッ
それまで全身に血を送っていた心臓に風穴が空き血が噴き出す。
その返り血を黙って浴びる源四郎。
「源四郎!!」タッ
「ちょ…大丈夫?」
又七郎が駆け寄り、お姉さんがおずおずと近づいてくる。
「………………………又七郎ぉ?」
「あぁ?」
「人って…人って簡単に死ぬのな………」
――数刻後――
――谷山への道すがら――
「おぅ、良かったの。おはんに合う着物ばあって。」
「………。」
内城での聴取、そして(血みどろの二人を見かねた義久の気遣いにより)湯浴みを終え(源四郎は着替えも貰って)、谷山への帰路についた二人。
「しっかしあの姉さん、どうなったんかのぉ?」
「………。」
うつむき加減な源四郎に話しかける又七郎。
しかし源四郎は言葉を返さない。
「…っかあああああ!おい!!!」
「…んぁ?なんだよ??」
そこで痺れを切らした又七郎の口から意外な人物の名が出る。
「高橋んトコば行くど。」
「あ?」
――古寺の庵――
「むっ?…おぬしら、今夜はもう来ぬかと……」パタンッ
「「………。」」
書を読んでいる途中の弥七郎の元へ訪れた二人。
弥七郎は本を閉じ出迎えるも…開口一番に見抜く。
「……………おぬしら、人を斬ったか?」
「…なんで分かるとじゃ。」
「ホントだよ…風呂入ったのに。」
弥七郎の眼(鼻?)の良さにもはや呆れる二人。
「風呂程度で人の【血の匂いと死臭】が取れるか。まぁそこ(縁側)に座れ。」
「おう。」スッ
「うん。」スッ
源四郎と又七郎が並んで座るも…
「いや、そこは間空けぬか。」
注文をつけてくる弥七郎。
「「んだよ鬱陶しいな!」」
これには沈んでいた源四郎も思わず又七郎と声を併せてしまう。
「ふははは♫やっといつもの調子に戻ったな、源四郎?」スッ
「あっ。」
「ほんにのぉ。」
そう言いながら二人の間に座る弥七郎。
「さて…ここから先は真面目な話ぞ?心して聞け、そのつもりで来たのであろう?」
「おぅ。」
「うん。」
「なれば…」
そして弥七郎は語り出す…自身の【死生観】を。
「今日を以ておぬしらの命はおぬしらだけのモノ、ではなくなった。分かるか?」
「おいたちの【命】が…」
「俺たちだけのモノでなくなった…」
「そうだ。おぬしたちの足元には斬った者、命を奪った者の骸がある。言わば【奪った命の上におぬしたちは立っている】のよ。」
「「…。」」
「だからこそ…源四郎、又七郎?」
「ん?」
「おぉ?」
「【命の賭け時】、これを見誤るな。」
「「【命の賭け時】…」」
「おう。我らは武家の倅、いずれは家の為…守るべきモノの為、命を賭けねばならぬこともある。が…それが出来るのは一度きり。なにぶん、どんな者だろうと命は一つ故な。」
「「…。」」
命は一つ。
その当たり前の言葉に改めて源四郎は思う。
「(俺は…そんな一つきりの命を……)」
「…なればこそ、よ。たった一つのその命、賭け時を見誤り簡単に失うては斬った命、奪った命に失礼であろう?ようは奪った命に恥じぬように自らの命を使う、これが肝要よ。」
「奪った命に…」
「恥じぬ命の使い方…」
「左様。さすれば…一番肝心なのは【命を賭けれども死中に活を見いだし生きて戻ること】よ。」
「死中に…」
「活を見いだして…生きて戻る。」
弥七郎の言葉をかみしめる二人。
「矛盾はしておるが…ゆめゆめ忘れるでないぞ、二人とも?」
「「おう!」」
それからしばし後…
「では気をつけて帰れよ?」
「あ?俺等を誰だと思ってんだよ。」
「言われんでもわーっとるわ。」
山門まで見送りに来た弥七郎に悪態をつく源四郎と又七郎。
「全く…やはり可愛げがない。ではまたの。」ザッ
踵を返し又七郎が庵へ戻ろうとした時だった。
「「おうまたな(またの)…【弥七郎のあんちゃん】!」」
「んん!?」
突然【あんちゃん】と呼ばれ弥七郎が振り返るも…
「明日っからはまた【夜襲】しに来るからなぁ!」ダッ
「首洗っとくんじゃっど!」ダッ
そう言いながら二人は谷山へ向け駆け出していた。
「ふっ…【あんちゃん】、か。全く【手のかかる弟分】が出来てしもうたわ♫」
後にこの三人は【割とガチで兄弟分、というか親戚】になるのだが…それはまだ先の話である。
――数日後、早朝――
――硝石蔵宿舎前――
「いやぁ〜日が昇る前だってのにあちぃ~な!」
「お、おぅ。流石にの。」
いつもの日課の【空挺体操】を終えての走り込みから戻った源四郎と又七郎。
流石に若いとは言え夏場の暑さにはこたえる。
「朝飯なんだろなぁ。」
「【冷や汁】が一番じゃのぉ。」
「あん?又七郎、おめぇ【汁かけ飯】は嫌いだ位のこと言ってたじゃねぇかよ??」
「あ?【汁かけ飯】とおはんが教えた【冷や汁】は全く別じゃろうて。」
「まぁそうだけどな。」
そう、源四郎は本格的な夏到来前に女将さん方に【冷や汁(ほぐした焼き魚や焼いた味噌、木綿豆腐に胡瓜を加えたしっかりしたモノ)】を教えていた。
これもまた「するする入って美味かっ!」と蔵長や旦那衆に好評であった。
そうこうするうちに…
「んぉ?ほれ見ろ源四郎!こいは焼き魚の匂いど!」
「あ、ホントだ。合間に味噌焼いてる匂いもする。てことは今日の朝餉は【冷や汁】だな。」
「おうよ!はよ行くど!」
「んだよ、この腹っペらしがよ…」
――宿舎囲炉裏端――
「あ。若に源四郎ちゃん、おはよう。」
「おう、おはようさん。」
「おはようございます、女将さん。」
「今日も早いねぇ…あ!そうだ……妙さん!妙さん!!」
宿舎詰めの女将さんと挨拶を交わす二人。
そうして女将さんが厨から誰か呼ぶと…
「はい女将さん♫って…あぁ!あんときの二人ぃ!」
「あ!あの時のお姉さん!」
「んぉお!あん時の姉さん!!」
なんと二人が助けたお姉さんが!
「なんだい?三人とも知り合いかい??なら話が早いね、今日からここで女中やる【妙】さんだよ。」
「と言うわけでよろしくね?え~と…」
「俺は源四郎。信州は信濃の国衆、真田家の三男坊だ!よろしくね妙ちゃん!」
「あら、なかなか馴れ馴れしい!でも武家の子はその位太々しくなくちゃね。まぁいいわ。」
「おぃは日向がヌシ、島津家久が嫡男又七郎。よろしくな妙。」
「………は?あんたねぇ!いくら家久公の倅だからって家督も継いでないのに呼び捨て!?あたしの方が多分年上よ!?!?」
「あ?なれば、おはん生まれはいつじゃ!」
「永禄12年。」
「う。」
「あ〜確かに一つ上だな又七郎。」
「みなまで言うな源四郎!」
「ともかくアタシのほうがお姉さんなんだから、少しは敬いなさい?」
「あ?年上風吹かすおごじょ(おなご)のどこに敬うべき所があるとじゃ!」
「何ですってぇ!?」
「だあああああ!やめろよ又七郎!妙ちゃんも!!」
こうして源四郎、又七郎は妙と出会う。
後にこの妙…又七郎の妻となるのだが…この時の三人は知る由もなかった。
遂に人を斬った源四郎。
そして出会う又七郎と後の妻妙!
物語はここから加速していきます。
次回を刮目して待て!!




