第8話 男子校で俺の嫁ポジができました
……とまあ、こんな調子で、しょっぱなからルームメイトが女子という異例の高校生活が始まったわけですが。
実際のところ。
暮らし慣れてみると瑠偉との生活は非常に快適だった。
――ひとつ。部屋が常に綺麗。なんならちょっといい匂いする。
――ふたつ。洗濯物も溜まらない。瑠偉がこまめに洗濯してくれているおかげだ。
――みっつ。ちょっと喉が乾いたり小腹が空いたりすると、『おなかすいた?』なんて言いながら美味しいお茶やお菓子なんかを差し出してくれる。
…………嫁か?
もしかして俺は、男子校に来てルームメイトではなく嫁を得てしまったのか……?
可愛くて、掃除・洗濯と家事ができて、健気でなんならちょっとエロい嫁。
…………あるぇ?
…………最高かな?
「脩、シーツ洗濯するから、ちょっとどいて」
週末の土曜日、俺が寮部屋の自分のベッドの上で横になりながら甲斐甲斐しく部屋を片付けて回る瑠偉を眺めていると、瑠偉からそんなことを言われる。
……ちなみに、俺は別にサボっている訳ではありません。
瑠偉に『俺も掃除とか手伝うか?』と聞いたら、『掃除とか洗濯は僕がやるから、脩は別のことを手伝ってほしい』と言われたのだ。
なので、瑠偉の担当は主に部屋の掃除と洗濯。
俺の担当はゴミ捨てとゴミ捨てだ。
――え?
ゴミ捨てが2回繰り返されているだけで、やってることは同じじゃないかって?
何を言う。
ゴミには燃えるゴミと燃えないゴミの二つあるじゃないか。
俺は週に2回、その二つを担当している訳だ。
決して誇大発言をした訳ではありません。
――とまあ、戯言はさておき、
まあ確かに、室内でやる事の比重が瑠偉に多く負担させてしまっている自覚はある。
なので、いつかそのうち、こいつにちゃんとお礼もしないといけないとは思っている。うん。
俺がそんなことを思っていると、俺のベッドのシーツを外し終えた瑠偉が、シーツを持ちやすいようにくるくると丸めて小さな体で抱え込む。
瞬間、瑠偉が抱え込んだシーツの匂いを『すん』と嗅いだように見えなくもなかったが――。
…………気のせい、だよな。
うん。気のせいだ。気のせい。
…………俺、匂い大丈夫だよな…………?
大丈夫なはずだ。
俺の衣類も身の回りの物も、瑠偉がちゃんと洗濯とか手入れしてくれてるし。
……あの、臭かったらちゃんと言ってな? 瑠偉……。
そう思いながら、とりあえずシーツに顔を埋めている瑠偉がなんとなく嬉しそうに、にこにこして見えることに一縷の希望を抱きつつ、自分のシーツも外そうとし出した瑠偉に声をかけた。
「……おい瑠偉、それ、さすがに一人じゃ無理だろ。洗濯室まで持って行くの手伝おうか?」
「ほんと? じゃあお願いしてもいい?」
俺のだけでも手一杯なのに、瑠偉が自分のまで持とうとするとさすがに無理はあるだろう。
そう思った俺が瑠偉に手伝いを申し出ると、それは割とすんなりと受け入れてもらえた。
「持てるか?」
「うん」
……なんか、新婚みたいな会話だな。これ。
瑠偉と並びながら廊下をぺたぺたと歩きながらそんなことを思うが、まあそんなことを思っているのは俺だけだろうな。
週末、二人で仲良くシーツを抱えながら近くのコインランドリーまで洗濯に行く夫婦、みたいな。
…………恥ずっ。
やめよう。自分の妄想がなんだか幸せに満ち足りててちょっとこそばゆい。
心の中の妄想を押し隠しながら、隣を歩く瑠偉を盗み見る。
……………………うん。
ほんっ……とに、整ってるよなあ、顔。
長いまつ毛は綺麗にカールして頬に影を落としているし、そんな頬から顎にかけてのラインも完璧に描かれている。
軽く開かれた唇は、口紅なんてしていないだろうにうっすら桃色に色づいていて、嘘みたいに柔らかそうにつやつやとしている。
どうしよう。こんなのが嫁だったら。
俺、毎日残業なんかしないで早く帰ってくるわ。
まだ学生だけど。高校生だけど。
「……なんか、こうしてると新婚カップルみたいだよね」
――ぐふっ。
一瞬、心が読まれたのかと思って思わずむせそうになった。
「……何言ってんだ。男同士で」
「うん。でもなんか、……っぽいなあって」
……なんだこいつ。
なんとなく、横顔の髪の間から除く耳が赤く見えるのは俺の気のせいだろうか?
あと、なんとなく少し嬉しそうと言うか、恥じらって見えるのも。
「ねえ。手、繋ぐ?」
そう言って、ちら、と隣からどこか期待するように見上げてくる瑠偉。
なんだこれ……。
可愛いな……。
――瑠偉の願望に応えて繋いでやりたい気もする。
しかしここは男子寮の中で、うっかりすると他の生徒とすれ違う。
俺が馬鹿にされるのは構わないが、瑠偉が変な目で見られるのは耐え難い。
そう思った結果。
「……洗濯物抱えてるし、危ないからやめよう」
と俺が苦渋の思いで断ると。
「…………そっか」
と瑠偉が目に見えてしゅんとした様子を見せた。
ああああああ。
ごめんなああああ。
そんながっかりさせたくはなかったよ俺だって!
てか、俺と手を繋げないくらいでそんなにがっかりするか?
やめろよ、キュンとするだろ……!
一体、どうしたらこの罪滅ぼしをできるのだろうか。
いっそ、部屋に戻った後、『さっき手を繋いでやれなかったから』とか言って、部屋の中で繋いでやればいいのか?
でもできない……。そんなキザっぽいこと……。
そうやって、俺が後悔に満ちた心中で『どうしたら落ち込んだ瑠偉を元気づけられるだろうか。やっぱり手繋いでやるって言ってやる?』などと考え込んでいたところで。
「……ねえ、脩。なんか洗濯室の前に人だかりができてるんだけど」
もうすぐで洗濯室に到着するという場所で瑠偉が足を止め、なんだか不安げに尋ねてきた。
確かに見ると、洗濯機と乾燥機が並ぶこの寮の洗濯室の前に、なぜだか不穏な人だかりができている。
……確かに、なんなんだろうあれは……?
普段は洗濯する人以外で特に溜まり場になるような場所ではないので、そんなところに人が集まっているとすると何かがあったとしか思えない。
「……とりあえず、様子を見てみよう」
そう言って、不安そうにしている瑠偉に後ろに下がるように首を降って促すと、俺は瑠偉を守るようにしながら洗濯室へと足を向けた。




