第6話 どうやら、俺がスイッチを入れてしまったようです
「……ねえ、脩」
「ん?」
それは、その日の授業が終わって、俺が瑠偉と寮部屋に戻ってきた時のことだった。
「ちょっと座って」
そう言われて、俺は瑠偉に促されるままに瑠偉のベッドにすとんと腰掛ける。
「どうした? 改まって」
「あのさ。今日昼に、谷と話したことだけど」
……谷と話したこと?
なんだっけ。
人懐っこくてお調子ものの谷は、休み時間になるとちょくちょく俺たちに絡んでくるので、咄嗟に瑠偉が言ったのが今日話したどの話題のことを言っているのかがわからなかった。
「……えっとね? 脩が僕が近くにいてもドキドキしないってことはさ、僕としては喜ばしいことなんだよね、うん」
……なんだなんだ?
突然はじまり出した瑠偉の話についていけず、俺は一瞬、目を瞬かせる。
「だってほら、今まで僕の周りには僕のことを変態っぽい目で見る人が多かったし、そう思うと僕としては、脩が僕に対してそういうふうに思わないっていうのは、すごくいいことなんだ、うん」
「お、おお……」
な、なるほど。
どうやら瑠偉が言っていた『今日昼に谷と話したこと』というのは、俺が瑠偉と一緒にいてもドキドキしないという話のことだったらしい。
…………で?
そこからどうして、こうやって俺がベッドに座らされたのかがよくわからず、黙って瑠偉の次の言葉を待つ。
「だからね。僕としては今日、脩が一体どこまで僕に対してドキドキしないのかを、試してみたいと思うわけ」
わけ、と言うと同時に、俺の目の前に立つ瑠偉が、ぽん、と俺の肩に触れる。
「………………ん?」
「だってそうでしょ? 脩は、今は僕に対してドキドキしないって言うけど、それは単に脩の線引きを超えてないからドキドキしないだけかもしれないじゃない」
「…………え、と、そう……かな?」
「そうだよ」
そう言いながら、瑠偉は。
困惑する俺の肩に置いた手をするりと滑らせるように俺の隣に座ると、太ももと太ももがくっつくぐらいまでぴったりと寄り添う。
それから、肩からスライドさせてきた瑠偉の指先を、腕を伝いながら俺の指先まで到達させると、そのまま俺の指を取って絡めるように重ね合わせてくる。
「……どのくらいまで行くと脩が僕のことを意識してドキドキするのか。試しておいた方がいいと思わない……?」
なんだかちょっと上気したようなエロい顔で(そう見えたのは俺の脳内補正かもしれないが)そう囁いた瑠偉に、俺は心の中で叫んだ。
え――――――――――?
試しておいた方がいいと思わない……? と囁いた瑠偉のエロい表情と。
絡めた俺の手の甲や指を、つ……、と妙に艶かしい動きでなぞってくる瑠偉の華奢な指に、ごくりと喉が鳴りそうになるのを堪える。
「……ねえ、これは? これはまだ、平気だよね?」
だってまだ、手を繋いでるだけだもんね? と瑠偉が微笑む。
「ね……、脩の手ってさ、男の子って感じだよね。ほら、ここの筋張ったところとか」
そう言いながら瑠偉が、絡めとった俺の指を弄ぶように優しくくすぐる。
瞬間――、俺はぞわっとした気持ちよさのようなものが背筋を駆け上がっていくのを、なんとかやり過ごした。
……うっ。何これ。
やたら気持ちいい、んですけど……。
「いいなあ。僕の手、全然男っぽくないから……」
そう言いながら、こてり、と瑠偉が俺の肩に頭を持たせかけてくる。
瑠偉がもたれかかってきている俺の左腕は、肘から先を全て瑠偉に絡め取られているし、なんなら左半身はぴったりと寄り添われて隙間が開いているところがないくらいだ。
えっ、と……。
なんか、あたってるフトモモも……、やたら柔らかいですね……。
あんなに華奢で細く見えるのに、どうしてこんなに柔らかく感じるのだろうか? 人体の謎を感じる。
柔らかいし、左半身にかかる重みがなんだか気持ちいいし、いい匂いがする。
……これは、ドキドキする、って言っていい範疇なんだろうか……?
でもまだ、瑠偉の言う通り手を繋いでいるだけだし……。
そう思っていると、
「男の子同士だし、これくらいじゃあまだ脩は全然ドキドキなんてしないよね。幼馴染だしね」
と、パッと身を離した瑠偉から、にこりと笑ってそう言われる。
「お、おお……」
瑠偉に『これくらいじゃあ』と言われ、思わず同意するように答えてしまったが、もしかしたらここできっぱりと『いや、俺はこれでもドキドキする』と答えるべきだったのかもしれない。
でも――、考えてみてほしい。
『脩が僕が近くにいてもドキドキしないってことはさ、僕としては喜ばしいことなんだよね。だってほら、今まで僕の周りには僕のことを変態っぽい目で見る人が多かったし、そう思うと僕としては、脩が僕に対してそういうふうに思わないっていうのは、すごくいいことなんだ』
そう言われた直後に手を繋いだくらいでドキドキしては、こいつの期待に応えられていないのでは? と揺らいでしまうのも、無理はないと思わないか?
他の男子がそうでないのなら。
俺は――瑠偉にとって、安心できる男でいてやりたい。
そう思った。
そう思ってしまったのが、いけなかったのだ。
「じゃあさ、脩」
そう言うと瑠偉は、今度は絡めていた指を離し、するりと俺の腕を優しく撫でながら肩まで滑らせると、そのまま両肩から腕を回すようにして背中から俺に抱きついてきた。
「これはどう? 脩、昔よく僕のことおんぶしてくれたよね」
背中から回された腕や手が、俺の胸元をさわさわとくすぐる。
瑠偉のふわりとした頬が俺のこめかみのあたりに当たって――。
背中に当たっている柔らかい感触は……、胸?
もしかして、胸かなあ……!?
なんだか、むにむにと気持ちいい感触がするような気がするが、でも俺の認識だとこいつはさらしを巻いていたはずで――。
ということは、これは俺の妄想のおっぱ……なんだろうか。
いつのまにか俺は、妄想で胸を具現化させられるくらい現実創造に長けてしまったのだろうか……!?
背中に押しつけられる瑠偉の胸元から、じんわりと気持ちよさが押し寄せてきたように感じて、俺は思わずごくりと息を呑んだ。
――瑠偉には聞こえないように。




