第5話 幼馴染の男に対してドキッとなんてしません。ええもちろん。
「へえ〜、じゃあ真瀬は帰国子女なんだな」
「うん、高校から日本に戻ってきたんだ」
《《俺たち》》の前の席に座る、谷という生徒が瑠偉と会話をしている。
新学期が始まって、クラス分けも発表されて。
瑠偉とは、寮部屋だけでなくクラスまで一緒だった。
「すげえ騒ぎだったんだぜ。真瀬が入ってきて。女子がきたんじゃねえかって」
谷の話を黙って聞きながら『まあそうだよな〜』と思う。
実際、俺の隣に座る瑠偉は男子の制服を着ていても女子かと見紛う美少年だ。
男子生徒の制服を着ているから、かろうじて『男……、だよな? うん』と思えるくらいで。
同じクラスになったクラスメイトたちも『気にはなるけど話しかけていいのか……?』とずっとこっちの方をチラチラと様子を伺っているのを肌で感じていた。
それくらい、この男子校において瑠偉という存在は異彩を放っていた。
(それにしても。男子の制服を着ても可愛いって、どうなってんだコレ……?)
オフホワイトのジャケットにグレーのニットベスト、そこからすらりとのびるグレーのスラックスは、男子の制服のはずなのに瑠偉が着ると妙に色気が出る。
美少女と美少年の合間のミステリアスで儚げな雰囲気と、淡い制服の雰囲気が、瑠偉によく似合うのだ。
「昔からよく間違われるんだよね、女子に。でも違うから。脩も知ってるし、僕が男だって」
ね? 脩。
そう言いながら、瑠偉がさりげなく俺の太もも手を伸ばしてきて触れる。
こいつのスキンシップが多いのにもだいぶ慣れてはきたが、慣れたといって心臓が跳ねるのが止まるわけではない。
不意に太ももとか触られるとやっぱりドキッとする。
あと触った後さわさわするな。
俺の心もざわざわするわ。
「……まあ、そうだな。瑠偉とは幼稚園でも一緒だったし」
そう言って、瑠偉から『脩も知ってるし、僕が男だって』と振られた言葉に同意するように相槌を打つ。
けれども『こいつ男だぜ』とまで明言はしない。
なぜならば俺は、こいつが女だと知ってますからね。はい。
「ほえ〜、それで寮の部屋まで一緒なんて、よっぽど腐れ縁なんだなあ……」
谷が感心したようにそう言うが、まあそれに関しては俺も全くの同意見だ。
うっかり心の清い青少年が今の俺みたいな状況に遭遇したら、『もしかして……、これって運命……? トゥンク!』なんてことにもなりかねない。
俺はならないが。
ならない。
うん。
多分。
多分ね……!
「でもさあ、正直、如月としてはどうなん? こんな美少年がすぐ隣にいてさ」
「どう、とは?」
如月、というのが俺の苗字だ。
谷が俺に向かって『瑠偉みたいな美少年が隣にいてどうなんだ?』と聞いてきているのはわかる。
わかるのだけれど――『どうなん?』ってなんだ?
どゆこと?
「だってさあ! 男だとわかってる俺でさえ、時々『……後ろに美少女がいる!』と思って一瞬ムラっ……じゃない、ドキッとすることがあるんだぞ? 如月は四六時中こんな美少女といて、おかしな気持ちになることはないんか?」
「……ないな」
……嘘だけど。
「即答〜〜! 嘘っそだあ〜〜!」
「だってないだろ。男だし」
男だし、というのをあえて強調して言う。
俺たちの会話に聞き耳を立てている周囲の生徒たちにも聞こえるように。
『真瀬瑠偉は男ですよ〜』というのをしつこいくらいにアピールする。
「でもさあ! こんなに男だらけで全く女っ気のない闇の世界だぞ? 一瞬くらいは」
「ないわ。幼馴染だぞ」
『一瞬くらいは』と言いながら両手をわきわきさせる谷を俺が一刀両断すると、谷が「ええ……」と不満げな息を漏らす。
「俺だったら、寝息だけで妄想フルコース行けるけどなあ……」
「それはそれで大した想像力だな……」
どうやら、前の席になったクラスメイトは随分ひょうきんなやつらしい。
くだらない話題をてらいなくふってきて、相手に嫌な思いをさせないと言うのは一周回って感心した。
まあでも、瑠偉の『ハグしないの?』で妄想の海に沈みそうになった俺が言えることでもないけどな……。
そんなことを思いながら、ふと隣に座る瑠偉に目を向けると。
「…………脩を、ドキッと…………」
…………ん?
こいつ、なんか難しい顔してるけどどうした?
「どうした? 瑠偉」
「……ううん、別に」
俺が尋ねると、瑠偉はパッと取り繕ったような笑顔を作って俺にそう答える。
――この時、瑠偉が何を考えていたのか。
俺は、この時点で気付いていればよかったのだ。
そうすれば――、あんなことが起こることもなかった、はずだ。
それを俺が後悔することとなるのは、この日の夜のことになる。




