第3話 ルームメイトのことは、俺が守ると決めました
――はだけさせた瑠偉のパジャマの前ボタンを、ゆっくりと留める。
「ん、しゅう……、ふへっ……」
……こいつ、一体どんな夢を見てんだよ……。
……………………………………。
いやあああああああ………………。
女子かあああああああ………………。
いや、女子ということが悪いわけではない。
むしろ、男だらけのこの光のない場所で、希望が降って湧いてきたと言っても過言ではないのかもしれない。
しかし。
いざ、実際にその立場に立たされてみると、生殺しもいいところだと思う。
目の前で、可愛らしい、ひっじょーに可愛らしい美少女の、お胸やお尻が転がっている。
………………………………ぐっ(ほっぺたの肉を噛んで何かを堪える音)。
いや、待て脩。
こいつは幼馴染だ。
本人ともそう確認しあったじゃないか。
しかも――、俺に全幅の信頼を寄せてくれている。
その信頼を、裏切っていい訳なんてない。
瑠偉のパジャマのボタンを閉め、降ろしたズボンをあげながら、必死で自分にそう言い聞かせる。
しかし、それにしても。
こいつ何で――、わざわざ男のふりしてまで男子校に来たんだろう?
きっと、そこまでしなければならない、重大な理由があったのだろう。
久しぶりに再会した程度の俺になんて言えないような、大事な理由が。
そう思うと、幼馴染という立場としては、とりあえずは影で見守りながら助けてやるというのが妥当な線だとも思う。
ちゃんとパジャマを着せ、掛け布団をしっかりと掛け直してやると、気持ちよさそうに眠る瑠偉を見つめた。
……まつ毛、長いし。
くちびるもツヤツヤでぷるぷるだなあ……。
…………………………女子、なんだよなあ。
これ以上見つめていては目の毒だと思い、自分のベッドに戻る。
……俺、明日からどうやってこいつと接すればいいんだろ。
そう思いながら、とりあえず寝なければと目を瞑る。
時折背中から聞こえてくる「ん……」という寝息にいちいち反応してしまい、ろくに眠れぬ夜を過ごしながら、俺は必死に寝ようと羊を数えたのだった。
◇ ◆ ◇
「脩、起きて。朝だよ」
「ん〜……」
瞼の裏から、俺を起こす瑠偉の声と、ちゅんちゅんと鳴く鳥の声が聞こえる。
眠れないと思っていたらいつの間にか寝入ってしまっていたらしい。
ベッド脇から瑠偉が俺を起こす気配を感じた。
「いま、なんじだ……?」
「7時。ねえ脩、起きないと――襲っちゃうよ」
――がばっ。
耳元で瑠偉に耳たぶを引っ張られながら囁かれて、思わず俺は飛び起きた。
……冷たくて細い指先の感覚が、まだ耳たぶに残っている気がする……。
「おはよ、脩」
「……なんだその手は」
「え? おはようのハグだよ?」
しないの? とキョトンとした顔で聞かれてもだな……。
「……どこの世界に朝から男同士でハグする国があるんだ」
「え〜、僕がいたとこでは普通にしてたけどな」
そう言いながら瑠偉が、「だめ?」と、ことりと小首を傾けてくる。
おい、やめろお前。いちいち仕草が天元突破で可愛いんだよ。
……だめか否か。
いや、普通に考えたらダメだろう。
だって、俺は昨日知ってしまったのだ。
この目の前の美少女風の男子が、”風” どころか本物の美少女だということを。
「しようよ。……ねえ? 気持ちいいよ、ハグ」
――ほら、しないの――? と。
そう言われて、ぐらりと気持ちが揺れない男がいるだろうか。
いや――、いない。
そうして俺は、誘われるままに抱きしめてみた。
目の前で微笑む可愛らしい女子の華奢な身体を――想像の中で。
『んっ……、しゅう……、どう……?』
脳内で再生される音と映像に、ごくりと喉が震える。
『ね……? やっぱり、気持ちいい……でしょ?』
確かに、気持ちいい。
抱きしめた身体の柔らかさも、触れた場所から伝わってくる温もりも。
胸の奥を切なく締め付けるように気持ちよさが込み上げる。
『お願い……。もっと、強く……』
切なげな熱い吐息が、俺の耳にはぁっとかかる。
そうして俺はその細くて折れそうな身体を、ぐっと強く抱き締めるのだ。
その柔らかさを堪能するように。
俺の中に閉じ込めるように。
『しゅう……』
「……脩?」
想像と重なった声が、俺を現実に引き戻す。
はっと意識を戻すと、目の前の瑠偉がじっと俺を見ていた。
あ……、あぶない……。
軽い気持ちで入りかけた想像――いや、妄想の世界に、あやうく飲み込まれてしまうところだった……!
あんな一言で俺を妄想の海に落としかけるとは。
瑠偉……、恐ろしいやつ……!
「ねえ、しないの? ……ハグ」
妄想の世界から戻ってきた俺が、必死に現実に立ち返ろうと努力している中、瑠偉が邪気のない顔でそう尋ねてくる。
「………………、保留」
「……保留って何」
「保留は、保留だ」
そう言いながら俺は、どこか納得のいかない瑠偉を残して、顔を洗いに行く。
何の答えにもなってないって、自分でもわかってるよ。
でも考えても見てほしい。
これで俺が本当にハグしちゃったら。
俺、これから毎朝この子とハグすることになる。きっと。
一度したハグは二度ある。
そして三度したら四度ある。
四度あれば――毎日になる。
毎日になったら俺は、きっとこの子に対して特別な思いを抱く。
想像の中だけでもあんなにドキドキしたのに。
現実で体験してしまったら――。
考えるまでもなかった。
その時、『やっぱもういいや』とか『脩、飽きちゃった』とか言われたら。
俺、立ち直れないよ……。
辛くてきっと死んじゃう……。
しかもその後も、この子とずっと同じルームメイト生活が続くんだぞ?
――だから、保留だ。
ばしゃばしゃと、煩悩を洗い流すように顔を洗う。
うん。
冷たい水で顔を洗ったら、少し気持ちが落ち着いてきた。
……幼馴染の俺が、心を乱してどうする。
むしろ俺が、守ってやらないでどうするんだ。
あいつはきっと、昔みたいに俺が守ってくれると信じて慕ってくれているのに。
『よかった。僕、この見た目だし、男子校に入学するの、ほんとは不安だったんだ』
最初の頃に言っていた、瑠偉の言葉が蘇る。
あれは、見た目のことだけじゃなく、きっと本当は女だということを隠しているからということも含んでいたのだろう。
よし、瑠偉。
お前がどうしてこの学校に通いたかったのかは知らないが。
少なくともお前がここにいる間は、俺がお前を守ってやる。
幼馴染として。
ルームメイトとして。
一人の人間として、俺は紳士的にお前と接する。
だから断じて、どんなに可愛くても、どんなにエロくても、俺は流されない……!
瑠偉にとって、信頼できるルームメイトであり続ける!
洗い流した煩悩と共に、俺はそう、固く誓ったのだった。




