第35話 期末試験の結果
「…………本当に載ってる」
瑠偉が掲示板を見上げてそう呟いたのは。
1学期の期末の成績表が配られた、その放課後のことだった。
◇
時は、ほんの少しだけ遡る。
それは、同日の放課後のHRの時間。
「じゃあ、期末の成績表配るからなー」
担任のその言葉に、瑠偉が珍しく緊張を見せたのが隣から伝わってきた。
硬い表情になった瑠偉に手でも握ってやりたい気持ちはあったが、さすがにHR中にそんな大それたことをする勇気はない。
しかも今、成績表の受け取りでクラスの生徒たちが通路を行き交いしているのだ。
(……大丈夫だ。終わった後、瑠偉と2人で自己採点とおさらいの勉強会をした時も、結果は悪くなかったじゃないか)
むしろ、30位以内は固いと思っていた。
しかし、それを言ってしまうことで過度に期待させて、期待通りにならなかった時に余計に瑠偉をガッカリさせると思ったので口にはしなかったけど。
「……真瀬、真瀬瑠偉」
「はい」
瑠偉が呼ばれると、かたっと音を立てて机から立ち、颯爽と教卓に向かう。
二つに折られた成績表は、担任から受け取っても席に戻って開かなければ見れない。
瑠偉はその成績表を開かずに持ってくると、そのまま机の上に置いて伏せた。
そして。
HRが終わり、担任が教室から出て行った後――。
「……よし。じゃあ見せるよ、脩」
「……おう」
放課後の教室。瑠偉の机の上に伏せたままの成績表。
瑠偉に『1人で見るのは怖いから一緒に結果を見てほしい』と頼まれていた俺は、『見せるよ』と言われていつでもいいぞと返事する。
57位以下だと即終了。
ここからどんなに頑張ってもAクラス行きは望めない。
それ以上なら、まだ頑張ればAクラス行きも望みあり。
俺の予想は30位以内。
果たして結果は――。
◇
「…………本当に載ってる」
瑠偉が見上げた先。
廊下の掲示板に貼られた、1学期の期末試験の順位表。
そこに記載された【真瀬瑠偉――20位】という文字。
「えっ、脩、本当だよね。これ、夢じゃないよね……」
「夢じゃないよねって言いながら俺の頬をつねろうとするのは何でだよ……」
そう言って、じゃれてくる瑠偉をいなしながら言葉を返すが、驚いているのは俺も同じだった。
――20位。
結構いいところに行けたな。
思っていた以上に良い結果が出たことに正直、俺自身驚いていた。
まあ、実際に頑張ったのは瑠偉なんだけど……。
「……でも、15位には行けなかった」
そう言って隣でしょげる瑠偉だが、これは別に全然しょげる結果ではない。
「何言ってんだ。出来すぎなくらいよく出来た方だよ」
「そうかな……」
「そうだって。正直、俺はもう少し時間をかけて上がっていく想定でいた」
そう――、本当にそうなのだ。
だってさ、普通に考えてもとが114位だぞ?
いくら地頭がいいとはいえ、ここからせいぜい、よくて40位まで上がれれば上等だと思っていたのだ。
そこから夏休みや初秋の時間を使ってさらに順位を上げ、ラスト2回のテストで本域を出せればギリギリ滑り込める――そう思っていたのに。
「全然優秀だって。やっぱお前、頭いいんだよ」
「そ、そうかな……」
「ああ」
俺が誉めると、瑠偉がえへへと照れる。
――本当に。
俺もなんだかんだ、瑠偉の頑張りを甘く見ていたな、と反省していたところに、どうやら俺を探しにきたらしい谷が現れた。
「おい、脩。ハセ先が指導室に来いって呼んでたぞ」
「……ああ」
……あ〜、まあ、そうでしょうね。
はい。予想はしてました。
ハセ先というのは俺らのクラスの担任だ。
長谷川先生、略してハセ先。
「えっ、どうしたの脩」
「は? どうしたのって瑠偉。お前気付いてないのかよ」
担任に呼ばれたと言う言葉にキョトンとする瑠偉に、谷がツッコミを入れる。
「谷、お前……、余計なこと言うなよ……」
「余計なことって何だよ。別に俺が言わなくてもすぐわかるだろ」
「……? どういうこと?」
俺と谷のやりとりにも、瑠偉はまだピンときていないようで疑問符を浮かべている。
「瑠偉。お前、掲示板もっかいよく見てみろ」
「え……?」
谷にそう言われて瑠偉がもう一度掲示板に目をやる。
20位、真瀬瑠偉。そこから――。
「……脩の名前が、ない」
「そういうこと。前回学年4位が成績落とせば、そりゃ担任に呼び出されるだろーよ」
「脩……、どういうこと……!?」
谷の余計な合いの手に、瑠偉が俺に詰め寄ってくる。
あ〜……。
別に気付かれないなら気付かれないで、それでよかったんだけどな……。
「……単に、調子悪かっただけだ。直前に体調も崩したし」
「でも……!」
「別にお前のために何かしたわけじゃないって。言ったろ? うちの家族、面子にうるさいんだから」
「………………」
面子にうるさい親族がいる手前、そうそうわざと成績なんて落とさないって――ともっともらしく言ってみたが、それでも瑠偉はまだ納得いかない様子を見せていた。
どちらにしても、終わってしまった今となっては過ぎた話だ。
「じゃ、俺、担任のところに行ってくるから。瑠偉のことよろしくな」
そう言って、俺は谷に瑠偉のことを託して、その場を後にした。
◇
……本当に。谷のやつ。
指導室まで行く道すがら『あいつ、余計なこと言いやがって』と思いつつ、でもまああいつはあいつなりに俺のことを心配してくれていることもわかるので、文句はそれまでに留めておく。
「せんせー、如月です。はいりまーす」
生徒指導室にたどり着くと、一応軽く名乗って室内に入った。
「おう、来たか」
担任の長谷川先生――ハセ先が机に座って俺を待ち受ける。
とりあえず座れ、と言われたのに従って素直に座ると、開口一番「はあ……」と大きなため息を吐かれた。
「如月。お前……。一応確認するが、これはお前の答案だよな」
そう言って目の前にすっと差し出されたのは――未記名の答案用紙。
答案用紙の採点には、100点、と赤字でデカデカと書いてある。
「……まあ、そうですね」
おそらく、しらばっくれたところで調べればわかるだろうし、素直に答える。
「如月、お前な……。なんで期末の答案用紙の名前を書き忘れるんだよ……」
「……なんか、気合い入れようと思ったら緊張しちゃって」
「お前なあ……! お前がこのテストの名前書き忘れなかったら、ぶっちぎりで学年1位だったんだぞ!?」




