第36話 表には出ない、ぶっちぎりの学年1位
「お前なあ……! お前がこの名前書き忘れなかったら、ぶっちぎりで学年1位だったんだぞ!?」
飄々と答える俺に痺れを切らしたのか、荒ぶり出したハセ先に俺は――まあ、そうですよね――と思う。
それぐらい取れるだけの解答、書いてたからね。俺。
「はあ……、名前さえ書いていれば、学校史に残るくらいのトップスコアだったのに……お前な……」
「すいません」
「……まあ、今後はこういうケアレスミスに気をつけろよ」
「はあい」
「返事は短く!」
「はい」
「……全国模試でこんなミスしたら、俺、お前の枕元に化けて出るからな」
……いや、教師が生徒の枕元に化けて出るなよ……。
とは思いはしたが、「気をつけます」と軽く答えておいた。
ハセ先はね。悪い先生じゃないんだよな。
てか、むしろウチの学校では当たりな方だ。
多分、30代半ばくらいで、フラットで絡みやすい。
「あと、真瀬の成績が異常に上がってるのはお前の差金か」
「……ええ、まあ、はい」
あっ、そこも突っ込んできちゃう?
てっきり、呼び出されたのは数Iの答案用紙に名前を書かなかったことで注意されるんだろうなーと思っていたので、話が瑠偉にまで及んで少し構える。
「担任としては、受け持ちのクラスの生徒の成績が上がったことは喜ばしいことだが……」
あんまり上がりすぎると教師としての自信をなくすと言うか、お前どうやったんだと言うか……と、うじうじとジト目で睨んでくるので。
「不正はしてないですよ」
「わかってる。お前ら2人とも、そういうタイプじゃないしな」
そうそう、こういうところだ。
ハセ先に対して好感が持てるところ。
サバサバとしているように見えて、実は結構人を見てる。
「お前の成績と、真瀬の成績の上がり具合を見て、ひょっとしてと思ったのを確認しておこうと思っただけだ。別に他意はない」
「そすか」
「話はそれだけだ。お前、本当にもう2度と名前書き忘れとかやるんじゃないぞ」
「はーい」
「返事は短く!」
――そんなやりとりをして、教室を出た。
そうして教室から出ると、制服のズボンのポケットに二つ折りにしてしまっていた成績表を取り出す。
――如月脩。総合順位35位。
俺が、今回のテストで何をしようとしていたか。
要するに、テストは本気で受けて、1科目わざと名前を書き忘れたのだ。
そうすれば、『うっかり名前を書き忘れちゃったから順位が落ちちゃったけど、本来の点数自体はそんなに悪くなかった』アピールができるから。
親に定期テストの結果でなんやかや聞かれても、『結果は悪くなかったんだけどね! ついうっかり! てへ☆」で乗り切れると思ったのだ。
でもって、そうすることで、瑠偉がもしAクラスに到達できそうにないと思った時に、調整できる余地を残そうとしたわけだ。
まあでも、あんまり意味なかったけどね。
1科目丸々落として35位て。
35位じゃあまだAクラス以下に落ちないじゃん。
2科目落とさないと意味なかったかあ……。
でもそこまでやるとさすがにうっかりじゃ済まないし。
しかも、瑠偉も予想以上に結果出したから、逆に瑠偉を信じてなかったみたいになってカッコ悪い結果になった。だっさ。
そんなわけで、ダサダサの俺は絶賛くさっているわけだ。
あーあ。
そう思って、指導室の前からくるりと立ち去ろうとすると、ちょうど俺の前に出てきた影があった。
「あ」
――花村翼。今回も堂々、学年1位の男である。
「あれ、確か……。この間の、バスケの……真瀬くんといつも一緒にいる人だよね?」
げ。
なんで覚えてんだこいつ。
でもって、なんで俺呼び止められてんだ。
「今日は一緒じゃないんだ?」
「別に、四六時中一緒にいるわけないだろ」
……嘘だけど。
結構四六時中一緒にいるけど。
「見たよ、真瀬。学年上位成績者に載ってたね。スポーツだけじゃなくて頭もいいなんてすごいね」
「学年1位にいわれるほどじゃないだろ」
「あ、俺のこと知ってるんだ」
にこにことそう答えてくる花村はどこか食えない――ように見えるのは、俺の邪推なんだろうか?
「それに、そういう言葉は他人を解さずに本人に直接言う方がいいと思う」
「じゃあさ、今度真瀬も入れて3人でお茶でもしに行こうよ。俺、ずっと話してみたいなと思ってたし」
話をしてみたいなと思った、という言葉にぴくりと反応する。
まさか、こいつが瑠偉の正体を知っているわけではないとは思うけど。
イケメンとあんまり接点取らせたくないと思うのは俺の心が狭いからですかね……。
そう思いながら。
「まあ……、機会があれば。本人にも言っとく」
と言って、その場を後にした。
※ ※ ※ ※
「長谷川先生、失礼します」
「おお、花村」
「頼まれたプリント。集めてきましたよ」
「すまんなあ。そこにおいてくれるか」
ハセ先にそう言われた花村は、言われた通りに机の上にクラスで回収した用紙を置こうとした。
そこで――、
「……長谷川先生。この間の数Ⅰのテスト、100点なんて取った生徒いたんですか?」
「お? おおやべ。返すの忘れてたな……」
机の上に置かれたままの無記名の解答用紙。
それを目に留めた花村が口に出すと、ハセ先は慌てたようにそう言った。
「もしかして、さっきここから出てった生徒ですか?」
「お前な……。守秘義務ってもんがあるだろ。わかれよ……」
学年首席のお前がわからんでもないだろうに――と言うハセ先の言葉に、花村はピンときた。
(やっぱりこれ。さっきの、真瀬の相方の答案なんだ)
数Ⅰで、100点――?
今回の数Ⅰのテストは、難しい問題が数問紛れてて、自分でさえ100点は取れなかった。
それなのに――。
(あいつ、名前なんて言うんだっけ)
「先生、さっきの生徒、名前なんて言うんですか?」
「あ? ああ……。如月のことか?」
如月――。
普通なら、前回の学年4位の名前くらい覚えていてもおかしくなさそうなものだが、花村は自分よりも下の順位はせいぜい3位まで覚えていればいいだろうという感覚しかなかったので、そこで脩の名前を思い出すことはなかった。
花村が、脩の本当の凄さを知るのは、もう少し後のことだ。
(やっぱり、あの2人。また今度じっくり話をしてみたいな)
それが叶うのも、もう少し後の話。
しかし、この瞬間が確実に、花村にとって脩が認識されることとなった出来事となったのであった。




