第34話 脩が女の子にしたいこと、全部僕にしていいから
「……脩、楽しそうだったね」
「え?」
瑠偉とドリンクのおかわりを取りに行くと、機械の前でドリンクを淹れている瑠偉がぼそりとそんなことを呟いてきた。
「ごめんね。邪魔した?」
邪魔……?
「いや……? 大丈夫だろ。倉田さんも、もう話したいことは一通り話せたって言ってたし」
「そう?」
……なんか、機嫌が悪そうなの、何だこれ?
そう考えて、ついさっき俺が倉田さんと話し込む直前に、東女の女の子たちから瑠偉が絡まれていたのを思い出し、もしかしてそこで嫌なことでもあったのかなと思い至る。
「ごめんな、もしかしてさっき、女の子たちに囲まれたのしんどかったか? 何か嫌なことでもあった?」
あの女の子たちが瑠偉に嫌なことをしたと決めつけるのは良く無いが、人間、思いもよらないところで嫌な気持ちになったりする生き物である。
ちょっとした行き違いから、瑠偉が嫌な思いをしたりしたのだろうかと心配になった俺がそう尋ねると、一瞬、きゅっと口を引き結んだ瑠偉が、
「……そうじゃない」
と言って否定してきた。
…………ん?
「じゃあどした? なんでそんなしんどそうな顔してんだよ」
いまだ表情が曇ったままの瑠偉に、どうしたらそれが晴れるのかと真剣に尋ねる。
申し訳ないけど、今、俺の持ってる情報だと自分でその答えを推察できない。
だとしたら、瑠偉本人から聞き出すより他なかった。
「…………ない」
「…………ん?」
瑠偉が俺から顔を背けたまま何か言葉にしたのが聞こえたが、小さすぎたのと店内BGMにかき消されてよく聞こえなかったので聞き直す。
「……僕のいないところで……、女の子と2人で話さないで……」
……………………。
僕のいないところで。女の子と2人で話さないで?
えっ……と、つまりそれは……。
俺が脳内で瑠偉から告げられたことをまとめていると、瑠偉は俺と目を合わせないまま、斜め横に立っていた俺の胸にそのままぎゅっと抱きついてきた。
…………え、ええと…………。
つまり、これは。
俺が、倉田さんと2人で話してたことに、やきもちを焼いた、ってこと……?
え………………!
かわ………………!?
なにそれ? 可愛くない?
俺が女の子と2人で話してるのを見て、やきもち焼いて不機嫌になっちゃったの?
可愛くない?
あっ……、ダメだ。
可愛すぎてドキドキしてきた。
どうしよう、死にそう。
いや、というかそれよりも今は、落ち込んでる瑠偉をなんとかしないと。
「あ、あのな。瑠偉。わかった。でもここ、他に人通るから……」
抱きつくのは家に帰ってからにしよ?
と言おうとすると。
「……いいじゃん。男の子同士だし。誰も気にしないよ」
そう言って、一層ぎゅっと抱きついてきた。
あ〜〜〜〜〜…………!
可愛いけど、そんなわけないんだわ……!
通りがかる人、みんな『なんだなんだ?』ってこっち見てんだわ!
ドリンクバーのすぐ近くだし!
「わかった、じゃあ、ちゃんとした話は帰りながら話そう? な? とりあえず、谷には俺たち先に帰るって伝えてくるけどいいか?」
まだカラオケしたい?
と尋ねると首をふるふると横に振って帰る意志を示したので、それから谷には『悪いけど先に抜けるな』と断って2人でカラオケ店を先に出た。
◇
「瑠偉、ついたぞ」
「………………」
部屋に帰り着くと、俯いたままの瑠偉から鞄をもぎとり、とりあえず瑠偉がいつも鞄を置いている場所に仕舞ってやる。
「……瑠偉?」
鞄を仕舞ってやってもなお、俯いて立ち尽くしたまま返事をしない瑠偉を訝しんだ俺が顔を覗き込もうとすると、瞬間、どん、と強く押されてベッドに押し倒された。
「おわっ……」
そのまま、仰向けにベッドに倒れ込んだ俺の上に、瑠偉も倒れるようにのしかかってくる。
……泣いてる?
一瞬、俺を見上げてきた顔は、涙に濡れているように見えた。
「……脩」
「……うん」
再び顔を伏せ、俺の胸元に頬を寄せるようにして抱きついてくる瑠偉が、静かに名前を呼ぶ。
「……あのね、脩。……脩が女の子にしたいこと、全部僕にしていいから……。だから……、僕の他に、好きな女の子作らないで……」
涙に震えたような声で、切実に訴えてくる瑠偉は、そう言いながら抱きついたまま俺のシャツをぎゅっと掴む。
「………………」
――なんと答えるべきなのか。
逡巡しながら、でも、そう言って泣く瑠偉がどうしようもなく大切で、そっと背中を撫でてやる。
(瑠偉、お前さ。俺が女の子にしたいこと、全部自分にしていいって言うけど)
聞くべきなのだろうか。
それとも――、言うべきなのだろうか。
『俺、お前が女だって知ってるぞ』って。
だから、お前も正直に言っていいんだぞって。
言って――、一緒に共犯者になるべきだろうか?
それとも、知らないふりをしたまま守ってあげたほうがいいんだろうか?
迷ったまま――、口にした。
「……瑠偉。俺……、知ってるから」
「…………っ、…………何を?」
震える瑠偉の返事の中に混じる――、僅かな怯え。
それを聞いて。
俺はこの後、瑠偉に何と告げるかを決めた。
「……お前が、俺のことをめちゃくちゃ好きだってこと。だから俺、今はお前の相手で手一杯だから、他に女の子なんて作れないよ」
俺がそう言うと瑠偉は、どこかほっとした声色で「……うん」と言った。
……これでよかったんだ。きっと。
瑠偉がまだ、俺に『自分が女だ』って知られることに少しでも怯える気持ちがあるなら。
そっとしておいてあげたほうがいいのだ。きっと。
「……脩」
「ん?」
「…………大好き」
「……うん」
「……脩」
「……なんだよ」
「……ずっと一緒にいてね」
「……うん」
「……脩」
「……何?」
こどもが甘えるみたいに何度も言ってくる瑠偉に、思わず苦笑する。
「いっぱい……ぎゅってしてね」
「…………おう」
そう言われて、俺の上に寝そべったままの瑠偉を、言われるままにぎゅっと抱きしめる。
「ん……」
……本当に、なんで俺、こんなにこいつに好かれるようになったのか。
それでも、別にそれは全く嫌な気持ちではなかった。
その日はそのまましばらく、瑠偉が落ち着くまでその体勢でしばらく過ごした。
次の日からはまた、いつも通りに戻った瑠偉といつも通りの日々が始まるのだが。
その関係が、少しずつだけれど刻々と、確実に変化していっていることを。
俺たちはまだ知らないのだった。




