第15話 男の夢ですよね。男子校で女子といちゃいちゃって
5月。
世間はゴールデンウィークに突入した。
「……誰もいないね」
「……そうだな」
閑散とした寮の廊下に二人並び、隣の瑠偉がポツリと呟く。
瑠偉が俺の手をさりげなく握っているのはご愛嬌。
誰もいない学生寮では、俺たちが何をしていても見咎めるものなどいないのだ。
「こんなにみんないなくなるもんなんだね……」
「まあ、入学して最初の連休だしな」
そう言いながら、俺と瑠偉は自分たちの部屋に戻る。
一応、連休中でも希望すれば寮食は出してもらえるので二人で朝ごはんを食べに行ってきたのだが、見事なまでに俺たち以外ほとんどいないことを確認して帰ってきた今である。
人がいないってだけで、こんなにも雰囲気が違うんだなあ……。
いつもと同じ場所にいるのに、なんとなく風景が違って見えることをしみじみと思っていると「はあ、お腹いっぱい」と言いながら瑠偉が自分のベッドにぽふりとダイブする。
「このフロア、脩と二人っきりだね……」
瑠偉の呟きに思わずどきりとする。
……そうなのだ。
若干数、寮に残っている生徒もいるが、いずれも別の階の住人なのでこの連休俺たちの部屋があるフロアは二人きりということになる。
男子寮の中で――二人きり。
正確には別階に他の生徒がいるわけなので完全に二人きりというわけではないが、このワードに心ときめかない男子がいるだろうか?
否――、いない。
「じゃあさ、脩」
俺がそう思って眉間に皺を寄せていると、瑠偉がベッドの上から甘えるように俺に声をかけてくる。
「せっかく、二人っきりになったんだもん……。イイコト、しようよ……?」
そう言って、瑠偉がベッドの上で悩ましげに横たわり、可愛らしく誘う。
「……いや、何言ってんだお前……」
そもそも、イイコト、ってなんですか……?
あの、やめてくれませんかね?
そういう、青少年を惑わすようなことを言うのは……。
そうは思えど、瑠偉の口から出てきたワードに、ついドキッとしてよろしくない妄想が働きそうで。
(まあ――、男の夢ではあるよな。実際)
男子校の自分の部屋で、可愛い女の子とえっちなことをする。
その女の子は普段は清楚だけれど、一度コトに及ぶと快楽に弱くて、想像以上に淫らなのだ。
そして、普段は隣の部屋の生徒に聞こえてしまうかもしれないから声を押し殺しながらやらしいことをするが、今日みたいに誰もいなくなった時には『俺たちの他には誰もいないんだし、もっと声出していいんだぞ?』とか言うんだ。
でもって『脩にえっちな声聞かれちゃうの恥ずかしい……! でも、気持ちいいから声が出ちゃう……!』みたいなやりとりをだな――。
「……ゅう。脩」
妄想の中の瑠偉が可愛くて、それだけでちょっと多幸感に満たされかけていた俺は、瑠偉の言葉ではっと現実に戻る。
「どしたの? ぼーっとして」
「あ、いや」
いかんいかん。
うっかり妄想の世界に入りかけてしまった。
タガが外れると、所構わず発動してしまうな……。
我ながら下世話な妄想が多いという自覚はあるけど、でもまあ健全な男子高校生なんてこんなもんなんじゃないだろーか。
それでも、さすがにちょっと自粛したほうがいいよな……。
「ねえ、僕の話、途中から聞いてなかったでしょ」
俺が内心で下世話な妄想に盛大に反省をしていると、瑠偉がぷくりと頬を膨らませながらそう言ってくる。
「あ、悪い。ほんとにごめん。えと、なんだったっけ」
「だから、イイコト、しようって話だよ」
「……あのな、さっきから言ってるお前の、『イイコト』ってなんなんだよ」
どうも今の口ぶりからするに、えっちなことではないんだろうなと推察したので率直に尋ねる。
すると、続いて瑠偉から出てきたのが。
「イイコトってつまり、楽しいことでしょ? せっかくの休みなんだし、どこか出かけようよ」
という提案だった。
「お? ああ」
なるほど――。
つまり、こいつの中では『イイコト=楽しいこと』でした……と。
紛らわしいわ! まったく……。
でも、確かに。
瑠偉の言う通り、連休は4日もあるのだ。
ずっと寮に引きこもっていては勿体無い。
「じゃあ、近くのシネコンでも行って、帰りにモールで買い物でもして帰るか」
「…………! うん!」
俺の提案に、瑠偉は「楽しそう……!」と言って目を輝かせる。
……なんだこいつ。
思った以上に喜ぶじゃん……。
何気なく『妥当な案かな』と思って出した提案だけど、こんなに率直に喜ばれると言った方としても嬉しい。
……あ。でもそうか。
せっかく買い物にも行くんだし、ついでに日頃世話になっている瑠偉にお礼でもしてやるか。
掃除も洗濯も、なんだかんだ瑠偉に頼りっぱなしだもんな。
そう思いながら、瑠偉がスマホでシネコンのサイトを開いてどの映画を見ようかと嬉しそうに探しているのを眺めた。
二人で映画館か。
………………デートみたいだな。
◇ ◆ ◇
「ほれ、ペプシ」
「ありがと! 脩」
映画館の席に着くと、俺が手にしていたポップコーントレーから瑠偉のドリンクを手渡してやる。
今回選んだのはわかりやすいハリウッドアクションの映画で、いわゆるポップコーン映画だ。
楽しいよな。
あんまり深く考えずに頭空っぽにして観られる映画で、ポップコーンをぽりぽり食べるの。
でもって、それをコーラでぐびーっと流し込むの。
「脩、脩」
シートに腰を落ち着けて、俺が手始めにぽりぽりとポップコーンをかじっていると、隣に座る瑠偉がそう言って俺にちょいちょいと手招きする。
……ん?
なんだ? 耳貸せって?
予告編も始まっていたし、周囲に迷惑にならないよう耳打ちをされるのだと思った俺は、そのまま何も疑問に思わずに瑠偉に向かって耳を寄せる。
すると――。
……ちゅっ。
………………ん?
「ふふっ。脩、引っかかった」
柔らかい感触が頬に触れたのを妙に思って俺が瑠偉を見ると、隣の幼馴染がとろけるような笑顔でそう言ってくる。
………………え?
もしかして俺、今……。
「瑠偉、おま……、今……」
「なんか、横顔見てたらしたくなっちゃった。だめだった? でも男同士だしよくない?」
いや、これは……。
もしかしなくても、間違いなく、頬にキスをされたのだ。
俺は今、瑠偉に。
「いや……、男同士だと、余計ダメだろ……」
「なんで? だって幼稚園の時だってしてたじゃん」
「それは……、確かにそうだけどさ」
そう言って屈託なく笑う瑠偉は、天使みたいに可愛い。
こんな可愛い子に頬とはいえキスされたのだと思うと、心がざわざわするくらいに。
「お前、男同士だからとか言って、俺以外にもこんなことしてんじゃないだろうな……」
だとしたら、日本ではこんなこと絶対に軽率にやるなよと注意するつもりで前フリをした俺だったのだが――。
「そんなわけないじゃん。……脩にだけだよ」
と妙に意味深な表情で言われたので、思わずどきりとしてしまった。
「男の子だからとか女の子だからとかじゃない。脩にだからするんだよ?」
「……………………」
俺にだから?
俺に……。
つまりそれは男とか女とか関係なく、俺は特別だ、ということなのだろうか。
「…………ドキッとした?」
「…………いや、しないだろ。男同士で」
瑠偉から『ドキッとした?』と聞かれて、思わず虚勢を張る。
そうして言った後にしまったと思った。
もう少し気の利いた返しができればよかったと。
しかし――。
「ふふ。楽しい。楽しいね脩」
にこにこしてそう言ってくる瑠偉が本当に楽しそうに見えたので、俺はそれ以上何も言えずに、黙って映画に意識を戻した。
『――だってさあ! 男だとわかってる俺でさえ時々ドキッとすることがあるんだぞ? 如月は四六時中こんな美少女といて、おかしな気持ちになることはないんか?』
いつの日か、谷から言われた言葉が脳裏に蘇り、それを肯定する。
……あるよ。全然ある。
いつだって俺は、瑠偉にドキドキさせられっぱなしだ。
今も、すぐ隣に瑠偉が座っているというだけで意識してしまうというのに。
頭を使わずに観られる映画を選んだはずだったのに、それでもなかなか内容が頭に入ってこなかった。
その理由は――もはや言うまでもないだろう。
(――俺の妄想なんかより。実際の瑠偉の方がよっぽど小悪魔かもしれない)
そう思いながらずっと、隣に瑠偉を感じて、映画を眺めていた。




