第10話 幼馴染を守ったら「結婚しよ」と言われました
「も、もちろん、みんなの前で脱げとか言わないよ。何人か、真瀬が安心できる男子生徒だけ集めて……」
「お前、どういう状況であれ、そういうのが相手を傷つける行為になるって、想像できないのか?」
そんな状況、想像しただけでいじめとほとんど変わらないと、なぜ考えられないのだろうか?
――考えてみてほしい。
瑠偉じゃなかったとしても、仮にそれが本当に男子生徒だったとしても。
『男じゃないんじゃないか』と疑われて、よってたかって男子生徒に囲まれて脱がされて確認されるという状況を。
確認する側に悪意がなかったとしても、された側は屈辱でしかない。
「こいつはちゃんと、学校側の正規の手続きに則って入学してきてるんだ。よりにもよってこの有明高校でそんな手落があるなんて考えられないし、仮にそうだったとしても、確認すべきは俺らじゃなく学校側に判断を仰いでやるべきだろ」
疑わしいからといって生徒たちだけで吊り上げて断じるのは私刑と同じだ。
そう思う俺は、俺の後ろでぎゅっと不安げに腕を掴んでくる瑠偉を庇うようにしながら、きっぱりと言い放った。
――まあ、本当に学校側に判断を仰がれたらどうすればいいかはまだ未定だけどな!
真相は言い逃れようもなく真っ黒だと知っている俺は、それでも最大限瑠偉を傷つけずにすむよう頭を回転させる。
そこに――。
「……おい、なんか外、騒々しくないか?」
俺たちより後に来て状況を除いていた野次馬生徒の一人が、そう言って背後を振り返る。
言われてそちらに注意を向けると、確かになんだか外がいつもより騒々しいように聞こえた。
……なんだ? 女子の声?
「なあ、どうしたんだ?」
「おお、なんかこの寮に女子を連れ込んでた生徒がいて、玄関で揉めてるみたいだぞ」
「えっ……、なんだそれ」
通りがかった野次馬たちの話を聞くと、その場にいた奴らは途端に興味をそっちに持っていかれて、洗濯室から我も我もと移動し出す。
もしかしたら、微妙な空気になったこの場から逃げ出すいいタイミングだと思って便乗した奴もいたのかもしれない。
あっという間にバラバラといなくなってしまった。
そこに取り残された――俺と瑠偉だけをぽつんと残して。
残された洗濯室に、ひゅるり〜、と風が舞ったように見えたのは、きっと漫画を見過ぎた影響だ。
「…………誰も、いなくなっちゃったね」
「…………そうだな」
くそ、あいつら。
せめて瑠偉に、一言謝ってからいけよな。
腹立つわー。
そう思いながら、しかしそれをここにいない奴らに向かっていつまでも腹を立てていても仕方がないので、気持ちを切り替えて、
「……瑠偉。とりあえず、さっさと洗濯機回して部屋に戻るぞ」
と言うと――。
ぎゅっ……、と。
いつの間にか両手に抱えていたシーツをどこかにやった瑠偉が、両腕で思いっきり俺を背中から抱きついてきた。
「おわっ、どうした瑠偉」
「だって、背中からだったらいいんだよね?」
驚いて俺が思わず背筋を伸ばすと、背中から瑠偉が泣きそうな掠れた声でそう言ってくる。
「…………ありがと、脩」
「………………おう」
……よっぽど、怖かったんだろうな。
それはそうだよな。
こうやって集団で男から、『脱いで確認させよう』なんて言われたら。
きっと、怖くて不安な気持ちでいっぱいだったハズだ。
「脩、好き、大好き。結婚しよ」
「……いや、男同士じゃ結婚できないだろ……」
あと、結婚なんて言葉、軽々しく使うんじゃありません……。
心の中で再びお父さんモードに切り替わりながらそうつっこむ。
……全く。結婚なんて……なあ? そんな軽々しく。
いくらお父さんだって、ドキドキしちゃうぞ?
……まあでも、よくあるよな。男子校とかだと。うん。よくある。
ドキドキを鎮めるために、あえてそんなことを自分に言い聞かせてみる。
出来過ぎな友人とかに嫁みたいに面倒見よくされたりすると『俺の心の友よ〜〜! 結婚してくれ〜〜!』みたいに言うやつ。あれだ。
そう考えると、瑠偉の発言はまあよくある範疇、なのかも、しれない。うん。
それくらい、きっと今日俺があいつらから庇ってやったことは、こいつにとってはよかったことだったのだろう。
なんとなく自分で導き出した答えに納得して、それから瑠偉を労わるようにまだ抱きついたままの瑠偉の背中を後ろ手でぽんぽんと叩いてやると、余計ぎゅっと抱きしめられた。
うん……。
肩甲骨のあたりに、じゃっ……かん柔らかいものが当たっていないような気がしなくもないけど。
今ここでそれを言及するのは無粋だね。
黙って堪能しておこう。
その日、そのあと瑠偉と一緒に洗濯をして干したシーツは、太陽の匂いをたっぷりと吸い込んだとてもいい匂いがした。
◇ ◆ ◇
それから数日後。
「なあ、聞いたか? こないだ、この学年で部屋に女子を連れ込んで騒ぎになった奴。結局退学になったらしいぜ」
情報通の谷からの話で、俺たちはあの日の事件の詳細を聞くことになった。
「洗濯室に落ちてたパンツも真瀬のじゃないかって疑われたんだろ? あれもそいつが連れてきた女のやつだったらしい」
どうやら、寮部屋でコトに至り、その後親切にも汚してしまった下着を洗濯してあげた結果、洗濯室で落としたそうな。
なんだか色々と詰めが甘すぎるだろ……、と思うが、結果あの後、あの時瑠偉を疑っていた奴らはちゃんと全員謝罪しにきて、【真瀬瑠偉が男である】ということも納得して帰っていってくれた。
まあ、こちらとしてはこれを機に、一応、瑠偉が男であるという証明が強固になったのでよかったっちゃよかったかもだが……。
でもなあ……。
女子を連れ込んだ生徒が退学になる、ということは。
もし瑠偉が女子であることが学校にバレたら。
こいつはどうなるんだろう?
あと俺も。
確かに、本当は女であることを偽ってこの学校に入ってきているのだから、然るべき処遇は受けなければならないんだろうけれど……。
できれば俺、こいつにはあんまり嫌な思いをしてほしくないな……。
先日の、洗濯室で『脱いで本当に男か確認しよう』と言われて追い詰められた瑠偉の表情を思い出し、もう二度とあんな顔はさせたくないと思った。
「何? どしたの脩?」
俺が瑠偉の顔をまじまじと見ていたら、瑠偉からキョトンとした顔でそう聞かれた。
――乗りかかった船だしな……。
こいつが、なんでこの男子校にこようと思ったのか、その理由はわからない。
けど。
「……なんでもないよ」
こいつがそれを望むなら、俺はこいつのために頑張ってやらないと。
女であることがバレないように、もっとちゃんと気を配ってあげないとなと、再び決意を固くするのであった。




