第86話 理玖は今後の対策を語る
「リク。かつてエルフ族は、人と関わろうとはせなんだ。――では、なぜ妾が人との交流を始めたと思う?」
メイファは焚き火越しに俺を見つめ、静かに問いかけた。
その眼差しには、冗談の欠片もない。
「そんなの……俺にわかるわけないだろ」
思わずぶっきらぼうに返す。
「あのとき、其方の話を聞き、危機感を覚えたからじゃ。いずれ人間族は、エルフ族すら従えようとする――そう感じたのじゃ」
メイファは火の揺らめきを見つめながら、淡々と言葉を続ける。
「……まあ、妾の推測は当たっておったようじゃがな」
俺は何も言わず、黙ってその話を聞いていた。
「そして調べるうちに、妾は不穏な気配を感じた。ジェロール帝国の影に潜んでいるのは、ただの人ではあるまい。あれは――人智を超えた何かじゃ」
「――っ」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
それは、俺自身が薄々感じていたことでもあった。
そして、あのときミズチも口にしていたことだ。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
静まり返った夜の中、焚き火の薪がぱちりと爆ぜる。
舞い上がった火の粉が、黒い夜空へ吸い込まれるように消えていった。
周囲を包む闇は、まるでこれから先の行く末を暗示するかのように、ひどく深く感じられた。
「リク様。それで、これからどうするおつもりですかな?」
静寂を破ったのは、ソールの穏やかな声だった。
彼はゆっくりと続ける。
「ここではっきりしないことを議論していても、意味はありますまい。未来を憂うより、今、何をすべきかを考える必要があるのではないですかな」
……ソールの言葉はもっともだった。
大聖女レイラが、俺の知る“あのレイラ”なのか。
そんなもの、確かめてみるまで分からない。
だが、今はそのことを考えている場合ではない。
無理やり意識を現実へ引き戻す。
まずは、帝国にこの村を見つけられる前に、対策を講じなければならない。
……いや。
見つけられることを想定するのではない。
そもそも見つからない対策をする必要がある。
「そうだな。まずは結界を強化する。できれば、結界の内側そのものを見えなくしたい。……とはいえ、それほどの魔法を一から組み上げるには時間がかかる。まずは、もっと簡単に実現できる魔導具製作からだな……」
「魔導具製作ですかい。リク様は昔から得意でしたからなぁ。今度はどんなものを作ってくれるのか、楽しみですなぁ」
ラフが目を輝かせる。
「これ、ラフ。悠長にしている場合ではありませんぞ。帝国がいつここへやって来るか分からぬのですから」
ソールがたしなめるように口を挟んだ。
「ソールよ、そう言うでない。実は妾も多少楽しみなのじゃ。なんといっても、妾たちの国を壊した、あの魔導兵器を作った男じゃからな」
メイファが皮肉をたっぷり込めて言い放つ。
「悪かったよ。本当に申し訳ない。謝って済むことじゃないって分かってる。……エルフ族のために、俺にできることなら何でもしよう」
「ほう、“何でも”と言ったな?」
メイファがじっと俺を見据える。
「それでは遠慮なく言わせてもらおう。妾たちの望みはただ一つ。――アダの国を再建することじゃ。もちろん、元の場所にな」
彼女の声には、長い年月押し殺してきた想いが滲んでいた。
「それに、他の同胞たちもまだどこかで生きておるはずじゃ。妾たちがあの地を離れた時は混乱の最中だったが、エルフ族はそう簡単に滅びたりはせぬ。妾はそう信じておる。じゃからリク、お主にも同胞たちが再びアダの国へ帰って来られるよう、力を貸してもらうぞ」
「ああ、もちろんだ」
俺は力強く頷いた。
「君たちの力を強化する魔導具も作るつもりだ。色々考えてる。……かつて俺が帝国に作らされた魔導兵器に対抗できるようなものを」
「リク殿。我らにも……その、作ってもらえるか? そして、我らの故郷アクアウッドも取り戻したい」
ラザが静かに言った。
「ああ、もちろんだ。そのためには、まず元を正さなきゃならない。……帝国そのものを、どうにかする必要がある」
俺は視線をグラセナ山脈へ向ける。
その遥か向こう。
山脈の先に広がるはずのジェロール帝国を、睨みつけるように目を細めた。
帝国の裏側を探る。
そして、大聖女の正体を突き止める。
レイラは本当に死んだのか。
今の大聖女と、何か関係があるのか。
――その答えを知らなければ、俺は前へ進めない気がしていた。
魔導機工房は、今はエルフ族が使っている。
そのため、俺は工房の隅を借りて魔導具を作ることにした。
作るのは、身につけられるものだ。
ピアス。
バングル。
ブレスレット。
ネックレス。
それらに魔法術式を付与していく。
防御魔法。
魔力強化。
通信魔法。
皆が常に身につけられるよう、小型化と扱いやすさを重視しながら術式を組み込んでいった。
一方で、ラフたち建築担当はエルフ族の住処の建築を進め、その合間にラフ自身も魔導具作りへ加わってくる。
そして俺は、結界をさらに強化するため、新たな術式の構築に四苦八苦していた。
魔導具へ付与する術式と違い、空間そのものへ構築する魔法は遥かに複雑だ。
術式同士の干渉、魔力循環の維持、結界範囲の固定。
一つ組み上げるたびに別の問題が噴き出し、思うようには進まない。
それでも、外部からの侵入を防ぐ性能は何とか強化することができた。
だが、結界内そのものを“見えなくする”段階までは、まだ時間がかかりそうだ。
もちろん、その合間を縫って白狼族との戦闘訓練も続けている。
さらにエルフ族も加わり、気づけば俺は休む暇もない日々を送っていた。
そんな俺を見て、不安そうな顔をする母さん。
だから俺は、少しでもその不安を和らげようと、三歳児らしい振る舞いを必死に演じた。
フェイと遊びに行くだけ。
そんなふうに見えるよう、無邪気な子供を装い続けた。
だが――。
そんな悠長な真似をしている場合ではなかったのだと、俺はやがて思い知ることになる。
そして、この時の俺はまだ知らなかった。
この先、自分がこれまでにないほどの後悔に苛まれることになるとは。




