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2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


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第83話 多種族間交流

「なるほど……さすがは癒しの魔力の持ち主じゃな。人間社会で“聖女”と呼ばれる者たちと似た力を感じる。じゃが――其方の力は、それ以上のようじゃ」

 メイファちゃんが、幼い見た目には似つかわしくない落ち着いた口調で言った。


 以前、ラザさんも私の魔力は聖女と同じ“癒し”に属するものだと言っていた。

 けれど、メイファちゃんの言葉では、私の力は聖女以上だという。


 ……でも、私は癒しの魔力を薬に溶け込ませることができるだけだ。

 間接的にしか使えない。


 もし人間界の聖女が本当に存在するなら、もっと直接的に傷を癒したりできるのだろうか。

 そんな疑問が浮かび、私は恐る恐る口を開いた。


「あの……メイファちゃん?」

 すると、メイファちゃんは小さく肩をすくめた。


「ふむ……メイファ……ちゃん、か……妾はこう見えて、其方より遥かに長く生きておる。百二十歳になるぞ」

「ひゃ、百二十歳……!?」

 思わず声が裏返った。


 そういえば――物語やゲームの中でも、エルフは長寿種だとよく語られていた気がする。

 見た目だけで判断してはいけないらしい。


 さっきから話すメイファちゃんの大人びた言葉に納得する。

 だからと言って、幼い少女の姿を見ると、「メイファさん」と呼ぶのもしっくりこない。


 敬称を直接指摘されたわけではない。

 ならば、引き続きメイファちゃんと呼ばせてもらうことにしよう。

 私は気を取り直し、そのまま疑問をぶつける。


「メイファちゃん、さっき言ってたことなんだけど、人間社会の聖女様って……直接、傷を癒したりできるの?」

「うむ。そのように聞いておる」

 メイファちゃんは静かに頷く。


「じゃが、ここまでの治癒速度は聞いたことがない。擦り傷程度ならともかく、妾の傷は肉まで達しておった。それが、たった一度薬を塗っただけで跡形もなく塞がったということは、並の癒しの魔力では到底ありえぬ」


 そう言って、自らの腕を見下ろす。

 さっきまで深い傷があったと思えないほど綺麗な白い肌をしている。


「妾は聖女本人に会ったことはない。じゃが、かつて帝国の特使から聞いた話では、深い傷や骨折ともなれば、何度も術を施し、治療に数週間を要すると言っておったな」


 そこで一度言葉を切り、メイファちゃんは苦々しく目を細めた。

「……まあ、結果として、あやつらには裏切られてしまったのじゃがな」

 その声音には、静かな怒りと、消えない痛みが滲んでいた。


 さわさわ、と木々が揺れる。

 風が吹き抜け、メイファちゃんの銀緑の髪をふわりと揺らした。


 百二十年も生きているはずなのに――。

 そこに立つ姿は、ひどく寂しげな少女にしか見えなかった。

 今にも消えてしまいそうなその儚さに、思わず抱きしめたくなる。


「……まあ、それはよい。そもそも、妾たちは元より、人間どもと馴れ合うつもりなどなかった」

 けれど次の瞬間、メイファちゃんの表情が変わる。

 弱さを押し隠すように、凛とした“女王”の顔になる。


「じゃが、あやつらは禍々しい気配を纏っておった。それを探る目的もあったのじゃが……不意を突かれてしまった。妾の油断が招いた結果じゃ」


「不穏な影……?」

 私は思わず首を傾げた。


 ――どういう意味なのだろう。

 人間たちによる他種族への迫害と、何か関係があるのだろうか。


 詳しいことは分からない。

 けれど少なくとも、彼らが危険な存在だという事実だけは変わらない。

 胸の奥で、帝国の人間たちへの警戒心がさらに強くなっていくのを感じた。


「さて、それでは魔導機工房へ移動しますかな」

 長老の穏やかな声が、その場の空気をやわらかく切り替える。

 私たちはエルフ族を案内するように、ゆっくりと魔導機工房へ向かって歩き出した。


 魔導機工房では、白狼族と小人族が総出でエルフたちを迎える準備を進めていた。


 布団を運ぶ者。

 温かな食事を並べる者。

 着替え用の衣服を抱えて走り回る者までいる。


 慌ただしく動き回りながらも、その表情には皆、どこか優しさが滲んでいた。

「リク! こっちだ! お前も手伝え!」

 風魔法で布団を宙に浮かせながら、ラウロが大声で理玖を呼ぶ。


「母さん……えっと、俺、ちょっと手伝ってくる……」

 理玖がちらりとこちらを振り返った。

 たぶん、私から離れていいのか気にしているのだろう。


「わかったわ。ラウロのところに行っていいわよ」

 そう言うと、理玖は小さく息を吐いた。


「……うん」

 どこか諦めたように頷き、そのままラウロのもとへ駆けていく。

 その背中を見送りながら、私は思わず苦笑した。

 

「みなさん、ようこそおいでくださいました」

 アロアさんが柔らかな笑みを浮かべ、エルフたちを工房の中へ招き入れる。


「大したおもてなしはできませんが、どうぞごゆっくりお休みください。お食事も用意しておりますので」

 その言葉に、張り詰めていたエルフたちの空気がわずかに和らいだ気がした。


「これは、かたじけない。恩に着るぞ、小人族のご夫人殿」

 メイファちゃんが静かに礼を述べる。


「私はアロアと申します」

 丁寧に頭を下げたその後ろから、ひょこっと小さな顔が覗いた。


「私はシュシュっていうの! あなた、すっごく綺麗ね!」

 屈託のない声に、その場の空気が少しだけ柔らかくなる。


「そうか。妾はメイファ。エルフ族を統べておる者じゃ。其方も、とても愛らしいぞ」

 メイファちゃんがふっと微笑む。

 その笑みに、アロアさんははっとしたように目を見開いた。


「統べている……? も、もしかして女王様でしたか!? これは失礼しました……! シュシュ、あまり馴れ馴れしくしちゃダメよ」


「えー? どうして? 女王様ってそんなに偉いの?」

 シュシュがきょとんと首を傾げる。

 すると、メイファちゃんは小さく笑った。


「構わぬ。多種族から見れば、妾など子供にしか見えぬであろう」

 銀緑の髪を揺らしながら、穏やかな声で続ける。


「それに、其方たちも妾の民も、皆平等じゃ。ただ、大勢を導くにはまとめ役が必要なだけ。たまたま、妾が最も魔力に秀でておったから、その役目を担っているにすぎぬ」


 そう言って向けられた微笑みは、どこか達観していて――それでいて、不思議な温かさを感じさせた。

 工房の中では、小人族と白狼族が自然にエルフ族を受け入れ、少しずつ交流を始めていた。


 温かな食事を手渡す者。

 空いた場所へ案内する者。


 怯えた子どもに優しく声をかける者。

 種族は違っても、そこには確かな思いやりがあった。


 やがて、私が作ったリュミナのお茶がエルフたちへ配られていく。

 一口飲むたびに、強張っていた表情が少しずつ和らいでいくのが分かった。

 青ざめていた顔に血色が戻り、疲れ切っていた瞳にも、わずかな光が宿っていく。


「……温かい」

 誰かがぽつりと呟いた声に、胸の奥がじんわりと熱くなった。


 ――こんなふうに。

 種族が違っていても、支え合いながら生きていけるはずなのに。


 どうして帝国の人間たちには、それができないのだろう。

 互いを傷つけるのではなく、寄り添う道だってあるはずなのに――。

 賑わい始めた工房の光景を見つめながら、私は静かに唇を噛みしめたのだった。

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