第80話 理玖はエルフ族と再会する
数十人――いや、それ以上いる。
木の根元にもたれ込む者。力尽きたように地に横たわる者。立っている者でさえ、今にも膝から崩れ落ちそうだった。
誰もが満身創痍だった。
尖った耳。銀緑の髪。深い森を思わせる静かな瞳。
忘れるはずがない。
かつて、俺が初めて出会った時と同じ姿。
――エルフ族。
自然と共に生き、この世界で最も濃く精霊の加護を受ける種族。
一見すれば儚く、触れれば壊れてしまいそうなほど繊細で、美しい。
だが、その本質は違う。
四大元素を自在に操る彼らは、並の魔導士では到底太刀打ちできない力を秘めている。
その集団の中央で。
他のエルフたちに守られるように、一人の少女がこちらを見上げていた。
年は十二、三歳ほどにしか見えない。
驚きに目を見開いたその顔に、俺は懐かしい面影を見つける。
「メイ……ファ……」
無意識に零れた名前に、白狼族たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
銀緑の髪を揺らした少女は、俺がかつて友と呼んだエルフ族――メイファ。
百年以上の時が流れたはずなのに、あの頃とほとんど姿が変わっていない。
そういえば……。
あの頃の彼女は、次代の女王として教育を受けていたはずだった。
頭の奥に沈んでいた記憶が蘇る。
自分の魔力が強いばかりにエルフ族の頂点へと据えられる運命を背負った彼女は、自分の力に不安を覚えていた。
――リック……妾は怖いのじゃ。自分の采配次第でこの国の運命が変わることもあるのだということが……
そう呟くメイファに俺はなんと答えたのだったか……
口先だけのアドバイスなんて無責任なことは言えなくて、ただ黙って話を聞いてただけだったような気がする。
「リク殿、彼らを知っているのか。どう見ても……エルフ族だが」
ラザの低い声に、俺はハッとして現実に戻る。
「あ……いや、以前、小人族に話だけは聞いたことがある」
なんとか誤魔化す。
「ふむ、なるほどな」
ああ、ラザは察しているな。
そう思いながら、再びエルフ族に目を向けた。
「君たちは、エルフ族だな」
ラザが目の前の集団に問いかける。
だが、ボロボロの衣をまとったエルフの少女――メイファは、その言葉が聞こえていないかのように、俺を凝視したまま口を開く。
「……お主は、リック……だな?」
ゆっくりと立ち上がりながら、メイファがこちらに近づいてくる。
「その魔力……あの時のリックと同じじゃ。それにしても……ずいぶん縮んだのではあるまいか?」
少女の言葉に、場の空気が一瞬で凍りついた。
「え? リック……じゃないよな。リクはリクだよな。それに、“縮んだ”って……?」
フェイが不思議そうな顔で俺に視線を向ける。
「えーと……そんなわけないよな。きっと……そう、人違いだ」
俺はチラチラとメイファに目配せしながら、苦しい言い訳をする。
「なんだよ、それ!」
納得がいかないという顔をするフェイに、思わず肩をすくめる。
「エルフの少女よ、悪いけど、俺は理玖だ。君の言うそのリックという者とは別人だ」
俺はメイファをじっと見つめながら言い切った。
「なんじゃ……ああ、そうか。其方はリクというのか――妾の勘違いのようじゃな。お主の魔力が、あまりにも知り合いに似ておったものでな」
メイファは少し考えるそぶりをすると、すぐに話を合わせてくれた。
――助かったな。
彼女に俺の意図が通じたようだ。相変わらず、勘がいいやつだ。
とはいえ、ラザ以外の白狼族は納得していない様子で、俺の様子を窺っている。だが、ここで余計なことを口にするつもりはない。せっかく繋いでくれた流れだ、このまま押し通す。
――それよりも。
俺は、改めてエルフたちへと視線を向けた。
衣服は裂け、身体のあちこちに傷が残っている。誇り高いはずの彼らが、これほどまでに消耗している姿は異様だった。
まるで、戦場をそのまま引きずってきたようだった。
本来、エルフ族はこの山脈の向こう、麓の森に築かれた小国に住んでいるはずだ。
たしか、国の名は――アダの国。
そこから、なぜここまで。
「あなたたちはエルフ族だな。なぜ、こんな場所に?」
俺の思考をなぞるように、ラザが静かに問いかける。
その声には、警戒とわずかな緊張が混じっていた。
「人間が……我らの国を侵略したのだ」
そう答えたのは、メイファの隣に寄り添うように立っていた、背の高い男のエルフだった。
深く刻まれた眉間の皺。押し殺した怒りを滲ませる低い声。その一言は、空気そのものを重く沈ませるほどの力を持っていた。
俺は息を呑む。
――人間が、エルフ族の国を?
自然の守護者と謳われ、この世界で最も精霊の恩恵を受ける種族。
かつての人間たちは他種族を虐げることはあっても、エルフ族にだけは手を出そうとしなかった。
エルフ族が存在する限り、森は枯れず、大地は痩せず、自然の恵みは循環し続ける――そう信じられていたからだ。
それに、エルフ族は魔法において他種族を圧倒している。
人間が容易に敵対できる相手ではなかったはずだ。
「まさか……!?」
ラザも俺と同様に驚いたようだ。目を見開き、そのエルフ族の男を鋭く見据える。周囲の白狼族たちも同様に眉間に皺を寄せ、言葉の続きを待っていた。
――間違いない。
整った顔立ちに、どこか中性的な気配を帯びたその男。エルフ特有の気品を宿した姿には、見覚えがあった。
確か……ガラン。
「だが、エルフ族といえば四大元素魔法を使いこなし、人間を遥かに凌ぐはず……」
ユラが低く呟く。
「魔導兵器じゃ」
その言葉を断ち切るように、メイファが口を開いた。
「奴らは魔導兵器を使い、妾たちが魔法を放つたびに魔力を吸収したのじゃ。そして、奪った魔力をそのまま攻撃するための力へ変えたのじゃ」
息を呑む。
まさか……それは――
胸の奥で、嫌な予感が形を持つ。
俺の表情の変化に、メイファはすぐ気づいたようだった。
「……まあ、今さら何を言ったところで、妾たちの国が元に戻るわけでもあるまい」
静かに吐き出されたメイファの言葉に、エルフたちは一斉に唇を噛みしめた。
小さく震える肩。
それが怒りによるものか、悔しさによるものか――あるいは、その両方なのかは分からない。
ただ一つ、確かなことがある。
彼らはすべてを奪われたのだ。
――ならば、見過ごすわけにはいかない。
そしてもし彼らが望むのなら、その手を取り、奪われた国を取り戻すために力を貸すことになるだろう。
その前に村で疲れ切った体を休める必要がある。
それから、今後のことを話し合う。
俺が頭の中で考えをめぐらせていると、ラザが静かにこちらへ視線を寄越していることに気づいた。
――同じことを考えているな。
この場で、彼らを小人族の村へ招き入れていいのかどうか。
言葉は交わさない。だが、それで十分だった。
俺はラザの目を真っ直ぐに見返し、小さく頷く。
エルフ族――彼らが加わるなら、戦力としては申し分ない。むしろ、願ってもない増強になるだろう。
……利用しているようで、気が引けるが。
それでも、ただ都合よく扱うつもりはない。
彼らを助けたいと思っているのも、紛れもない本心だ。
そして何より――
彼らが語った魔導兵器。その正体には、心当たりがあった。
おそらく、俺がかつて編み出したものに違いない。
本来、あれは亜人には効かないよう設計していたはずだ。だが、この百年の間に何らかの改良が加えられたのだろう。
それでも――起点が俺であることに変わりはない。
胸の奥に、重いものが沈む。
ならばせめて、俺は彼らに対してできる限りのことをしよう。
贖いの意味も込めて――そう、心に決めた。
とはいえ――事情も説明せずに彼らを連れて行けば、村の連中が警戒するのは目に見えている。
下手をすれば、余計な混乱を招きかねない。
そう判断した俺は、まず村の長老――ソールに知らせを入れることにした。
もちろん、風の便りを使って。




