第71話 白狼族の受け入れ
翌朝、朝食を終えたころ、長老から『風の便り』が届いた。
白狼族との今後の関わり方について、話し合いたい――そんな内容だった。
きっと、あの小海の件だろう。
彼らが、あの場所に入りたいと願っていたこと。
それをどう受け止めるか――。
長老なら、きっと前向きに考えてくれる。
そう信じながら、私は理玖と並んで魔導機工房へ向かうため、玄関の扉を開いた。
外に出ると、頬を撫でる風がどこか柔らかい。
少し前までの冷たさは影を潜め、季節が確かに移ろい始めているのを感じる。
――そういえば。
長老が、桜祭りの話をしていた。
あたりを見回しても、この辺りにはそれらしい木は見当たらないけれど。
きっと、どこかで満開の桜が、今まさに咲き誇っているのだろう。
「母さん、風があったかいね」
少し前を歩いていた理玖が、くるりと振り返って笑った。
その笑顔に、胸がふっと緩む。
子供らしい笑顔――けれど同時に、わずかな違和感が残った。
どこか、作られたような。
そんな気がして――けれど、私はそれに気づかないふりをする。
「そうね。この陽気なら、きっと桜も満開になっているわ」
「うん。ここからちょっと遠いけど、あとで一緒に見にいこうよ」
軽やかな声でそう言うと、理玖はまた前を向いて歩き出した。
その背中を見つめたまま――
私は、息を呑む。
――ここから、ちょっと遠い。
まるで、その場所を知っているかのような言い方。
心臓が強く脈打つ。
どくん、どくんと、全身に大きく響く。
すぐ目の前を歩く理玖が遠くに感じる。
どうして……
気持ちを抑えるように胸に手を置く。
今のはきっと言い間違いだ。
「ちょっと遠いかもしれないけど」って意味だったんだ。
ただ言葉が足りなかっただけ、まだ三歳なんだからそんなこともある。
胸の鼓動を抑えるため、静かに深呼吸をする。
大丈夫。
理玖は私の理玖だ。
少し前と変わらない。
無理やりそう思うことにして、私はただ静かに理玖の背中を追った。
魔導機工房に足を踏み入れた瞬間、空気がわずかに変わった。
中には、思っていた以上に多くの小人族の人たちが集まっている。
視線が、一斉にこちらへ向けられた。
少しだけたじろぎながらも、私は軽く会釈をする。
「イオリ様、朝からお呼び立てしてしまって申し訳ありませんな」
長老が歩み寄り、穏やかに頭を下げた。
「ですが、できるだけ早くお伝えした方がよいと判断いたしまして」
「いいえ、大丈夫です」
私は首を振る。
「それで……白狼族が小海に入る件、受け入れることになったのですか?」
「ええ」
長老は静かに頷いた。
「その代わり――彼らには、この村を守る役目を担ってもらおうと考えております。村の外縁に住まいを設け、共に暮らす形ですな」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
そこまで、受け入れるつもりでいてくれたのだ。
思わず、ほっと息が漏れる。
種族は違っても、こうして手を取り合えるのなら――
この村は、きっともっと豊かになっていく。
「とても、いい考えだと思うわ」
自然と笑みがこぼれた。
「人が増えれば、賑やかになるし……できることも増えていくもの」
「そう言っていただけて安心しましたぞ」
長老は満足そうに目を細める。
「すでに、村の周囲に白狼族の住居を建てる準備も進めております。もちろん、最終的には彼らの同意を得る必要がありますが」
「えっ……家まで?」
思わず声が上ずる。
そこまでしてあげるなんて――。
「ええ。さすがに野宿をさせるわけにはいきませんからな」
長老は、こともなげに言った。
「何、心配はいりません。我らは物作りを生業とする種族ですから」
「そうそう!」
横から、明るい声が割り込む。
「おいらに任せてくれりゃ、立派な家を建ててみせますよ」
胸を張るラフさんに、思わず小さく笑ってしまった。
その後、長老はラザさんへ『風の便り』を送り、決定を伝えた。
返事を待つ間もなく、ラザさんは仲間を連れて駆けつけてきた。
そして――その場で、白狼族たちは深く頭を下げた。
肩を震わせ、静かに涙をこぼしながら。
その姿を見たとき、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
ラザさんの奥様や、他の女性たちも私が渡したリュミナのお茶で、かなり体調が良くなっていると聞いた。
それを知ったとき、ようやく胸を撫で下ろすことができた。
白狼族がこれまで辿ってきた道を思えば――ここに来られたことは、きっと救いだったのだろう。
そう、心から思えた。
それからの日々は、あっという間に過ぎていった。
村の外縁には、次々と家々が立ち始め、白狼族が移り住んでくる。
一週間も経つ頃には、ラフさんたちが建てた家は二十棟ほどに増えていた。
気がつけば、村は以前よりずっと賑やかになっている。
笑い声や足音が増え、空気そのものが活気づいていた。
白狼族の人数は、六十八人。
かつてはその三倍以上がいたと聞いている。
どれほど多くの仲間を失ってきたのかと思うと――
胸の奥に、重たいものが沈んだ。
彼らの居場所を奪ったのは、人間だ。
同じ人間として、どうしても申し訳なさが拭えない。
それでも。
白狼族の人たちは、私や理玖を“あちら側”とは切り離して見てくれているようだった。
いつもどこか敬うように、丁寧に接してくる。
その距離に、少しだけ居心地の悪さを覚えながらも、きっと時間が経てば、変わっていくはずだと信じている。
同じ場所で暮らし、言葉を交わしていけば。
いつか自然に、笑い合えるようになると。




