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2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


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第70話 理玖は長老と密談する

 湿り気を帯びた夜気が、頬をなでる。

 見上げれば、半月がぼんやりと浮かび、木々の影を淡く地面に落としていた。


 静かな夜だ。

 ――カサリ。


 わずかな物音。

 視線を向けると、木陰から小さな影が現れた。


「ソール……やっぱり来たか」

 小人族の長老、ソールだった。


「ええ。リク様が目配せをしておりましたので。白狼族の件で、何かお考えあるのですね」

「なるほどな。相変わらず察しがいい」


「ははは、年の功というやつですな」

 軽く笑って受け流す。


 ……穏やかそうな表情とは裏腹な鋭い洞察力。

 本当に食えない奴だ。


「白狼族のことだが――」

 俺は夜気を吸い込み、言葉を選ぶ。


「この村の外縁に、彼ら専用の集落を作る。そうして共に暮らす形を取るのはどうだ」

 ソールの目が、わずかに細まった。

 きっと、俺が何を考えているのか見極めているのだろう。


「ほう……イオリ様のいるこの村を、小海を餌に守らせるというわけですな」

「餌……? うん、まあそうなるかな。だけど、母さんのため“だけ”じゃない」

 すぐに否定する。


「お前たちにとっても利があるはずだ」

「……確かに」

 ソールは頷いた。


「その形であれば、結界が破られた場合でも、即座に村が陥落することはないでしょうな。白狼族が本来の力を取り戻せば――魔力に長けた人間であっても、そう容易く太刀打ちできますまい」


 まるで、こちらの意図を最初から読んでいたかのような口ぶりだった。

 ……相変わらず、油断ならない。


 だが――。

 だからこそ、話が早い。


「白狼族が住めるだけの住居が必要だ。用意できるか?」

 問いかけると、ソールは肩をすくめてみせた。


「おやおや。リク様ともあろうお方が、我ら小人族の本領をお忘れとは」

 口元に笑みを浮かべる。


「もちろん可能ですとも。建築に長けた者もおりますし――リク様もご存じでしょう、ラフなどはその筆頭ですな」

「ああ、あいつか」

 思い出す。


 確かに、あの男は腕がいい。建築に限らず、細工も発想も抜きん出ていた。

 努力もせずに何でも淡々とやりこなす。

 昔から、そういう男だった。


「必要数を揃えるまで何日かかる?」

「そうですな……数にもよりますが、三日もあれば十棟ほどは整えられましょう」


「三日か。十分だな」

「ええ、わしらには風の精霊の加護がございますから」


「そうだったな。それまで白狼族には不便をかけるがまあ仕方がないだろう」

 ソールの言葉に、ふと思い出す。


「そういえば、白狼族も小人族と同じ風の精霊の加護を受けているんだったか」

「ええ、ですが少々事情が異なります」

 ソールは苦笑を浮かべた。


「我らに応じてくれるのは下位精霊。補助こそあれ、戦う力は持ちません。一方、白狼族が従えているのは上位精霊……その差は大きいでしょうな」


「なるほどな……」

 改めて、戦力としても申し分ないと実感する。


「これで、白狼族はリク様とイオリ様に大きな恩を抱くことになりますな。たとえリク様に何らかの思惑があったとしても、彼らはお二人に誠心誠意尽くすでしょう。白狼族は、一度懐に入れた相手を己の一族同然に扱う種族ですからな」


 ソールの言葉に、俺はわずかに眉をひそめた。

 まるで最初から、俺が白狼族をこちら側へ引き入れるために裏で手を回していたみたいじゃないか。


「これは俺が仕組んだことじゃない。ただ、流れがこうなっただけだ」


「ええ、承知しておりますとも。人間たちが白狼族の住処を侵略したことも、彼らがこの地へ逃れてきたことも、リク様が導いたわけではありませんからな」


 ソールは穏やかに頷いている。

 だが、その言葉の端々に妙な含みを感じるのは、俺の考えすぎだろうか。


 ……まあいい。

 一応、今後の方針は伝えられた。

 なら、今はそれで十分だ。


「じゃあ――」

 俺は一度言葉を切り、慎重に続きを口にした。


「白狼族を村の外縁に住まわせる案、母さんに伝えておいてくれ。俺から言い出すのは、さすがに不自然だからな」

 ソールは静かに目を細め、ゆっくりと頷いた。


「承知しました。イオリ様であれば、きっと耳を傾けてくださるでしょう。彼らのことをかなり心配しておりましたからな」

 ソールも母さんの性格をだいぶ把握しているようだ。


「じゃあ、頼んだ」

「お任せください」

 その言葉を残し、ソールは音もなく闇へ溶けていく。


 ひとり残された俺は、夜空を見上げた。

 半月が、静かに光を落としている。


 ――やるべきことは、決まっている。

 この村の守りを固める。


 ――もし。

 俺が覚醒したときに放った魔力の波が、ジェロール帝国に届いていたとしたら。


 あいつらは、必ず嗅ぎつけてくる。

 この場所を。

 調査という名目で――いや、確信を持って。


 胸の奥が、ひやりと冷えた。

 もし、その過程で母さんの存在が知られたら。


 ……迷うはずがない。

 聖女の力を持つ者など、あいつらにとっては“資源”でしかない。


 必ず、奪いに来る。

 囲い込み、縛りつけ、骨の髄まで使い潰す。


 あのときと同じように。

 ――させるかよ。


 ぎり、と奥歯を噛み締める。

 帝国の戦力がどれくらいなのか明確には把握できていない。


 白狼族だけでは足りないかもしれない。

 だが、まだ時間はあるはずだ。


 悠長に構えていい状況じゃないが、今、俺にできることは、すべてやる。

 白狼族との共存。


 防衛線の強化。

 そして――自分自身の力の底上げ。


 守るために。

 もう、何も失わないために。


 俺は静かに息を吐き、星の瞬く夜空の下で次に打つべき手を組み立てる。

 木々の向こうから、フクロウの鳴き声が微かに響いた。


 ――ホウ、ホウ。

 その小さな音が、胸の奥で燻っていた不安をじわりと掻き立てる。

 この瞬間にも、帝国はこの地へ手を伸ばすために、どこかで牙を研いでいるのかもしれない。


「今度こそ、守る……」

 思わず漏れた呟きは夜気に溶け、音もなく消えていく。

 それでも、フクロウの鳴き声だけは、妙に耳の奥へ残り続けていた。

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