表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/110

第66話 白狼族との邂逅

 白狼族は、結界の内へは入れない。

 となれば、会う場所は必然的に――結界の外になる。


 わかってはいる。

 けれど――


 あの時の光景が、脳裏に蘇る。

 魔獣に襲われかけた、あの瞬間。

 思い出した途端、身体が小さく震えた。止めようとしても、うまく抑えられない。


「イオリ様。白狼族が周囲の警護に当たるとのことです。彼らは我らよりもはるかに強い。ラザも、命に代えてイオリ様を守ると申しておりました。……ですが、もしご不安でしたら、結界を挟んで話すことも可能です。声は少し届きにくくなるかもしれませんが」


 長老の言葉に、私はゆっくりと首を振る。

「いいえ……大丈夫です。白狼族が守ってくれると言うのなら――信じましょう」

 そう答えた自分の声は、思っていたよりもずっと落ち着いていた。


 そして翌日。

 私は覚悟を決め、小海へと向かうことにした。


 ――理玖を連れて。

 本当は、長老やロッソさんたちに預けるつもりだった。危険がないとは言い切れない以上、その方がいいとわかっていたからだ。


 けれど理玖は、首を横に振って譲らなかった。

「絶対に母さんと行く」

 理玖は、きっぱりと言い切った。


 短い言葉。

 けれど、その瞳には揺るがない意志が宿っていた。


 まだ幼い理玖に、そこまでの考えがあるとは思えない。

 なのに、なぜか無視できないような気がした。


 ただの我儘だけじゃないような……

 そんな私の思いをまるで見透かしているかのように……結局、押し切られてしまった。


 不安が消えたわけじゃない。

 それでも。


 理玖と一緒に行く。

 そう決めた瞬間、胸の奥にあった迷いが、少しだけ静かになった気がした。


 長老、ロッソさん、ラフさん――三人が同行することになった。

 穏やかな風が草を撫で、柔らかな陽光が降り注ぐ。道はどこまでも静かで、命の気配に満ちている。


 けれど、その美しさは、今の私の心には届かなかった。

 胸の奥に沈んだ不安は、少しも軽くならない。


 ふと、手を握っている理玖に目を向ける。

 その横顔はどこか強張っていて、年相応の幼さが消えていた。


 ――緊張しているのだろうか。

 それとも、もっと別の何かを抱えているのか。


 問いかけることもできないまま、私は視線を前へ戻した。

 やがて、結界の境界が見えてくる。


 その向こう側。

 白髪の、屈強な男がひとり。


 その隣に女性と男性が一人ずつ、さらに背後には三人の男たちが見えた。

 彼らは、私たちの姿を認めると――一斉に膝をつく。

 その様子に思わず足が止まる。


「イオリ様、彼らはイオリ様に敬意を払っているのですよ。さあ、イオリ様、わしらは後方で見守っておりますよ」

 私の隣に並んでいた長老が静かに言った。


 でも、どうすればいいのかわからない。

 戸惑いながら、一歩踏み出しかけた、そのとき。


「母さん、ちょっと待って」

「理玖……?」

 ふいに、握っていた手が離れた。


 次の瞬間、理玖が私の前に一歩出て、横に腕を伸ばす。

 私を制するように。

 思わず、その背中を見つめた。


「白狼族を――中に入れる」

 静かな声だった。


 だが、その言葉の意味が、すぐには理解できない。

 理玖はためらいなく、結界へと手を伸ばす。


 ――何を、するつもりなの。

 問いかけるよりも先に、私はただ、呆然とその光景を見つめていた。


「理玖、どうして……」

 問いかけた声は、どこか遠くへ置き去りにされたようだった。

 理玖は手のひらから一瞬、淡い光を放つと、そのまま白狼族へ視線を向ける。


「入っていいよ。でも――」

 語尾が、わずかに低くなった。 


「母さんを傷つけたり、妙なことをしたら……許さない」

 空気が、ぴんと張り詰めた。

 膝をついていた白狼族の長――ラザが、ゆっくりと顔を上げる。


「……君は、イオリ殿のご子息だな」

 静かな声だった。


「あのとき、我が息子を助けてくれた」

「別に」

 理玖は即座に言い切る。


「あなたの息子を助けたわけじゃない。母さんを守っただけだ」

 淡々とした言葉。


 けれど、その奥にある意志の強さに、思わず息を呑む。

 私はただ、二人のやり取りを呆然と見ていることしかできなかった。


「理玖……?」

 ようやく声を絞り出す。


「あなた、今……何をしたの?」

「結界の一部を外しただけだよ」

 あっさりとした返答。


「これで、中で話せるでしょ?」

「外した……って……」

 言葉が続かない。


「どうして、そんなことができるの?」

「うーん……なんか、できそうな気がしたから?」

 軽い口調。


 まるで、当たり前のことを言っているみたいに。

 ――この子は、本当に……私の息子なの?

 背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。


「母さん……ダメだった?」

 ふと、理玖が不安そうにこちらを見上げてきた。


 その表情は、ついさっきまでとは違う。

 あどけない、年相応の顔。

 それなのに――。


「……やはり」

 ラザの声が、静かに割り込んだ。


「君は“叡智の魔力”を宿しているようだな。さすがは――癒しの魔力、いや“聖女の魔力”とも呼ばれる力を持つイオリ殿のご子息だ」

 聖女の魔力……


 その言葉に、胸がざわつく。

 どういうことだろう……

 私が問いかける間もなく、ラザは深く頭を下げた。


「イオリ殿。我らが結界の内へ入ること、許していただけるだろうか」

 私は一瞬、言葉を失う。


 視線は、理玖へと向いていた。

 ――この子が開いた“道”。


 それを、どう受け止めればいいのか。

 長老、ロッソさん、ラフさんに確かめるように後ろを振り返ると、彼らは無言で頷いた。

 

「……ええ、どうぞ」

 私は結局、そう答えるしかなかった。

 戸惑いは、まだ消えないまま。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ