第61話 理玖は白狼族の現状を知る
——かあさんと一緒にいる。
と、言ったものの、膝の上に乗せられると、中身が大人の俺はなんだか落ち着かない気持ちになった。
だが、大人しくしているのよ、と言った母さんに頷いてしまった手前、どうすることもできない。
俺は黙って、ソールの話に耳を傾けることにする。
小人たちに注目される中、中央のテーブルで俺たちと向かい合って座るソールが口を開く。
「さて……よろしいですかな」
いよいよだ。
これで白狼族がなぜ、故郷を捨ててこの地に現れたのか明らかになる。
俺は気を引き締めて、ソールの次の言葉を待った。
「早速ですが、白狼族の長——ええと、ラザという名でしたかな——が、ここ数日、その子供と共に小海の結界の前に現れておる、という報告を受けましてな」
ラザ……白狼族の長……
そうか、白狼族は長命だ。
それでも——百年以上経っている。
あの頃の戦士たちが、まだ生きている保証はない。
ソールは続ける。
「様子を見に行ったところ、イオリ様に会って礼を伝えたい、との申し出を受けたのです」
「……長老が、ラザと話をされたんですか?」
「ええ」
白狼族の長が多種族に歩み寄ってきた……だと?
あの誇り高き彼らが……どういうことだ?
そうだ……あの後……母さんが魔獣に襲われそうになった後、何かあったのか……?
あの時、俺の魔力が暴発したことまでは何となく記憶している。
母さんが無事だと言うことは、きっとそれで魔獣を退けることができたのだろう。
だが、その後は……?
気がついたらベッドの上で、母さんに抱きしめられていた。
俺の疑問を補うようにソールの声が再び流れる。
「ラフから話を聞きましてな。ラザはイオリ様にもリク様にも危害を加えず、そのまま去っていったと。ならば……わしらも、ただ恐れて、距離を置き続けるのは——違う気がしましてな」
ソールが一息つく。
「イオリ様からいただいた薬——アロウ軟膏が、彼の息子の傷をみるみる癒したそうで。大変感謝しておりました。それに、リク様が防御魔法でその子を救ってくださったことも、深く礼を述べておりましたぞ」
「……よかった」
母さんの薬があの白狼族の子供の傷を癒した……?
母さんの薬が……
じゃあ、白狼族に母さんの力が知られたということか。
彼らに人間との関わりがあるとは思えないが、人間にだけは知られてはいけない。
理由もなく俺の中で、警告音が強く響いている。
そんな俺の不安を払拭するようにソールが言葉を放つ。
「それと、もうひとつ、やはり白狼族は、人間に故郷を追われたようですな」
空気が一気に重くなった気がした。
人間に……?
じゃあ、あのアクアウッドは……?
青と緑のコントラストの中央に佇む白い砂浜。
キラキラと日の光を受けて揺蕩う穏やかな波。
あの煌めく景色が人間に奪われたのだというのか……
頭の中に浮かぶ光景に、何ともいえない焦燥感が湧き上がってくる。
「多くを失い、残った者も次第に体が弱っていっていると聞きましてな」
ソールが話を続ける。
「礼を伝えたいというのは本来の目的でしょうが……それに加えて、イオリ様にご相談したいことがあるようなのですよ」
ソールの言葉に心臓がどきりと跳ね上がる。
「私に……ですか?」
「ええ。おそらく、イオリ様が癒しの魔力をお持ちだと気づいたのでしょうな。きっと仲間を癒して欲しいのでしょう」
「癒しの魔力……?」
戸惑う母さんの声。
二人の会話が続く中で、忘れていた記憶が蘇ってきた。
あのとき……最初こそ彼らに睨まれたものの最終的には打ち解けて……
白狼族と友情を交わしたんだっけ。
物資調達のために人間社会へ行った仲間が囚われて……救い出すために、俺は陰から手を貸したんだった。
その時、白狼族の中には魔力の色が見える者が存在するということを知った。
母さんと話したいと指名してきたということは、もしかしたら今の彼らの中にもいるのか?
魔力の色が見える者が。
人間たちに追われた状況なら、まだましだと思うが……
俺は、魔力の流れを確かめるように母さんに意識を向ける。
母さんがぎゅっと俺の手を握る。
確かにこの魔力には癒しの力が宿っているのを感じる。
しかもかなり強い。
だめだ。
いくら白狼族でも油断できない。
母さんが奴らに囚われたら、あの子のように……
ふと、記憶のそこに何かが触れた。
あの子……
まただ。
思い出せそうで思い出せない。
それよりも今は母さんだ。
俺は再び二人の話に耳を傾ける。
「イオリ様……無理にとは申しません。ただ、ラザの様子があまりにも憔悴しておりましてな」
「えっと……一度、ラザと話してみます。小海の結界のところに行けばいいんですよね?」
「ええ。風の便りで知らせましょう。彼の魔力は把握しておりますゆえ、問題なく届くはずです」
気づくと、二人の話は進んでいつの間にか母さんと白狼族の長、ラザが会うことになっていた。
胸の奥のざわめきだけが波紋のように広がる。
できるだけ母さんのそばにいよう。
今度こそ失わないために……
俺は拳をぎゅっと握りしめた。




