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2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


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第55話 元気になるお茶

「あのね、母さん、俺……母さんをまもるんだ」

 天井に星空がきらめく寝室で、理玖は目を覚ますなりそんなことを言った。

 昨日あれほど泣いていたのが嘘のように、すっかり元気な様子に思わず胸をなで下ろす。


「そう。うれしいわ。でも、危ないことはしちゃダメよ。母さんは、理玖が元気で幸せでいてくれれば、それでいいの」


「俺、げんきだよ」

 理玖は満面の笑みでそう答えた。

 一瞬だけ、その瞳にかすかな哀しみがよぎった気がしたけれど——


 気持ちを切り替えるように少しだけ高い声で言う。

「さあ、理玖。お腹すいたでしょう? 下に行ってご飯にしようね」

 私が抱き上げようとすると、ひょいとベッドから降りて扉の方へ向かった。

 取手に手をかけ、理玖が振り向く。


「母さん、俺、もう自分で階段、降りられる」

「待って、理玖。危ないから!」


「だいじょうぶだよ。ゆっくりおりるから」

 止める間もなく、理玖が扉の向こうへ消える。

 いくらゆっくりだといっても、三歳の理玖には急な階段だ。


 心配になって後を追うと、軽やかな足取りで階段を降りて行く理玖の後ろ姿が見えた。

 ぴょん、ぴょん、と迷いのない動きで。


「え……?」

 思わず目を見張る。

 なんというか……妙に慣れている。


 本当に三歳の子供なのかというほど軽やかだ。

 ——理玖って、運動神経がいいのね。

 妙に感心しながら、その小さな背中を追いかける。


 そういえば……さっきの受け答えも流暢だった。

 ここにきてから随分と成長したような気がする。


 今は何でも吸収しやすい時期なのかもしれない。

 嬉しいはずなのに、胸の奥にほんの少しだけ寂しさが混じる。

 そんな気持ちを抱えたまま、私はゆっくりと下の階に降り立った。


「母さん、俺、てつだうよ」

 朝食の支度をしようとキッチンへ向かうと、理玖がにこにこと笑いながら声をかけてきた。

 腕まくりまでしてやる気満々のようだ。


 ——ああ、ついに来たのね。

 思わず心の中でそう呟く。


 いわゆる「お手伝いしたい時期」というやつだ。

 以前、友人が「うちの子が何でも手伝いたがって大変なのよ」と話していたのを思い出す。


 簡単なことならいいけれど、包丁を使う場面や火のそばにまで来ようとするから目が離せないのだとか。

 たしか、その子も二、三歳くらいだったはずだ。


 そう考えると、理玖が今こうして言い出したのも不思議ではない。

 これまであまりそんな素振りは見せなかったけれど——


 どうやら、うちの子にもその時期がやってきたらしい。

 とりあえず、箸と茶碗を運んでもらうことにした。

 ここの茶碗はすべて木をくり抜いて作られているから、落としても割れる心配はない。


「母さん、これでいい?」

 理玖はうれしそうに、両手で大事そうに運んでくる。

 初めてのお手伝いが楽しくて仕方ない、といった様子だ。


「うん、ありがとう、理玖」

 そう言うと、理玖は少し照れたように笑った。

 その仕草があまりにも愛らしくて、思わず頬がゆるむ。


 ——小さな子が一生懸命なにかをするのを目にするとなんだか癒される。

 それから二人で並んで朝食をとる。


 ふと気づくと、理玖の箸の持ち方がいつの間にか上達していることに気づいた。

 改めて、子供の成長の早さを実感する。


「理玖、これ飲んでみて。きっと、もっと元気になるわよ」

 食後、用意しておいた薬草茶を、ダイニングチェアに座る理玖の前にそっと置いた。


「これは……?」

「リュミナの花で作ったお茶よ。ほら、この前、畑のまわりで一緒に摘んだでしょう? 黄色い小さな花」

 理玖は一瞬、考えるようにカップをじっと見つめた。


 けれど、すぐにぱっと顔を上げ、思い出したというように

「うん!」

 と元気よくうなずいた。


 私も一緒に、リュミナの花のお茶を口に運ぶ。

 ほのかな香りがふわりと広がり、どこかジャスミンティーに似たやさしい風味が鼻を抜けた。


 ——うん、これは……なかなか美味しい。

 そう思った次の瞬間、すっと体が軽くなるのを感じた。

 まるで疲れが一気に抜けたように、全身に力が満ちていく。


「このおちゃ……」

 ぽつりと呟いたのは、理玖だった。


「これ、母さんがつくったの?」

 カップをじっと見つめながら、確かめるように言う。


「そうよ。元気になるお茶なの」

「げんきになる、おちゃ……」

 

 理玖はそのまま言葉を途切れさせ、黙り込んでしまう。

 ——どうしたのかしら。


 すると、理玖が頭を抱えて「うっ」と微かに唸った。

「理玖っ! どうしたの? 具合が悪いの?」

 思わず理玖の頬に手を触れる。


 額にわずかに汗が浮いていた。

 理玖ははっとしたように私の顔を見た。


「……だいじょうぶ。なんでもないよ」

 首を横に振り、少しだけ作ったような笑顔でそう言う。


「そう、よかった」

 安堵の息をつく。 


 理玖が味を確かめるようにゆっくりとお茶を飲んでいる。

 窓から差し込む柔らかな光がその光景を優しく包む。


 いつもの息子の表情のはずなのに、どこか違って見える気がする。

 ――気のせい、気のせい……

 胸の奥に滲む違和感から目を逸らすように、黄色味がかったカップの中の液体へと視線を落とした。


 そうだ、これ、小人たちにも分けてあげようかしら。

 せわしなく働く小人たちはきっと日々の疲れも溜まっていることだろう。


 少しでも彼らの体が楽になれば嬉しい。

 それに風味もいいし、普段飲むのもいいかもしれない。


 後で、さっそく持って行ってあげようかな。

 そんなことを考えながら、私はもう一口、カップに口をつけた。



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