表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/138

第51話 理玖は戸惑う

 頭が痛い。

 体に、力が入らない。


 意識の底で、誰かが俺の頭を撫でている。

 やさしく、ゆっくりと。


 その感触があまりにも心地よくて――

 このまま、目が覚めなければいいとさえ思った。


 やがて、重たい瞼を持ち上げる。

 視界に広がったのは、満天の星のような光景だった。


 ――違う……外じゃない。

 体の下には、確かに柔らかな感触がある。

 布団の温もり。


 それに――

 すぐ隣から伝わってくる、ぬくもり。

 ゆっくりと顔を向ける。


 そこにいたのは――

 信じられない光景だった。

 静かな寝息を立てている、その横顔。


「……かあさん?」

 思わず、声が漏れる。

 次の瞬間。


「理玖!」

 名前を呼ばれた。

 その声に、胸の奥が強く揺れる。

 ――この声は、間違えるはずがない。


「起きたの?」

 やわらかな声音。

 けれど、どこか現実味がない。


 夢なのか、それとも――分からない。

 俺は思わず目をこすり、もう一度確かめるように見つめた。


「どうして、かあさんが……ここは……?」

 口にした言葉は、自分でも驚くほど震えていた。


「ああ、よかった……」

 母さんが、ほっとしたように息をついた。

 潤んだ瞳のまま、まっすぐ俺を見ている。


「あなた、二日も目を覚まさなかったのよ」

 そう言って、強く抱きしめてきた。

 その温もりに、一瞬だけ思考が止まる。


「なにが……どうなってる……?」

 言葉がうまくまとまらない。

 俺は、どうしてここにいる?


 そもそも――

 母さんは、俺が十二の時に亡くなったはずだ。


 じゃあ、あれは夢だったのか?

 それとも、今が夢で――


「理玖、ありがとう。母さんを魔獣から助けてくれて」

「……まじゅう?」

 思わず聞き返す。

 母さんの口から、その言葉が出てくること自体がおかしい。


 魔獣なんて――

 そんなものは、あの世界の話で。

 少なくとも、日本にいるはずがない。


「覚えてないの? ほら、あの――」

 母さんはそこまで言いかけて、ふっと言葉を飲み込んだ。


「……ううん、いいの。思い出さなくていいわ」

 やさしく言い直す。

 けれど、余計に混乱する。


 目を覚ましたら、死んだはずの母さんがいて。

 星空の下みたいな場所で、ベッドに寝かされていて。

 そして――魔獣。


 まるで、賢者として生きていたあの世界に、母さんだけがあとから入り込んできたみたいだ。

 そこまで考えて、ふと違和感に気づく。

 視線を落とした。


 自分の手を見る。

「……ちいさい」


 指が短い。

 手のひらも……クリームパンのようにぽよぽよして丸っこい。


「ふふ、そうね。まだ三歳だもの。理玖の手は小さいわ」

 母さんが当たり前のように言う。


「……三歳……?」

 その言葉が、頭の中でうまく結びつかない。

 今の俺が――三歳?


 じゃあ、この体は。

 この状況は。

 俺はいったい――


 その時だった。

 不意に――

 視界が、弾けた。


 鉄の匂い。

 焼けるような痛み。

 手首に食い込む、あの黒い紋。


 誰かの怒号。

 床に押しつけられ、動けない体。

『使え。お前はそのために呼ばれた』

 冷たい声。


 足元に転がる、血に濡れた誰か。

 助けを求める声が、すぐそこで途切れる。

 ――動け。

 ――動けよ。


 なのに。

 体は、命令に逆らえない。

 あの紋が、すべてを縛る。


 息が詰まる。

 視界が赤く染まる――


「……っ」

 気づけば、肩で息をしていた。

 指先が、わずかに震えている。


 ……あれは……?

 この世界に召喚されたばかりの記憶……

 逃げ場のない、暗闇の中の俺の。


 ……そうだ、思い出した。


 少しずつ、記憶がつながっていく。


 帝国から逃げて――

 最後に賭けた。


 この世界に過去の俺を呼び寄せるための召喚。


 あの時、座標は確かに定めた。

 母さんが死んだ年。

 俺が十二だった、あの時に。


 ……なのに。


 視線を落とす。


 小さすぎる手。


「……三歳……?」


 喉の奥で、言葉が引っかかる。


 おかしい。


 こんなはずじゃない。


 記憶を辿る。

 術式を、組み上げた時のことを。


 ……一度も試していない。

 再現しただけの魔法。


 なら――


 ……ずれたのか。


 時間が。

 あるいは、座標が。


 俺は一度、この召喚を経験している。

 だから、再現できると思った。


 だが――


 完璧じゃなかった。


 十二じゃない。


 もっと前に引き戻された……?

 

 三歳の自分……いや、召喚された時は二歳か。

 

 しかも――

 母さんまで一緒に。

 そこまで考えて、ゆっくりと顔を上げる。


「理玖……?」

 母さんが心配そうに俺の名を呼ぶ。

 目の前にいる母さんは、記憶の中の姿よりもずっと若い。


「……かあさん、わかい……」

 思わず、言葉が漏れた。


 その瞬間、母さんの表情がわずかに変わった。


「え? 理玖?」

 驚いたように、目を見開く。


 ――しまった。

 今のは、不自然だったかもしれない。

 どうする……。


 頭の中で、必死に言葉を探す。

 その時、母さんと一緒にこの世界に来てからこれまでの記憶が流れてきた。


 そして、ふと浮かんだのは――

 小人の少年、ラウロの顔だった。


「に、にいちゃんが……いってた」

 とっさに、そう口にする。

 自分でもぎこちないと思う。


 けれど――

 母さんは目を瞬かせると、やがてふっと微笑んだ。


 ……それ以上、追求するつもりはないようだ。

 胸の奥で、小さく息をつく。


「そうだ、理玖。お腹空いたでしょう?」

 何事もなかったかのように、母さんが立ち上がる。


「いつ目が覚めてもいいように、卵がゆを作っておいたの」

「……かあさんの……たまごがゆ……」

 思わず、言葉がこぼれた。


 懐かしい。

 風邪をひくたびに、母さんが作ってくれた味。


 あの日の記憶が、胸の奥からゆっくりと滲み出してくる。

 気づけば、視界がにじんでいた。


「理玖? 大丈夫?」

 心配そうな声が降ってくる。


「理玖?」

 優しく呼ばれるたびに、胸が締めつけられる。


「もう大丈夫よ。何も怖いことはないから。さあ、行きましょう」

 母さんは、安心させるように俺を抱き上げた。


 ふわりとあのやさしい香りが俺を包む。

 その腕の中は、あまりにも温かくて――


 思わず、しがみつく。

 離したくない。


 この温もりが、消えてしまわないように。

 これは夢じゃないと、確かめるように。


 俺は、小さく呟いた。

「……かあさん」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ