第44話 米の実
「はい、かあしゃん」
理玖が、小さな手いっぱいに摘んだリュミナの花を差し出してくる。
こぼれないように、両手で大事そうに抱えていた。
「おお、リク様。たくさん採れましたな」
ロッソさんが感心したように目を細める。
「イオリ様、ほら。これくらいでいいですかい」
そう言って、ロッソさんも摘んだ花をこちらへ渡してくれた。
小人族のロッソさんと出会った頃の理玖は、彼の背と同じくらいか少し大きいくらいだった。
けれど、ここに来てから理玖の背がぐんと伸びたせいか、その差はずいぶん縮まった気がする。
このまま成長していけば――。
遠くない未来、理玖はロッソさんどころか、この村の小人たちの誰よりも大きくなるだろう。
きっと大人になれば、男の子なのだから、私よりもずっと背が高くなる。
……今はまだそれほど小人族と差がないからそれでいい。
だけどもし、元の世界へ帰れなかったとしたら。
小人族とは寿命も体の大きさも違う私たち……特に、理玖は大人になっても結婚相手どころか、恋人さえも作ることはできない。
そう考えると、いずれは人間の住む場所へ移ることも視野に入れなくてはいけないのかもしれない。
そんなことを、ふと考えてしまう。
私は摘み取ったリュミナの花を布に包み、背負ってきたリュックの中へそっとしまった。
「実はこの間、小海に様子を見に行ってきたんですがな。今年の米の実は、どうやら豊作のようでしたぞ」
ラウロの後ろからラフさんが顔を出し、私の前まで来ると嬉しそうに目を輝かせた。
「まあ、そうなんですか? それは楽しみです」
――米の実。
いったい、どんな姿をしているのだろう。
木の枝に、稲穂みたいなものがぶら下がっているのだろうか。
けれど、想像してみても、私にはまったく見当がつかなかった。
「さあ、それじゃあ早速行きましょうか」
ロッソさんの合図で、私たちはそろって歩き出す。
向かう先は――小海。
やがて小海が見えてくると、私たちはその周りを囲む森のほうへと進んだ。
結界の向こうに視線を向けるとただ木々が茂るばかりで、白狼族の姿は見えない。
私は内心ホッとして息を吐いた。
木々の合間を抜けたところで、小人たちが集まっているのが見えた。
その先には、黄褐色の葉をつけた木々が群れる一角が広がっている。
「あの木さ」
ロッソさんの声に、私は顔を上げる。
枝の高いところに――茶色くて楕円形の丸い実が、いくつもぶら下がっているのが見えた。
その下では、網籠を風魔法で浮かせる者や、両手いっぱいに何かを抱えてその網籠に必死に入れている者が忙しなく動いている。
「あれは……」
「あれが、米の実ですよ」
ラフさんがそう言うと、軽く手を振った。
すると風がふわりと動き、枝に実っていた果実のひとつがもぎ取られる。
そのまま風に運ばれて、私たちの前へと降りてきた。
ラフさんはそれを受け取ると、私に差し出した。
大きさは――リンゴくらいだろうか。
どう見ても、米には見えない。
どちらかといえば、果実のようだ。
「これが……米の実?」
私が首をかしげると、隣で理玖も真似をした。
「こめのみ?」
理玖が米の実を不思議そうに見ている。
「その中に、米粒がびっしり詰まっているんでさ」
ロッソさんがラフさんの隣から口を挟んだ。
――中に、米粒が?
まったく予想もしていなかった説明に、私は思わず言葉を失ってしまった。
手のひらに乗せてみる。
つるりとした茶色の皮。
重さも、手触りも、ただの何かの果物っぽい。
ロッソさんは、私の手の中の米の実を見て、にやりと笑った。
「どうです? 割ってみますかい」
「えっ、割るんですか?」
「ええ。このままじゃ中身が見えませんからな」
そう言うと、ロッソさんは腰の袋から小さなナイフを取り出した。
私は改めて手の中の実を見つめる。
つるりとした茶色い皮に、丸みを帯びた楕円形。
やっぱりどう見ても果物だ。
こんな実の中に、本当に米が入っているのだろうか。
理玖も興味津々といった様子で、私の腕にぴったりくっつき、覗き込んでいる。
「かあしゃん、なかにおこめあるの?」
「うーん……どうなんだろうね」
私が首を傾げると、ロッソさんは楽しそうに笑った。
「まあ、見ていてください」
そう言って、ナイフを実の中央に当てる。
次の瞬間――
ぱきり。
乾いた音が、森の静けさの中に小さく響いた。
実が、きれいに二つに割れる。
中から現れたのは――白い塊だった。
……いや、というより。
よく見ると、それは無数の小さな粒が、ぎゅっと押し固められたようなもの。
「……え?」
思わず声が漏れる。
「これを軽く叩くと、ばらばらになるんでさ」
私は思わず顔を近づける。
細長く、白くて、少し半透明。
見れば見るほど――見慣れた形だった。
――どう見ても。
「……米だ」
ぽつりと言葉がこぼれる。
「でしょう?」
ロッソさんが得意そうに笑った。
「だから、米の実って呼んでいるんです」
果物の中に、米。
そんなもの、元の世界では見たことも聞いたこともない。
「かあしゃん!」
理玖が目をきらきらさせて叫ぶ。
「おこめいっぱい!」
「うん、本当にいっぱいだね……」
理玖の指が、そっと実の中の粒に触れる。
ポロポロと、いくつかの粒がこぼれ落ちた。
地面に落ちた白い粒が、木漏れ日の中で小さく光る。
「こんなふうに割って、中の米を取り出すんですわ」
ラフさんが横から説明した。
「村のみんなで収穫して、バラしてから乾燥させるんです」
「乾燥……」
「ええ。見た目は果物ですが、中身はちゃんと米ですからな」
ロッソさんがそう言って、周囲の木々を指さした。
改めて見上げる。
枝いっぱいに、茶色い実がぶら下がっている。
「これ全部……米の実なんですか?」
「ええ。今年は特に多いですなぁ」
ロッソさんは満足そうに頷いた。
「さっきも言いましたが、今年は豊作のようで」
豊作。
その言葉を聞いて、私はもう一度木を見上げる。
枝いっぱいに実った米の実。
その一つ一つの中に、あれだけの米粒が詰まっているのだとしたら――
「……すごい量になりますね」
「ええ。だからこの時期は、村総出で収穫するんです」
ロッソさんはそう言って、手を叩いた。
「さあ、みんな! どんどん採っていこう!」
その声を合図に、小人たちが一斉に動き出す。
風魔法で実をもぎ取る者。
網籠を宙に浮かせて運ぶ者。
森の中は、あっという間に収穫の活気に満ちていった。
私はもう一度、手の中の割れた実を見つめる。
果物の中に詰まった、無数の米粒。
――異世界って、本当に不思議だ。




