第35話 料理教室
今日は食品工房で、料理を教えることになっている。
理玖のことは、ラウロとシュシュ、それにサーシャが一緒に村の広場で遊んでくれるらしい。
子どもたちだけでは心配だろうと、長老が見守ってくれることになった。
おかげで私は、安心して工房に来ることができた。
工房の中には、この村の女性たちが十人ほど集まっている。
全員ではない。希望者が多すぎて、今日は半分だけ。残りの人たちはまた別の日に教えることになったのだ。
小人族は昔から“森の民”と呼ばれている。
彼らの食生活は、自然の恵みをそのまま食べるのが基本だったそうだ。
木の実や果実、木の根、森に生える植物――。
そんなものを採って食べるのが、古くからの習慣だったらしい。
それは、人間に捕らえられるよりも前の話だという。
けれど百年前、先代賢者に助けられてから状況は変わった。
さまざまな調理法を教わり、食生活がずいぶん豊かになったのだと、先日お餅をいただいたときに女性たちが教えてくれた。
その話を聞いたとき、私は少し首をかしげた。
調理法――。
魚を捌いて寿司にしたり、野菜を塩漬けにして漬物にしたり。
確かに調理ではあるけれど、どちらかといえばシンプルなものが多い。
だからだろう。
先日、ラウロとシュシュに作ってあげたオムライスの話を聞いたマーラさんとアロアさんは、どんな料理なのかと目を輝かせて尋ねてきた。
そんなに大した料理ではないのだけれど……。
作り方を説明すると、周りにいた女性たちまで身を乗り出して聞き入っていた。
そこで私は、思わず口にしてしまった。
「よかったら、皆さんにお教えしましょうか?」
すると、みんなが声を揃えて――
「ぜひ!」
と答えたのだ。
そして今日に至る、というわけ。
「それでは皆さん、準備はいいですか?」
声をかけると、
「「「はい、よろしくお願いします!」」」
元気な返事が一斉に返ってきた。
こんなふうに誰かに何かを教えるのは、看護師だったころ、新人に仕事を教えて以来だ。
もちろん、料理を教えるのは初めて。
少しだけ緊張する。
工房のテーブルの上には、材料がきれいに並べられていた。
ただ、小人族用のテーブルは私には低い。
そのため、私専用に少し大きめのテーブルまで用意してくれている。
なんだか、ちょっとした料理教室みたいだ。
私は軽く深呼吸をして、皆の顔を見回した。
さて――。
まずは、ケチャップを作るところから始めようか。
最初は、私が作る様子を小人たちが黙って見守っていた。
みんな椅子の上に立って、背伸びしながら覗き込むようにして。
そう、私専用のテーブルは小人たちにとっては高すぎるのだ。
私は手を動かしながら、作り方を一つ一つ説明していく。
「イオリ様、トマトを煮るんですか?」
マーシャから、さっそく質問が飛んでくる。
「ええと……これで調味料を作るんです」
「調味料! トマトで調味料が作れるんですか?」
私の答えに、マーシャが驚いたように声を上げた。
「調味料とは!」
「発想が素晴らしい!」
周りの女性たちも、まるで大発見でもしたかのように感嘆の声を上げている。
……そんなに驚くこと?
私は苦笑しながら作業を続けた。
けれど、何かするたびに――
「すごいアイデアだわ!」
「イオリ様の手は魔法みたい!」
次々と称賛の声が飛んでくる。
正直、かなりやりづらい。
卵を溶いてフライパンに流し、半熟に焼き上げたときなど、
「天才です!」
とまで言われてしまった。
いや、ただのオムライスなんだけど。
そして極めつけは、試食のときだった。
一口食べたマーシャが、目を輝かせて言った。
「イオリ様は……料理の女神様だったんですね!」
――本気の顔で。
思わず言葉を失う。
オムライスでここまで讃えられるとは思わなかった。
もし他の料理を教えたら、一体どうなるのだろう。
そんなことを考えてしまい、私は思わず遠い目になってしまった。
その後、話はとんとん拍子に進んだ。
アロアさんが食品工房でケチャップを定期的に作り、村のみんなに配ることになったのだ。
そして当然のように――
「ケチャップを使った料理も教えてください!」
という流れになる。
結果、私はケチャップを使った料理を教える係になってしまった。
……うん、まあ、そうなるよね。
女性たちのきらきらした視線を思い出しながら、私は小さく苦笑する。
きっと最初は、卵焼きや炒り卵などの簡単な料理だけのはず。
でも――。
この様子だと、それだけで終わるはずがない。
『次はどんな料理ですか?』
『他にもありますよね?』
『ぜひ教えてください!』
そんな未来が、まるで目に浮かぶようだった。
特別な予知能力なんて持っていない私でも、それくらいは簡単に想像できる。
……どうやら私は、村の料理担当になりつつあるらしい。




