第34話 ツヤツヤ
「お母、餅できたぁ?」
扉が勢いよく開き、冷たい空気と一緒にラウロが飛び込んできた。
「あ、にいちゃん」
「お兄ちゃん」
奥で、しちりんのような炉の前でぷくりと膨らむ餅を見入っていた理玖とシュシュの声が重なる。
炭火の上で焼かれた餅は、表面がうっすらきつね色に染まり、ところどころがふくらんでいる。
香ばしい匂いが、工房いっぱいに広がっていた。
「ああ、ラウロ。もうすぐ焼けるよ」
マーラさんが笑いながら裏返す。
じゅ、と小さな音がして、さらに食欲をそそった。
「お、リクとイオリ様も来てたのか」
ラウロはそう言って、理玖の隣に並ぶ。
「リク、餅好きか?」
すかさず尋ねる声は、どこか誇らしげだ。
「うん、もちすき。にいちゃんも?」
「当然だ」
ラウロは胸を張る。
「餅を食うと力が出るんだ。お父も言ってた」
得意げなその顔に、思わず笑みがこぼれる。
なるほど、力餅ってやつか。
網の上で、またひとつ餅がふくらんだ。
子どもたちの視線が一斉にそこへ集まる。
雪の外気とは対照的に、工房の中は炭火と子どもたちの熱気で、ほかほかと温まっていた。
休憩室へ案内されると、そこには見慣れない椅子が置かれていた。
いつの間にか、私の体に合うように作られた大きめの椅子だ。
「ああ、その椅子、ラウロが作ったんですよ」
「へぇ、ラウロが? すごいわねぇ」
思わず、まじまじと眺める。
しっかりした木組みで、座面も広い。背もたれの角は丁寧に丸められていて、触れると滑らかだった。
「にいちゃん、すごい!」
理玖も目を輝かせて椅子を見つめる。
「そ、そうか?」
ラウロは頭をかきながら、そっぽを向く。
「次はリクの分も作ってやる。俺はお前の兄ちゃんだからな」
「ほんとうに? やったー!」
「へへへっ」
ラウロは少し頬を赤らめ、照れくさそうに笑った。
その様子が微笑ましくて、胸がじんわり温かくなる。
「さあさあ、お餅が焼けましたよ」
マーラさんとアロアさん、そして他の小人の女性たちが、お皿を手に入ってきた。
こんがりと焼けた餅の表面には、つややかに醤油が塗られている。
じゅわっと香ばしい匂いが、部屋いっぱいに広がった。
そのとき――
休憩室の扉が、そっと開く。
「あ、イオリ様とリク様もいらしたんですか」
顔をのぞかせたのはマーシャだった。
「リクだー!」
その隣にいたサーシャが、嬉しそうに理玖へ駆け寄ってくる。
小さな足音が、ぱたぱたと床を打つ。
「サーシャ、おもちだよ、たべる?」
「うん」
「よし、サーシャも来たか。よし、こっちで食うぞ」
「おいで、サーシャ」
ラウロとシュシュに呼ばれ、子どもたちは隣のテーブルへ移っていく。
焼きたての餅の香りと、子どもたちの弾んだ声。
雪に閉ざされた外とは別世界のように、休憩室はあたたかな笑い声に包まれていた。
テーブルの上には、こんがりと焼けたお餅と、夜雫葉のお茶が湯気を立てている。
甘じょっぱい醤油の香りと、ほのかに青い茶葉の香りが混ざり合い、なんとも落ち着く空間だ。
――あ、そうだ。
みんなが席についたところで、私は大事な用件を思い出した。
「あの、皆さんに。今日はアロウ軟膏とアロウローションを作って持って来たんです」
「アロウ軟膏と……ローション?」
小人の女性たちが、いっせいにこちらを見る。
その瞳は、好奇心にきらきらと輝いていた。
「はい。軟膏は擦り傷や手荒れに。ローションはお肌のお手入れに使います。ツヤツヤになるんですよ」
「ツヤツヤに?」
私は小瓶をテーブルの上に並べた。
透明なローションと、淡い色合いの軟膏。
マーラさん、アロアさん、マーシャ、そしてほかの女性たちも、身を乗り出すようにして見つめる。
「わたし、食品づくりで水を触ることが多くて……アカギレがひどいんです」
そう言ってアロアさんが、赤くひび割れた手を差し出した。
「試してみますか?」
軟膏を指先に取り、アロアさんの小さな手にそっと塗り広げる。
次の瞬間――。
「あっ……!」
みるみるうちに、ひび割れていた皮膚がなめらかに整っていく。
赤みが引き、荒れていた部分がしっとりと落ち着いた。
「これは……すごいですよ、イオリ様!」
アロアさんが目を見開く。
周りからも、感嘆の声が上がった。
「まあ、本当だわ……」
「まるで新しい皮膚みたい」
口々に絶賛され、私は思わず背筋を伸ばす。
ほんの少し照れくさい。
けれど、それ以上に――嬉しかった。
「おや、おや、今日のご婦人方は賑やかですなぁ」
穏やかな声が後ろから聞こえた。
「あ、長老、イオリ様のアロウ軟膏とローション、すごいんですよ」
アロアさんが私の後ろに顔を向けると、瞳を輝かせて言った。
「ほうほう、何がそんなにすごいのかね?」
「これ、イオリ様がアロウで作った軟膏なんですが、手に塗ってみたら瞬く間にアカギレが消えたんです」
「なるほど、これをイオリ様が?」
「はい……私が作りました。ローションはお肌がツヤツヤになるんです。なんだか、願いを込めて作ったら、そんな効力を持ったみたいです。えっと、これって私の魔法なんですよね」
そうかな、と思っていたことをせっかくなので長老に聞いてみる。
「まあ、その可能性は高いですな。その軟膏とローションの微かに水色がかった銀色の魔力が見えますな。イオリ様の魔力に間違いありますまい。その色は人間の間では聖なる魔力とも言われてるようですぞ」
「聖なる魔力……」
なんだか、長老の口から凄そうな言葉が出て来た。
でも、私の魔法がこんな風に役に立てるなら嬉しい。
胸がふっと軽くなり、これからも、たくさん作って村のみんなに配ろう。
そう心に決めた。
――でも、魔力切れには気をつけなくちゃ。
また倒れでもしたら、理玖に泣かれてしまう。
自分にそう言い聞かせ、苦笑する。
残っていたお餅を少しだけいただき、挨拶をして工房を後にした。
外へ出た、その時――
空と、遠くに広がる雪景色が、ゆらりと揺らいだ気がした。
まるで陽炎のように、世界がひずむ。
「かあしゃん!」
理玖が不安そうな声をあげ、ぎゅっと私にしがみついた。
次の瞬間、揺らめきはふっと消える。
何事もなかったかのように、景色は静まり返っていた。
……気のせい?
胸の奥が、ざわりとする。
もしかして――結界が弱まっている?
冷たい風が頬をなでる。
雪雲に覆われた空は、さっきまでよりもどこか重たく見えた。
私は理玖を抱き寄せながら、拭いきれない小さな不安を胸の奥に抑え込んだ。




