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2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


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第28話 違和感

  それからというもの、私は毎日のように理玖を連れて村の広場へ通った。

 サーシャと並んで笑いながら遊ぶ時、理玖はまるで呼吸をするかのように自然に魔法を使う。


 ボールをふわりと浮かせ、風をまとわせ、ぐんと遠くへ飛ばす。

 そこに迷いも詠唱もない。


 ただ「こうなれ」と思った瞬間、世界が応えるのだ。

 その反動なのか、家に帰ると理玖はすぐに眠ってしまう。


 小さな胸を上下させ、何事もなかったかのように無垢な寝顔を見せる。

 その寝顔を横目に、私は魔法の書を開いた。

 一行ずつ、確かめるように読み進める。


 ――呪文は簡易魔法の制御に用いる。

 ――術式は高度な魔法構築に不可欠である。


 理玖は、どちらも使っていない。

 胸の奥に、小さな違和感が積もっていく。

 二巻を読み始めた時、ある一節が目に止まった。


 ――呪文や術式は、反復により潜在意識へと刻まれる。

 ――刻まれた術は、やがてイメージのみで発動可能となる。


 思わず本を閉じた。

 それなら、理玖はどうして――?


 まだ二歳だ。

 呪文も術式も知らない。理解もしていない。

 刻まれるはずがない。


 では、なぜ。

 息子の寝顔を見つめながら、胸がひやりと冷える。

 誇らしいはずなのに、どうしてか拭えない不安がある。


 私は私で、必死だった。

 呪文を唱え、頭の中でイメージを描き、意識を集中し、何度も挑戦して、ようやくボールを数秒浮かせる。


 だが、すぐに魔力が霧散する。

 長老は言っていた。


「イオリ様、貴女には癒し系の魔法が向いておるゆえ、物質に直接作用する魔法は扱いづらかろう」

 向き不向き。

 その言葉の意味が、まだ掴めない。


 広場には、仕事を終えたラウロやシュシュも時折やって来る。

 ある日、ラウロが理玖に声をかけた。


「リク、魔法の使い方、上手くなったじゃないか」

「うん、ぼーりゅ、いっぱい、とおくまでとぶ」

 無邪気なやり取りに、思わず頬が緩む。


 この村の人口は百人中、子供は七人しかいないという。

 以前、長老が小人族の寿命は約三百年と言っていたからその影響もあるのだろう。


 子供と呼ばれているのは、ラウロとシュシュとサーシャの他に、十三歳と十四歳の子供が二人ずつ。


 小人族では十五歳から成人とされるため、彼らも“子供”に含まれるらしい。

 穏やかな村の日常。


 笑い声。

 風の匂い。


 その中心で、理玖は今日も自然に魔法を使う。

 まるで、生まれる前から知っていたかのように。


 ――理玖は、いったい何者なのだろう。

 そう頭の中をよぎるが、以前と変わらず普段の理玖はただの二歳児にしか見えない。


 だけど、胸の奥で芽生えた小さな疑問は、まだ誰にも言えないまま、静かに膨らみ続けていた。

 そんな中でも、日々は確実に過ぎていった。


 この世界にやって来たのは、十月二十日。

 そして今日は、十一月二十日。


 気づけば、もう一か月も経っている。

 私は、リュックに入っていた母子手帳に、毎日欠かさず日付を書き込んでいた。


 この世界の暦が同じかどうかはわからない。

 けれど、理玖の成長を記録しておきたい――それだけは、どうしても譲れなかった。


 夜になると、時々、遠吠えが聞こえる。

 きっと、白狼族だろうが、今の所それ以外に変化はない。


 慣れというのは恐ろしいもので、今は夜のBGMのような感覚にさえなっている。

 理玖にも怯えた様子はない。


 長老によれば、もっと寒くなってくれば白狼族の活動が弱まり、遠吠えさえ聞こえなくなるそうだ。

 冬眠……ということだろうか?


 まあ、いずれにしても、完全に安心することはできないだろうが、しばしの猶予はあるということだろう。

 外気は日に日に冷たさを増し、朝は今にも雪が降り出しそうな空模様になることもある。


 長老の話では、この土地には毎年それなりに雪が積もるらしい。

 家を出るとき、一応上着は持ってきている。けれど、この世界にくる前に着ていた秋口用のコートでは、本格的な冬を越せるとは思えない。


「ダウンが恋しいな……」

 家に来たマーラさんとお茶を飲んでいる時に思わずこぼしたその一言を、彼女が拾った。


「ダウンって、どんなもの?」

 身振り手振りで説明すると、マーラさんは目を輝かせた。


 そして数日後、本当に“ダウンジャケット”を仕立ててくれたのだ。

 しかも、理玖の分まで。


 なんでも小人族は手先が器用で、その物によって得手不得手はあるものの、物作りに類稀なる力を発揮するそうだ。

 服を作るのが得意な者、小物や雑貨を作るのが得意な者、家を建てるのが得意な者など、それぞれがその役割を担っているらしい。


 だから、この村だけで生活が成り立つのだとか。

 材料は“コッカー”という鳥の羽。


 冬を前に、大量の羽が自然に抜け落ちるのだという。

 そういえば――卵かけご飯に使われていたのも、コッカーの卵だった。


 コッカーは一羽につき五、六個の卵を夏から秋にかけて産み続けるらしい。

 だが、その中で雛が孵るのは、選ばれた一つだけ。

 小人たちはそれを知っていて、繁殖に必要な一個を残し、残りを大切にいただくのだという。


 巣は高い木の上に作られる。

 卵は、風魔法で傷つけないように取り出すのだと、マーラさんは少し誇らしげに教えてくれた。


 この村では、すべてが循環している。

 命を奪いすぎず、自然を壊しすぎず、必要な分だけを受け取る。


 その在り方に、私は静かな感動を覚えた。

 村は今、冬支度の真っ最中だ。


 食料の備蓄、燃料の確保。村人総出で忙しく立ち働いている。

 私も、少しでも役に立ちたくて、理玖を連れて収穫の手伝いに参加させてもらっている。


 小さな手で野菜を抱える理玖の姿に、村人たちは目を細める。

 先日はラフさんが、わざわざ私の家まで薪を運んできてくれた。


 これだけあれば、本格的な冬が来ても家の中は暖かく保てるだろう。

 白い息を吐きながら、私は空を見上げた。


 この世界で迎える、はじめての冬。

 不安がないわけじゃない。


 けれど今は、それ以上に――

 ここで生きていくのだという実感が、胸の奥で静かに根を張り始めていた。



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