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2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


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第27話 理玖の魔法

 お風呂から上がるころには、体を包んでいた光はすっかり消えていた。

 ……あれは幻だったのだろうか。


 いや、そんなはずはない。

 だって理玖も、「きらきらしてる」と言っていたのだから。


 あの光は、きっと――魔力。

 これで、私と理玖の中に、確かにその力があるとわかった。


 でも――それだけで、この子を守れるわけじゃない。

 結界がいつか壊れることも、白狼族がすぐ外にいることも、もう知っている。


 抱きしめた理玖のぬくもりを思い出し、私はそっと目を伏せた。

 小さく息を吐き、気持ちを切り替える。


 よし――やろう。

 魔法の練習を。


 キッチンで朝食の支度をしながら考えに耽っていると、理玖の弾む声が聞こえる。


「かぁたんー、ぼーりゅ、ひろばいこう」

 振り向くと、理玖がカラフルなボールを抱えて、とてとてと後ろにやってきた。

 昨日、サーシャと遊んだのがとても楽しかったのだろう。

 瞳に期待の色が浮かんでいた。


「そうね。でも、ちゃんと朝ごはんを食べてからね。理玖もお腹すいたでしょ?」

「……うん」

 理玖は一瞬だけ考えるそぶりを見せたけど、お腹が空いていることを自覚しているのか、素直にうなずいた。


 そのボールは、昨日マーシャからもらったものだ。

 予備があるからと、ひとつ譲ってくれたのだ。


 この家には理玖が遊べるおもちゃがほとんどない。

 だから本当にありがたい。


 理玖は、絨毯の上でボールをコロコロ転がし始めた。

 それを目の端に映しながら、朝食の準備を始める。


 おもちゃがボールだけなんて何だかかわいそうに思えてくる。

 今度、森で手に入る自然の素材を使って、何か簡単なおもちゃを作れないだろうか――ふと、そんなことを考えた。

 けれど、それは後回しだ。

 まずは、魔法。


 この村を囲む結界が壊れてしまう前に。

 白狼族に対抗できるほどでなくてもいい。せめて、守れるくらいの力を。

 私は包丁を握る手に、そっと力を込めた。


 朝食を済ませた私と理玖は、村の広場を目指した。

 理玖は嬉しそうに私の握った手を引っ張りながら前に進んでいく。


「かあしゃん、しゃーしゃ、いるかなぁ?」

 期待する気持ちがその顔に滲んでいる。

 よっぽど昨日サーシャと遊んだのが楽しかったようだ。


「きっと、いるわよ。でも、もしいなくてもお誘いにいきましょう」

「うん!」

 私の言葉を聞いた理玖が元気よく返事をした。


 昨日、マーシャが「時々、広場で遊ばせながら魔法の訓練もしているのよ」と言っていたことを思い出す。

 小人族の子供たちは、遊びの中で自然と魔法を覚えていくのだそうだ。

 なるほど。昨日サーシャは、理玖とボールを転がしているだけに見えたけれど、あれも立派な魔法の訓練なのだろう。



 もしかしたら、彼女もいずれシュシュのように物を浮かせられるようになるかもしれない。



 そうなったら、理玖も私も、そのほんの一部だけでも魔力の影響を受けられるのではないか――そんな都合のいい想像をしてしまう。


「おはようございます、イオリ様、リク様」

 私たちに気づいたマーシャが、笑顔で声をかけてくれた。

 少し離れた場所でボールを転がしていたサーシャは、駆け足で理玖に近づく。


「しゃーしゃ、これ、りくのぼーりゅ!」

 理玖は自慢げにサーシャに見せた。

 いや、それ、サーシャのをもらったんだからね。

 内心、理玖に突っ込んでしまう。

 

 まあ、子供だから仕方ないか……

 そんなやり取りに苦笑しつつ、私はマーシャに声をかけた。


「マーシャ、ありがとう。理玖ったらすっかり気に入っちゃって」

「いいのよ、喜んでもらえて私も嬉しいわ」


「ねぇ、マーシャ。私、やっと魔力を感じることができたのよ」

 私は今朝お風呂であった出来事をマーシャに伝えることにした。

 マーシャは黙って私の話を聞いてくれる。


「まぁ、そうなの? ならば、すぐに魔法が使えるようになると思うわ」

 話し終わったあと、マーシャが言った言葉に私は首を傾げた。

 精霊魔法と人間の使う魔法は違うと聞いているのに、本当にそんなにすぐに使えるようになるのだろうか。


「私、あなたたちと違って人間だけど、それでも大丈夫?」

「ふふふ、そうね。確かに魔法の発動方法は違うわね。私たちは魔力を流して、近くに漂う精霊たちにイメージを伝えるの。だけど、人間は自分の魔力だけで行う必要があるのだと聞いたわ」


 その言葉に、胸の奥が小さくざわめく。

 手のひらがじんわりと熱を帯び、指先の感覚がいつもより敏感に感じられる。



 空気の温度、微かな風の流れ、湯気の香り――すべてがいつもより鮮明で、生きているように迫ってくる。

「ちがうよ、こうだよ、こう」

「こう?」


 理玖とサーシャの無邪気な声が広場に響く。

 どうやら二人はどれだけボールを遠くに飛ばせるか競い合っているらしい。

 

 体の大きい理玖に比べ、サーシャはなかなかかなわない。

 何度やっても負けてしまうサーシャだが、諦めずに投げ続ける。


 その瞬間だった。

 サーシャが投げたボールは、地面に落ちそうになった瞬間、ふわりと宙に浮いた。


 小さな粒子のような光が、ボールの周囲にちらちらと舞う。

 まるで無数の光の羽根が風に乗っているようだ。


 精霊たちが遊びながらボールを導いているのかもしれない――。

 そして、理玖の投げたボールよりも遥か遠くまで、ゆっくりと飛んでいった。


「やったー! さーしゃのぼーる、いっぱいとんだ!」

 サーシャが飛び跳ねて喜ぶ。



 飛んでいくボールにチラチラと光が纏わりついていたのは、きっと精霊の姿。

「精霊魔法……?」

 私は息を詰めてボールの軌跡を追う。


「りくも!」

 次の瞬間、理玖が両手で思いっきりボールを放った。


 空気が――わずかに歪む。

 足元の砂がふわりと浮き、遅れて音もなく落ちた。


 風はない。

 それでも、何かだけが“動かされた”。


 すると、ボールを包んでいた光が、ふっと変わった。

 サーシャのときのような、やさしい粒子の光ではない。


 もっと濃く、もっと深い――

 最初から、そこに“満ちている”光。


 借りているわけでも、使っているわけでもない。

 ただ、そこに“在る”力。


 その光をまとったボールは、

 ゆっくりと空を裂くように進み、

 ――ありえない距離まで、静かに飛んでいった。


「……違う」

 思わず、声が漏れる。

 これは、精霊に“助けられている”動きじゃないような気がする。


 もしかして……理玖自身が、動かしている……?

 胸の奥が、ひやりと冷えた。


 理由はわからない。

 それでも――

 どこか、“見てはいけないものを見た”ような感覚だけが、消えずに残った。


 私はしばらく立ち尽くし、ただボールが飛んでいった方向を呆然と見ていた。


「かぁたん……いっぱいとんだ」

 理玖の顔がまるでお日様のように明るく輝いている。


「そうだね。理玖、すごいぞ」

 無邪気に笑う理玖に、私は動揺を抑えて何とか褒め言葉をかける。


 ――けれど 

 私は、言いようのない違和感を覚える。


 その力は――あまりにも自然で、あまりにも強すぎた。

  静かで深く、世界そのものに触れているような感覚。


 それが胸の奥に、かすかなざわめきだけを残している。

 私はただ、理玖の笑顔を見つめながら――


 その違和感の正体に、気づいてしまいそうになる自分から、そっと目を逸らしたのだった。


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