第26話 きらきら
寝室のベッドに仰向けになり、天井に映し出された星空をぼんやりと見つめる。
藍色の中にキラキラ輝く星たちは、時折、不規則に瞬きを見せている。
まるで本物の星空を摸したように奥行きが底しれず、ずっと見つめていると吸い込まれそうになってくる。
隣から聞こえる理玖の規則正しい寝息がそんな私を現実に引き戻す。
――結局、魔力が何なのかはわからないままだった。
長老とマーシャから聞けたのは、小人族の魔法と人間の魔法は根本から異なるということだけ。
ならば――やはり、自分の中にあるという魔力を、信じるしかないのかもしれない。
私はそっと瞳を閉じる。
魔力は、私の中に当然のように存在している。
そう、自分に言い聞かせる。
余計なことは考えない。
ただ、当たり前のように、そこにあるのだと。
ゆっくりと呼吸を整えているうちに、意識は次第にまどろみへと溶けていく。
そのとき、
――母さん……
かすかな声が、どこからともなく響く。
――母さん……逝かないで……
誰かが、私を呼んでいる。
いや、私を「母さん」と呼ぶのは理玖しかいない。
――母さん……俺を置いて……逝かないでくれ……
けれどその声は、二歳の理玖のものとは思えないほど、低く、切実で、大人びていた。
誰……?
そう問いかけようとした、そのとき。
「かぁたん……」
耳元に、聞き慣れた舌足らずな声が届く。
小さな手が、必死に私の体を揺らしているのがわかった。
ゆっくりと瞼を上げると、
「かぁたん、おきた……?」
朝日みたいに、ぱあっと綻ぶ理玖の顔があった。
「おはよう、理玖」
「かぁたん、おはよう!」
ぎゅっと抱きついてくる小さな体を受け止め、私はその頭を優しく撫でる。
さっきの声は夢……?
理玖の声よりもずっと低くて、悲しみを含んだ声。
なぜだろう……その声が耳に響いて余韻として残っている。
「かぁたん、おふろはいりゅ」
理玖の無邪気な声が、余韻を消し去った。
「お風呂? 朝からお風呂……いいわね」
理玖の提案に、私は素直に頷いた。
昨夜も一応お風呂には入った。
けれどこの家のお風呂は、外の景色をそのまま映し出す不思議な造りになっている。夜に入れば、闇に沈む森がそのまま広がる。
暗い森は少し心細くて、昨夜つい「やっぱりこのお風呂は朝のほうが気持ちいいわね」とこぼしたのを、理玖は覚えていたのだろう。
扉を開けると、木々の合間から朝日がきらきらと差し込み、湯気の向こうで揺れている。
それだけで、胸の奥にたまっていた焦りがすうっとほどけていく。
――魔法を使えるようにならなくちゃ。
そんな思いに追い立てられていた心を、朝の光がやさしく鎮めてくれる。
「理玖、気持ちいいね」
「かぁたん、きもちいね」
私がはぁ、と息を吐くと、理玖も真似して同じように息を漏らす。
その仕草が愛おしくて、自然と頬が緩む。
今は、たった一人の私の家族。
家族を失ったあの日から、私はずっと一人だった。
何をどうやって生きてきたのか、うまく思い出せない。
ただ――
誰かの手の温もりが、ひどく遠いものになったことだけは、覚えている。
だからこそ、今、この小さな体の温もりを――手放したくないと思う。
結婚して、理玖が生まれて、ようやく私にも“家族”ができたのに。
……夫の、あの仕打ち。
もう、私にとっての家族は理玖だけだ。
だからこそ、大切にしたい。
たった一人の家族を。
湯船に身を預けながら、私は少し前の過去を静かに思い返していた。
見上げれば、木の葉の隙間から光が降り注ぎ、湯の表面をやわらかく照らしている。
太陽そのものは見えない。けれど、確かにあの枝葉の向こうにあると感じられる。
――そうだ。
魔力も同じかもしれない。
見えないけれど、確かに私の中にある。
長老は言っていた。私にも、理玖にも、強い魔力が備わっていると。
私はそっと目を閉じる。
自分の内側に、光を思い描く。
それは、朝日のようにきらきらと輝くものかもしれない。
これまでの常識という名の疑念に遮られて、今は見えないだけで――きっと、ある。
「かぁたん?」
理玖の声に、片目をそっと開ける。きょとんとした顔で私を見ていた。
「理玖。母さんと理玖の中には、きらきらした魔力があるはずなの。だから、こうして探しているのよ」
首を傾げる理玖に、私は微笑む。
「ほら、理玖も目を閉じてみて。きらきらしたもの、見えてこない?」
「きらきら……」
不思議そうな顔をしながらも、理玖は私の真似をして目を閉じた。
「ねえ、理玖。何か見える?」
「うん、きらきらちてるー」
……え?
私には、何も見えない。
本当に、何も――
でも、理玖には見えるというの?
幼いながらに自分の魔力を感じたということ?
なんの常識にも囚われていない子供だからこそ魔力を感じやすい……とか。
だとすると、やっぱり、私には無理なのかもしれない。
見えないものを、あると信じるなんて――
そのとき、理玖の小さな手が、ぎゅっと私の指を握る。
そのぬくもりが、じんわりと伝わってきて――
……あれ?
どくん――
心臓が、不意に強く脈打った。
それは、自分の鼓動なのに、
まるで誰かに触れられたような感覚だった。
得体の知れない感覚に、思わず目を開けた。
視界が、わずかに明るい。
すると、理玖の体が淡く光っているように見えた。
え……?
理玖だけじゃない。
――私の手も……光ってる?
「何? これ」
その声で理玖も目を開けた。
「かぁたん……きらきらちてるね」
理玖は満面の笑みで、嬉しそうにそう言った。
けれどその光の奥に、まだ目覚めていない“何か”が、静かに息づいていることに――
あの夢で聞いた声と同じ気配が、そこにあることに――私は、まだ気づいていなかった。




