第25話 魔力とは?
私は子どもたちの様子を眺めながら、今がちょうどいい機会だと思い、魔力についてマーシャに尋ねてみることにした。
「魔力とは何か……ですか? そうですねぇ……」
私の問いに、マーシャは少し考え込む。
「……自然と、私たちをつなぐもの……かしら。風や水の流れみたいに、目には見えないけれど、確かにそこにあるもの」
――うーん、わかったような、わからないような……
私は小さく息をつき、質問の仕方を変えてみることにした。
「小人族には、少しだけど魔力があるって聞いたの。その魔力を“感じる”ことはできるのかしら?」
「長老から聞いた話では、私たちの祖先は精霊なのだそうです。だから魔力は、もともと私たちの中に備わっているもの。ただ……そこにあると信じているだけなのです。呼びかければ応えてくれると、疑わずに」
精霊……?
人間にしては小さすぎるとは思っていたけれど、まさか本当に精霊の血を引いているとは。
――いや、それより今は魔力だ。
魔力が何かを理解できなければ、魔法を使えるはずがない。
「あると信じる……?」
「ええ。私たち小人族の魔力が少ないのは、肉体を持った代償だと言われています。それでも精霊魔法に特化しているのは、私たちの中に眠る精霊の血に、精霊たちが応えてくれるから。精霊が私たちの魔力を感じ取り、力を貸してくれるのです。だから私たちは、自分の中に魔力があると信じるだけなのですよ」
「じゃあ……精霊の血を引かない、私のような人間は?」
「多い少ないはありますが、人間の魔力は体の内に内包されるもの。燃料のように溜め、削り、使い切るもの――使えば使うほど減っていく力だと考えられています」
燃料……。
体力、みたいなものだろうか。
けれど、それだけでは体を動かせても、魔法を使える理屈にはならない。
やはり、人間と精霊の血を引く小人族とでは、根本が違うのだ。
そして何より――信じること。
魔法のない世界で生きてきた私にとって、それは思った以上に難しい。
目に見えないものは存在しないと教えられてきた。
証明できないものは、信じるに値しないと。
そうやって生きてきた私が、「あると信じるだけでいい」と言われても――
簡単に頷けるはずがない。
けれど――
信じられないからといって、立ち止まるわけにはいかない。
理玖を守るためには、この世界の理を、受け入れなければならないのだから。
私はそっと手を胸に当てる。
ここに、本当に魔力なんてあるのだろうか。
――全くそんな気がしない。
それでも、「ある」と思ってみるくらいなら、できるはずだ。
ほんの一瞬だけ、目を閉じてそう信じてみた。
やっぱり――何も感じない。
それでも、少しだけ、やり方がわかった気がした。
「おや、珍しく子どもたちの元気な声が聞こえると思えば、リク様とサーシャが遊んでおるようですな」
背後から、穏やかな声が聞こえた。
振り返ると、長老が目を細め、二人の様子を見守っている。
「「長老!」」
私とマーシャの声がそろう。
「イオリ様にマーシャ。リク様とサーシャは、よい友達になりそうですな」
「ええ、本当に。サーシャがいてくれてよかったわ」
私は心からそう思った。
――あ、そうだ。
今なら、長老に魔力のことを聞けるかもしれない。
「魔力……ですか。そうですな。それは、先代賢者様がおっしゃっていたことなのですが……」
長老はどこか懐かしむように目を細めた。
「人間は、世界に抗う存在――本来の流れに逆らい、意志で現象をねじ曲げる存在ゆえ、魔法を使うには対価が必要なのだと。その対価こそが魔力。ゆえに人は、自らの内にある魔力を削って魔法を使わねばならぬ。それは、自然から離れすぎた人間への、世界からの戒めのようなものだと」
世界に抗う。対価。戒め――。
その言葉は重く、胸の奥に静かに沈んでいく。
私は思わず、足元の土を見つめた。
「ですが、わしは思うのです。たとえ人間でも、世界に許されれば……己の魔力をほとんど削らず、もっと自由に魔法を扱えるのではないかと」
そう言って、長老はふっと表情を曇らせた。
「……先代賢者様は、人間たちに都合よく使われておりました」
長老の言葉が、そこで一度途切れた。
私は思わず息を止める。
その一瞬、広場に冷たい風が吹き抜ける。
「心も体も弱り果て、それでも命を削るようにして魔法を行使しておられたのです」
その声には、悔しさと悲しみが滲んでいた。
「ですが、ある時から、先代賢者様の魔法に――何か別の力が加わるようになったのです」
「別の力……?」
「ええ。これは賢者様ご自身が話してくださったことですが……この村ができてしばらく経った頃のことです。何かは分からぬが、未知なるものが自分の魔法を助けてくれるようになった――まるで、誰かが横から手を添えるように、と。そのおかげで、魔力の戻りにくい自分でも、この村に結界を張ることができたのだと」
私は長老の言葉を聞きながら、しばらく考え込んだ。
「その力というのは……精霊のようなものなのでしょうか?」
「おそらく、それに近いものでしょうな」
長老はゆっくりとうなずく。
「きっと賢者様は、世界に許された数少ない人間だったのでしょう。人の社会から離れたあとも、迫害されていた亜人たちを助けておられましたから」
「亜人……?」
「ええ。人の姿をした、わしらのような種族です。そうですな……白狼族も、その一つと言えるでしょう」
長老は一度息を整え、静かに言葉を続けた。
「それでも……最後は命を落とされました。結局、命を削り続けたことに変わりはなかったのです」
長老は遠い過去を思い出すように、静かに視線を遠くへ向けた。
人でありながら、人に利用され続けた先代賢者。
それでも、迫害される者たちを助け続けた人。
――世界に許された、唯一の人間。
私は、無邪気に笑い合う二人の子どもを見つめながら、胸の奥が静かに痛むのを感じた。
「しゃーしゃ、こっちー」
「りく、いくよ」
理玖とサーシャの無邪気な声が暗い気持ちを浄化するように広場に響き渡る。
ついさっきまでの胸の痛みが癒されていく。
理玖を守りたい。
いいえ……理玖だけではなく、サーシャもこの村の人たちも。
私にそんな力があるかどうかはわからない。
でも……
みんながいつまでも幸せでいられるように……
そう願わずにはいられなかった。




