第24話 理玖の友達
「おしゃんぽ?」
私が村へ散歩に行くことを告げると、理玖は小首をかしげて聞き返した。
外へ出られるのが嬉しいのか、目をきらきらさせている。
「そうよ、お散歩」
「おしゃんぽ、やったー!」
ぴょん、と飛び跳ねて喜ぶ姿に、微笑まずにはいられない。
お昼寝から目を覚ました理玖を連れて、さっそく魔力について村の人に聞きにいこうと思ったのだ。
誰に聞いたらいいのかわからないけど、きっとみんな魔力をもっているのだろうから、会う人会う人みんなに聞けばいい。
そんな適当な考えだけど、まあ、なんとかなるだろう、たぶん……
そう思わないと何もできない。
外に出ると、太陽が少し傾き始め、長い影は地面の凹凸をはっきりと浮かび上がらせていた。
少し風が冷たく感じたが、暖かな日差しがそれを和らげてくれる。
リュックを背負い、理玖と手を繋いで緩やかな坂道を下っていく。
木々の合間から見える可愛らしい家々が徐々に近づいてくる。
外から見ている分にはほっこりするかもしれない。
でも、今の私にとってはこれが現実だ。
そう思うと溜息がでそうになる。
この未来の見えない場所にいつまで止まることになるのだろうか。
今、そんなことを考えても、仕方ない……か。
頭を振って、そんな思考を追い払う。
ふと顔をあげると、小さな子どもがトテトテとこちらへ歩いてくるのが見えた。
小人族の子どもだ。理玖よりさらに小さい。
背丈は理玖の半分ほどしかないだろうか。
それでも、年の頃は同じくらいに見える。
その子はまっすぐこちらへ向かってきて、勢いのまま私の足にぶつかった。
ぺたん、と尻もちをつく。
「あっ、大丈夫?」
私は慌ててしゃがみ込み、小さなその子に声をかけた。
淡いピンク色の質素なワンピースを着ている。
女の子……よね。
彼女は私を見上げ、ぱちぱちと瞬きをしたあと――
「ふぇぇ……」
今にも消え入りそうな声で泣き出した。
「あっ、サーシャ! 勝手に外へ出ちゃダメじゃないの」
近くの家から小人族の若い女性が慌てた様子で駆け出してくる。
きっと母親だろう。
女性は尻もちをついたままの子どもを後ろから抱き上げ、それから私に気づいて顔を上げた。
「あ、イオリ様。サーシャが申し訳ありません。ほんの少し目を離した隙に、家を飛び出してしまって……」
咄嗟に頭を下げるその様子に、私は思わず首を横に振った。
「いえいえ、大丈夫ですよ。私こそ、ぶつかってしまって……。サーシャちゃん、大丈夫?」
「しゃーしゃ……だいじょうぶ?」
私は少し腰を屈め、母親に抱かれたサーシャにやさしく声をかけると、理玖も同じように言葉を放った。
サーシャは、一瞬、きょとんとしたが、理玖を見てにっこりと微笑んだ。
「あら……この子、人見知りなのに……同じくらいの子を見るの初めてだから、きっと嬉しいのね」
母親もサーシャにつられるように笑った。
「見たところ、二歳くらいですよね? 理玖と同じ年くらいかしら」
「ええ、今年二歳になったばかりなんです。この村ではいちばん年下で。……あ、申し遅れました。私はマーシャといいます。親子ともども、よろしくお願いします」
そう言って、マーシャさんは丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくね」
私は微笑み返し、ふと思いつく。
「そうだわ。サーシャちゃんと理玖、一緒に遊ばせてみない?」
「まあ、ぜひ! 同じ年頃の子がいなくて……きっとサーシャも嬉しいと思います」
何気なく提案すると、マーシャさんの顔がぱっと明るくなった。
私は理玖の手を引き、マーシャさんはサーシャの手を引いて、村の広場へ向かった。
そこで子どもたちを遊ばせることにしたのだ。
「あ、ちょっと待ってて……」
マーシャさんは何かを思い出したように、サーシャを連れていったん家へ戻る。
やがて彼女が宙に浮かせて運んできたのは――
「ぼーりゅ! かぁたん、みて、ぼーりゅ!」
理玖が興奮して叫ぶ。
そう、メロンほどの大きさの、赤や青の模様が入ったカラフルなボールだった。
「それは……?」
一応、確認してみる。見た目はただのボールだが、ここは異世界だ。
もしかしたら魔導具の類かもしれない。
けれどマーシャさんは、くすりと笑った。
「ふふ、リク様の言う通り、ただのボールよ。ああ、でも帰還の魔法が刻まれているから、遠くに飛んでいっても、数分後にはちゃんと投げた人の手元に戻ってくるけどね。投げた者の魔力をたどってね」
「帰還の魔法……」
「ええ、広場で遊ぶのにちょうどいいと思って。普段はサーシャが魔法の練習に使っているの」
やっぱり本当に普通のボール……じゃないらしい。
さすが異世界。
手元に戻ってくるボールなら紛失することもないだろう。
……でも、“魔法の練習”という言葉が引っかかる。
広場に着くと、サーシャがボールを抱えてトコトコと理玖のもとへ近づいてきた。
「りくしゃま、これであそぶの」
「あら、サーシャちゃん。“様”はいらないわ。理玖って呼んであげてくれる?」
私はやさしく伝える。
するとマーシャさんが、少し驚いたように口を挟んだ。
「あら、それはいけませんわ。賢者様のお名前を呼び捨てになんて」
「でも、友達同士なら、もっと気さくに呼び合ってほしいの。せめて同じ年のサーシャには」
私がそう言うと、マーシャさんは少し考えてから、ふっと微笑んだ。
「……そうですね。では、イオリ様も私と同じくらいの歳ですよね。でしたら、私のこともサーシャのことも呼び捨てで構いませんよ」
「わかったわ。サーシャ、これからは“理玖様”じゃなくて、“理玖”って呼んであげてね」
「リク……?」
「ええ、そうよ」
「しゃーしゃ、ぼーりゅ!」
理玖が待ちきれない様子でサーシャを呼ぶ。
両手に抱えるようにして持つ、理玖の半分ほどしかないサーシャにとっては大きなボール。
でも、理玖にとってはちょうどいい大きさのボールだ。
二人は広場の中央へトコトコと歩いていくと、向かい合い、ボールをころころと転がし合い始めた。
小さな笑い声が、穏やかな広場に弾むように広がっていった。
だけど、理玖が転がしたボールが、ほんの一瞬だけ不自然に減速したように見えた。
風もないのに、まるで何かに触れたように。
もしかして、理玖の魔力に反応した……とか?
うん……あとで、マーシャに魔力のことを聞いてみよう。




