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2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


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第23話 魔法の書

 理玖は家に着くなり、昼食の途中で眠ってしまった。


 小海で見たあの白い影が、ふと脳裏をよぎる。

 静かにこちらを見つめていた、あの視線。


 理玖へ向いた、ほんの一瞬の変化。

 ――あれは、なんだったのだろう。


 思考を振り払うように、私は小さく息を吐いた。

 今は、目の前のことに集中しなければ。


 朝は時間がなく、おにぎりを一つ頬張っただけで出かけたからよほどお腹が空いていたのだろう。


 最初は驚くほどの勢いで卵かけご飯をかき込んでいた。

 湯気の立つ茶碗を両手で抱え、小さな口いっぱいにご飯を運ぶ姿は、見ているこちらが慌てるほどだった。


 けれど、その勢いも長くは続かなかった。

 次第にまぶたが重くなり、箸を持つ手が止まる。


 目を半分閉じたまま、頬がぷっくりと膨らんでいるのはまるでリスのように愛らしい。

 カクンと頭が揺れるたびに、思い出したようにもぐもぐと口を動かす様子に思わず頬が緩む。

 とはいえ、口の中に食べ物を入れたまま眠ってしまっては危ない。


「理玖、ちゃんと飲み込んでからね」

 そう声をかけ、背中をそっとさすりながら、なんとか最後の一口まで食べさせた。


 食べ終えたころには、もう限界だったらしい。

 椅子から抱き上げると、理玖は安心しきった顔で私の肩に頬を預け、そのまま深い眠りへと落ちていった。


 軽い。

 けれど、この小さな重みが、どうしようもなく大切に思える。

 ――守らなければ。


 ソファにそっと寝かせると、静かな寝息が、昼下がりの部屋にやわらかく溶けていった。

 穏やかな光が差し込み、何事もなかったかのような時間が流れている。


 ……本当に、まだ何も起きていないのだろうか。

 あの白い影は、今も森のどこかからこちらを見ているのではないか――


 そんな考えが、ふと胸をかすめた。

 私は視線を外し、小さく首を振る。


 考えているだけでは、何も変わらない。

 結界は、あと数年しか持たない。

 数年。


 長いようで、決して長くはない時間。

 理玖は、まだ二歳だ。


 ――間に合うのだろうか。

 胸の奥に生まれた焦りを押し込めるように、私は本棚へと向かった。


 理玖が眠っているあいだに、少しだけでも魔法の知識を得るために。


 本棚から『魔法の書 一巻』を取り出し、理玖が眠るソファの横に座ると、そっとページを開く。

 指先に伝わる紙の感触が、やけに現実味を帯びていた。

 胸が高鳴る一方で、本当に自分が魔法を習得できるのだろうかという不安も胸をよぎった。


 だけど、ここで躊躇している場合ではない。

 自分でやると決めたのだから。

 

 厚い表紙をめくると、最初の一文が目に入る。


「この本は、君のために、俺の考察も交えて記した魔法習得のための書である」

 ――え?

 思わず手が止まる。


 これって、先代賢者が書いたの?

 どう見ても整った印刷の製本にしか見えない。

 

 けれど、きっとこれも何らかの魔法によるものなのだろう。

 そういえば、錬金魔法の本もあったはずだ。


 それにしても、この書き出しを見る限り、明らかに“次代の賢者”へ宛てたものだ。

 ――私、賢者じゃないけど。


 一瞬だけ、手が止まりそうになる。

 だが、すぐに息を吐いた。


 ほかに方法はない。

 迷っている時間も、もう残されていないのだから。

 私は意識を切り替え、ページをめくる。


 ――「魔法の基礎知識」


 うん、そうよね。

 やっぱり基礎知識、重要。

 これまで魔法なんて物語の中でしかお目見えしたことがなかったんだもの。


 ――【序文】

 魔法とは何か。

 君は、この世界の魔法をどう捉えているだろうか。


 願いを叶えるものか。

 奇跡を起こすものか。


 あるいは、楽をするための便利な力か。

 それらは誤りではない。

 だが、正解でもない。


 魔法とは、世界に命じることではない。

 世界に問いかけ、応じてもらうことだ。

 世界と同じ音を奏でることだ。


 ……よくわからない。

 世界と同じ音を奏でること――


 音?

 そんなもの、聞いたことはない。


 この世界で最初に見たのはシュシュが魔力玉を宙に浮かせている魔法だった。

 魔力玉に纏うキラキラした光。


 その周りに浮かぶいくつもの丸い光。

 それらが合わさってとても幻想的で目が離せなかった。


 あのとき、音なんて聞こえた覚えはない。

 ということは……

「世界と同じ音」と言うのは比喩なのかもしれない。


 だとしても、やっぱり意味がわからない。


 序盤から、もう躓いているんですけど。

 ……けれど、ここで止まるわけにはいかない。


 私はくじけそうになる気持ちを押しのけ、なんとか読み進める。


 ーー魔法には、いくつかの系統が存在する。

 精霊魔法。


 それは“頼む力”である。

 精霊に願い、力を借り、その恩恵を現象として顕す術。

 主に精霊の加護を受けた、人ならざる者たちが扱う魔法である。



「ふむふむ……小人族が使っているあの魔法ね」

 人ならざる者たちが扱う魔法……


 ああ……そうだ。

 白狼族も精霊魔法を使うんだった。


 きっと、この世界なら他にもいそうだ。

 なるほどね。

 私は頷きながら先を読み進める。


 ーーそれに対し、人間の魔法は“削る力”である。



 削る……?

 どういうこと……?


 ーー己の内に蓄えられた魔力を削り取り、放出することで、

 世界へ干渉する。



 ああ、なんだ……命を削るのかと思った。


 ーーだが人の中には、稀に特別な魔力を持つ者が生まれる。

 ひとつは、世界の理そのものへ干渉する叡智の魔法。


 賢者のみが扱うことを許された力である。



 おお、これが理玖が使えるかもしれない魔法……何だかすごそうだ。

 でも、まだ二才の理玖には先の話かな?


 ーーもうひとつは、愛と慈悲の波動を宿す聖なる魔法。

 癒やしと守護をもたらす清き力である。



 これも何か特別感があるわね。……いや、まてよ。

 確か、長老は私に癒しの力があるとか言っていたような……本当かしら?


 愛と慈悲……あまり意識したことなかったけど、私にもそれがあるってこと?

 まあ、愛はあるよね。

 理玖のことは愛しく思っているもの。


 でも、あったとしても使い方がわからないとどうにもならないわね。


 ーーそして覚えておくがよい。

 魔力は感情に強く呼応する。


 怒りは炎を強め、

 悲しみは水を深め、

 願いは光を輝かせる。


 ゆえに魔法を扱う者は、己の心を制さねばならぬ。

 激情に呑まれれば、魔力は暴走し、やがて術者すら焼き尽くす。



 えっと、なんか怖いことが書かれてあるんですけど。

 自分の魔法で自分を傷つけたら本末転倒だわ。


 いや、自分だけではない。

 もしかしたら、周りの者も傷つける可能性がある。

 あまり安易に使うべきじゃないってことか。


 ――魔法を使うときは、まず精神を静めよ。

 目を閉じよ。


 そして、自らの内に流れる魔力を感じるのだ。

 血の奥に眠る微かな熱。


 胸の奥に灯る小さな光。

 それこそが、賢者であるお前の魔力である。



 ええと……目を閉じればいいのね。

 血の奥の熱……うーん、そもそも血の奥ってなに?

 血に奥なんてあるの?


 っていうか、私、賢者じゃないよね。

 いや、そんなことで諦めるわけにはいかない。

 

 自分の中の魔力を感じる……と。


 私は静かに目を閉じた。

 胸の奥、小さな光……何もない。


 静かだ。

 あまりにも、何も感じない。


 やはり、自分には無理なのだろうか。

 そう思いかけた、そのとき。


 ――とくん。

 微かに、何かを感じた。

 ほんの一瞬。


 胸の奥からかすかに温もりのようなものが走った。

 驚いて、思わず目を開ける。


 だが、もう何もない。

 ただ静かな部屋に、理玖の寝息だけが響いている。


 ……今のは、何?

 気のせい?

 それとも――


 視線が、自然と理玖へ向かう。

 小さな体。

 穏やかな寝顔。


 その胸が、規則正しく上下している。

 その様子にほっと胸をなでおろす。


 さっきの感覚は私の中に眠る魔力だったのだろうか?

 ……わからない。


 わからないけれど。

 何もないわけではない。


 確かに、何かがある。

 ゆっくりと息を吐き、私はもう一度目を閉じた。

 でも、これ以上何も感じることはできない。

 自分の力だけではもう無理かもしれない。


 そのとき、ふと長老の言葉を思い出す。

 ――魔力量が少ないから、精霊の力を借りて魔法を使う。


 ということは、魔力量が少なくても“魔力そのもの”はあるということだ。

 ……そうだ。


 小人族は魔法そのものは教えられなくても、魔力がどういうものかくらいは教えてくれるのではないだろうか。

 何もわからないまま一人で悩むより、そのほうがずっと早いはずだ。


 私は一縷の望みを胸に、理玖が目を覚ましたら村へ行き、小人たちに魔力とは何かを教えてもらおうと心に決め、そっと本を閉じた。


 そのとき。

 目の片隅に写った理玖の体から、ふわりと淡い光が滲んだ気がした。


 え……?


 今度はしっかりと理玖の方を見て確かめる。

 静かな寝息と共に、夢の中にいる我が子はいつもと変わらず愛らしい。


 もしかして、この世界に来たことで理玖の中で何かが目覚めようとしているのだろうか?

 理玖の髪を撫でる。

 やわらかな感触。


 いつもと同じ。

 何も変わらないはずの温もり。


 きっと、見間違いよね。

「ちょっと、慣れないことばかりで疲れているのかも……」

 そうつぶやいてみたけれど、胸の奥から広がってくるざわざわとした違和感はずっと消えないままだった。 

 

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