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2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


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第19話 夕食作り

 家に入るとすぐに、理玖はころんとソファに横になった。

 今にも眠りそうに、瞼が半分閉じかかっている。

 かなりはしゃいでいたから、よほど疲れたのだろう。


 私が車から運び込んだ荷物の中から取り出したブランケットをかけてやると、理玖はそれを体に巻きつけるようにくるりと向きを変えた。


 危うく落ちそうになった理玖をなんとか受け止めて再びソファに戻してあげる。

 その後、落ちても大丈夫なようにソファの下にクッションを並べた。

 

 ふわふわの肌触りのブランケットは理玖のお気に入りだ。

 うとうとしながら、ぎゅっと胸に握りしめると穏やかな寝息をたて始めた。


 そんな理玖の姿を見ていると、胸が少しだけやわらいだ。

 しばらくすると、アロアさんが米と味噌と醤油、それに砂糖と塩まで届けてくれた。


 その中に、見覚えのある粉が混じっている。


「えっと、これって……」

 私が尋ねかけると、アロアさんはにこりと笑った。


「煮干しの粉ですよ。味噌汁に入れるとおいしくなるんです」

 やっぱり。


 これもきっと、先代賢者の考案だろう。

 なぜなら――私も料理をするとき、煮干しを粉末にして使っていたからだ。

 妙なところで親近感を覚えてしまう。


 これで、ちゃんと料理ができる。

 今夜は、さっそくいただいた食材で夕食を作ろう。


 残りの食材は、流し台の横にあった収納棚へしまう。

 住宅マニュアルによると、ここは“時間凍結機能付き食品貯蔵棚”らしい。


 なにやら長ったらしい名称だけど……つまり、入れておけば傷まないということだ。

 それほど大きくはないが冷蔵庫も一応ある。

 下部に小さな引き出しがあり、そこへ魔力玉を入れると稼働する仕組みのようだ。


 試しに魔力玉を入れてみると、棚全体がかすかに光を帯びた。

 ちゃんと動いているらしい。


 さてと、理玖が眠っている間に夕飯の準備をしてしまおう。


 住居マニュアルをさらっと読んで、とりあえず書いてある通りに試してみる。


 まずは黒い板が敷かれているIHコンロっぽいものを稼働してみる。


 えっと、起動するには……ああ、この呪文ね。

「カロール」

 ボッ!


「うわっ!」

 いきなり火がついた。

 や、やばい! 心臓がバクバクする。


 だけど……

 それは一瞬だけで、すぐにその火は黒い板に吸い込まれるように消え、それと同時に板の色が赤くなっていった。


「おっ、大丈夫だった」

 赤くなった板の上に手をかざしてみる。


「熱い……」

 これで煮炊きができそうだ。


 ちなみに、マニュアルには「バハール」で温度を下げ、「スビール」で温度を上げると書かれていた。

 一度の唱和でどのくらい温度が変わるのかは……やりながら覚えるしかない。

 

 どうやら、この家の機能はすべて“唱和”によって起動する仕組みらしい。

 便利といえば便利だ。


 ただ――

 コンロはあるのに、魚焼きグリルもオーブンもない。

 もちろん電子レンジもない。


 フライパンや鍋はそろっているから、料理ができないわけではないけれど。

 先代賢者は、あまり料理をしなかったのだろうか。


 昨日の宴を見る限り、凝った料理はなかったし、その可能性は高い。

 それなのに、煮干しの粉にはこだわる。


 その妙なアンバランスさに、私は思わず首をかしげた。

 

 その後、マニュアルに一通り目を通し、大体の機能を把握したところで、本格的に夕食の準備に取りかかる。


「サレ・アクア」

 そう唱えると、蛇口から澄んだ水が流れ出した。その水で米を研ぐ。


 棚の引き出しから計量カップを見つけ、三杯分をボウルに入れたところで、ふと手が止まった。

 ――あれ?


 よく見ると、日本の米とは少し違う。

 白くて楕円形なのは同じだけれど、米特有の欠けや不揃いさがない。

 まるで型で作ったかのように、きれいに整った楕円形だ。


 しかも、水を注いでもほとんど白く濁らない。

 研ぐ必要がないのではと思うほどだ。


 やっぱり、日本の米とは別物……?

 昨日も今朝も、味は普通のお米のようにおいしく感じたけれど。


 そういえば、今日村を歩いたとき、畑はあちこちにあったのに、田んぼは見かけなかった。

 なぜだろう。


 明日、小人たちに聞いてみよう。

 そう心に決め、私は再び手を動かした。


 調理台の奥に置かれた炊飯器――見た目はただの四角い箱だ――に、洗った米と水を入れ、「カロール」と唱えるとスイッチが入った。

 炊き上がると自動で止まる仕組みらしい。


 次は、野菜たっぷりの味噌汁。

 煮干しの粉でだしを取り、もらった野菜を刻んで鍋にたっぷり入れる。

 味噌を溶き入れると、ほっとする香りが立ちのぼった。


 それから、塩漬けの魚。

 三種類のうち、サバに似た魚を選び、フライパンで焼く。


 このフライパンがまた優秀だった。

 油をひかなくても、まったく底にくっつかない。


 ぱちぱちと皮がはぜる音を聞きながら、私は小さく息をついた。

 異世界のはずなのに、どこか懐かしい夕食の匂いが、台所いっぱいに広がっていく。


「かぁたん……」

 不安そうな理玖の声が聞こえ、私は慌ててリビングへ戻った。


 ソファの上で身を起こした理玖は、私の顔を見た途端、ほっとしたようにふにゃりと頬を緩める。

 そして、とてとてと駆け寄り、ぎゅっと抱きついてきた。


「理玖、起きたのね。お腹すいたよね」

 朝食をとったのが何時だったのか、はっきりとは思い出せない。

 ただ、確か昼前だったはずだ。


 窓の外に目をやると、日はすでに傾き、空は橙色に染まっている。

 おやつも食べていないのだから、理玖のお腹はきっと空いているだろう。


「ご飯にしようか」

「うん」

 理玖の手を引き、キッチン脇のこぢんまりとしたダイニングテーブルへ向かう。


 二人で向かい合って座るが、椅子は理玖にはまだ少し大きい。

 ソファから持ってきたクッションを敷いてやると、小さな体がようやく落ち着いた。


 ご飯の上に焼いた魚をほぐしてのせてあげた。

 理玖はスプーンで慎重にすくい、こぼさないように口へ運ぶ。

 その瞬間、ぱっと顔がほころんだ。


 ――よかった。口に合ったみたいだ。

 私も一口食べてみる。

 ほどよい塩加減がご飯によく合い、自然と箸が進んだ。


 この村の食事が思いのほか口にあって、少し安心する。


 食後、理玖は床に座り込み、魔力玉をころころと転がして遊んでいる。

 淡い光が、転がるたびに揺れてきれいだ。


 私は皿を洗いながら、ふと明日行く予定の小海のことを考える。


 ――そういえば。

 長老が言っていた。


 小海は、ミズチが作ったのだと。

 ミズチって、どんな姿なんだろう。


 人間にとっては魔獣。

 小人族にとっては神。


 けれど、その具体的な姿は聞いていない。

 名前の響きや“魔獣”に“神”という言葉から連想すると――大蛇、とか……?


 いや、まさか。

 ……まさか、だよね?


 そこで私は、はっと思い出した。

 自分が、爬虫類系が大の苦手だということを。


 小海にはそのミズチがいるのだろうか……?

 もし、会っちゃったらどうしよう。

 それで……もし本当に巨大な蛇みたいな存在だったら……


 明日の小海行き、やっぱりキャンセルしようかな――。


 私は本気でそんなことを考えながら、洗い終えた皿を棚へ戻したのだった。




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