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2歳の息子と異世界転移——賢者と呼ばれた我が子の隠された秘密  作者: 梅丸みかん


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第108話 魔力測定

 ベルドルフの執務室を後にし、エステラの後ろについて廊下へ出る。

 すると、目の前の空間が淡く発光した。


 幾何学模様の光が床の上を走り、何もなかったはずの空中へ一本の道が伸びていく。

 まるで見えない橋が姿を現したみたいだった。


 思わず足を止める。

 その先では、床に描かれた魔法陣が青白く輝きながらせり上がってきていた。

 円形の台座……さっき乗った魔法の昇降機だ。


「こちらです」

 エステラが何事もないように乗り込む。


 私は慌てて後を追った。

 足元の魔法陣が淡く明滅する。


 次の瞬間、身体がふわりと沈んだ。

 風が頬を撫でた瞬間、周囲の景色がするすると上へ流れていった。


 白い柱も、宙を漂う光の粒も、流れるように上へ遠ざかっていく。

 窓から差し込む陽光を受けながら、まるで夢の中を移動しているみたいだった。


 やがて台座が静かに停止する。

 さっきと同じように空間に青白い道ができると、エステラは慣れた様子で歩き出した。


 私は少し遅れて後に続く。

 案内された先は魔導院塔の研究区画だった。


 扉が開いた瞬間、熱気が押し寄せる。

 金属の焼ける匂い。


 薬品の刺激臭。

 どこか甘い香草の香り。

 様々な匂いが混ざり合い、鼻をくすぐった。


 ガチャン……キィン……

 奥の方から金属音が響く。

 火花が散った。


 透明な筒の中では青い液体が泡立ち、その隣では見たこともない機械が低い唸り声を上げている。

 部屋いっぱいに机が並び、その上には書類が山積みにされていた。


 その中を、白衣ではなく濃紺の長衣を纏った魔導士たちが慌ただしく作業をしている。

 男性に女性、赤い髪、緑色の髪、銀髪……紫色までいる。


 見慣れない色彩の洪水に、改めて現実とは思えなくなった。

 本当に異世界なんだ。

 何度見ても慣れない。


 呆然とその様子を見ていると、徐々に視線が集まってきた。

 ざわり……研究室の空気が揺れ、魔導士たちが作業の手を止めてこちらを見る。


 そしてエステラの姿を認めると、誰もが右拳を左胸へ当てた。

 まるで軍隊の敬礼みたいな動作だった。


「皆さん」

 エステラの澄んだ声が響く。


「こちらは新たな聖女、イオリ様です。異界よりお越しになられた聖女様です」

 一瞬の静寂の後、魔導士たちが一斉に膝をついた。


「――っ!」

 思わず肩が跳ねた。


 何十人もの人が自分に向かって頭を垂れている。

 そんな経験、一度もない。


 居心地が悪い。

 落ち着かない。

 逃げ出したい。


「あ、あの……」

 口を開くが、その先が続かない。


「イオリ様」

 エステラが穏やかに微笑む。


「皆様、ご挨拶をしているのですよ」

 いや、そう言われても、どう返せばいいの。


 聖女なんてやったことないし……

 心の中で半泣きになる。


「えっと……よろしくお願いします」

 結局、それしか出てこなかった。


 ぺこりと頭を下げる。

 すると周囲の魔導士たちから小さなざわめきが漏れた。


 聖女が頭を下げたからだろうか。

 失礼だった?

 正解だった?

 何もかもわからない。


「イオリ様、こちらへ」

 そんな私を救うようにエステラが歩き出した。


 研究室の奥、大型の装置が並ぶ区画を抜けた先に、小さな扉があった。

 研究室の規模に対して妙に目立たない。


 エステラが手をかざした。

 淡い光が走る。


 カチリ……扉がひとりでに開いた。

 中は意外なほど静かだった。


 外の喧騒が嘘みたいに。

 机の前に一人の男性が立っている。


 細身の身体、澄んだ青い髪、そして、知的そうな細い目。

 年齢はベルドルフよりずっと若い。


「クオン、準備はいいかしら?」

「もちろんです」

 クオンと呼ばれた男性が観察するように私を見る。


「そちらが聖女イオリ様ですね」

 柔らかな声だった。

 けれど研究者特有の鋭さも混じっている。


「大魔導士のクオンです。この研究室を預かっております」

 そう言うと、彼もまた右拳を左胸へ当てた。

 この国の礼儀なのだろう。


「よろしくお願いいたします」

 青い瞳が静かに細められる。

 その視線を受けた途端、なぜかベルドルフとは違う種類の緊張が背中を走った。

 まるで珍しい生き物を見つけた学者に観察されているような――そんな感覚だった。



「イオリ様、それでは検査室へ参りましょう」

 そう言ってクオンに案内された部屋は先ほどの研究室とはまた雰囲気が違っていた。


 壁一面に埋め込まれた水晶が淡い青白い光を放ち、室内をぼんやりと照らしている。

 薬品の匂いに混じって、どこか金属が熱を帯びたような匂い。

 耳を澄ませば、どこからか低い駆動音が聞こえる。


 ぶぅん……。

 まるで機械が眠りながら呼吸しているみたいだった。


 部屋の奥には巨大な装置が据えられている。

 無数の管や水晶が複雑に組み合わさり、その中心には半透明のドーム。


 その中に、一脚の椅子がぽつんと置かれていた。

 なんだろう。

 病院の検査機器にも見えるし、SF映画に出てくるカプセルにも見える。


「イオリ様、こちらへ」

 エステラが優しく微笑む。


「少しの間だけ座っていてくださいね。すぐ終わりますから」

「は、はい……」

 私はもう疲れていたせいか、素直に頷くだけだった。


 ここまで来る間に色々ありすぎた。

 帰りたいと言っても通じない。

 怒っても意味がない。


 今は言われた通りにするしかなかった。

 ドームの中へ入り、椅子に腰を下ろす。


 ひんやりしている。

 石とも金属とも違う不思議な感触だった。


 すぐに半透明の壁が閉じられる。

 カチリ……小さな音。


 閉じ込められたような感覚に、無意識に肩へ力が入った。

 すると足元の魔法陣が淡く光り始める。

 青、緑、紫……様々な色で描かれた幾何学模様がゆっくりと回転する。


 幻想的だった。

 だけど綺麗だと思う余裕はない。


 胸の奥がざわつく。

 何か問題が起きませんように。

 そう願った矢先だった。


「……え?」

 外からクオンの声が聞こえた。

 いつの間にか表情が消えている。

 彼は何度も水晶板へ視線を走らせていた。


「測定――不可?」

 今度はエステラの声。

 聞き慣れた穏やかな声音が少しだけ揺れた。

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