⑩ 悪意の頂点
恐怖と混乱に陥った街の中、場違いな笑みを浮かべながら毅然と歩く一人の女がいた。
赤と黒で彩られた服装は毒々しく、彼女の周りに血を連想させるもの。
気高いその風格や丈の長いマント、頭に被った冠のような帽子も含めると、さながら毒の女王といえるだろう。
彼女は絶対的な優位を疑うことも無く、改めて現状を見据える。
愚かな人間どもを駆逐する為の策は万全だった。
目障りな戦力を街から遠ざけ、数的優位も許さず個々の戦闘力でも圧倒的な優位に立った。
さらにそいつらが戻ってくるまでの時間稼ぎもできぬよう、食料も補給を断ち水源に毒も盛った。
そして、多くの人間が寝静まる夜に奇襲をかけ、予め用意していた幻影魔法と街中に張り巡らせた糸により現状も手に取るようにわかる。
だからこそ、目障りな3人のことも既に伝わっていた。
街を守る戦力として大きな存在をある程度残しているはずなので、それが障害になる可能性も織り込み済み。
空からの奇襲をかけたワイバーン部隊が次々にやられていることは不本意だが、北側からの侵攻は順調に進んでいる。
あとは、せいぜい街中で動き回っている一人の男が気掛かりなもの。
衛兵の隊長クラスかと思えば、包囲網から伝わる情報を基に考えると少し違うようだ。
英雄気取りの冒険者が暴れ回っていると考えた方が近いかもしれない。
どちらにしろ、この状況で単独で動くような者など余程の馬鹿か己のチカラを過信した愚か者に違いない。
ならば、その愚か者を妾が直々に始末してやれば、あとは城壁にいる二人も始末してこの作戦は完遂するだろう。
一夜にしてこれだけ大きな街を堕としたとなれば、妾の功績も多大なものとなるはずだ。
こちらの魔力に気づいて向かって来ていることだし、ちょうどいい。
急がず焦らず、さらに策を講じてただ獲物が掛かるのを待つとしよう。
――来る。
夜の空気が、妾の糸を通して微かに震えた。
広場一帯に張り巡らせた見えざる網。その一本一本が、侵入者の存在を余すことなく伝えてくる。
足音、呼吸、魔力の流れ。すべてが手に取るように分かる。
にもかかわらず――。
「……妙だな」
その男から感じる“重み”が、あまりにも軽い。
ただの人間にしては落ち着きすぎている。
かといって、強者特有の濃密な魔力も感じない。
だが――危険だ。
本能が、理屈を置き去りにして警鐘を鳴らしていた。
だからこそ、妾は嗤う。
「よく来たな人間。いや、勇気ある者よ」
広場の中央、赤き月光の下で悠然と立ち、魔導鉄扇を肩に乗せる。
「よく言うぜ、女王様気取りの魔族がよ」
男は、肩を竦めて歩みを止めた。
「魔力剥き出しにして誘ってきたのはそっちだろ?」
「それが分かっていながらむざむざやられに来るとは、哀れなことだ」
……軽い。
言葉も、態度も、隙だらけだ。
だからこそ、なおさら気に食わない。
「その余裕、いつまで保てるか見ものだな」
妾は扇を軽く振る。
次の瞬間、空気を裂く不可視の斬撃が放たれた。
だが――。
「っと」
男は一歩ずれるだけでそれを躱した。
回避は想定内。
問題は、その“動き”だ。
無駄が無さすぎる。
ならばと、追撃を開始する。
地面から、建物から、空間そのものから――糸が襲う。
束縛、切断、毒。
あらゆる効果を織り込んだ、妾の得意とする殺しの網。
普通の人間なら、触れた瞬間に終わる。
「へぇ、凝ってるな」
だが、男は避けなかった。
刀を抜き、あえて正面から――斬る。斬る。斬る。
鋼糸を、毒糸を、絡め取る網を、すべて断ち切る。
まるで、結果が分かっていたかのように。
「……ほう」
思わず、感嘆が漏れた。
粗暴な男からは大した魔力は感じない。
それなのにこうも自信に満ち溢れ、まるで自分の危機を理解していない様子は実に腹立たしい。
その自信の根拠は…あの得物か。
魔族である妾から見ても、尋常ではない禍々しい魔力を感じる。
「お前が今回の首謀者だな」
「如何にも。ここまで辿り着いたお主には特別に名乗ってやろう」
構えもせずに妾の話に耳を傾けている間に、奴の獲物を封じるべく糸を巡らす。
時に身に余る武器を手にしたことで己の実力を過信する愚かな者は少なくない。
おそらく、こやつもその類だろう。
であれば、その武器さえ封じてしまえば恐るるに足らず。
「妾は魔王軍幹部“六法善処”が一人、第六法:絡繰のファーメイである。この名を聞けたことを誇りに…死ぬがいい!」
「っ! 何っ、刀が…!」
魔導鉄扇による斬撃を放つと、予想通り得物で対処しようとした男は身動きも取れず無様な姿を見せ砂塵へ消えた。
「…なんてな」
わしっ、もみもみ。
「なっ、貴様ァ!?」
砂塵へ消えたはずの男の声が背後から聞こえたと思った時には、無礼なことに妾の胸を揉んでいた。
すぐさま振り払うが、その攻撃は空を切って手応えがまるでない。
「そんなに怒るなよ」
いつの間にか正面に姿を見せた男は、再度感触を確かめるように揉み直していた。
「くぅ!!」
そのムカつく顔を叩き切るように魔導鉄扇を振るう。
しかし、またしても軽く躱され、軽い足取りで距離を取られた。
「悪くは無いが、取り立てて良くも無い。魔族ってのはそんなもんか」
無礼な男は魔族であり魔王軍の幹部である妾さえも嘲笑っていた。
妾の乳房の感触を思い出すように手を遊ばせて。
「…少しはやるようだな」
完全に取ったと確信した今の一瞬を逆手にとって奴は背後から仕掛けてきた。
しかし、その好機でさえも命を奪うことをせず、あえて妾を辱めるようなことをしてきた。
あの得物が抜けなかったからできなかったわけではない。
わざとあんなふざけたことをしてきたのだ。
――屈辱だ。
殺せたのに殺さなかった。
魔王軍の幹部たる妾を相手に弄ぶなど――これ以上の屈辱は無い!
「御託はいい。もうおしまいか?」
「心配ご無用。妾も本気で相手をしよう」
「ふっ、妾も…ね」
一瞬目を背けた隙を見逃さず、再び不意打ちを仕掛ける。
だが、同じことをしたのでは同様の切り返しをされてしまうのも分かっている。
奴の魔力が妾の後ろに移った瞬間、こちらも同じ魔法を発動する。
ダスクシフト。
影に潜み、影から影へと移動する闇属性中級魔法。
奴はこの魔法を瞬時に、そして巧みに使って先程の奇襲を仕掛けてきたのだろう。
目には目を歯には歯を。
今度は妾が貴様の首を切ってくれる。
「くっ、しまった…」
「もらった!」
奴が妾の影に潜んでいた状況で妾が別の影に潜み移動すると、行き場を無くしたやつの魔法は強制解除されてその場に晒される。
その一瞬の隙を突いて仕掛けていた糸を手繰り寄せ、奴の身体の自由を奪う。
「くそ…、うまくチカラが入らねぇ…。魔封じの毒か…」
「ほう、人間のくせによくわかったと誉めてやろう」
これで、奴の得物だけでなく魔法まで封じ込めたので、もうダスクシフトで逃げることも叶わない。
「しかし、分かったところでもはやどうしようもない。大人しくこのまま引き裂かれるがいい」
「ふっ…それはごめんだな」
この男の顔にまたあの嫌な笑みが浮かんだのが見えた瞬間。
その一瞬で糸から伝わる手応えが無くなり、目の前から奴の姿が消えた。
頭の中で何が起こったのかを理解する前に本能的に身体が動き、自身の身を影に潜めた。
おかげで、負傷は免れたが再び自由を得た奴はその手に得物を握っていた。
「お前、さては節穴だな」
優位に立ったと思わされる度に一瞬で状況を覆されただけでも殺したいほど憎たらしいのに、妾を見下し蔑むような視線がさらに怒りを煽った。
「ンギィィイ!!」
どんな手を使ってでも、この男だけは…絶対に殺す!!
「吠えるなよ、獣かお前は」
いつまでも減らず口を叩く相手に向かって放射状に糸を放つ。
また同じように避けられようと、妾の背後に仕掛けた神経毒の罠が今度こそ貴様の自由を襲うのだ。
「毎度同じ手口では芸が無いだろう?」
妾の考えを見透かしたかのように、奴は得物を抜いて放たれた強靭な糸をいとも容易く切り落とした。
しかし、そう来るのは妾とて織り込み済み。
予め潜伏させていた眷属たちが奴を取り囲むように同時に糸を放つ。
さらに妾の二撃目まで加われば、全方向からの包囲網が奴を絡めとる。
こうなれば、またダスクシフトで妾の影に飛び込んでくるに違いない。
「やっと伏兵を使ってきたか。だが、遅い」
眷属には気づいていたようだが、目論見通り背後に回ってきたのであれば問題ない。
瞬時に神経毒を巡らす罠を発動し、さらに眷属たちからも追撃を放たせる。
さすれば、次に妾が振り向いたとき、奴はその場に這いつくばっている――はずだった。
「なぜだ…」
首筋に当たる冷たく鋭い感触が嫌でも感じられる。
確かに罠は発動し、間違いなく効果範囲に奴は立っている。
しかも、無数の糸を切り落とした跡も無く、周囲を取り囲むように配置していた眷属の気配すら消えている。
「簡単な話だ。俺にあらゆる毒は効かない」
「なっ…そんな人間がいるはずなど…」
「小顔のくせに頭でっかちだな、お前。素直に目の前の事実を受け入れろよ」
「くっ…、確かに魔封じの毒も即効性の神経毒も効いて無いようだった…」
「どうせお前だって毒への耐性はあるんだろう? むしろ、それなら想像は容易いと思うんだがな」
この男の言い分が嘘やハッタリでなければ、もはや妾の勝機は――。
その時、小さな足音が糸から伝わってきた。
ニチャァ…。
思わず笑みが漏れる。
「ふっ、死を目の当たりにして気でも狂ったか?」
「くっくくっ…、これを見ても同じことが言えるか? 愚かな人間よ」
目の前から現れる大きな蜘蛛の前に小さな少女が吊るされている。
「いやー! 誰か助けてー!」
泣き叫ぶ少女を目の当たりにした男が一瞬震えたのを見逃すわけにはいかない。
「これで形勢逆転だな。少女の命が惜しくば――」
妾の話も最後まで聞かぬまま、男の気配が背後から消えた。
しかし、首筋に伝う冷たい感触も離れたというのに、おぞましい感覚は拭えなかった。
「形勢がなんだって?」
再び目の前に現れた男は平然と少女の首を跳ねた。
あっさりと、何の躊躇いも無く。
「まだだあああああああ!!!」
そんなはずがない。
そんなことがあるはずがない。
毒が効かない人間? 平気で同族を殺す人間?
そんなことは聞いたことが無い。
「無駄だ」
全ての罠を発動させ、地面が裂け、毒沼が湧き、糸が雨のように降り注ぐ。
魔導鉄扇による多重斬撃、何重にも及ぶ罠。
妾の全てを掛けた計略――。
それすらも、この男はたった一振りで切り捨てた。
戦場が静まり返り、ゆっくりとにじり寄る男の足音だけが響く。
「そんな…馬鹿な……」
無力感に苛まれ、ついには膝をついてしまった。
そして、妾の目の前にやってきた男はつまらなそうに言い放つ。
「終わりか?」
その一言で、すべてが終わったと理解した。
――勝てない。
完全な敗北。
妾にとって最大の武器は毒や罠だ。
それらを無効化してしまうこの男は妾にとって天敵と言っていいほど相性が悪いことこの上ない。
しかも、一度は糸で捕えても簡単に脱してしまうし、引き裂こうとしても魔力で防がれていたのも事実。
それでも、最後の意地を振り絞る。
「戦争は……数だ」
そう言い切る。
だが男は、肩を竦めるだけだった。
「それも一理ある。…が、その一方で一騎当千って言葉もある」
その二つは矛盾しているように思える。
「違いは簡単だ。力量差があるかどうかだ」
その瞬間。
遠く――街の北側。
気配が、消えた。
あれだけいた魔物の軍勢がすっぽりと消えてしまった。
「な…なん、だと…」
何度も探ってみても報告は変わらない。
しかも、ワイバーン部隊まで既に壊滅しているではないか。
これでは、もはや我々に残された戦力は風前の灯火。
勝機の欠片も残されてはいない。
そして、この状況を作り出したのは紛れも無いこの男だ。
――理解した。
妾はようやく理解した。
この男はただの人間ではない。
ましてや、妾の手が届くような存在でもなかったのだ。
全ての罠は看破され、誘い込んだと思った妾も手のひらで踊らされていただけに過ぎない。
こんな相手は初めてだ。
そう、あの魔王様よりも――恐ろしい存在に出会ったのは。
妾の全てを踏みにじる圧倒的なまでのチカラは眩しいものだった。
闇夜の中でもその存在感を一際輝かせる赤き月を、虫けらはただただ見上げて焦がれるのみ。
「…一つ、聞きたい」
「聞くだけならタダだ。答えるかは俺次第だがな」
「お主の名前を教えて欲しい」
「…あぁ、誰に殺されたくらいは聞きたいってか。俺はジャック、切り裂きジャックと言われている」
ジャック…。
確か、人間の街を調べた際に聞いた覚えのある名だ。
あの悪逆非道で悪い噂が絶えない賞金首の男か。
「もういいか? 女を待たせてるんでな」
再び得物を向ける彼に対し、妾は恥も恐れず屈辱もいとわず頭を下げた。
「何のつもりだ?」
「これより妾はジャック様の軍門に下り、妾の糸を貴方様の為に紡ぎましょう」
「命乞いのつもりか? 魔王軍の幹部とやらも随分見苦しいな」
「恥も誹りも覚悟の上。どうか、妾をお使いください」
「…なるほど。一応、心変わりした理由を聞こうか」
「はい。ですが、そう難しい話ではありません。直接相まみえたことで貴方様の強さに感服したまでのこと。人間社会ではどのようなお考えかは存じませんが、魔族の社会ではより強き者に憧れを抱き、惹かれた相手に下るのは珍しいことではないのです」
「魔王の元に自然と集まるようなものか」
「はい、その通りでございます」
「…ちなみに、俺と魔王。戦えば勝つのはどちらだとお前は考える?」
「…失礼を承知で言わせてもらえば、分かりません」
「なぜそう思う」
「妾には両者の力量が正確に計り知れないからです」
「…実に正直な答えだ。だが、それだと魔王よりも弱いような相手の元に下ることになるが、それでもいいのか?」
「はい、妾はそれを望みます」
「そうか」
短く返事をすると、彼は暫しの間答えを悩んでいるようだった。
答えを待つ時間は一時がとても長く感じられて、早く答えを聞きたい一方で断られれば即座に始末されることも覚悟していた。
「お前が“なんでもする”と誓えるのなら、その提案を受け入れよう」
「もちろんです。今後は貴方様の為に尽くします」
やはりというべきか、妾の覚悟を無駄にするくらい意外とあっさり色好い返事がもらえた。
魔王様に負けないくらい悪い笑みを浮かべた貴方様への忠誠は、きっと後悔することなど無いだろう。
人間である貴方様は魔族の妾よりも、余程優れた悪であるのだから。
魔族とは何度か戦ったことがあるが、珍しくこいつは理性的な奴だった。
元々人間よりも秀でた能力を持つ魔族は、そのチカラによって人間を見下し誇示してきた。
自らよりも劣る存在に恐怖したり屈するはずが無いと疑わず、馬鹿正直なまでに力任せの戦い方をする奴が多かった。
なので、自らの弱さを認め、まさか俺という存在に自分から従おうとするなど命乞い以外には考えられないことだった。
しかし、彼女の目を見る限り、ただの命乞いではないことは俺でも分かる。
魔王軍の幹部とか言っていたこともあり、大敗した今になって引き返しても今度は魔王とやらに処分を下されるのも容易に想像できる。
命の行き場が無いのは事実だが、彼女の言葉にはそれだけで発せられたものではない想いが乗っていたということだろう。
もし、彼女がここまでの全てをひっくるめて俺を謀っていたのであれば、それを見抜けたかった自分の愚かさを悔いながら彼女を始末すればいいだけのこと。
それよりも、魔族との繋がりを得るチャンスを簡単に潰してしまうのは惜しいと感じた上の判断だった。
「最初に2,3聞いておきたいことがある」
「妾に答えられることなら、何なりとお聞きください」
「魔族の幹部であったお前なら不老不死や賢者の石について何か知っているか?」
彼女は少し驚いた様子を見せたが、すぐに元の様子に戻って返事をした。
「申し訳ありません。詳しいことは存じておりません」
嘘を言っているようには見えないが、それならこいつにも調べさせればいいだけのこと。
「街の井戸水に毒を盛ったのはお前の仕業だな?」
「はい、その通りです」
「その毒を取り除いたり浄化する手立てはあるか?」
「…申し訳ございません。妾やその私兵では不可能にございます」
「まあ、仕方ないな。自分たちの街のことは自分たちでやってもらうとしよう」
ランダの時のように、毒を扱う人間が誤って自分が毒に侵されてしまうことを案じて解毒薬を持っていることはそう珍しくない。
しかし、そもそも毒が効かない存在であれば、そのことを気にする必要も無いので予想はしていた。
「では、早速お前にいくつかやってもらいたいことがある」
「はっ、何なりとお申し付けください」
「いい返事だ。まず一つ目は、この街を襲った首謀者を別の者に仕立て上げることだ。その辺にいたアラクネがまだ残っているなら、そいつでいいだろう。そいつを生贄にして今回のことが済んだかのようにでっち上げるんだ」
「承知しました。そのように致します」
「どういう芸当かは知らんが、お前は遠くの状況まで把握できるんだろう? それなら、お前を目撃した人間も残っているなら殺しておくことだ。矛盾が発生しては意味が無いからな」
「承知しました。該当者がいた場合、処分しておきます」
「あぁ…とはいえ、例外が何人かいる。まぁ、多分城壁の方にいる二人くらいなものだろうけどな。で、2つ目の話に移る。一番足の速い配下を使ってお前の死を魔王へ知らせるんだ。その配下が無事に帰ってくるとは考えづらいが、もし帰ってきた場合もお前の元へ真っ直ぐ帰すようなことはするなよ」
「死を偽り、足取りを追う者がいても悟らせないためですね。承知しました」
「そして、3つ目。本当ならさらに配下を使って不老不死についての情報を集めさせたいところだが、使えそうな配下を連れて先にサンドウジという町へ行ってもらいたい」
「サンドウジですか、それなら存じております」
「なら、話が早い。あの町はポーラという女が裏で実権を握っている。お前はその手腕を聞きつけてやってきた協力者だと話を持ち掛けて、どう動くか調べるんだ」
「どう…と言いますと、具体的には?」
「相手が魔族と分かれば即答するとは考えづらいが、現状の戦力では心許ないからな。アラクネを筆頭に戦力が手に入るのであれば、吸収しようと考えるだろう」
「もし、戦闘になりそうな場合はどう致しますか?」
「その時は俺の名を出して配下になったと伝えれば、同じ境遇だと分かるだろう」
「畏まりました」
「ポーラと協力関係を結び、あいつが俺を裏切ろうと企てているのであれば、俺の元に引きずり出してこい。俺を裏切ろうとするような奴には、死よりも酷い苦痛を味わわせてやる。もちろん、それはお前が相手でも同じだがな」
「承知しました。心に留めておきます」
この女にも釘を刺しておいたが、今の委縮した様子を見る限り多少効果はあったようだ。
「とりあえずは以上だ」
「はっ。しかし、そのような任であれば、尚のこと得意とする分野にございます。必ずや貴方様のお役に立って見せましょう」
「ふっ、気合十分だな。分かったのなら行け。ここの残党はこっちで処分しておく」
「お手数おかけします。では、主様。これにて失礼」
静かに立ち上がった彼女からはもう敵意を感じない。
だからこそ、その行為をあえて見逃した。
「ちゅっ…」
自ら迫ってきた彼女の唇は、人間のものとそう変わらない感触がした。
「毒でも盛ったか?」
「強いて言えば、妾という存在を意識させる為の毒ではありますが、そうではありません。人間は誓いを交わす際に唇を交わすと聞き及んでおりますので」
「それは婚姻の儀の話だぞ?」
「ふふっ、同じようなものです。妾の全てを貴方様に捧げると誓うキスなのですから」
「…そういうことなら、受け取っておこう。さあ、行けファーメイ。吉報を待っているぞ」
ついランダにする時と同じように彼女の頭をポンポンと撫でてしまったが、満更でもなさそうな笑みを浮かべていた。




