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なんでもするって言ったよね?  作者: 天一神 桜霞
第三章 咲き乱れる悪意
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⑨ 悪意ある救い

 コクシムの街は大まかにいえば四方を城壁で囲まれた都市だ。

 城壁に対しての効果的な突破口でもない限り、守る方が優位に立つというのが一般的な考えでもある。

 しかし、それは戦力差や数的優位でいくらでもひっくり返る。

「ふっ…また随分と大げさに集めてきたもんだ」

 警笛がなってからすぐさま移動した俺たちは建物の屋根伝いにより高い建物へと移り、現状が把握できるような位置を抑えると文字通り高みの見物を決めていた。

「すごい数ですね…。大丈夫なんでしょうか?」

「聞くまでも無いだろう。あの様子ではな…」

 街の北部に押し寄せている魔物の群れは明らかに統率が取れている動きだ。

 普通、魔物が群れていてもそれぞれが自分勝手に動き回るだけで、統率の欠片も無い。

 しかし、今の大群は迷うことなくこちらへ一直線に向かって来ている。

 しかも、一種族の集まりではなく、意図的に隊列を組んだ並びだ。

 最前列から3列ほどオークで壁を作り、その後ろには無数のゴブリンが蠢いている。

 ゴブリン隊の後方には弓や杖を持つ者を配置して、後方から前線への援護もできるようにいるのが抜け目ない。

 そして、それはあくまで先行部隊であり、おそらく本隊であろう主戦力の魔物たちがその後方にさらに控えているのも見える。

 対して、街の防衛は実に手薄だ。

 近隣の町へ出払っている衛兵や冒険者は未だ戻っておらず、圧倒的に数が足りない。

 急いで準備をしているのが見えるが、あいつらを総動員したところで時間稼ぎもできやしないだろう。

 夜襲を受けたことも災いして現場が混乱しているのも余計悪いといえる。

 先程から街を走り回って上から見ていたが、戦闘が始まる前から毒に侵された者たちを癒すために協会の信徒は駆り出されているので、前線での怪我や負傷者の治癒も間に合わないだろう。

 まさに、この街の人間からしたら絶望的な状況が訪れているといっても過言ではない。

 魔族の本格的な侵攻に成すすべも無く墜ちる未来が容易に想像できる。

「ジャック様、どうなさいますか?」

「どう…と言ってもな。あいつらの仕事を邪魔するのも無粋だ。あいつらはアレで金を稼いでいるんだから」

「このような状況でも、ジャック様はブレませんね」

「失望したか? お前の時とは違い、今回見殺しにするのは俺と同じ人間だ。だが、俺のすることは変わらない」

「私が敬愛するジャック様は冷酷無比でありながら、誰よりも高尚なお方です。ですから、今のご判断を聞いて失望するなどあり得ません」

「そうか。やはり、お前も随分変わってるな」

「ジャック様の威光に打たれれば、これが正常な反応だと私は思います」

「そんな感想は初めて聞いた」

 そして、これらを真顔で言ってのけるのだから、彼女がふざけて言っているわけではないのだろう。

 街の危機を平然と見守る二人がいることなど夢にも思わない人々の戦いの火蓋は切って落とされた。


 城壁からの弓や魔法でのチマチマした攻撃では、最前線にいるオークたちによって阻まれ後方の部隊にまで届いていない。

 一方、地上からはゴブリンアーチャーやゴブリンシャーマンによって遠距離攻撃を受け続け、さらにはオークが投げ飛ばしたゴブリンが城壁の上に乗り込んできて大騒ぎだ。

「確か、衛兵は結構給料が良い方だったな。すぐにやられるようでは、それこそ給料泥棒と言われても仕方ないぞ」

 時折飛んでくる矢や魔法を叩き落としながら、決死に戦う哀れな人類を眺めていた。

 すると、ランダから一つの質問が投げかけられる。

「ところで、ジャック様がお持ちのあの笛を使えば、この群れは退散したりするのでしょうか?」

 助けてあげる方法を模索しているというよりは、純粋な疑問という聞き方に思えた。

「いや、無理だろう。あれは野生の魔物になら効果はあるが、他に司令塔がいるような統率が取れたこの集団には効きそうもないな」

「そういうものですか。では、あの者たちを扇動している指令者というと…?」

「十中八九魔族だろう。これだけ大々的に魔物の部隊を動かせるのは魔族以外考えにくい」

 まあ、その辺りの知識はほとんどクレスの受け売りだがな。

「それにしても、今回の一件は特に妙だ」

「妙…と言いますと?」

「俺も何度か魔族と戦ったことはあるし、こういう魔族からの襲撃を受けた町に遭遇したこともある。だが、今回の首謀者は特に狡猾だ」

「私は魔族と遭遇したことは無いので、よくわかりませんが…そうなんですか?」

「あぁ。魔族ってのは元々人間よりも身体能力が優れている分、力任せの戦いを仕掛けてくる場合が多い。単純にそれでも勝てるからだ」

「そうですね。確かに、村が襲撃されて焼き尽くされるような話なら聞いた覚えがあります」

「そういうやつの場合、大抵はあの軍勢の一番奥で偉そうにふんぞり返っているというのがセオリーだが、その姿も見えない」

「確かに。一個体だけ特別大きい存在というのは見当たりませんね」

「それに、今回の一件…やけにタイミングが良すぎると思わないか?」

「良すぎる…というと?」

「赤い月が見えるだろう? あれは通称“ブラッドムーン”だ。周期的に起こる現象らしいが、あの赤い月が顔を出した夜は魔物が活性化するともいわれている」

「そのタイミングに合わせた襲撃に加え、街の衛兵や有力な冒険者も出払っていて人員不足…。つまり、そうなるように仕向けた者がいるということですか?」

「もしくは内通者だな。隣国が魔族に売ったとも考えられるが、ともかく…未だ首謀者も見えない」

「それだけ魔族の中でも異質で、油断ならない相手というわけですか」

「…くくっ、そうだな。少しは愉しめるかもしれない」

 人と魔物が血で血を洗うけたたましく醜い劇も見飽きてきたところで、第二の幕が開いた。

「ここで追撃か」

 北から迫る軍勢に手一杯な防衛軍を嘲笑うかのように、東西から赤い飛来物が向かってくる。

 まるで赤い雲が流れているようだが、夕日に照らされているわけではない。

「あー、いたいた。ジャックぅー! 今、どんな感じー?」

「そうだなー、ワイバーンの群れが来てるぞー」

「ワイバーンの群れかー、珍しいねー」

 こんな殺伐とした状況にも関わらず、暢気に声を上げていた女が飛んできた。

 文字通り、魔法で飛んできたのはあの本屋のクレスだ。

「おー、あれかー。確かにいっぱいいるねー」

 もう寝ていたところを起こされたのか、いつもより寝ぐせが多い。

「ところで、ジャックは何してたの?」

「…何も」

 声色からして咎める様子は無い様だが、少し呆れているような素振りも見える。

「…まあ、ジャックはそういう人だよね」

 彼女がそんなことを言った瞬間、お互いに目を見張った。

「ところで、クレス。ワイバーンの素材欲しかったりしないか?」

「うーん、まああった方がいいかなー程度かな」

「なら、ちょうどいい。ここはお前たちに任せる」

 もはや、防衛軍はワイバーンにまで手が回らないだろうからな。

「ランランも一緒ってことね。別にいいけど、ジャックは?」

「俺は街中の様子を見てくる。ランダも魔法の実戦練習にはちょうどいいだろう」

「分かりました、やってみます」

 初めて魔物と対峙させた時とは見違える顔を見せたランダであれば、このくらいやってのけるだろう。

 二人に見送られて俺はその場を静かに去った。



 コクシムの街を取り囲むように無数の魔法陣が闇夜に輝きを放つと、戦況はさらに激変した。

 闇に乗じた細くしなやかな幾重の糸が街全体を覆うように発生し、決死に防衛する兵士や逃げ惑う人々の自由を奪う。

 悪夢はそれだけにとどまらず、東西の城壁を乗り越えてきた巨大な蜘蛛の魔物「ギガンチュラ」まで次々と現れる。

 その姿は一介の人間どころか、防衛の指揮を執る兵隊長ですら脅かす。

 パニックに陥る兵士たちが糸に絡めとられ、自分たちの意思とは関係なく城壁を閉ざしていた城門を開け放ってしまう。

 堰を切ったように溢れ出した瘴気はとめどなく侵攻し、街の中は地獄絵図へと変わっていった。



「みんな、早く!」

 家や店から慌てて駆けていく人々に遅れないよう私たちも続いて避難した。

 早々に店仕舞いをしたと思ったら、今度は警笛がうるさく鳴り響いてもう何が何やら。

 こんな時に限ってジャックさんは先に帰ってしまったし、酒に酔った男たちは頼りになるどころか足元がおぼつかなくて却って足手まといになるくらい。

 今日は一体何なのよ!

 遠くで爆発音や金属音も聞こえるし、雨も降ってないのに大きな雷のような音までするし。

 なんで、この街が襲われるのよ。

 こういうのって、もっと小規模な村や町が狙われるもんでしょ。

 どうして前触れも無くいきなりこんな――。

「ギィヤー! でっかい蜘蛛だー!!」

「ば、バケモンだー!!」

 みんなが慌てふためくのも無理ない。

 私たちを追うようににじり寄ってくる巨大な蜘蛛で恐ろしい蜘蛛まで現れたんだから。

 怖くて気持ち悪くて足がすくみそうになるけど、ここで足を止めてしまったらそれこそ想像したくない未来になってしまう。

「店長! 早く!」

「分かってるけど、無茶言わないでよ…」

「何言ってるんですか! 殺されちゃいますよ! ろくでもない男どもに犯されるよりも、よっぽど酷い目に遭いますよ!!」

「メロイも随分酷い言い様ね」

 私たちと違って走りづらそうな格好をしている店長は「やっぱり歳は取りなくないわー」とか暢気なことを言いながら、集団の中でも後方を走っていた。

「メロイちゃん! ヤバイよ! あれ見て!!」

「え…、嘘っ…!」

 先導していたミカポンが路地を抜けて広場に出ると、建物に張り付けられた人たちを指差していた。

 時折部分的に反射している細い何かを見つけて、それが糸のようなものであると感じ取れた。

 そして、それが誰の仕業であるのかを本能的に察する。

 そう、その元凶が今にもこちらへ飛び掛かりそうな勢いで向かって来ているのだから。

「いやぁー!!」

「ミカポン! ココレーさん!」

 巨大な恐怖に気を取られている間に、近くにいた人たちの何人かが同じように捕まって宙に浮いている。

 まだ生きてはいるけど、身動きも取れずにもがき苦むばかり。

「誰かー!」

「助けてくれー!」

「死にたくねーよ!!」

「誰か!」

「助けてー!」

 蜘蛛の糸に捕まった人たちから聞こえる悲痛な叫び。

 着実に近づいて私を見つめるいくつもの赤い目。

 恐怖に絶望する中、目を閉じてしまった私の視界に映ったのは――あの人だった。

「もう“なんでもする”から、助けてー!」

 何も考えられないまま思わず出てしまった言葉は他の人たちの叫びと一緒にかき消されてしまうだろう。

 そう思ってしまった私の思いとは裏腹に、すぐ近くから返事が聞こえた。

「それはいいことを聞いた」

 聞き覚えのある声が頭の中に響いて、ふと目を開けた。

 そこにはあの人が悠然と立っていた。

 こんな状況でもいつも通り――いえ、むしろ愉しそうな笑みを浮かべて。

「ジャックさん…」

 私が口を開くと同時に彼は刀を抜いた。

 自分のすぐ横を刀が通って、一瞬切られたのかと思った。

 でも、違った。

 私の身体は何ともない。けど、すぐ横には切り落とされた糸が散らばっていた。

「ジャック、やっぱり来てくれたのね」

「やっぱり…ってのはなんだ」

 極限状態に陥って見えた幻覚や幻聴かと思って呆けているうちに、追いついてきた店長が彼の腕に抱き着いていた。

 これ見よがしに私よりも大きな胸を押し当てて女の顔をしている。

 店長のあんな表情、初めて見た。

「だって、私のピンチにはきっと駆けつけてくれるって思ってたから」

「俺が用心棒だからか?」

「いいえ。こんなことで私を失うなんて、あなたが許さないと思ったからよ」

「相変わらず傲慢な女だな」

「そう? でも、実際こうして来てくれたじゃない」

「変なことを叫んでた女の声が聞こえたからな」

「あ…」

 店長にも釘を刺されていたのに、つい“なんでもする”と叫んでしまったことを思い出す。

 でも、振り向いた彼の自信に満ち溢れた顔を見てしまってはその後悔も薄らいだ。

「何にせよ、ジャックが来てくれたならもう安心ね」

「まだ何も解決してないのに、気が早い女だな」

「だって、ジャックならこのくらいの相手朝飯前でしょ?」

「当たり前だ。だが、ちゃんと礼はくれるんだろうな? 俺は善意で人助けなんてしない。自分に利が無い限りは動かない、そういう男だ」

「分かってるわよ、ジャック。でも、私は“なんでも”してあげられるわけじゃない。私にできるのはせいぜい身体で払うくらいよ。この子と一緒にね」

「ほぇ…?」

 いつの間にか巻き込まれてしまったようで、私の肩には店長の手が乗っていた。

「なるほど、それは面白い話だ。そうと決まれば、さっさと片づけるか」

「で、でも…あんな大きな魔物相手に大丈夫なの…?」

「お前、俺を誰だと思ってるんだ。それに、よく見ればわかるがあのギガンチュラは魔法で作られた幻影だ。あんなでかい図体が城壁を乗り込んで建物の上にも乗っているのに、城壁や壁にも傷一つ無いだろう」

 そういわれてよく見てみると、暗がりでわかりづらいけど確かに建物が崩落したりヒビが入った様子もない。

「で、幻影に注意を向けている間に後ろから襲う――と。簡単なトリックだ」

 また私の後ろに向けて何かを放つと、遅れて何かが地面に倒れたような音が聞こえてきた。

 それと同時にあの大きな蜘蛛の魔物も一瞬にして消え去ってしまった。

「あとは店員の二人だけ助ければいいか?」

「いやいやダメでしょ」

「もし生き残りがいて恨まれても困るからねぇ。一応助けてあげて」

「面倒だな」

 彼は悪態を吐きながら、糸に捕まった人たちの方へ向かった。

 しかし、すぐに解放するわけでもなく、すぐ下で立ち止まると彼女たちを仰ぎ見ていた。

「あのー、ジャックさん…? 早く助けて欲しいんですけど?」

「いやな、いい機会だから見ておこうと思って」

 宙吊りになったミカポンとココレーさんは仕事着から着替え終わってるとはいえ、二人とも丈の短いスカートを履いている。

 それを真下から見ているのだから、彼には当然アレが見えているはず。

「ところで、髪の色と似たような色を履いているのは決まりでもあるのか?」

「無いです! もう早くしてください」

「早くシろと急かすとは、よっぽど溜まってるんだろうなぁ」

「何の話ですか! 今はそんな話してませんよ!!」

「なんだ、元気が有り余ってるじゃないか。その分なら、自力で脱出できるだろう」

「出来たらいつまでもこんなことになってませんよ! お願いですから、早く助けてください!」

「プライベートでもギャーギャーうるさいな、お前は」

 必死に訴えているミカポンと気怠そうに相手をしているジャックさんの温度差がすごかった。

 それでも、一頻り満足するまで下着を眺めて辱めると、ようやく二人を拘束していた糸を切り裂いて地上へ解放した。

「あ、ありがとうございます」

 もみもみ。

「ふぅ、やっとだよ。ありがとね」

 揉み揉み。

「胸を揉んで感謝される経験は初めてだ」

 二人を抱き抱えた彼は、明らかにわざと彼女たちのおっぱいに手を触れていた。

「どうせなら拘束されている間に犯すのも面白いかと思ったが、なかなか面白い経験ができたから良しとするか」

「うへぇ…。いろんな意味で助かった…」

「何にせよ、助けられたのは事実。このくらいのおいたは受け入れましょう」

 彼は意外とあっさり彼女たちから手を引いて、改めて二人へ忠告する。

「まだ何も解決してないのにもう助かった気でいるとは、おめでたいな」

「ブー、そんな言い方しなくてもいいじゃん」

「今回は相手がお前らを生け捕りにしたから助かったようなものだ。この後、どう使おうとしていたのかは知らんが、すぐに殺されていたら俺にはどうすることもできなかったんだぞ」

「…それは、そうだけど」

「まだそんな連中があっちこっちにいる上に、もう城壁を抜けて侵入してきてる魔物も多い。安心するのはまだ早いぞ」

「……ごめんなさい」

 さっきまでふざけていたのに、彼の言っていることは至極まともだった。

 彼の言葉が聞こえた人々はその事態を改めてその身に刻み、再び緊張感が昂っていく。

 一方、一人緊張感の無い店長は不敵にほほ笑んだ。

「まあ、私はジャックがいれば安心だけどね」

「そりゃそうだ。お前やメロイが殺されれば、報酬も無くなるんだから。だが、それ以外の奴らは俺の気分次第で助かるかどうかが決まるってことを少しは理解するといい」

 国や街を守る衛兵であれば、きっとこんなことは言わない。

 でも、彼は衛兵でもなければ、英雄でもない。

 だから、彼は救う命を選ぶ。

 それが誰かにとって残酷なことであろうとも、彼にとっては些細なことだから。



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